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『落淵 』
山里赤薔薇jb4090

 世界は平和になった。

 同盟を結んだ人界、天界、冥界は、もう、かつてのように争い合うことはないだろう。
 そう、そんな嘘のような夢のような平和が世界に訪れて……一年の月日が流れた。

 世界は平和になった。
 とは、いえ。
 あの戦乱の爪痕は未だ深く――制御を失って野良化したディアボロやサーヴァントによる事件、アウル覚醒者の暴走などによる事件、それらの脅威と撃退士の戦いはなくなったワケではなかった。

 山里赤薔薇(jb4090)は、そんな撃退士の一人として、久遠ヶ原学園撃退士として、日々を戦いに埋めていた――。

「龍の焔よ――」
 呪文を紡ぎ、少女は両の腕を左右に広げた。掌に灯るのはアウルの焔。収束していく赤は次第に勢いを増し――彼女が祈るように胸の前で手を合わせれば、超大火球としてディアボロへと放たれた。赤薔薇の必殺技、ドラグ・スレイヴである。
 激しい業火は、飲み込んだディアボロの悲鳴すらも焼き潰す。

 宵闇。灰色の廃墟。残り火が消えた世界に、されど、未だ蠢くいくつもの異形。

 数が多い――だが一つ一つは弱い。大丈夫だ、まだ戦える。まだ戦える。弾む呼吸を整えつつ、流れる汗もそのままに。顔を上げた。瞬間、大口を開けたディアボロが、口の中から槍状の器官を発射する。空を裂く音が迫る――
「……ッ!」
 龍壁・ドラグニル。咄嗟に火竜を模した紅のアウルを展開してその身を護るも、少女の華奢な体に血華が咲く。ボタボタ、古びたコンクリートに幾つもの血が滴った。
「はっ―― はァッ――」
 されど少女の目は爛々としていた。いっそ異様なほどだった。

「――ァアああアアアアぁ゛アアアア゛ァアッッ」

 およそ少女とは思えぬ、荒れ狂う龍のような咆哮を上げて、赤薔薇は身の丈以上の大魔鎌、『コンジキ』と名付けたそれを揮い、襲い来るディアボロを両断する――。


 生――死――


 その感覚が赤薔薇の意識をどこまでも極彩色に彩る。
 体が軽い。心が軽い。脳内麻薬がドロドロと、そう――悩みなんて溶かしてくれる。


 ――死。


 苦悩の種は【双蝕】にて心に刺さり、その芽は【ギ曲】を経て、スクスクと育っていた。
 死。死。赤薔薇は人間を殺めた。一人や二人、なんかじゃない。
 人の為に戦う、そう決めたハズだったのに。
 撃退士って――天魔と戦うものだと、思っていたのに。

 気付けばどうだ。
 この手は、誰かの血に濡れていた。
 この足は、誰かの人生の上に立っていた。


 人殺し、だった。


 ――芽吹いた苦悩は、いつしか心を覆い尽くす茨となって。
 絡まる蔦が、食い込む棘が、苦しい。痛い。

 世界は平和になったのに。
 人々の笑顔が増えたのに。


 ちく。ちく。ずき。ずき。


 一緒に笑えるなんてできなかった。
 おぞましい人殺しが。殺人鬼が。誰かの幸せを握り潰した残虐者が。
「嗚呼幸せ幸せ、嬉しい楽しい平和だな!」――なんて。
 謳えるわけが、なかった。


 ちく。ちく。ずき。ずき。


 傷口は治らず、広がり続け、やがて化膿し、終わらぬ激痛となって、赤薔薇の心を蝕み続ける。
 その痛みを忘れられるのは、天魔と戦っている時だけで。やがて彼女は次から次へと戦いを求めるようになっていた。
(私、何の為に、戦ってるんだっけ)
 人の為? いいや最早、自分の為になっている。自分の為の鎮痛剤。ガランドウの虚無を抱いて、包帯も取れないままの体で、赤薔薇は任務一覧を眺めている。
(お父さん……苦しいよ……)
 撃退士だった父。任務に赴いたきり、行方不明になった唯一の肉親。その後ろ姿を思い浮かべる。
(お父さん……助けてよ……)
 父が生死不明になって何年が経ったろうか。生存は絶望的――けれど死亡が確定したというわけでもなくて。曖昧な希望。シュレーディンガーの猫。今はもう、縋るしかない。父は生きている、きっときっと生きている。
 もう――そんな希望に縋りでもしないと、赤薔薇の心は壊れてしまいそうだった。
(お父さん……お父さん……、)

 そんな時だった。

 緊急任務です、と職員が駆け込んでくる。
 アウル覚醒者が街中で暴走、殺傷事件を起こしている――。

 気が付けば、赤薔薇はその任務の参加を名乗り出ていた。
 だって自分も人殺しだから。
 誰かに人殺しの十字架を背負わせるぐらいなら。
 そう……積み上がる骸があと一人増えたぐらいで。そんな自虐すら、あった。


 かくして。


 現場に駆けつけた赤薔薇は、――……。
 言葉を、失った。

「うそ」

 血の気が引いていく。

「うそだ」

 世界から色が消えていく。

「そんなの……うそだ」

 息が止まった。
 だって、だって、


 人々を 次々と 笑いながら 殺戮していくのは

 他ならぬ 赤薔薇の 世界でただ一人の 父親だった。



「うそ、うそ、そんなの、いやだよ、どうして、なんでなんでなんでなんでなんで」

 わたしなんのためにたたかってたんだっけ
 ひとのためだった でも、
 お父さんに会いたかった だけど、

 ひとごろし


 人殺し。


 父親はどうしようもなく狂って壊れてしまっていた。何があったのだろう、何が起きたのだろう、誰かに改造されたのか、心を病んだ果てなのか、赤薔薇には分からなかった。
 でも、たった一つだけ、残酷にも分かってしまった。

 もう助けられない。
 もう戻らない。

 もう――、二度と……。

「お父さん、」
 涙がこぼれる。よろよろ、ふらふら、手にした魔具すら離して、一歩、二歩。
 狂笑する父親が、血塗れた剣を振り被る。

「……会いたかったよ」

 抱きしめて。そう言わんばかりに、手を広げ。
 その体の真ん中に、兇刃が突き刺さる。
 構わない。構わなかった。
 嗚呼、この瞬間を、何年、何年、待ちわびただろう。
 父を、両腕で抱きしめる。深々と剣が刺さろうとも。強く強く抱きしめる。
 懐かしい温度がした。懐かしいにおいがした。

 ああ、お父さんだ。
 やっとやっと、帰ってきたんだ。

「お父さん、私だよ、赤薔薇だよ、大きくなったでしょ」

 父の胸に顔を埋める。赤い血が次々と、おびただしいほど、少女の心臓から溢れてゆく。

「私……ね、頑張ったよね……がんばったよね……、一生懸命、やったんだよね、……」

 熱い。寒い。冷たい。――温かい。
 生。生。生。――死。
 色褪せた世界、目を閉じた。
 死。死。死。――……。

「だ から、 おとう さ――」

 お父さんの心音が聞こえた。
 酷く、酷く、哀しくなるほど、安心した。
 どんなに恐ろしい夜でも、父をこうして抱きしめて、心臓の音を聞いていたら、怖くなんかなくなって、安らかに眠れたんだ。


「わたし…… のこと、えらいね、って、がんばったね って、……ほめ て――」


 ぽ。ぽ。火が灯る。

 赤い。赤い。血の色。火の色。

 燃え上がる。燃え盛る。

 少女の命を糧にして。

 大きな大きな、薔薇が咲く。

 それは少女の名前と同じ花。

 赤い色の薔薇だった。

 焔でできた薔薇だった。

 少女と父親を飲み込んで。

 綺麗に綺麗に咲き誇り。



 ――欠片も残さず、散って逝った。












 ゆるして。ゆるして。


 ごめんね。ごめんね。


 駄目な子だった私を許して。


 駄目な子だった私を褒めて。


 駄目な子だった私を救って。


 駄目な子だった私を愛して。



 駄目な子だった私を、私を。




『了』




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山里赤薔薇(jb4090)/女/13歳/ダアト
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2017年06月27日

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