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『誰もいない街に、誰かがいる』
イアル・ミラール7523

 阿部ヒミコは、イアル・ミラールに蹂躙された。喰い尽くされた。愛でられ尽くした。
 イアルはヒミコを、辱めながら溺愛し、虐げながら慈しみ続けた。
 ヒミコはイアルに、様々な事をされた。同時に、様々な事をした。
 ヒミコが上になり下になり、イアルが下になり上になった。
 溶けた理性が、渦巻いて沸騰し、弾けて失せた。
(ママと、私……溶けて、とけあって……ひとつに……)
 そんな事を、ヒミコは本気で思った。


「馬鹿馬鹿しい……そんな事あるわけが、ないじゃないのっ……!」
 快楽の余熱が、ゆっくりと冷めてゆく。それと共にヒミコは正気を取り戻していった。
「誰がママよ……! 何が、溶け合って1つになると言うわけ? 私の馬鹿ッ!」
 先程までの己の有り様を思い出しながらヒミコは、氷の塊に閉じ込められたイアルを睨み据えた。
 ここ『誰もいない街』の中では、いかなる相手も阿部ヒミコの思いのままだ。このように凍り付かせる事も出来る。石像や人形に変える事も出来る。
 この街では、自分は神なのだ。女王なのだ。
 イアル・ミラールなど、女王に仕えるメイドに過ぎない。
 そのメイドが、野獣となって牙を剥き、女王に狼藉を働いた。
 万死に値する罪である。
「許さない……私の、友達のくせに……ッ!」
 ヒミコは歯を食いしばり、呻いた。
「友達が、こんな事……していいわけがないでしょう!? 友達というのはねえ、ただ私に尽くして、私に貢いで、何か無様で滑稽な事をして私を笑わせるだけの存在なのよ! こんな、あんな……あんな事を……」
 快感の余韻が、全身で、仄かに熱を持っている。
 その熱が、頭に昇ってゆく。
 ヒミコは今、まともな思考能力を完全に失っていた。
「許せない……!」
 凍りついたイアルを、睨み据える。
 このまま粉砕する。氷まみれの挽肉に変えてやる。
 ヒミコは本気で、そう思った。万死に値する不敬をしでかしたメイドに対する、相応の罰だ。
 罰を与える。
 そう思いながらヒミコは、イアルを睨み続けた。
 睨む瞳が、涙に沈んでゆく。
 イアルを内包する氷の塊に、ヒミコはすがりついていた。
「…………ママ…………まま……ぁ……」
 そんな言葉を発しながら、氷塊に頬を擦り寄せる。
 冷たい。だがすぐに、涙で温かくなった。


 イアル・ミラールは、何にでもなれる。
 薄幸のヒロイン『裸足の王女』でありながら、勇壮なる鏡幻龍の巫女戦士であり、献身的なメイドでありつつ、獰猛な野獣にもなれる。
 今はヒミコの、友達であり、ペットであった。
 自分は飼い主なのだから、ペットの世話をしなければならない。
「ああもう、何なのこれは……いくら洗ってあげても、変な臭いをさせて」
「がぁう……ぐるるるる……」
 イアルが、くすぐったそうに身悶えをしている。
 今の彼女は、牝獣だった。牝としては有り得ないものを生やした獣。
 その部分が、いくら洗っても、嫌らしい臭いを発している。
 当然と言えば当然だった。それは汚れによる悪臭ではなく、今のイアルの内部から滲み出てくる獣の臭いなのだから。
 獣らしく、家のあちこちで粗相をしてくれた。
 ようやく掃除が終わったので、一緒に風呂に入っているところである。
「本当はね、貴女が掃除をしなければいけないのよ? 私のメイドなのだから……と言うか、貴女のお漏らしなんだからっ」
「がうっ、くふぅん」
 何やら、おかしな事になっている。
 裸足の王女を、この街に連れて来たのは、こんな事をするためではなかったのだが。
(私……一体、何をしているの……?)
 ぼやくような気持ちのままヒミコは、イアルを洗い続けた。
 洗われながら、イアルが甘えてくる。
「くぅん、くぅーん、わう」
「ちょっと、また……」
 浴室のタイルの上に、ヒミコは押し倒されていた。
 また凍らせてやる、とヒミコは思った。凍らせるのは、いつでも出来る、とも思った。
 今度は石像にしてやってもいい。端末に閉じ込めて、壁紙にしてやるのも悪くはない。
 そんな事を思いつつヒミコは、イアルによる狼藉に身を委ねていった。


 ここ『誰もいない街』において、阿部ヒミコは女神である。造物主である。
 食事など、腹が減ったと感じたら、食べたいものがいつの間にかそこにある。誰かに作ってもらう必要などない。
 こんなものは茶番でしかないと、ヒミコも頭では理解しているのだ。
「ヒミコ?。もう、いつまで寝てるの」
 母親の声と、味噌汁の匂いで目を覚ます。まさしく茶番だ。
 顔を洗い、制服に着替えてダイニングへ向かう。
 テーブル上に、作りたての朝食が並んでいる。
 白米のご飯に味噌汁、焼き魚に玉子焼き。
 作ってくれたのは無論、母親である。
 ……否、キッチンに立っているのは母親ではない。エプロン姿の、イアル・ミラールだ。
 いや違う、母親である。
 浴室で、快楽の果てに全ての人格を放出してしまったイアル。
 空っぽとなった彼女に、ヒミコは新しいものを注入してみた。
 結果、何にでもなれるイアルが、今度はヒミコの母親となったのだ。
 もはや、茶番ですらなかった。
「いただきまーす!」
 母娘でテーブルを挟んで向かい合い、手を合わせる。
 味噌汁が美味しい。魚の焼き加減も絶妙だ。玉子焼きは、それらに比べると今ひとつかも知れない。
 イアルが微笑みかけてくる。
「宿題はやった?」
「もー。せっかくの美味しい朝ごはん台無しになっちゃうようなお話、何でするかなぁママは」
 行儀悪く箸を振り立て、ヒミコは文句を言った。
「ちゃんとやってあるもん……半分くらい。あとはいいの、友達に写させてもらうから」
「駄目よヒミコ。先生に言われた事くらい、ちゃんと出来ないと。大人になってから苦労するわよ」
「私ずっと子供だからいいの。ずぅっと、ママと一緒なんだから」
「この甘えん坊さんは、誰に似ちゃったのかしらねえ」
 イアルが、穏やかに苦笑している。
 ずっとこのままでいたい、とヒミコは思うが、そろそろ学校へ行く時間である。
 朝食を平らげ、歯を磨き、家を出る。
 イアルが、玄関先まで見送りに出て来てくれた。
「行ってらっしゃい。車に気を付けるのよ?」
 車など通るはずがない事を、この若い母親は知っているのか、いないのか。
 とにかくヒミコは、
「行って来まぁす!」
 元気良く言い残し、学校へと向かった。
 心が弾む。足取りも弾む。
 その足が、ふと止まった。
 ヒミコは見回した。
 視界の全てが、夜の街。永遠に明けない夜だ。朝にはならない。
 学校など、永遠に始まらない。
 宿題を写させてくれる友達は、いない。友達など、1人もいないのだ。
 ヒミコはくるりと踵を返し、家の玄関まで駆け戻り、扉を開けた。
「ヒミコ……どうしたの? 忘れ物?」
 イアルがそこにいて、怪訝そうにしている。
 問いかけに答える事なく、ヒミコは飛びついていた。
 しなやかな細腕と、豊かな胸の柔らかな圧力が、迎えてくれた。
「ママ……!」
 イアルの抱擁の中で、ヒミコは泣きじゃくった。
「誰もいない……だれも、いないよう……ママぁ……」
 当然である。ここは『誰もいない街』なのだ。
「……私が、いるじゃないの」
 イアルの囁きが、ヒミコの耳朶を優しくくすぐった。
「ヒミコには、私が……ね? ずっと、いてあげるから……」


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登場人物一覧
【7523/イアル・ミラール/女/20歳/裸足の王女】
【NPCA020/阿部・ヒミコ/女/16歳/心霊テロリスト】
東京怪談ノベル(シングル) -
小湊拓也 クリエイターズルームへ
東京怪談
2017年07月03日

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