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『角砂糖の数 』
ジュード・エアハートka0410)&エアルドフリスka1856

 隣に立つ、精悍な横顔が強張っているように見えた。七つの頃からの修行の日々、ひとりで立てた無数の墓標……、そんなものたちを、思い出しているのかもしれない。真っ直ぐ前を見据えているかに思える瞳は、実のところは揺らいでいた。
 それならば。
「エアさん」
 ジュードは呼ぶ。不安そうに前など見ないで、自分を見て欲しくて。
「ん? どうしたね、ジュード」
 エアルドフリスが、声の方へ顔を向けた。瞳の揺らぎがぴたりと治まるのを見て取って、ジュードは微笑む。そっと手を繋いだ。
「行こう?」
「……ああ」
 前を見るのなら、熱を分け合いながら共に。



「あらあらまぁまぁ、ようこそおこしやす」
 玄関先で出迎えてくれた女性……とても母親とは思えない若々しさの……に目を見張り、エアルドフリスは一瞬呆気に取られてしまった。慌てて、いつもの礼儀正しさで頭を下げる。
「ありがとうございます。エアルドフリスと申します」
「ジュードの母、グリシーヌでござます。ふふふ、予想以上のイケメンねえ。 あ、ジュードお帰り〜」
「ただいま、母様!」
 ジュードは最初から飛ばしまくる母ににこにこ返事をしてから、傍らの恋人に耳打ちをした。
「胸のある俺だ、って思ってるでしょ?」
「いや……、うん、そうだな、ジュードそっくりだ」
 ジュードのあけすけな物言いに苦笑しつつもエアルドフリスは頷く。グリシーヌはまさしく「女性版ジュード」であるようにしか見えない。
 ふたりは、ポルトワールにあるエアハート邸に来ていた。ジュードの実家だ。「いい加減お付き合いしている人を正式に紹介するように」と催促の手紙が届いたのである。ふたりでの里帰りをジュードが申し出たとき、エアルドフリスは「ジュードの家族にかね? 喜んでご挨拶させて頂くよ」と穏やかに微笑んでいたが、エアハート邸の門扉が近付くにつれ、穏やかさが緊張に取って代わられていた。
「あらあらまぁまぁ、立ち話をさせてしまいましたなぁ。どうぞ、中へ。お茶でもお淹れしょ」
 グリシーヌがその緊張を和らげるように、はんなりと微笑んで家の奥へと案内する。ジュードにとっては我が家なのだが、お客様気分でエアルドフリスと共に案内されてみる。
 しっかりと掃除の行き届いた邸宅の、居心地の良さそうな居間で、ジュードの父・ブルーノと兄・ジーンが出迎えた。どちらも、硬い表情で。
「父様、兄様ただいま。こちら、俺の恋人のエアさん」
 まるで威嚇するような顔のふたりを、ジュードは真逆の笑顔で牽制して、傍らの恋人を紹介する。恋人、という言葉に反応したのか、ブルーノの片頬がひくりと動いた。
「お初にお目に掛かります。エアルドフリスと申します」
 深々とお辞儀をしながら、エアルドフリスは軽いめまいのようなものを感じていた。
 大きな邸宅。そこに揃う、両親と兄弟。聞こえてくる食器の音と、あたたかな湯気の気配。
 まっとうな、家庭。
 ジュードは、ここで育ったのだ。
 今更ながらに、ジュードが良家の子息であること、自分はそんな存在に手を伸ばしたのだということを思い知って、エアルドフリスは気が遠くなりそうだった。
 そんな様子のエアルドフリスを気遣って、ジュードが声をかけようと口を開きかけたとき。
「ご出身はどちらかな」
 息子の恋人を値踏みするように眺めるブルーノが、そう問いかけた。エアルドフリスの喉が、一瞬、ぐ、と詰まる。
「出身、は……、辺境、です」
 絞り出すような返答になってしまったことを、エアルドフリスは悔やんだ。口篭もった彼の様子に、ブルーノの視線がさらに尖ったような気がするからなおのこと。エアルドフリスは、辺境の民であることを誇りに思っている。恥じたことなどない。だが、それでもこの場では胸を張れなかった。あまりに、違い過ぎて。
「ご職業は?」
「ええと……、職人、と言えばいいでしょうか、薬師です」
「へえ、それは、どのくらいの年収なんです?」
 今度は兄・ジーンからだ。
「年収、ですか」
 気にしたこともない事柄への質問に、エアルドフリスは面喰った。愛する子の恋人の収入を気にするのは、当然のことなのだ、おそらくは。どう答えたものかと思案しかけたエアルドフリスの思考は、しかし一瞬にして阻まれることになる。
「ちょっと!」
 目を吊り上げたジュードによって。
「さっきからふたりとも何しとぉ!? まるで詰問みたい!!」
 自分の父と兄を睨みつけ、返答次第ではただではおかないという様子さえ見せたジュードの苛烈な怒りに、ふたりは目に見えて怯んだ。
「だ、大事なことだろう」
「訊き方っていうものがあるでしょ!? 俺は……、俺の家族がエアさんにとっても家族になって欲しいと思って、ふたりでここへ来たのに!!」
 ジュードの怒りには、悲しみが混ざっていた。
「あらあらまぁまぁ、どうしたん? ジュード、そないに大きな声で怒鳴って」
 盆に湯気を漂わせたカップを五つ乗せ、グリシーヌがやってきた。穏やかな口調でジュードを窘めつつ、目線で自分の夫も窘める。ジュードは肩をすぼめて怒りをおさめ、ブルーノとジーンもきまり悪そうに目を逸らした。
 ブルーノもジーンも、ふたりの関係を否定するつもりはない。ジュードの従兄弟・エリオから話を聞いていることもあり、エアルドフリスに対して、詰問せねばならないほどの不信感も実はない。ただ素直に「おめでとう」と言えないだけだ。ジュードとてそれはわかっているが、だからと言ってあの不躾な物言いを黙って見ているわけにはいかなかった。父と兄も、恋人も。どちらも大切な人だから。
 それらをすべて見透かして、グリシーヌはゆったりと微笑んだ。テーブルに盆を置いて、どちらにも忠言することはなく、ただ一言、エアルドフリスに問う。
「エアルドフリス様にとってこの子はどんな存在ですか?」
 その問いは、不思議とエアルドフリスを落ち着かせた。まるで、強張った肩を優しく撫でられたかのように、不要な力が抜けていく。そしてその答えは、するりと口を突いて出た。
「俺の……生きる理由です」
 飾り気のない、真っ直ぐな言葉。それは、聞いている者の胸に響いたと同時に、話す側の心も開かせた。
「俺は……、「よそ者」でした……、いつだってひとりだと思っていました……。それでも、部族の為にやれることがあるのだとわかった矢先に、あっけなく、それは滅びました……」
 訥々と、エアルドフリスは語った。必死に言葉を選んではいたが、そこには韜晦はなく、ただ剥き出しの自分を伝えたいという願いだけがあった。
「十四年もの間、死んだように生きていました。どんなものを食べても、どんなものに触れても、少しの喜びもなかった。味気ないだけでした。そんな俺に……、ジュードは喜びをくれた……。ジュードと出会って、俺は再び生きる実感を得たんです。共に食べる食事の美味しさ、触れた水の清々しさ……、そういう、ものを。辺境の民である誇りを取り戻せたのも、ジュードのおかげです」
 澄んだ瞳を大きく見開いて、ジュードはエアルドフリスの言葉に聞き入っていた。拍動が早くなっているのを感じる。いつも甘く優しい言葉をたくさんもらっているけれど、こんなにも真っ直ぐな言葉で揺さぶられることは稀だ。
 エアルドフリスが、グリシーヌの顔を真っ直ぐに見た。次いで、ジーンの顔と、ブルーノの顔を。
「貰ったものに見合うものを返せるとは思えません。でも俺は、ジュードと在りたい」
 心の底からの本心であることを、真摯な眼差しが裏付けていた。
 グリシーヌが感激して、両手で口元を押さえている。けれど、声を出すことはなく、静かに、ブルーノの言葉を待っていた。ブルーノの顔には依然として笑みはない。しかし、厳めしい強張りはなくなっていた。ゆっくり頷いて、エアルドフリスを柔らかく見据える。
「……ありがとう。ジュードと共に、来てくれてありがとう」
「っ、はい……、はい!」
 息を詰まらせ、必死に返事をしたエアルドフリスの両目は、うっすらと光っていた。傍らには、いつの間にかしっかりと腕を抱き込んで寄り添っている、愛しきジュードの姿があった。
「あらあらまぁまぁ、お熱いこと!」
 グリシーヌがはしゃいだ声をあげてから、テーブルに置いた盆に気がついた。
「あっ、紅茶! 冷めてしまわないうちにお召し上がりくださいな。エアルドフリス様はお砂糖、いくつ入れはります?」
 グリシーヌは尋ねながら、家族の紅茶に勝手に角砂糖を落としこんでいく。誰がいくつの砂糖を使うのか、もう知り尽くしているからだ。
 そう。
 出身地でも、職業でも、過去でもなく。
 ほんとうに知らなければならないのは、そういうこと。家族として知っていくべきは、そういうこと。
「いくつ、って母様、角砂糖、あと一個しかあらへんよ?」
 ジュードがシュガーポットを覗き込んで呆れるように笑う。あらあらまぁまぁ、とグリシーヌはいつもの口癖で困って見せて、ブルーノとジーンも仕方がないなあ、と笑っている。
 これが、家族。
 もう、眩暈のようなものは消えていた。代わりに、言いようのない安堵と喜びが、エアルドフリスの胸を熱くした。
「もう、母様ってば。仕方ない、俺とエアさんは半分ずつでいいよ。ね、エアさん」
 ジュードが微笑んで、半分にした角砂糖を紅茶に入れた。
「ああ。半分ずつ、入れよう」
 手渡されたカップはあたたかく、かすかに甘い香りがした。



 前を見るのなら、熱を分け合って共に。
 家族なのだから、甘さを分け合って、共に。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka0410/ジュード・エアハート/男性/18/猟撃士(イェーガー)】
【ka1856/エアルドフリス/男性/27/魔術師(マギステル)】
【ゲストNPC/ブルーノ・エアハート】
【ゲストNPC/グリシーヌ・エアハート】
【ゲストNPC/ジーン・エアハート】



ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ごきげんいかがでございましょうか。
紺堂カヤでございます。この度はご用命を賜り、誠にありがとうございました。
6月の、ジューンブライドの風に乗せて、おふたりとご家族のお幸せをお祈り申し上げます。
少しでも、お手伝いができていたならば幸いです。
イベントノベル(パーティ) -
紺堂カヤ クリエイターズルームへ
ファナティックブラッド
2017年06月30日

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