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『スイート&ビター 』
ファルス・ティレイラ3733


 ファルス・ティレイラは一冊の本を興味深そうに眺めていた。
 なんでも屋……特に飛翔能力と空間転移能力を活かしての配達業を営んでいるティレイラは、その日もいつもの通り配達のお仕事をこなし、いつもの通りお代を貰い、いつもとは違うものをついでにお客から手渡された。なんでも本の中の世界に潜り込める魔法の本であるらしい。
「本の世界って……どういう風になってるのかな」
 好奇心と冒険心共に旺盛なティレイラが、珍しい品と世界に興味を持たない筈がなく。さっそく教えてもらった手順を踏むと、躊躇いなど一切せずに本の世界へ飛び込んだ。鬼が出るか蛇が出るか……と内心ドキドキしていたティレイラの予想は、とてもいい方向に裏切られる事になる。
「わあ……」
 眼前に開けた光景にティレイラは瞳はキラキラさせた。まず目の前に飛び込んできたのはチョコレートの巨大な噴水。その少し奥の方をクッキー製の馬車が走り、足下に目を向ければドロップ製の石畳。空を見上げれば飴細工の蝶がひらひらと優雅に飛んでいる。
 そこはお菓子の世界だった。右を見ても左を見ても何もかもがお菓子で出来ており、甘く美味しそうな匂いが絶えず嗅覚を刺激する。圧倒的大多数の女の子がうっとりするだろう世界に、ティレイラもまたうっとりと表情を緩めていた。
「これ、全部食べてもいいのかな……?」
 もちろんさすがに全てを食べるのは胃袋的に無理だろうが、ティレイラはさっそく試しに、と近くに生えていたチューリップの蕾を一つ摘んで口へと運んだ。ムースで出来た花びらは口の中でほろりととろけ、上品な甘さと美味しさにティレイラは満面の笑みを零す。
「おいしーい。あ、これも食べてみよう。あれはどんな味がするのかな」
 とにかく手当たり次第近くのお菓子を堪能した後、「今度はあっちに行ってみよう」、とティレイラは竜の翼をばさりと広げ大空へと舞い上がった。モンブラン山をぐるっと回り、氷砂糖の鍾乳洞をはしゃぎながら歩き周り……感動と共にお菓子の世界を飛び回っていたティレイラは、今度はバームクーヘンの森を目指し自慢の翼を打ち鳴らす。
「あら、あの子可愛いわ。いい素材になりそうね」
 と、その森に住んでいた一人の女性が、空を飛び回る竜少女を見つけ魅惑的なアルトで呟いた。この女性、実はお菓子世界の住人の魔女であり、展覧会に出品する魔法菓子作品を考えている最中だった。その頭上をたまたま通り掛かったティレイラが、魔法菓子作品の素材として魔女のお眼鏡にかなったワケだ。よくも悪くも。
 魔女はお菓子の杖を振り、巨大なチョコ菓子の魔物を一匹召喚した。そして今頭上を通り過ぎていったばかりの竜少女へ差し向ける。
「……え?」
 何か、後ろから飛んでくる、とティレイラが振り返ったその時、チョコ菓子の魔物は大きな口をめいっぱいに開けていた。一瞬固まったティレイラだったがすんでの所で魔物の大きな口を回避し、バクバクと鳴る心臓を必死の思いで押さえ付ける。
「な、何よあなた! いきなり襲い掛かるなんて……ひゃう!」
 ティレイラは抗議の声を上げたが、魔女に操られるチョコ菓子の魔物に声が届く筈もなく。ティレイラは逃げ回り、喚声を上げながら火炎球を打ち出すも、魔物は思ったよりも素早く攻撃はことごとく避けられてしまう。
 そしてついに。
「あ」
 ばくん。
 ティレイラは食べられるように魔物のお腹に捕らえられた。もちろん渾身の力で暴れるが、魔力を封じられているのか文字通り手も足も出ない。
「ふ、ふあ、何?」
 と、ティレイラは全身に何かがまとわりついている事に気が付いた。どこかふんわりと温かく、ティレイラの柔肌に吸い付くように広がっていく。甘い匂いと口に入り込んだ味に、それがチョコだと気付いた時にはもう遅く。
「や、やだぁ! 出して! 出してよう、ここから出して!」
 ティレイラは力いっぱい叫んだが、せっかくの可愛らしい素材を魔女が手放す筈もなく。魔物のお腹の中でころんころんと転がされ、腕に、脚に、翼に、尻尾にどんどんチョコがまとわりつく。あたふたともがいてもチョコに身体が沈むだけで、口に入り込むチョコレートを止める手段さえありはしない。
「やだあ、溺れちゃう、チョコレートで溺れちゃう! お願い、ここから出し……ぶくぶく……」

「まあ、思った通り。とっても可愛く仕上がったわ!」
 目の前の魔法菓子作品に魔女はポンと両手を打った。魔物に吐き出させたもの……それはチョコレートで出来た竜少女の彫像だった。固さはカチカチではあるが少女の滑らかな曲線は忠実に残されており、「美味しそうなお菓子」「素晴らしい芸術品」を見事に両立させている。
「さあ、この子を展覧会に運ぶわよ!」
 かくして展覧会は大盛況。雄大な翼と尻尾を持つ、「まるで生きているような」竜少女もさる事ながら、近付くとふわりと甘く漂うチョコレートの香りも堪らない。可愛らしい少女のチョコ像は多くの住人にちやほやされ、魔女も大満足。
 ただし。
「(ううう……これ、いつになったら解いてもらえるの……?)」
 ティレイラの心はビターだった。極上のチョコレートに全身を包まれながら、ティレイラの心はブラックコーヒーを凌駕する程にビターだった。お菓子は好きだ。チョコだって好きだ。でもそれは自分がお菓子やチョコになりたい、という訳ではない。
 だが、どんなにもがいてもティレイラにはどうする事も出来ず。鼻腔に充満するチョコの匂いにうっとりする、訳にもいかず、ティレイラは心の中で重く息を吐き出した。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【3733/ファルス・ティレイラ/女性/15歳/配達屋さん(なんでも屋さん)】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 こんにちは、雪虫です。またまたのご指名誠にありがとうございました。
 うきうきスイートからしょんぼりビターな雰囲気を重点に書かせて頂きました。
 お気に召して頂ければ幸いです。またの機会がありましたらどうぞよろしくお願いします。
東京怪談ノベル(シングル) -
雪虫 クリエイターズルームへ
東京怪談
2017年07月06日

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