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『何もないひとときをアナタと』
花邑 咲aa2346

 梅雨の合間に晴れた日。
「皆、久しぶりの晴れだから遊びに出掛けてるので、わたしも出掛けましょうかねぇ〜」
 晴天とまでは言い難いが、雨ばかりで家に引きこもるしかなかった数日間よりはマシだ。
 雲が流れていく空を自室の窓から見上げた。
 まだコンクリートの地面や木々はまだ雨水で湿ってはいるが、昼になれば太陽で乾くであろう。
 花邑 咲(aa2346)はクローゼットを開け、綺麗に並べられた服を手に取った。
 まだ8時、誰かと約束なんてしてはいないから準備する時間はある。
 依頼で忙しかったので、自分の為に使う時間なんて無かった。
「いってきます」
 誰も居ない部屋に向かって言うと、ドアを閉め鍵を掛けた。
「地面は乾いたし、風も気持ち良い位……」
 両腕を空に向け、軽く背伸びをした咲は軽い足取りで街道へと向かった。

 少し湿った風に黒い髪を靡かせ、太陽が雲の合間から顔を出す度に少し眩しそうに紅玉の様な瞳を細めた。
「あ……」
 ふと、咲の視界に見慣れた人物が映る。
「こんにちは、冥人さん」
 咲は、H.O.P.E.の依頼で何度か会った圓 冥人(az0039)に声を掛けた。
「こんにちは、咲。今日は休日なのかな?」
 冥人は何時もと変わらぬ笑みを浮かべた。
「そうなんですよー。冥人さんもそうなのですか?」
「うん。本業も休みだし、なにより……雨が上がったからね」
 咲の問いに冥人は答えようとするが、一瞬だけ間が空くも直ぐに別の言葉を紡いだ。
「お暇でしたら、一緒に何処かに行きませんか?」
 本当は何を言いたかったのかは、聞いても答えてくれないだろうと、咲は両手を胸元で合わせながら提案する。
「そうだね。良いよ」
「それじゃ、カフェに行きましょうよー」
 冥人の返事を聞くや否や、咲は腕を取り街道に建ち並ぶお店を指した。
「はいはい。なら、美味しいお店に案内してあげるよ」
「え、冥人さんが……?」
 咲は目を丸くしながら冥人を見上げた。
「似合わない?」
「ちょっと……和のイメージが強いので」
 珍しく困った様子の冥人を見て、咲は口元を手で押さえながら笑った。

「えっと、冥人さん。ここ普通の民家ですよねぇ?」
 街道から外れ、新旧の家々が建ち並ぶ住宅街にある1件の平屋を見て、咲はぱちくりと瞬きをした。
「珍しくないよ? あーいう、お店は借りるだけでも大変だからね」
 庭にブランコ付きの木が生えており、紫陽花が咲き乱れいた。
 家を囲うように木材の柵が立てられており、出入り口に立っているポストのしたに『OPEN』と書かれたプレートが風に揺れていた。
 ちょっと古びたドアを開けると、チリーンとドアに付けられた鈴が鳴った。
「隠れ家みたいですねぇ」
 咲は店内を見回した。
「いらっしゃい、圓さん。いつもの席は空いているよ」
 優しげな初老の女性が声を掛けた。
「ありがとう」
 女性に案内され、咲と冥人は4人は座れるであろう席に座った。
「ここ、何だか懐かしい気持ちになりますねぇ」
 濃いブラウンのフローリング、白い土壁、煙突付きの暖炉、壁には木製の大きな窓枠から太陽の光が店内に差す。
「でしょ? 冬にはこの暖炉に火を点けてるんだよ」
「そうなんですか? 冬になったら来てみたいですよー」
 と、咲は冥人に少しだけ視線を向けた。
「暇、だったらね?」
「あ、オススメってありますか?」
 メニューとにらめっこしながら咲は問う。
「どれもオススメだよ。紅茶専門だけど、珍しい飲み物も扱っているんだよ」
「ブラウニーとフロランタンに、ナッツのミニタルト……どれも気になりますよー」
 ナッツが好物の咲。
 メニューに載っている、ナッツをふんだんに使った焼き菓子の名前を上げながら唸る。
「じゃ、それ全部と……」
「ぜ、全部ですか?」
 冥人の言葉を聞いて咲は目を丸くしながら言った。
「うん。この前のお礼としてね」
「良いのですよー? そういうイベントでしたから」
 咲の言葉を聞きながらも、冥人はどんどん注文をする。
「それに、カフカスの時のお礼も言ってなかったから、ね? あと、今食べておかないと後で後悔するよ?」
「今日、だけですよー?」
 冥人が可愛く言うと、咲もそれをマネして言い返した。

「なるほど、英雄達もそれぞれ休日を楽しんでいるんだね」
「はい、なのでわたしも久しぶりに羽を伸ばそうと思ったのですよー」
 温かい紅茶を飲みながら咲と冥人は、他愛もない話をする。
「そういえば、そのペンダント着けてくれてるんですねぇ」
 と、咲は冥人の首元に視線を向けた。
「折角、作ってくれたんだし着けないワケにもいないかな? って、思ってね」
 左手で首からぶら下がっている水晶を手にしながら冥人は微笑んだ。
「お待たせしました。フロランタン、ブラウニー、ナッツのタルトにシフォンとスコーンでございます。ごゆっくり」
 若い店員は、可愛い篭に入ったお菓子と皿に美しく持ったケーキ等をテーブルに並べ、1歩下がると一礼すると、踵を返しその場から離れた。
「ナッツが入ったお菓子が好きなの?」
「ええ、こんなにあるとは思わなくて……美味しいですよー」
 咲は嬉しそうにフロランタンを頬張る。
 カリッとした食感、香ばしいナッツの香りが口の中で広がり、塩キャラメルの様な甘くてちょっとしょっぱい後味が紅茶とよく合う。
「何時来てもここの味は変わらないなぁ」
「そうなんですねぇ……」
 美味しいお菓子、それを英雄達にも食べさせたいと思いながらも咲はナッツのタルトを口にした。
「何だか、時間がゆっくり流れている気がしますねぇ」
 ティーカップから立ち上る湯気と共に、フルーツの様な香りが鼻腔をくすぐる。
 雨でもない、夏でもない、まるで別の世界にその部分だけ切り取られた様な感覚になってしまう。
 琥珀色の液体に映る自分。
 ティーカップを揺らせば、波紋で水面が揺れて映っている自分の顔が歪む。
 甘いお菓子を口にしながら、ゆっくりと話をしながら紅茶を飲む。
 時間、という概念が無くなったかの様に思えても、時計の秒針は動き短針と長針は現在の時をゆっくりと刻む。
「そうだ、食べた後は公園とかで散歩でもしましょうよー」
 ティーカップを置くと咲は、笑みを浮かべながら提案をする。
「そうだね。食後の運動には良さそうだね」
 と、冥人は微笑みながら小さく頷いた。

 夕焼けでオレンジ色に染まる空。
 行き交う人々は、何処と無く足早だ。
「美味しいかったですねぇ。冥人さん、ありがとうございますよー」
 公園のベンチに座り、目の前にある噴水を眺めながら咲は言った。
「いいよ。たまには、俺からもお礼をしなければ気が済まないんでね」
 冥人は肩を竦ませた。
「素直になってくださいよー」
「俺はいつも素直な方だよ?」
「一人で抱えている時点で、素直じゃないですよー?」
 と、咲は言いながらと冥人を見上げる。
「そうだっけかな? 大丈夫、いざという時は頼りにしてるよ?」
「もちろんですよー」
 冥人の言葉を聞いて、咲はぐっと拳を握りしめた。
「そろそろ帰ろう、ね」
 冥人は立ち上がると手を差し出す。
「本当……もう、日が暮れてますよー」
 咲は差し出された手を取り、ベンチから腰を上げ立ち上がった。
「これお土産に。今日は楽しかったよ、また暇な時に、ね?」
 冥人は、咲の手にカフェで食べたお菓子が入った紙袋を渡された。
「ありがとうございます。皆で食べますね」
 と、笑顔でお礼を言って咲は家に向かって歩き出した。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【aa2346/花邑 咲/女性/20/幽霊花の風】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 この度は、シングルノベルのご依頼をしていただきありがとうございます。
 『日常』という事で、のんびりとした描写を多めにさせていただきました。
 
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2017年07月07日

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