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『百久遠あったらポテト食べよう!(時々ハンバーガー) 』
地領院 徒歩ja0689

「そして最後に、赤き血にて忌まわしき星を完結させる――」

 満月を浴びた銀のナイフ。地領院 徒歩(ja0689)はそれで指を小さく切り、魔方陣に最後の仕上げを書き加えた。
「フ……フ。完成したぞ……! 三千世界を焼き滅ぼす原初なる混沌――名を呼ぶことすら禁じられし破壊の神の召喚陣が――!」
 彼が立つのは禍々しい魔法陣の真ん中。古びた邪悪な魔導書を片手に、狂気を滲ませた笑みの少年は掌をかざす……。

「邪神よ。今こそ来たりて、世界を我が悲願の糧とせよ!!」

 高らかに言い放てば、魔法陣が血の色に輝き始めた。のたうつ蛇のようなそれが、暗闇をいっそう冒涜的に侵してゆく。空気を世界を震わせる物々しさ――やがて虚空を引き裂いたのは邪悪なる爪。虚無の彼方より現れたのは、見るもおぞましい姿の漆黒、その名は邪神。
「我を呼んだのは、お前か?」
 轟くような低い唸り声。徒歩は悠然とした笑みを浮かべ「いかにも」と頷いた。
「ふむ。願いは……“世界を我が悲願の糧とせよ”だったかな」
 アゴをさする邪神。再び徒歩は「いかにも」と答える。
「はいはい、じゃあ、まずあのでっかい都市からぶっ潰すのね」
 すると邪神はフランクな物言いで掌に邪悪な焔を灯すではないか。
「いや待て……!」
 掌をかざし、止めに入る徒歩。動きを止めた邪神がどうしたのだと首を傾げる。
「ほら、予行演習だから……」
「練習かー。じゃあ隣のベッドタウン的な町にしとく? 焼け野原るの」
「焼け野原を気軽な動詞にするんじゃあない……! そんなスナック感覚で人類を焼くんじゃあない……!」
「あれ? 世界征服か人類滅亡的なこと望んでたんじゃないの?」
「いや、あの……と、ともかく……! 街の破壊だとか、虐殺だとか、そういうのじゃなくってだな……!」
「いや〜……でも我、邪神だし……邪悪の神だし……」
「その邪悪がもたらされるべきは今ではないのだ……!」
 口調は尊大なテイストで頑張っているがいろいろイッパイイッパイ状態の徒歩である。割と言動はアレだが、常識を捨て切れていないのである。
「じゃあなんで我呼んだの?」
 心底不思議そうに邪神が首を傾げた。
「そ、それは……」
 途端に言いよどむ徒歩。沈黙が流れる。
「ははーん」
 邪神が昭和アニメでよく見かけるような仕草で指をパチーンと鳴らした。
「さてはオメー友達いなくて寂しいとかそんなクチだな」
「んな゛ッ!!!」
 少年は弾かれたように顔を上げる。その顔がみるみる赤くなってゆく。
「こッ……れは、あれだ、業なのだ」
「ああカルマ的な」
「そ、そうだカルマだ! 魔眼使いに課せられし、その、宿命が……だな!」
「そっかー……」
「やめろ……共感や理解や同情に持っていくのはやめろ……じわじわ刺さるからやめろ……」
 プルプル肩を震わせる徒歩。と、その時だ。一階から「ご飯よー」という母親の声。「あっ は〜〜い」と半ば反射的に答える徒歩。
「一先ず、だ……! 俺は生贄の子羊を血祭りにあげ、我が糧となすゆえ……」
 気を取り直して徒歩は邪神に振り返る。「ああ晩ご飯ね」と邪神はやっぱりフランクに答える。
「あと羊じゃなくて普通に豚の生姜焼きだぞ」
 邪神アイなら透視力。「うん……」とマジレスに素の返事をする徒歩。「ご飯冷めるわよー」と再び母親の声が聞こえて、彼は「今いく〜〜」と答える。
「い、一度、暇を言い渡す! 安寧を貪るがいい!」
 自室のドアのドアノブに手をかけながら徒歩は邪神にそう言った。邪神は「いってらー」と手を振っていた。







 指先に絆創膏。邪神召喚の際に切った指だが、指先って感覚が鋭いので結構痛いよね。
「思えばささくれみたいな、ちょっと皮がめくれるだけでもアホみたいに痛いもんな」
 絆創膏を見つめていた徒歩に、邪神が影の中からそう語りかけた。
「あ、我は破壊専門だから治療とかそんなんできないからね、メンゴ」
 顔を上げた徒歩の思考を先回るように邪神が言う。少年は溜息を吐いた。
「邪神もなるのか、ささくれ」
「なるよささくれ。冬とか特に」
「そうか……」
 会話はそこで一度とぎれた。

 学校からの帰り道。どこにでもある街の風景。いつもの夕焼け空。
 川沿いの道を歩いているのは、徒歩一人。
 河原の広場では少年草野球の賑やかな声、遠く遠く聞こえてくる。

「お前いつも独りだな」
 暇を持て余した邪神が、長い長い影から問うた。
「ふん、世界を支配する未来を持つ者の運命だな」
 赤き魔眼(という名のカラーコンタクト)をその掌で押さえ、気取った口調で徒歩は答える。「遠くない未来、最終決戦に勝利し、自分が世界を理想郷へ変革する未来を視た」とは彼の弁。真偽は不明。俗に言う中二病。
「そうか」
 それを邪神は――茶化すでもなく疑うでもなく、ただ一言。
「……」
「……」
 そこからは再び静寂だ。そこそこ古いアスファルトを踏みしめる少年の足音。
「ハンバーガーでも食べに行くか? タダ券あるし」
 言葉を発したのはまた邪神からだった。曰く、タダ券はマイレージとのことだ。文明が発達して、迂闊に単独飛行できなくなったとのこと。
 その言葉に、徒歩は。
「……おぅ」
 ただ一言、そう頷いたのであった。
「あ。でも……晩ご飯、」
「食べれるって、成長期の男子なんだし」
 いこうぜ、と邪神が言う。徒歩はそれに答えないまま、真っ直ぐ帰るつもりだった足を――街の方へと向けた。







「……おい」
 今日の帰り道も徒歩一人だった。
「おい邪神、いるか」
 呼びかけてみる。けれど返事はなかった。
「……、なんだあいつ、今日はいないのか……」
 独り言つ。その物言いは心なしかションボリとした小さな声だった。
 そのまま徒歩は真っ直ぐ――これまでしてきたように――自宅へ向かおうとする。
 が。

「なに? 呼んだ?」

 ずるん。影から出てくるのはあの邪神だ。
「ごめんごめんトイレ行ってた」
 いつものフランクな声。少年は歩を止める。「ちなみに我には意識が一〇八つあるんだけど他のはちょっと昼寝したりナンヤカンヤしててさ」などと後頭部を掻くそれに、徒歩は苦笑を浮かべた。
「……邪神もトイレ行くのか」
「そら行くよ、お前も行くだろトイレは」
「行くけどもさ」
「で、ポテト食べに行くか?」
「トイレの話の直後に食事の話か……。まあ、行ってやらんこともないが」
「あれ? なんか機嫌いいじゃん」
「そうか?」
「なんかあったの」
「フ。……別に?」
「いやなんかあったでしょ絶対」
「フン……いずれ来たる理想郷に想いを馳せていただけだ」
「理想郷(ファーストフード店)?」
「違うわ」
「で、ついでにこの街で一番でかいビルでも爆砕しとく?」
「まだその時ではない……」
「やっぱりかー」

 そんな感じで。
 徒歩と邪神の何気ない日常は、ゆるゆると平和に過ぎてゆく――。







「夢か」

 保健部のベッド。上体を起こした徒歩はやっと状況を飲み込んだ。
 うん、そう、夢オチ。多分最初から夢だった。それにしても随分長い夢だった。とにもかくにも思ったことがある。

「めっちゃポテト食べたい……」

 夢の中で散々食べたジャンクなポテト。夢の中で美味しいと感じたあのポテト。テレテッテレテッと揚げ終わったアラームが脳内再生。今更になって徒歩は思う。アレは飯テロの邪神だったのではないかと。



『了』




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地領院 徒歩(ja0689)/男/17歳/アストラルヴァンガード
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エリュシオン
2017年06月29日

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