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『明け方の夢、暮れの現 』
日暮仙寿aa4519


 それは、有り得たかもしれないひとつの現実。
 けれど、その中で生きるものにとっては、紛れもなくただひとつの真実。

 そのひとつの流れの中で、不知火あけび(aa4519hero001)は夢を見ていた。
 この世界に来てからというもの、頭の隅で燻り続けるひとつの疑念。不安。恐れ。
 それが夢という形で、あけびの心を蝕んでいた。

 天魔との戦いが最終局面を迎えた、あの時。
 あけびは兄貴分の不知火藤忠(jc2194)と共に、神界の最上層へと足を踏み入れていた。
 仲間達と想いを会わせ、神王を退けた最後の決戦。
 そこに、あの懐かしい姿もあった。
「お師匠様……!」
 別れた時と寸分も違うことのない、その姿を見間違えるはずもない。
 いや、もし変わってしまったとしても、あけびには難なく見分けられただろう。
 しかし――彼は神王の側にあった。
 神王を守り、あけび達に刃を向けるその瞳は真っ直ぐで、何かに操られているようには見えない。
「やはり、お前を生かしておくべきではなかった」
 感情の消えた言葉が耳を打つ。
 しかし、あけびもここで退くわけにはいかなかった。
 愛刀小烏丸の切っ先は、迷うことなく彼の心臓に向けられている。
「お師匠様、私は未来に行くよ。お師匠様が言ってくれた……私は明ける日だから!」
 手の中に重い感触が残る。
 けれど、それが何を斬った重みなのか、あけびには思い出すことが出来なかった。

 夢はいつも、そこで途切れていたから――


「……また、あの夢……」
 じっとりと汗ばんだ背中にパジャマが貼り付いている。
 あけびの部屋は、元の世界にいた頃と殆ど同じデザインになっていた。
 焦げ茶色を基調にした大正浪漫風味で、広めの窓に格子戸に、レトロなペンダントライト、アンティークな家具に、ふかふかベッド。
 その枕元に愛刀を飾ってあるのも、元の部屋と同じだ。
 けれど、ここには木通の蓋付香炉がない。
 三人で撮った写真もない。
 来たばかりの頃はそれに気付くたびに心が重く沈んだものだが、今ではもうすっかりこの世界に馴染んでしまい、むしろその事実に安堵するようになっていた。
「そうだよね、もうここが私の世界だもん」
 立ち上がってカーテンを開けると、窓の外はうっすらと霞がかかったように白っぽく見えた。
 まだ明け切らない、夜と朝の狭間を漂う特別な時間。
 幸せな夜を共に過ごした朝日と夕日が、暫しの別れを惜しんで「もう少しだけ」と足踏みしているようなこの時間帯が、あけびは好きだった。
 いつもなら、それを微笑ましく思ってほっこりするのだが――あの夢を見た朝は、まるで永別を嘆いて色を失っているように見える。
 けれど実際はそんなはずもなく、あけびの心境とは無関係に、当たり前のように夜は朝へと移り変わっていく。
「仙寿様、もう朝稽古始めてるかな」
 もうひとりの彼に、ふと会いたくなった。


「なんだ、お前も汗を流しに来たのか」
 刀を振る手を止めて、日暮仙寿(aa4519)は道場の戸口に立つあけびを振り返る。
「ううん、今日は遠慮しとく」
「……そうか」
 素っ気なく答えて、仙寿は再び素振りに戻った。
 が、見られていると思うと何となく気が散る……いや、剣客たる者いついかなる場合でも心を乱してはならないと、それはわかっているのだが。
 やはり自分はまだまだ蕾なのだと改めて認識を深め、諦めて刀を下ろす。
「やめた」
「え?」
「そんな顔して立ってられたんじゃ、気になって集中できないだろ」
「あ、ごめん邪魔だったね。また後で――」
「誰がそんなこと言った」
 仙寿は開け放した窓枠に掛けてあったタオルを取ると、顔の汗を拭きながらあけびに向き直った。
「何か言いたそうな顔してるぞ。聞いてやるからさっさと言え」
 何故かやたらと偉そうに言うのは、照れ隠しなのだろう。
 男子高校生とは、優しい言葉や態度をやたらと恥ずかしがる生き物なのだ。
「……うん、あのね……」
 窓際に詰んであった丸い藁座布団の山に腰をかけ、あけびは切り出す。
「いつも見る夢のこと、仙寿様には話したよね」
「ああ、師匠がどうしたとかいう、あれか」
「なんでそんな夢を見るのかなって考えたら……怖くなったんだ」
 何度も同じ夢を見るのは、それが夢ではなく記憶の反芻だからではないだろうか。
 そして、いつも最後が尻切れトンボになるのは、その先に続く物語を自分が封印したからではないだろうか。
「ほら、部分的な記憶喪失ってあるでしょ?」
「ひどいショックを受けるとそんな症状が出るって話は聞いたことあるな」
「うん。私の場合……それが、お師匠様に関係することなのかなって」
「どんな?」
「もしかしたら、私……お師匠様を……」
 殺してしまったのかも、とは言えなかった。
 けれど、それは言葉にしなくても伝わったようだ。
「馬鹿かお前は!」
 言葉の拳が飛んで来た。
 あけびが男だったら、実際に殴られていたかもしれない。
「そんなこと、お前に出来るわけないだろ!」
「でも私は忍だよ? もし、お師匠様が敵に回ってしまったら……斬らなきゃいけない理由があるなら……」
 一切の情を捨てて、斬る。
 それが忍だ。
「でも、お前はサムライなんだろ?」
 サムライはたとえ斬るべき相手であろうとも、そこに救うべき光を見付けるものだ。
「それに、お前の師匠自慢は嫌ってほど聞かされてる。俺の印象じゃ、そいつが敵に回るなんて有り得ないな」
「……うん、そうだね。そうだよね。ありがとう仙寿様」
 あけびの表情が僅かに明るくなった。
 が、まだ完全に陰が拭い去られたわけではないようだ。
「そんなに不安なら、行って見て来ればいいだろ」

 とん。

 仙寿はあけびの額に人差し指を突き立てた。
「え?」
 いったい何を――と思う間もなく、あけびの意識は光の中に飲み込まれていった。




 気が付けば、あけびは見覚えのある場所にいた。
 足下には草原が広がり、傍らには藤忠、そして仲間達がいる。
 そして目の前には――大きく広げた純白の翼があった。
「お師匠様!?」
 その背に、曼珠沙華のような真っ赤な花が咲いた。
 それが血飛沫だと気付いたのは、花の形が崩れて背に流れた時のこと。
 半身を後ろに向け、彼は掠れた声で囁いた。
「……あけび、無事か……」
「お師匠様!!」
 あけびが駆け寄るよりも先に、その膝が崩れる。
 息を呑んで立ちすくむあけびの肩に、藤忠の手が置かれた。
「大丈夫だ、息はある。救護班に任せて、俺達は俺達の仕事をしよう」
 その手が微かに震えている。
 藤忠も親友のもとに駆け寄りたくて仕方がないのだ。
 けれど、自分達にはやるべきことがある。
「そうだね。まずは未来を手に入れないと!」
 あけびは全力で抵抗する意識を力ずくで引き剥がすと、それを決意と共に神王へと向けた。
「絶対に勝って、また三人で――!」


 日暮仙寿之介は、夢を見ていた。

 戦いの終盤、彼は人間達が神界に足を踏み入れたことを知る。
 抵抗など出来はしないと高を括っていた彼等が、遂にそこまで辿り着いた――いや、考えてみれば、それは驚くにはあたらないのかもしれない。
 仙寿之介は知っていた。
 人間という種族が如何に成長著しく、また頑固で諦めの悪い者達であるかを。
「あの二人も来ているのだろうな」
 もう二度と関わらないと決めたはずなのに、仙寿之介の耳には彼等の噂が飛び込んで来る。
 それは彼が無意識に情報を求めているせいか、それとも彼等が日常的に噂になるほど力を付けたせいか。
「これほどの成長を遂げるとは、やはり惜しいことをしたな」
 あの娘を覚醒前に手に入れておけばよかった。
 そうすれば人間としての寿命を越えて、ずっと手元に置くことも――いやいや、自分が欲しいのはあの娘の使徒としての力であって……
 しかし、いずれにしてもそれはもう意味のないことだ。
 神王を倒せば旧来の体制は崩壊する。
 そして、その瞬間はもう目の前に迫っていた。

 種族を越えた力を結集して挑んだ最終決戦。
 仙寿之介の姿もまた、神界にあった。
 その視線が見据える先に、懐かしい背中が見える。
 藤忠はあまり変わっていないようだ。
 相変わらず物腰が柔らかく、黙っていればお姫様のように可愛らしい。
 しかし、あけびは――
 五年の歳月など、天使にとってはほんの瞬きをする間にも等しい。
 だが人間にとって、特に子供にとっては、外見を全く変えてしまうほどの長いものだった。
 ひょろりと細く頼りなかった両腕は、しなやかな若枝のように折れない強さを身に着けている。
 背丈も伸びて、身体のメリハリも……いや、そこはまだ期待の余地があるかもしれない。
(「良い女、と呼ぶにはまだ早いか」)
 くすりと笑って、仙寿之介は彼等に気取られないようにそっと距離を取る。
 そのまま、姿を晒すことなく見守るつもりだったのだが……

 気が付いた時には、仙寿之介はあけびを狙った攻撃をその身で防いでいた。


「姫叔父、お師匠様大丈夫かな、大丈夫だよね、目を覚ましてくれるよね?」
「落ち着け、あけび。あいつがそう簡単にくたばるはずがないだろう」
 真っ白な病室。
 昏々と眠り続ける仙寿之介の枕元で、あけびと藤忠が声を潜めて話している。
「うん、そうだよね……」
 あけびは別れの日に仙寿之介から託された守護刀「小烏丸」を胸に抱きかかえた。
 当時、記憶を消されていたあけびは、その刀が誰のものなのか、何の意味があるのか、全くわからなかった。
 けれど何故か、それが自分に託されたものだということだけは理解出来た。
 以来ずっと、それはお守りとして彼女の腰にある。
「私がずっと付いててあげればよかったのかな」
 大丈夫だと言われ、自分でもそう信じているけれど、待つ時間が長くなるほどに不安は募る。
「お師匠様は私を庇って重症を負ったのに、私は手当もせずに……だから目を覚ましてくれないのかな」
 やっと会えたのに、このままお別れになってしまったら。
「……馬鹿だな」
 俯いたあけびの耳に、幻聴が聞こえた。
 いや、幻ではない。
 顔を上げると、仙寿之介がうっすらと目を開けていた。
「俺がそんなことでヘソを曲げるとでも思うのか」
「有り得るな、お前なら」
 藤忠の言葉に、あけびも思わず頷いてしまう。
 頷きながら、じわりとこみ上げてくる嬉しさが頬を濡らした。
「……お師匠様、よかった……」
「ようやく帰って来たな。お帰り、仙寿」
 改めて二人と顔を合わせてみると、やはり気まずい。
 思えば自分は、この二人に相当ひどい仕打ちをしたはずなのだ。
 使徒にするためあけびに近付き、それが叶わないと知ればあっさりと捨てて……記憶まで消して。
 友と慕ってくれた藤忠には、毒入りの酒で自分を殺すように仕向けた。
 なのに、この二人はどうしてこんなに嬉しそうに自分を迎えてくれるのだろう。
 わからない。
 わからないけれど、不思議と心地良かった。
「その簪、まだ持っていたのか」
「うん、だってお師匠様にもらった大事な宝物だもん」
 仙寿之介に言われ、あけびは髪に挿した木通の簪を外して見せた。
 古ぼけた簪には、あちこちに修繕の跡が見てとれる。
 本当に大事にされているのだと思うと、不覚にも鼻の奥が熱くなった。
「その刀も、お前が持っているとは思わなかった」
「どうして? お師匠様が私に託してくれたんでしょ?」
「それは、そうだが……」
 記憶は消したはずなのに、何故。
「あのね、最初は誰かの忘れ物だと思ったんだ。でも手を触れたら……これをお前に託すって、誰かを救うための刃であれって、そんな声が聞こえた気がして」
 しかし、それを抜いたことは一度もない。
「これはお守りだから、抜いたら効力がなくなっちゃう気がして」
 それに、ここに封じられていた仙寿之介の想いも解き放たれて消えてしまうような気がして。
「でも、もう大丈夫だね! いつでもお師匠様に注入してもらえるし、お師匠様はずっとここにいるんだから!」
「ここ、とは……この部屋か? ここは病院だろう? 俺は退院させてはもらえないのだろうか」
「そういう意味じゃない」
 仙寿之介のかなりマジっぽいボケに、藤忠が裏拳でツッコミを入れる――ただし当てないように。
「お前の部屋はもう用意してある。その足がはみ出さない、大きなベッドもな。他に必要なものは三人で買いに行こう。だから……早くその傷を治せ」
「ね、お師匠様。また三人で一緒に暮らせるよね? 天界に帰ったりしないよね?」
 そう言ってから、あけびは自分の言い分が小さな子供のようだと気付いたのか、ゆっくりと首を振った。
「……ううん、帰ってもいいよ。でも黙って消えたりしないで。もう、あんな思いはしたくない……!」
 帰ってもいいと言いながら、その顔は今にも大声で泣き出しそうな、子供そのもの。
 それを見て、仙寿之介は悟った――完敗だ、と。
 この二人には敵わない。
 そして自分も、彼等のもとに戻れたことを嬉しいと感じている。
 認めるしかなかった。
「俺は、この世界で……お前達と共に暮らしたい。共に生きて、お前達の行く末を見届けたい」
 戻りたかった。
 本当はずっと傍にいてやりたかった。
「すまなかったな、二人とも」
「何故お前が謝る」
「そうだよ、お師匠様は何も悪くないよ!」
 ずっと抱えていた、胸のしこりが溶けていく。
「ありがとう」
 そんな言葉が素直に出た。
「あけび、怪我を治したら手合わせをしよう。藤忠とは――」
「酒だ」
 即答である。
「俺はずっと、お前と一緒に飲みたいと思ってたんだ」
 仙寿之介が好きだった酒も用意してある。
 本当は新しい部屋に三人が揃ったところで酒盛りをするつもりだったが、善は急げだ。

 翌日。
「仙寿、約束の酒だ!」
 そして始まる酒盛り、ここは病室だなんて気にしちゃいけない。
「お前は怪我人であって病人ではない、それに酒は百薬の長とも言うしな」
「藤忠、お前……飲兵衛だったのか」
「私もきっと強いよ! あ、でも今はこれで我慢するけどね」
 二人は日本酒、あけびはお茶で。
「私が飲めるようになったら、今度は三人で酒盛りしようね!」
「あと四年か、しかし今までの五年間に比べればあっという間だろうな」
「うん、今度は三人一緒だもんね!」
 楽しそうに話すあけびと藤忠を見て、仙寿之介がぽつり。
「お前達、結婚するのか?」
 ド直球、しかし大暴投。
「ちがうよ! 姫叔父には可愛い彼女がいるし!」
「ほう? で、お前は?」
「私は……べつに、その、欲しいと思ったこと、ないし」
 言えない、目の前のあなたが初恋の人ですなんて、そんな。
「先のことはわからないけど、でも今は三人でいたいな。ね、姫叔父?」
「そうだな、俺もこいつの補佐役としての勉強があるし、当分は今の生活を続けるつもりだ」
 そう言って、藤忠は何か良いことを思い付いた表情になる。
「そうだ、いっそ三人で久遠ヶ原学園で学ぶのはどうだ? あけびも大学まではいるだろう」
「あっ、それ良い! お師匠様が大学生か……あれ、想像付かない」
「藤忠、俺に何を学べと言うのだ」
「まずは現代社会の基礎知識だな。その世間知らずをどうにかしないと、この世界で暮らすのは難しいだろう」
「でもそういうのって、大学で教わるようなことだっけ?」
 未来に夢を馳せながら、次々と空になっていく一升瓶。
 看護師に見付かってこってり絞られるまで、酒盛りは続いた。

 そしてまた、ある時は――
「お師匠様、これ北海道のお土産だよ!」
 オレンジ色のガーベラを花束にして、あけびが差し出す。
「出来たばっかりの新しい花なんだよ。名前も私が付けたんだ、暮れの日って」
「暮れの日……それは、俺のことか?」
「うん。うちに鉢植えもあるから、たくさん増やそうね!」
 それからと、あけびは籠いっぱいの真っ赤なイチゴを差し出した。
「摘みたてだよ、すっごく甘くて美味しいんだ!」
 ところが仙寿之介は予想外の反応。
「これは、何だ?」
「えっ、お師匠様イチゴ知らないの!?」
 そう言えば、あけびの家にいた頃はイチゴが食卓に上ることはなかった気がする。
「食べてみて、もうほんとに美味しいんだから!」
 盛大にプッシュされ、仙寿之介は恐る恐る一粒口に入れてみる。
 二粒、三粒……あっという間に完食。
 イチゴスキー爆誕の瞬間だった。

 また別の日。
「仙寿、勉強の時間だ!」
 今度は藤忠が本やノートパソコン、ポータブルDVDなどを山ほど抱えて来る。
「入院中の時間は有効に使わないとな」
 本やDVDの中身は小学校低学年からの社会科学習を扱ったもの。
「藤忠、お前は俺を何だと思っている」
「人界知らずの天然天使だな」
 反論は出来ないけれど、せめて中学からにしてくれないかな。

 そんな調子で、あけびと藤忠が入れ替わり立ち替わり、時には二人一緒に病室を訪れるものだから、仙寿之介は退屈している暇もない。
 それどころか寝不足になる有様だったが――それでも何とか、無事に退院の日を迎えることが出来た。

 そして、いよいよ二人が用意した新居に移るという、その日――




「お前は消えた」
 その声に、あけびは弾かれたように顔を上げる。
 そこは道場の片隅で、あけびは藁座布団の山に腰かけていた。
「今度はお前が、何も言わずに消えてしまった」
 今のは夢だったのだろうか。
 だとしたら、夢から覚めてもまだ夢を見ているのだろうか。

 だって、仙寿様が二人いる。
 仙寿と仙寿之介が、ビフォーアフターみたいに並んでる。

「探したぞ、あけび」
 仙寿之介がすっと目を細める。
 そんな柔らかな笑みは、初めて見た気がした。
「……え……? でも、だって、お師匠様……どうして……?」
「俺は天使だぞ。並行世界にゲートを開くのは、俺達の得意とするところだ」
「じゃあ……本物? 本物の、お師匠様?」
「俺が偽物に見えるのか?」
 その問いに、あけびはぶんぶんと首を振る。
 面白くなさそうに横を向いた仙寿が、少し尖った声で独り言のように呟いた。
「だから言っただろ、お前には出来ねーって」
「うん、そうだね……って、仙寿様なんか怒ってる?」
「べつに怒ってねーし!」
 あけびと仙寿之介が仲よさげだからヤキモチ妬いてるだけだし、なんてことは秘密だぞ!
「……そうか、私……怪我したお師匠様のこと放って戦いに行っちゃったから……」
 それで無意識に罪悪感を感じ、不安を募らせ、殺してしまったかもしれないと考えるようになったのだろうか。
 でも、真相は違った。
「お師匠様、ありがとう。でも……結局私は守られてばかりなんだね」
 あけびは仙寿に託した守り刀に視線を落とす。
「私も、誰かを救う刃でありたかったのに」
 その髪に、仙寿之介の手が触れた。
 ほんのりとした温かさが、じわりと広がってあけびの心をほぐす。
「お前は俺を救った……それで充分だ」
「え? 私は何も……」
「お前を使徒にしていたら、俺は今頃ただの駒として、お前と共に命を落としていただろう」
 だから、もう充分。
「今度はそこの蕾を救ってやれ」
 仙寿之介は、仙寿には聞こえないようにあけびの耳元で囁く。
 その瞳が寂しげな色を宿しているように見えたのは、気のせいだろうか。


「また時々顔を出すかもしれない……今度は藤忠を連れてな」
 そう言って、仙寿之介は元いた世界に帰って行った。

「私は仙寿様の為に戦える、今度こそ誰かを守れるんだね」
 嬉しそうに微笑むあけびの頭に、仙寿の手が触れる。
 が、まだ若いその枝に老木のような落ち着きはなく、あけびの髪はぐしゃぐしゃに乱された。
「ちょっと仙寿様、何するの!?」
「うるさい」
 俺がお前のために戦うんだとか、守るのは俺の方だとか、あいつにはぜってー負けねーとか。
 そんな諸々を飲み込んで、まだ固い蕾は踵を返す。
「腹減った、メシにするぞ」
 さっさと歩き出した背中を、あけびは小走りに追いかけた。
「うん、デザートはイチゴがいいな!」
「イチゴなんてもう終わりだろ」
「えー、デパートとか行けば売ってるよ、ちょっとお高いけど」
「食い物には旬があるから良いんだ、食えない季節に我慢するからこそ初物が――」
「あ、やっぱり我慢してるんだ?」

 決めた。
 誕生日のプレゼントは、一粒いくらのお高いイチゴにしよう。

 もうすっかり明け切った一点の曇りもない空では、朝の光が眩しく輝いていた。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【aa4519/日暮仙寿/男性/外見年齢16歳/寒蕾】
【aa4519hero001/不知火あけび/女性/外見年齢18歳/春陽】
【jc1857/不知火あけび/女性/外見年齢16歳/金烏】
【jc2194/不知火藤忠/男性/外見年齢22歳/玉兎】

【NPC/日暮仙寿之介/男性/外見年齢?歳/イチゴの衝撃】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
いつもお世話になっております、STANZAです。
この度はご依頼ありがとうございました。

元々ノベルは史実には反映されない「IF」の物語。
夢かもしれないし、現実かもしれない。
そんな可能性のひとつとして、お楽しみいただければ幸いです。

誤字脱字、口調や設定等の齟齬がありましたら、リテイクはご遠慮なくどうぞ。
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2017年07月06日

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