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『常在戦場 』
スノー ヴェイツaa1482hero001)&稲穂aa0213hero001
 ある晴れた日の昼下がり。
 稲穂はいそがしく動かしていた手を止め、息をついた。
 今日の洗濯と掃除は終わった。炊事はその都度やることだから今はいい。契約主の心配は……してもしょうがない。
 なにせH.O.P.E.のデータベースに掲載されているドレッドノートのスキル情報を開くと、あの忍び装束がどアップで登場していたりするのだ。どこへ出かけているのか知らないが、今日もきっと、そこそこ深刻な事態から這い戻ってくるのだろう。
「ちょっとは忍んだらいいのにね……」
 手ぬぐいで濡れた手を拭き、浴衣の袖をたくしあげていた“たすき”を外した稲穂は、お茶でも淹れようかと踵を返した――そのとき。
 ちゃぶ台の上に置いておいたライヴス通信機「遠雷」が着信音を鳴らした。
「はいー、稲穂ですけどー」
『あ、もしもしオレだけど』
「オレ、オレ……わかった、オレオレ詐欺だねっ! そこになおってなさい! 逆探知して天ちゅ」
『いやいや! そっちライヴス通信機だろ!? こっちはガラケーで、H.O.P.E.に中継してもらってんだよ!』
 冷静になってみれば、聞こえてくるのは覚えがあるどころじゃない声。
 稲穂はこほんと咳払い、最初から冷静でしたよーという体で。
「スノーちゃん。最初に名前言うのが電話の掟でしょ」
『なんか友だちに名前言うのってはずかしくねぇ? あー、ごめん。スノー ヴェイツだけど……』
「あ、うん。はいはい。今日はどうしたの?」

 ガラケーを耳にあてがったスノーは「あのさ」と自分の体を見下ろした。いや、体じゃなくて、「私はセンセイ・ベーカーではありません」とプリントされたTシャツを。
「なんかさ、服、買わないとなんなくってさ。ヒマだったらでいいんだけど、付き合ってくんないか?」
 事の始まりは第二英雄とのやりとり。洒落者の彼のせいで気づいてしまったのだ、彼女自身の服装センスのズレってやつを。いや、自分自身の名誉のために言っておくが、センスは普通にあるはず。問題は、おもしろTシャツを見るとついそれしか目に入らなくなる性だ。
 とりあえずこいつに見せつけてやらないと……オレのマジでガチなおしゃれ服!
 第二英雄の肝臓に左フックを叩き込みつつ、しおらしく思ってはみたものの、じゃあどうすればいいかがわからない。
 あ。オレが信用できないんなら、信用できるオンナノコに聞いたらいいだろ。
 そして思いついた連絡先はひとつしかなくて。
 だからスノーはオフの今日、稲穂へお伺いの電話をかけてみたわけなんだった。
「どうかな?」
『……』
「なんかいそがしかった? ごめん、じゃあ、また今度」
『スノーちゃん』
「え、なにそのひっくい声」
『女の子の「今」に、「今度」なんてないのよ?』
「いやだからなにその声怖いんだけど」
『家にいるのね!? 準備して大至急っ! 行くわよ女の子の戦じょ』
 ブツリ。最後まで言い切らないうちに通話が切れて。呆然としたスノーだけが取り残された。
「って、オレも出かける準備しないと……」
 気合を入れていかないと、ドレッドノートドライブからの疾風怒濤を食らわされそうだ。
 スノーはあわてて衣装の中から勝負Tシャツをあさり始めた。


 30分も経たないうちにスノーの自宅へ乗り込んできた稲穂は、スノーの服装を上から下まで何度もながめ回し。
「ま、素材がいいからなに着てても映えるんだけどねぇ」
 H.O.P.E.グッズ事業部の作「斧魂!」Tシャツとブラックレザーのスキニーパンツを合わせたスノーは、眉を八の字に困らせて。
「ほめてくれんのはありがたいんだけど、服はほめてくれてないよな」
 ふんすふんす。いつもの浴衣じゃなく、訪問着でばしっと固めた稲穂が気合を込めて。
「スノーちゃん、覚悟はいい!?」
「あ、おう。準備じゃなくて覚悟かよ……それよりさ、なんでそんな着物?」
「この一大事に頼ってもらったんだから! まずは私が気合入れないと!」
 赤に染めた綸子へ扇の吉祥紋(演技のいい柄。扇は末広がり(開花・発展)を表わす)を描いた一着は、どちらかと言えば穏やかな印象を持つ稲穂のかわいらしさを鮮やかに引き立ててはいたが……気合、入りすぎじゃね?
「私、絶対スノーちゃんのこと華にしたげるからね!」
「華……?」
 スノーは稲穂に手を引かれ、戦場もとい街へと向かうのだった。

「おこしやすぅ」
 和装で決めた店員がしずしずと頭を下げる。
 見渡す限り、着物。着物。反物。着物。
「稲穂、ここって」
「呉服屋さんよ! 女の子なんだもん。どこにでも着ていける着物の一枚くらいは持ってなきゃ!」
 いや、服屋っていったら普通、ショップとかだろ? ここに来ちゃったらもうアレしかないわけで。
 と、嫌な予感満々なスノーなわけだが。
「私、スノーちゃんのこと最っ高の華にしたげるって約束したの!」
「よろしゅおす! あんじょう見繕いますさかい、任しておくれやすぅ!!」
 やばい。なんか盛り上がってる。稲穂はさ、こういうとこでムダな人付き合いスキル発動するのやめようぜ? あと店員さんもあっさりほだされんのどうよ。
 薄暗い気持ちになりかけたスノーだが、ふと笑みを漏らし。
 ま、ここまで来ちまったんだ。思い切って着ちまうってのも悪くないか。それに、せっかく稲穂ががんばって選んでくれるってんだしな。
 思ってみれば、友だちと買い物なんてなかなかない機会だ。お互い依頼で飛び回っていて、顔を合わせるのも戦場でばかり。
 だよなぁ。こうなりゃなんでもないショッピングっての、楽しませてもらおうぜ。
 スノーは熱く店員と語り合う稲穂へ。
「オレさ、バーっと動きやすいやつだったらなんでもい」
「だめーっ! 襟と袂を乱すなんて、ちゃんとしてない子のすることよっ!」
「そうどす! いらち言うたらあきまへんで!」
 どうやら前途多難なのだった。

「もう夏どすし、青なんぞ目ぇに涼しいてよろしゅおすなぁ」
「スノーちゃんの目とかぶっちゃう。あ、でも、金魚の柄は浴衣っぽくてかわいいわねぇ。うーん、でもスノーちゃんはかわいい系もいいけどやっぱり綺麗系よね……黒とか?」
「やったら襦袢は白やのうて今風の柄物にしまひょ」
 ふたりがかりで着付けされ、できあがったものは。
「なあ、オレ今すっごい花魁なんだけど……」
 観光地の花魁体験ツアーに参加している外国人さながらの姿だった。

 と、いうわけで。
 店員に一時別れを告げ、スノーと稲穂は店内を見て回ることに。
「ごめんねぇ。私、ちょっと先走りすぎちゃって……」
 しょんぼりする稲穂の背をかるく叩き、スノーが口の端を吊り上げた。
「いや、なんか楽しくなってきた! 稲穂に任せっきりじゃなくてさ、オレも思いっきり選ぶぜ! ドレッドノートは前進あるのみだろ?」
 そして。
「夏の着物は涼しさが大事だから裏(地)がつかないのよ」
「まあ、防御力いらないんだし、薄くて手触りいいやつとかだよな」
「柄は……うーん、スノーちゃんの顔立ちに負けないようにってなると、派手めがいいかしら? でも夏だから無地で……帯で遊んじゃう?」
 生地見本をひとつずつ指で確かめ、吊るしの着物の柄を見、ああでもないこうでもないと言い合う。
「しっかし難しいな。斧振り回してるドレノが着物って、なんかイメージしづらくってさ」
 スノーが唸る。いつもの立ち振る舞いには絶対そぐわない衣装、ほんとにオレでも似合うのかな?
 しかし。
「スノーちゃんはわかってない」
「え?」
 稲穂は喉の奥で笑い、疑問符を飛ばすスノーへぴしりと立てた人差し指を突きつけた。
「すぐわかるから。スノーちゃんくらい着物が似合う女の子なんていないんだって」

 スノーと稲穂の着物探しは続く。
「あ、これ――いい感じ」
 生地見本をたぐっていたスノーの指が止まった。
 それは小千谷縮と呼ばれる越後名産の麻織物で、江戸時代に「肌のどこやらが見え透く国の風流」と唄われた逸品だ。撚(よ)りをかけた糸で織った麻布を水につけて凹凸を生じさせる“しぼ寄せ”の加工を施してあるため、肌に貼りつかない。
「うん、小千谷縮ならスノーちゃんの凜々しいお顔にもよく映えるわ! しぼ寄せだから涼しいしね。帯はもちろん名古屋帯よねぇ」
「うん、あのさ、稲穂が言ってるの、オレにはほとんど呪文レベルでわかんないからな? なんか手触りいいなって、それだけだから」
「いいからいいから! 店員さん! 小千谷縮なんだけど、吊るしでお店にあるの全部見せてー!」


「お、落ち着かねぇ」
 レモンイエローに染めあげた小千谷縮と、鮮やかなひまわりを散らした黒の八寸名古屋帯。夏装の定番でありながら、スノーの小麦の肌に映え、瞳の青と髪の赤を引き立たせる一揃いに仕上がっていた。
「裾捌きに気をつけてね。小股でしずしず、よ?」
「それだよなぁ……」
 普段から着物を着慣れている稲穂とちがい、スノーにとっては初の体験だ。やばい。まわり中からものすごい見られてる。
 そしてふたりがやってきたのは、古き良き風情に満ち満ちたパーラーだった。
 スノーは赤い布張りのソファに浅く腰をかけて――深く座ったら、二度と立ち上がれないだろうから――息をつく。いや、帯のせいで息はつけない。
 普通のものとちがい、帯芯(帯の中に入れて形を整える固い布)は入っていないからその分楽なはずだが、だめだ。シロウトにはちがいがさっぱりわからなかった。
「やっぱり大仕事の後は甘いものよね! スノーちゃんはなににする?」
「この店でいちばんうまいやつ」
 それでも注文だけは終えて、ほんの少し深く座りなおした。背中ついたら帯、潰れちまうよなぁ。うあー、めんどくさい。おもしろTシャツの国に帰りたいぜ……。
 心の中で盛大にため息をつきながら、運ばれてきた和風パルフェに銀のスプーンを入れる。お、このソフトクリームうまい。牛乳がいいんだなあ。
 などとパルフェに逃避していた、そのとき。
 あれ?
 視線を感じてふと顔を上げると、まわりの客があわてて顔を逸らした。なんだよ、やっぱおかしいんだろ。オレが着物なんて――
 その中でふたりだけ、目を逸らさずに笑みを投げかけてきた人たちがいた。品のいい老婦人と女の子。
 女の子はぶらぶらさせていた足を止めて。
「おねえさん、きれいねぇ」
 は?
 思わず固まったスノーに、今度は老婦人が。
「最近の若い人は着物に着られてしまう人が多いけど、あなたはちがいますね。でも着こなしよりもなによりもあなたがすごく綺麗だから、つい見とれてしまいましたよ。不愉快な思いをさせてしまっていたならごめんなさいね」
 ええっ!?
 着物の着こなしを決める大きな要因は所作にあるが、生粋の戦士であるスノーは体軸が定まっているから動いても止まっても無駄な上下の跳ねがないし、左右のブレもない。これほどまでに座した背を美しく伸ばしておける者はなかなかいないだろう。でも、そんなことじゃない。ここでいちばん重要なのは――
「綺麗……?」
 あの子もあの人も、オレのこと綺麗って、言ったよな? でもさ、オレってオレだぜ? かっこいいって言われたことあるけど、綺麗ってさあ!
 稲穂はなんでもない顔で、本格的に硬直状態なスノーに言葉を投げた。
「言ったでしょ。スノーちゃんほど着物が似合う女の子はいないって。綺麗だなんて当然。だって素材がちがうんだもの」
 そのすました顔を見て、スノーは苦笑する。
 転がされてんなあ、オレ。でも、ここまで転がしてもらったら、三つ指ついて参りましたって言うしかないよな。
 スノーはまわりからちらちらと向けられる目線を堂々と受け止めた。稲穂に報いるためには縮こまってちゃだめだ。これだけ綺麗にしてもらったんだぜって、他の奴らに見てもらわなきゃさ。ただ。
「……女って毎日戦ってんだなあ。世界が平和になんないわけだぜ」
「私たちドレッドノートは常在戦場、突撃あるのみよ。さ、女の戦場、目いっぱい楽しみましょ」
 そういや稲穂、家でも家事だなんだって戦ってんだもんな。ずっと戦いっぱなしかよ。こりゃかなうわけねえや。
 スノーはあらためて思い知る友人の凄まじさに観念し、蜜のかかったソフトクリームを口に運ぶのだった。
 うん、甘い。
 たまにはこんなかっこして戦うのも悪くないな。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【スノー ヴェイツ(aa1482hero001) / 女性 / 20歳 / 飴のお姉さん】
【稲穂(aa0213hero001) / 女性 / 14歳 / サポートお姉さん】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 技競いし戦場を越え、娘御は華競いし戦場へ踏み出す。其はまさに常在戦場なり。
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2017年06月30日

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