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『―混沌の象徴・3― 』
海原・みなも1252

 購入したシェアハウスでの生活も落ち着き始めた頃、気が付けば街には鞄を下げて通勤するビジネスマンの姿も見られるようになっていた。
 今までは小さな飲食店や個人経営のクリーニング店など、小規模な店舗だけしか見られなかったのに、遂に会社を立ち上げてしまうユーザーが現れたのだ。無論、給与はゲーム内通貨なのであるが……それにしても、此処まで来ると何でもありだなぁ、等と思えてしまう。
「何か……いや、何て言ったらいいのかなぁ?」
 幻獣ガルダに扮する少女――瀬名雫が、まずテレビ画面に映し出されるニュース番組を観ながら感慨を述べる。
「まぁ……ある程度は想像できた事じゃないですか? 定住者が現れ始めた頃から」
 これまた幻獣ラミアに扮する少女――海原みなもが、苦笑いを浮かべながら雫の呟きに応える。
 因みに、彼女たちが観ているテレビ番組も、製作所や放送局が無くては放映できないし、そもそもテレビ自体が店舗で購入しないと手に入らない。つまり、そこまでリアル社会に似せた社会構造が、ゲーム内に出来上がってしまっているのだ。
「大体、この世界ってどういう目的で創られたものなワケ?」
「あたしの知ってる限りでは、確か格闘ゲームから発展したRPG……の筈なんですが」
 そう。街中で過ごしている限りは、戦闘に巻き込まれる事も無い。つまり、ゲーム本来の攻略を目的としたユーザーと、VR空間での仮想生活を楽しむユーザーが一つの世界観に混在している為、互いの温度差がかなり食い違ったものになってしまっているのだ。
「まぁ、此処で4日過ごしても、現実世界では2時間しか経過していない訳だから? 人生をより長くエンジョイしたい人には打って付けの環境な訳だね」
「良いじゃないですか。あたし達だって、この場をコミュニケーションの手段として利用する事の方が多いんだし」
 みなもの曰く、現実世界にも民間人と軍人さんが混在している。それと一緒ですよ、と言いたいらしい。が、その真意は別な処にあった。
「そういえば、そろそろだねぇ? 彼がアカウントを再取得して戻って来るのって」
「うっ……そ、そうですよ? それが何か?」
「いや、別に……勝手に爆発してなさい」
 肩を竦めながら、雫がふいと背を向ける。
 彼――嘗て、難所として名高い『赤い大地』にてみなもを庇って被弾、戦死扱いとなってアカウントを凍結された、彼女たちパーティーのリーダー格を務めるウィザードの少年の事である――が、漸くアカウント凍結を解除して貰ったと連絡が入っていたのだ。
 彼の離脱から、リアル時間でかれこれ1週間。ゲーム内では336日……約1年が経過しようとしていた。
 その間に、街の様相もすっかり変わっているので、再ログインして来たらさぞや驚くであろう事は容易に想像できる。増して、シェアハウスまで購入して半定住状態になっているとは、彼も思ってはいないだろう。
「何処で待ち合わせてるの? 今日でしょ、迎えに行くのは」
「いつものレストハウスですよ。初期ログインするユーザーは、必ずあの店に案内される事になってますから」
 ああ、そう言えば自分も最初はあの店からスタートしたんだっけ……と、雫が思い出したように呟く。
「久々のログインで、しかもここまで様相が変わっているのだから、彼も驚くでしょう。街を一通り案内してから戻りますから、帰るのは夕食前になると思います」
「OK、分かったよ。じゃあ、あたしは闘技場で汗流して来るからね」
 ボーっと家の中で待っているのも退屈だ、と思ったのだろう。それに、のんびりムードが漂っているとは言え、此処はRPGの中。街を一歩出ればフリー戦闘状態なのだ。鍛錬を怠っていては、新参のキャラに後れを取って自分がゲームオーバーなんて事にもなりかねない。
「じゃあ、先に出ますね。合鍵は各々が持って出るようにしてくださいね、誰が先に帰るか分かりませんから」
「はいはい、行ってらっしゃい」
 あーあ、嬉しそうに……と、ドアを潜って出掛けて行くみなもを見送りながら、雫はまたも肩を竦めるのであった。

***

「……ちょっと、早く来すぎたかな?」
 ゲーム内時刻で、午後2時を過ぎたところ。ランチタイムも終わり、飲食店では店員が一息ついている頃である。
 待ち合わせ場所であるレストハウスでも、カウンター内でマスターが新聞を広げて壁にもたれ掛かっている。
 店内を見回しても、ポツポツと数えるほどしか客はいない。此処で相手を見失う等と云う事は、まずあるまい。
 しかし三十分・一時間と時は過ぎても、彼が現れる気配は一向にない。
「あのぅ、黒いローブのウィザードが此処へ現れませんでしたか?」
「あー、ご新規? いやぁ、今日は新規の客は来てないよ。待ち合わせかい?」
「えぇ。一度戦死した仲間が、再ログインして来る予定なんです」
「あぁ、それだったら場所が違うよ。此処に現れるのは新規ログインユーザーだけ、アカウント再取得の場合は教会の祭壇下に出現するよう、仕様が変わったんだ」
 その回答に驚いたみなもは、慌てて教会へと向かった。何も知らない彼が、すっかり変わった街の中で迷子になってはいないか、それが心配になったのである。
(れ、冷静沈着な彼の事だし……大丈夫だとは思うけど)
 しかし、一度ゲームオーバーになったキャラの再出発点が教会の祭壇下とは、またお約束な仕様になったものだと、みなもは複雑な表情になっていた。
(まぁ、考えてみれば当然の措置かもね。ゲーム内では一度『死んだ』事になっているんだし)
 そうして退場したキャラが戻ってくる場所としては、適切な場所であろう。そして、街に一つしかない教会まで足を運ぶと、礼拝堂の中で、祭壇の下に牧師が立っていた。
「お待ちしておりました。本日、この世界に舞い戻られる方の身内の方ですね?」
「あ、ハイ。ウィザードの男性が、甦る事になっています」
 それを聞くと、牧師は『瞑目して、合掌してください』と静かに伝え、祭壇に向かって祈り始めた。
 すると、十字架の真下にある棺がボンヤリと光を放ち、それが収まると、ゆっくりとその扉を開いて中から誰かが出て来た。
「……此処は……礼拝堂か?」
「お目覚めですね……あちらに、お迎えの方が見えております」
 ゆっくりと身を起こしたその姿は、紛れもなく……『赤い大地』で落命した、彼であった。
「……おかえりなさい……待ってたんだよ」
「た、ただいま……で良いのかな? この場合」
「神の御加護がありますように」
 再会した二人の姿を優しい眼差しで見詰めると、牧師は胸元で十字を切ってから去って行った。
「死んで、生き返ったのは初めてだけど……確かチュートリアルには、レストハウスから再スタートと書いてあったような?」
「色々変わったんだよ。街に出たら、きっとビックリすると思うよ」
「たった一週間で、そんなに?」
「そうだね。開発チームも急ピッチで小さなアップデートを重ねてるみたいだよ」
 そんなに弄り回して、大丈夫なのか? と、ウィザードは苦笑いを浮かべた。
 そして教会の外へ出ると……やはりと云うか。彼は大きく変貌を遂げた街並みを見て、驚きを隠せない様子だった。
「現実との差異が、どんどん縮まっているね」
「違うのは、街中に居る人の姿と時間の流れだけかな」
 二人は、久々に手を取り合いながら、ゆっくりと陽光の下を歩き始めた。

<了>

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【1252/海原・みなも/女/13歳/女学生】
【NPCA003/瀬名・雫/14歳/女性/女子中学生兼ホームページ管理人】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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オリジナルキャラクターとして、海原みなもの恋人役であるウィザード(男性)を登場させています。
リニューアル前のストーリーから引き続いての執筆である為、前作までの世界観・設定をそのまま引き継いでおります。予め、御了承願います。

また、依頼書にNPC情報が記載されておりませんでしたが、発注内容の本文中にNPC『瀬名・雫』の登場を促す記載があった為、本編に登場させました。
東京怪談ノベル(シングル) -
県 裕樹 クリエイターズルームへ
東京怪談
2017年06月28日

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