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『分かたれるもの』
セレシュ・ウィーラー8538

 時折、自分が2人いるのではないか、と思える時がある。
 最初は1人だった。それが、分かたれた。
 長らく放置された液体が、上澄みと沈殿物に分かれてゆくようにだ。
 自分はどちらか、と言えば沈殿物の方であろう。何しろ元々が石像である。重い。
 その石像が、セレシュ・ウィーラーによって生命を与えられ、自我を持つようになり、こうして自分になった。
 即席の付喪神、のようなもの。それが自分であると少女は理解している。
 自分にとってセレシュ・ウィーラーは、生母であり、創造主である。
 自分ごときの魔法が、セレシュに効くわけがないのだ。
 そう思っていた。
 退屈な授業中に編み出した魔法を、だから冗談半分にかけてみたのだ。
 それが、効いてしまった。
 今日もセレシュは、人形のままである。
 球体関節があったところで、所詮は人形。人間のように動けるわけはない、と言うのにセレシュは洗濯物など運んでいる。
 たくし上げたスカートに、濡れた衣類を大量に搭載し、歩み寄って来る。
『これ、干しといてや』
「お、お姉様! 何をしておられますの」
 掃除機を動かしていた手を止め、とりあえず洗濯物を受け取るしかないまま、付喪神の少女は言った。
『なに驚いてんねん。太股の球体関節丸出しなんが珍しの?』
「もうっ。今のお姉様は、お人形なんですから。無理に動かず、大人しくしてて下さいませ」
『お人形が動いたらあかんっちゅうのは11世紀までの固定観念や。12世紀からは、みんな大好きオートマータの時代が花開くんやでえ』
 そんな事を言いながらセレシュが、洗濯機に向かって歩き出す。まだ干さねばならないものがあるようだ。
『そもそも、お人形は動かすものっちゅう概念は、ユダヤ人がゴーレムとか作っとった時代からあるんや』
「ゴーレムは、動かさなければ動きませんわ」
 言いつつ、少女も洗濯機の方へ向かった。
 硬く重い音が、響いたからだ。
 セレシュが、転倒していた。
「お人形が自分の意思で動いたらね、こういう無様な事にしかなりませんのよ……大丈夫ですの? お姉様」
『む、胸で……このセクシーダイナマイツなバストのせいで足元、見えへんかった』
「お馬鹿な事を言っていないで、ほら大人しくなさって。球体関節にガタが来ているかも知れませんし……お手入れ、させていただきますわ」
『じゃその間、テレビ点けといてや』
 セレシュが命じてきた。
『ニュース流れとる間に、お手入れ済ませるんやで』


 家事で忙しい主婦が、小さな子供に幼児向け番組をあてがっておく。そんな気分であった。
 もっとも今セレシュが見ているのは幼児向け番組ではなくニュースだが、とにかく大人しくしてくれてはいる。
 その間、付喪神の少女はセレシュの髪に櫛を入れた。
 頭髪の手入れをする、ふりをして解呪の魔法を行使した。
 全く、何事も起こらなかった。セレシュは人形のままだ。
(や、やっぱり……私の魔法など、お姉様に効いてしまうはずないのですわ……本来なら)
 動揺を押し隠しながら少女はセレシュの、全身の球体関節を調べ、身体の表面を拭い、衣服の埃を払い落とした。
 手指に伝わって来るのは、硬い、人形の感触だけである。
 セレシュの、ほっそりとした二の腕も肉感的な太股も、豊かな胸も、引き締まった脇腹に滑らかな背中も、生物の柔らかさを完全に失っていた。頬までもがだ。
(く……首から上まで、お人形に……)
 付喪神の少女は、息を飲んだ。
 自分ごときの魔法がセレシュに対し、ここまで効いてしまう。それは人形化に限っての話だ。
 思えばセレシュはこれまで幾度も、人形に変わってきた。
 人形化の施術に対する抵抗力が、耐性が、弱まってきているのではないか。
 あるいは元々、人形化しやすい体質のようなものがあるのか。
 いずれにせよそれは、ほとんど不死身と言って過言ではないこのセレシュ・ウィーラーにとって、致命的な弱点となり得るのではないか。
『お……何や、懐かしいもの映っとるでえ』
 CMを見ながら、セレシュが楽しげにしている。
 両手を前に突き出して飛び跳ねる、奇妙な人型の妖怪が映っていた。顔面に、道教系と思われる札が貼ってある。
 そんな妖怪たちが、活躍したり退治されたりする、オカルト武侠映画の宣伝であった。
『へぇー、これブルーレイになるんや』
「お姉様……何ですの? これ」
『若い子は知らんのやなあ。これ、少し前に大流行りしたんやで』
「お姉様のおっしゃる少し前、ですから相当な大昔ですわね……って、これ、もしかして僵尸ですの?」
『お子様向けに、だいぶデフォルメされとるけどな』
 僵尸であれば以前、セレシュと一緒に戦った事がある。例によって、IO2から回って来たと言うか丸投げされてきた仕事の1つだ。
 あの時の僵尸は、今テレビに映っているもののような愛嬌ある存在ではなかった。もっと醜悪・凶悪で可愛げの欠片もない、始末に負えぬ怪物であった。
 人は死ぬと『魂』と『魄』に分かたれるという。魂は昇天し、魄は地に帰るという。
 地に帰り損ねた魄が、屍に残ったままだと、その屍はやがて僵尸となる。
 この世という器の、底にこびりついた沈殿物のようなものか。魂という上澄みが昇天し、沈殿物は残る。
 だとしたら自分に似ている、などと付喪神の少女が思っている間にCMは終わり、次のニュースが始まっていた。
『はぁー……いなくなった子も、犯人も、まだ見つかっとらんのやなぁ』
 中高生の少女が何人か、相次いで行方不明になっているという事件の報道であった。
『自分も、気をつけるんやで』
「ふふん。人間の犯罪者やらサイコパスやらに、どうにかされるような私だとお思いですの?」
『人間とちゃうかも知れんやろ。特に自分、お金や物で釣られたらイチコロなんやから』
「お、お姉様に似たのですわ」
 人間ではないものの仕業であるとしたら、いずれIO2から話が来るかも知れない。
 だが今のセレシュでは、と少女は思ってしまう。
(1日も早く……お姉様には、元に戻っていただかなくては……)


 1番、以外は敗者でしかない。
 あの女が編入されて来てから私はずっと、それを思い知らされる日々を送っている。2番目にいる奴になんて、誰も注目してはくれない。
 あの女が来るまでは、私がクラスの女王だった。男子も女子も、私の言いなりだった。
 あの女が入って来た途端、どいつもこいつも掌を返した。
 今では、あの女がクラスの女王である。男子も女子も、自分から進んで奴隷になったり兵隊になったりしている。少し前まで、私にそうしていたように。
 あの女は両親がおらず、貧乏臭い鍼灸院を経営している姉と2人暮らしであるらしい。
 潰すのは容易い、はずだった。私の父は、政界とも繋がりのある大企業の社長である。
 だが父は言った。私が頼んだ、その数日後に一言。あの鍼灸院に手は出せない、と。
 複数の暴力組織をポケットマネーで動かせる父が、青ざめていた。
 あの鍼灸院を潰しにかかって、逆に潰されそうになったらしい。
 何があったのか私は知らない。わかった事は、ただ1つ。いざとなると大人は使えない。それだけだ。
 あの女を潰すには、やはり私自身が女王の座に返り咲くしかない。
 そのためには、どうするか。
 答えは簡単、美しくなればいい。
 私には天性の美貌がある。金に糸目をつけず日々、美しさの維持に努めている。
 これ以上の美しさを手に入れるには、人外の力に頼るしかない。
 だから私は、ここにいた。
 年代物の洋館である。
 富豪のネットワークで、私が手に入れた情報だ。この洋館は芸能人御用達で、あの女優も、あのアイドルも、危険性のある整形手術などする事なく美貌を手に入れているのだという。
 洋館の主の、力によって。
 その主が今、私の目の前にいる。
 最初は、人形かと思った。オタク受けの良さそうなゴスロリ系衣装を着せられた、等身大の人形。
 顔にはさらりとしたヴェールが巻き付けられており、口元が見えない。目元だけが見える。
 あの女に、そっくりな目つきだった。
『お前、私を見て……憎悪の炎を燃やしている、ようですわね』
 人形のような洋館の主が、ヴェールの下で微笑んだようだった。
『お前の、美しい顔と身体……その中では、おぞましい憎悪の念が激しく渦巻いている……ふふ、面白い事。その美しさと醜さ両方、私のものにしてあげますわ』
 謎めいた言葉が、私の脳裏に直接、注ぎ込まれて来る。
『お前の望み……それは美しくなる事、でよろしくて?』
 私は頷いた。
「あの女より……美しく……お金は、いくらでも払うから」
『お金は要らない。代価は、お前そのもの……』
 美しい。
 今の私は、あの女より美しい。
 それが、私にはわかった。その実感、以外のあらゆるものが、私の中から消え失せてゆく。
『おぞましく憎悪に燃える、お前のその魂魄……分ける事なく、私のものにして差し上げますわね。魄だけ残すと、その美しい身体が醜悪な僵尸に変わってしまうから』
 私の何もかもが、洋館の主に吸い取られてゆく。
『たまりませんわ、この燃えたぎる憎悪と妄執……私の力に、なってゆく……』
 ヴェール越しに流れる声が、震えている。歓喜と、そして憎しみで。
『セレシュ・ウィーラー……それに、私の魄だけを宿した……僵尸よりも無様で醜い、出来損ないの分身体……この世に残しておけない存在を2つ、まとめて滅殺するための力に……』
 謎めいた言葉を聞きながら、私は人形に変わっていった。
 何よりも、誰よりも、あの女よりも美しい人形。
 美、以外のあらゆるものが一切、私から取り除かれたのだ。
 人形だけど、動く事は出来る。これからは、この御方に忠実な侍女として仕え続ける事になる。
 あの女の事など、どうでも良くなるほどの、それは悦びだった。
 私は、この御方の人形なのだから。

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登場人物一覧
【8538/セレシュ・ウィーラー/女/21歳/鍼灸マッサージ師】
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小湊拓也 クリエイターズルームへ
東京怪談
2017年06月28日

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