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『共連れる日 』
日暮仙寿aa4519)&逢見仙也aa4472)&ディオハルクaa4472hero001)&不知火あけびaa4519hero001
 H.O.P.E.東京海上支部。
 日暮仙寿は契約英雄である不知火あけびと共連れ、先日解決した依頼についての捕捉説明を受けに事務局を訪れていた。
「――了解した。俺はそれで問題ない」
「私は始めからぜんぜん大丈夫です!」
 仙寿は「はいっ」と右手を挙げるあけびを流し目で見やり、小さく息をつく。
 あの依頼はこちらに知らされていない裏の事情が多すぎた。おかげで命を賭すこととなり、危うくベットしたその命を全額持って行かれそうになったのだ。なのに、最初からぜんぜん大丈夫だなど……。
「ん? なに仙寿様? なになに?」
「……始めから、ぜんぜん、なにもない」
 わざと切りながら語られた含みのあるセリフに、あけびがむぅと眉根をしかめ、次の瞬間、ぱぁっとその眉根を解放した。
「仙也! ディオハルクも!」
 事務局に入ってきた逢見仙也とディオハルクがあけびの顔を見て。
「おう、ディオハルクの知り合いじゃないか。で、仙寿はこの前の依頼の話か」
「俺の知り合いだと言い張るだけの女だがな。しかし、あれはなかなかにひどい依頼だった」
 あけびが放つなかよしオーラをスルー、仙寿に声をかけた。
「ちょっと待って! 私ここにいるよ!? いるよね!?」
 跳びついてこようとするあけびを体捌きでかわす仙也とディオハルク。が、あけびは元々が忍だ。すぐにふたりの動きを先読み、先回り――
「ったく、落ち着けよ」
 仙寿に襟を掴まれ、引き戻された。
「無体だよ仙寿様ぁーっ!」
「無体なのはおまえのほうだろ。しばらく捕まえといてくれ」
 仙也に了承の意を伝えた仙寿はディオハルクへ視線を移す。
「今日は仙也がディオハルクの付き添いか?」
 口の端を吊り上げたディオハルクはかぶりを振り振り。
「俺は引率だ。事務方から話を聞く間、こいつがどこぞの女子へ迷惑かけないようにな。たとえばセクハラの餌食にするとか」
「わ、私はだめだよ!? だめなんだからね!?」
 思わず声をあげたあけびに、仙也は真面目な顔をまっすぐ向けた。
「ムダな心配はするな。なんせムダだからな」
「ムダ、なの?」
「ああ。ムダだムダ。だから安心しろ。オレは絶対、おまえにセクハラなんざしない」
「ぐぬぬぅ。ムダじゃないのも困るけど、ムダだから安心って断言されるのもなんだかすっごく女子的に納得できない……」
 あけびのつぶやきにディオハルクは苦笑を漏らした。
「どうやら乙女心は複雑らしいぞ。ムダじゃないことにしてやったらどうだ?」
 仙也は渋い顔で断固拒否。
「よく知らん女に手ぇ出す無作法はせん。おまえの知り合いに手ぇ出す無粋もな」
「さっきも言ったとおり、俺のほうに覚えはないんだが……しかし仙也の意外なところの生真面目さ、いったい誰に似たものか」


「で、なんでいっしょに帰るんだよ?」
 仙也は自分の後ろを行くディオハルクとその横に並ぶあけび、そして自分の横に並ぶ仙寿に問うた。
 仙也たちはそこそこ長い時間、事務局とやりあっていたのだ。話をすでに終えた仙寿たちは当然もう帰ったものと思っていた。が、事務局から出てきてみれば、なぜかロビーで仙寿とあけびが茶など飲んでいて、声だけかけて帰ろうとしたらこうして着いてくる。
「せっかく会ったんだし? いっしょにご飯でもどうかなって、仙寿様と話してて。……こういうときってなにがいいんだろ? なんでもありの創作料理系?」
 なぜかここでディオハルクが顔をしかめたのだが、身長差がありすぎてあけびには見えなかった。それはそうだ。あけびの目はディオハルクの鳩尾にすら届かないのだから。
 ともあれ。あけびの言葉にうなずいた仙寿はあらためて仙也を見やり。
「礼をしたい、ずっとそう思ってた」
 腰から垂らした着物の裏に手をやり、内に隠していた刀を鞘ごと抜き出した。
 鍔に透かし彫られた千鳥が陽光の内、薄墨色に浮き上がる。
 刀の名は雷切。仙寿がエージェントになったばかりの頃、同じ場で戦っていた仙也から渡されたひと振りであった。

 ――突如街中に従魔群が現われ、人々を襲おうと牙を剥いたあのとき。
 近くにいた仙寿とあけび、そして仙也とディオハルクのただ2組で、H.O.P.E.からの本隊が着くまで戦うはめに陥った。
 その中で、あけびとの出逢いで剣士を目ざすようになっていた仙寿は、一対多の戦場で表の剣術にこだわり過ぎたあまり、刃を損なったのだ。
 キィン! 甲高い悲鳴をあげ、鍔元から折れ飛んだ刀。いくら目でその行方を追おうと、刃が戻ることも元のとおりに刀を成すこともありはしない。
 無手となった仙寿が、迫る従魔を前に死を覚悟した、そのときだ。
 数多の刃が白銀の嵐を成し、従魔どもを斬り刻んで地に突き立ったのは。
『使え!』
 異世界へと戻りゆく刃の内、ひと振りだけ残されたその刀を指し、仙也が吼えた。
 仙寿は言葉もなく刀を引き抜き、残る従魔へ跳んだ。
 かくてふたりが次なる言葉を交わしたのは、すべてが終わった後のことである。
『死ぬにはいい日かと思ったんだけどな。あんたとこいつのせいで生き延びた』
 おそらくは礼なのだろうセリフと共に刀を差し出した仙寿へ、仙也はかぶりを振ってみせ。
『持って行け』
 ただそれだけを言い残し、去ったのだ。

「……不要だからおまえにやった。それだけのことだから気にするな」
「気にするさ。俺にはそれだけのことじゃない」
 目を合わすことなく、前を向いたまま交わされる言葉。
 それを聞きながら、あけびはディオハルクの顔を見上げ。
「男の友情って感じだねー。仙寿様ってぼっちタイプだから心配してたんだ」
 ディオハルクは思わずその目を見返し、うなずいた。
「あの仙也に多少なりとも気安い相手が、とは俺も思うが……おまえも不思議な女だな。俺は付き合いやすく見える類いではないだろうに」
 よくもこうして、恐れ気もなく踏み込んでくるものだ。
 紡ぎかけた言葉を喉の奥に留め、前を向く。実際のところ、こう見えて面倒見はいいほうだと思う。もしかすれば雰囲気ににじみ出るものがあるのかもしれない。
 ただ、わざわざ聞かせるほどのものでもあるまい。相手は仙也の知り合いの相方というだけの娘なのだから。しかし――
「ディオハルク」
 仙也に呼ばれ、ディオハルクはふと我に返った。いつの間にか、思いに沈み込んでいたようだ。
「――なんだ?」
「こいつらに飯を食わせてやっていいか? 誘ったくせにいい飯屋は知らんそうだ」
「それは構わんが、仙也に店のあてはあるのか?」
「ない。だから」
 そういうことか。ディオハルクはため息をついてうなずいた。
「肉と魚と野菜、俺の目にかなうやつをそろえるぞ」
 まあ、面倒は面倒だが、料理にはそれなりの覚えがある。得意顔で半端な創作料理を出すような店へ連れ込まれるよりはマシなものを食えるだろうし、食わせてもやれるだろう。


 魚屋を中心に、さまざまな食材を扱う店が建ち並ぶ商店街。
「時間が時間だ。いいものはあさり尽くされてるだろうが……」
 この商店街は一般客も相手にはしているが、主要の取引先は料理屋だ。そのような店は朝早くに仕入れを済ませるから、必然的に今、店頭へ残されているものは一級品ならぬものということになる。
「葉っぱが元気なお野菜、探してくるね!」
「不必要に濡れてるやつは避けろよ。水をかけて新鮮に見せかけてるだけの場合があるからな。注意しろ、あけび」
 名を呼ばれたあけびがにやりと笑み。
 名を呼んだディオハルクが苦い顔であけびを追い払った。いいから早く行け。
「よくわからん女だ。いったいディオハルクになにを感じてるんだか」
 仙也の言葉に仙寿が薄笑みを返す。
「懐かしい気がする、元の世界の縁ってやつかもって言ってたな。……俺も、そうなのかもしれないと思う」
「なんだ、ひねくれ坊主がやけに素直だな。そんな女の子丸出しのセリフ、信じるのかよ?」
「ひねくれるだけ遠回りになるって思い知ったんだよ。だからまっすぐ進むことにした」
 どこへ進む? と、仙也は訊かなかった。仙寿は目ざす先を定めた。ただそれだけの話なのだと知れたから。
「オレは戦う場所があって、戦う相手がいればいい。弓と銃がなくても、カオティックブレイドの力があれば誰かに背中を預ける必要もないしな」
 仙寿はあえて仙也を見ず、あけびの後を追う。
 あんたが誰にも背中を預けないんだとしても。俺の背中はあのときからあんたに預けてる。

 ディオハルクの合格をもらうまでかなりの回数、往復を繰り返したが、ついにあけびはなかなかの野菜たちを手に入れることができた。
 その間にディオハルクは新鮮な肉と旬の魚とを吟味し、幻想蝶へ収める。
「生臭くなるんじゃないのか?」
「鮮度を保つには最適なんでな。ま、次に戦うとき、得物を嗅いでみろ」
 仙也と軽口を叩き合ったその顔が、瞬時に鋭く引き締まり、一点へ向けられる。それは仙也、そして仙寿とあけびも同様だ。
「行く」、仙寿が言い置いてあけびと共に駆け。
「おう」、仙也がディオハルクと共にその後へ続く。
 この肌をざわつかせる気配は、まちがいない。愚神だ。
 気配の漂い出す路地へ踏み込むと同時――仙寿とあけびが共鳴し、あけびの師匠の姿を映す美丈夫となった。
 人々の視線からそれを背で隠した仙也とディオハルクもまた共鳴し、金と赤のオッドアイを成す。
「東京海上支部、aa4472の逢見だ。多分、愚神が出る。プリセンサーに確認させて、増援送ってくれ。――仙寿、今日は代わりの刀の持ち合わせ、ねぇからな」
「必要ない」
 腰を据えたまま路地を駆けた仙寿が、右足を踏み止めた瞬間に雷切を抜き打った。
 チィ。千鳥の鳴き声さながらの風切り音がかき消える前に、両断された人型従魔が地に落ちて溶け消えた。
『踏み込む間合、気をつけて。小烏丸より長いんだからね』
「ああ」
 縦に斬り上げられた刃はすでに鞘へと戻っている。鋭い手だ。あのときとは確かにちがう。
 仙也は上から跳び落ちてきた従魔を炎まといしレーヴァテインの切っ先で串刺し、払い落とした。
「合わせねぇぞ」
 特に示し合わせているわけでもない以上、合わせようがない。しかも得物が剣であるとき、共鳴体にはディオハルクの意が強く反映され、戦闘以外のすべてのことが関心の外へ押しやられる。それゆえの仙也の言葉ではあったのだが。
『勝手に合わせるよ、私たちが』
「おまえの背、俺たちが預かる」
 すれちがいざま、あけびと仙寿が言い。
 沸き出した従魔の脚を蹴り払って転がし、雷切で突き抜いた。
『前だ』
 ディオハルクが仙也を促す。その方向は、仙寿の背が向く路地の奥。
「はっ!」
 気合とも笑声ともつかぬひと言を発し、仙也がレーヴァテインを構えた。切っ先を突き出し、揺らしながら引く。
 その動きに誘い込まれた従魔が不用意に踏み込んだ。ったく、こんな手に引っかかりやがって。てめぇじゃだめだ。もっと強ぇ奴を連れてこい!
 召喚された数多のレーヴァテインが路地の壁、地のアスファルトを削って直ぐに飛ぶ。次々と沸き出す従魔どもをまとめて斬り裂き、踏み出す先を拓いた。
『ここで押し止めるなんて言わないよな?』
 ディオハルクに獰猛な笑みを返した仙也はそのまま歩を前へ。
「言うかよ。この先にいるんだろ、親玉がよ」
 抜き身のレーヴァテインを携えて奥へと向かう仙也。それを残心しつつ追う仙寿の内であけびが盛大なため息をついた。
『ああいうとこもなんだか懐かしい感じなんだけど……。とにかく支部からみんなが来てくれるまで持ちこたえないとね。あのときみたいに』
「いや。あのときとはちがうさ」

 従魔を蹴散らしてたどりついた路地の最奥は、少し開けた空き地だった。元はなにかのビルが建っていたのだろう。
 カキキ、キキ。油の足りていない歯車がこすれ合うような音が響き、なにもなかったはずの空き地にそれは現われた。
『機械じかけの人形か。ただ、でかいな』
 狭間とはいえ、ビルが建つほどの広さがある空き地だ。それをほぼ埋めるほどの巨体を持つ多腕・多脚のデッサン用人形めいた愚神が、仙也の前に在る。
「これならよけられねぇだろうよ!」
 狭間から見える空を埋め尽くす白刃。手にしたレーヴァテインの同胞たる剣が異世界よりその姿を顕わし、そして。嵐を巻き起こした。
 ガギギギャジギジグギャギ! 渦巻いて斬り下ろし、逆巻いて斬り上げ、異形を削る刃。しかし。
 傷はつけどもその外殻は砕けることなく、愚神は多腕に備えた鎌の刃を仙也へ振り下ろした。直角を成す鎌刃はただ受けただけでは押さえきれず、確実にこの体を突き通すだろう。かと言って、多脚に塞がれた空間内に、避けるだけの踏み場もない。
 と。
 女郎蜘蛛の糸が鎌に絡みつき、切れ味を失くしたその刃が仙寿の肩で受け止められる。
 ブーツのつま先を地に突き立て、鎌を押し返す仙寿が目線で語った。行け。
 言葉を返すことなく、仙也は跳んだ。仙寿が止めた鎌、それを固める蜘蛛糸を踏んで、愚神の腕を伝って肩へ。
 腕と脚が何本あっても、頭はひとつだよなぁ?
 零距離からのライヴスキャスターが、123456789――切っ先で頭部と胴体とを繋ぐ首を突く。
 傷がつくなら、てめぇの硬さもたかが知れてるぜ!
 それを見送ることも見届けることもなく、仙寿は鎌を受けた肩を支点にその身を回し。
「ふっ」
 多脚の球体関節を一閃した。
 が。関節は一文字の傷を刻まれただけで、動きを止めることなく仙寿へ尖ったつま先を突き込んでくる。
『斬れないね。思ったとおり』
「ああ」
 愚神の蹴りをブーツの踵でいなした仙寿はさらに体を巡らせ、またもや先と同じ脚関節を斬りつけた。そして、幾度か斬った後に次の脚へ向かう。
『気をつけてね、仙寿様。やりすぎちゃったら意味ないんだから』
 一方、仙也はライヴスキャスターを放ち続けていた。
 456、457、458、459、460――放たれた472本めの刃で首の殻が割れ、504本めで割れ砕けた。
 愚神がキキ、ギ。関節をきしらせて腕を振り込んだ。鎌が仙也を薙ぎ、突き、抉る。
 しかし仙也は獰猛な笑みを湛え、動かない。
『あと100といったところか』
 ディオハルクが仙也に告げる。あと100か。なら、よける必要はねぇな。今のうちに精々刻んどけよ。オレがてめぇを終わらせてやるまで。
「――終わりだぜ」
 600。首の支えを失った愚神の頭部がついに落ち。
『仙寿様』
 あけびのひと言がすべてを終える合図だった。
 仙寿は刃を返し、雷切の峰で先ほど斬りつけた関節を叩く。チィ。
 切れ目をつけられた関節が衝撃で割れ、自重を支えきれずに折れ砕けた。大きくバランスを崩す愚神。それにより、同じように傷つけられていた残る脚も次々と砕けていく。
 仙寿が成した手は単純なものだ。愚神の多脚へ崩壊しない程度の傷をつけ、最後の一手で均衡を崩して全体を崩壊させる、ただそれだけの。
『でも。斬らなくちゃって、そう思ってばっかりだったあのときとはちがう』
「ああ。俺たちは、あのときのままじゃない」
 刃こぼれひとつない雷切の刃を鞘に収め、あけびと仙寿がつぶやいた。
「てめぇ程度じゃ、オレらの敵にゃなれねぇよ」
 仙也は吐き捨て、首の付け根に空いた傷へレーヴァテインを突き込んでコアを砕いた。


 増援のバトルメディックの治療を受けた一行は後始末を任せ、仙也宅へ向かう。
「仙寿様のお家でもいいんだけどねー。広いし!」
 しかしディオハルクはきっぱり「だめだ」。
「道具が変わると味が変わる」
 言葉こそ少ないが、並々ならぬこだわりが詰まっていることは容易くうかがい知れた。

「幻想蝶から出した瞬間から食材は劣化する。速度が命だ」
 よく整理されたキッチンの中、ピーラーを構えた仙寿が真剣な顔でうなずき、包丁を手首のスナップで素振りするあけびはふむふむ。仙也はなにもしない。今日の仕事は終わった。すべて終わったのだ。
「夏だからな。さっぱり、スパイシー、スタミナ、この3つをテーマにする。仙寿は人参とズッキーニをピーラーで縦に剥け」
「わかった」
「あけび、イワシを3枚におろせるか?」
「測ったりおんなじ形にしたりじゃなかったら大丈夫だよ!」
「……まあ、料理は目分量が決まればそれでいいんだが」
 ディオハルクは密閉瓶からオリジナルブレンドのカレー粉をフライパンへ。焦げないように炒る。
「仙寿様、手まで削っちゃわないようにね?」
 手慣れた様子というか、迷いのない手でイワシをおろすあけび。身のやわらかいイワシは、もたもたしているとぐずぐずに崩れてしまう。だからこそ、あけびの迷いのなさが生きる。
「……」
 慎重に人参とズッキーニを剥く仙寿。生野菜は食感が命。よい食感を生み出すには極薄が必須。ゆえに手は抜けない。この手が確かな技を憶え込むまで、集中しろ。
「仙寿は逆に菓子向きだな」
 ディオハルクは冷蔵庫へストックしてあった鶏ガラスープ――脂は丹念に取り除いてある――で炒ったカレー粉をのばし、これもまたストックのローストオニオン――飴色になるまでじっくり炒めたみじん切りタマネギ――を加えて乱切りのナスを投入、うまみとスパイスを吸わせにかかる。
 その間にあけびがおろしたイワシを酢で洗い、ワインビネガーとオリーブオイル、クレイジーソルトで作ったマリネ液に漬けた。
「本当は漬ける前に寝かせておくんだが、今日は時間がないからな……あとはアジとエビか。エビはあれだな。あけび、買い物の中に蔓紫がある。葉の部分は適当に、茎は千切りにしておいてくれ」
 先ほどのカレーへ一口大に切った鶏のもも肉、そしてすりおろした生姜とニンニクを加えつつディオハルクが指示。そうしておいて、手早くエビの殻を剥いて背を開き、わたを抜いていった。
「っと。仙寿、そのくらいでいい。冷蔵庫に俺が作ったドレッシングのジュレがある。それをかけてあえてくれ」
 仙寿へズッキーニと人参を和えるためのボウルを渡したディオハルクは、鉄鍋にごま油を入れて弱火にかけ、ニンニクのみじん切りをじわりと熱して香りを移した。そして火を強めて白ネギとエビを投入、さらにあけびが切った蔓紫を加えてざっと炒め、特製の醤油ダレに粉山椒をふって甘辛く味を調え、皿へ。
 返す手で仙寿のあえたサラダを皿に盛りつけ、大葉とシソの細切りを上に添え、こちらも完成。
「仙寿、持って行け」
 カレーにオクラをたっぷり放り込んでもう一煮立ちさせれば、ナスとオクラのチキンスープカレーのできあがりだ。
「さて。アジは当然、あれとあれだろう」


 生のミントで香りをつけたアールグレイ・アイスティーが配られ、「食卓」というパズルの最後の空白を埋めた。
「好きに食え」
 ディオハルクの促しに、あけびと仙寿が手を合わせ。
「いただきます!」
「いただきます」
 仙也はうなずき。
「好きに食わせてもらう」
 それぞれが取り皿へ料理をとり、口に運んだ。
「お刺身――うん、お刺身――!」
 薄造りにされたアジの刺身に、あけびがコメントになっていないコメントを漏らす。
 同じく刺身を食べた仙寿もまた。
「鮮度がよすぎると苦みが出るのにまるで感じない。それにこのマリネも、急ごしらえには思えないな。よく味がなじんでる」
「その分濃い味つけになってるからな。そればかり食い過ぎるなよ」
 ディオハルクの横で、黙々とエビと蔓紫の和風炒めをつまむ仙也。彼自身のコメントがないので捕捉するが、蔓紫のぬめりが調味料を絡め取り、さっぱりとしたエビに絶妙な甘辛を与えている。
「カレーも行きたいし、炒め物も食べたい……でもやっぱり熱々のうちにこれっ!」
 あけびが箸を伸ばしたのは、またもやアジ。ただし刺身ではない。フライと言えば多くの人がその名を挙げるだろう王道中の王道、アジフライだ。
「醤油もウスターもタルタルも、全部合うんだよねー!」
 サクサクと箸で切り分けたフライを、それぞれの調味料で味わう。あけびの食べ方は豪快に見えて実に美しい。これで量がいけるなら、食べる系のテレビ番組のスカウトが見逃すまい。
「脂ものの間にサラダ! ――このジュレ、柚子入ってる? さっぱりしてるのによく絡んでおいしい」
 ノンオイルだからこそのさっぱり感と、ジュレだからこそのしっかりとした味わい。仙寿も思わず眉根を跳ね上げた。
「うまいな、これ」
 口がさっぱりしたところで、あけびは深い器に盛りつけられた煮物へ。
「お肉、だよね?」
「豚バラの時雨煮だ。下茹でしてあるからそれほど脂気はないはずだ。まあ、飯の友がひとつくらいないとな」
 ここで一旦席を外していたディオハルクが戻り、卓に置いたのは、白く艶めく米を詰めたお櫃だ。
 薄切りにした豚バラの脂を下茹でして落とし、針生姜をたっぷり加えた醤油ダレで煮詰めた時雨煮、その甘辛さはまさに飯の友と呼ぶにふさわしい。
「ご飯に合うぅぅぅ。甘辛ってほんと、和の極みだよねぇぇぇ」
 きゅうと目を細め、あけびは米と時雨煮を噛み締めた。
 ちなみに、米はあえて固めに炊かれている。時雨煮の出汁やカレーのスープをよく吸い込むように。ディオハルクの心憎い気づかいだ。
「仙寿様。今日は私、太るからね――!」

 この後も一同は大いに食べた。ミント入りアールグレイアイスティーに2杯めからレモンが加えられ、さっぱり感を増したことが食欲に拍車をかけたのかもしれない。
「それにしてもディオハルクは料理上手だね。仙也がうらやましいかも」
 スープカレーの最後のひとさじを胃に収めたあけびが、満足げな息とともに言った。
 当の仙也は特に表情を変えるでもなく。
「いつもどおりだった」
「そうか」
 ディオハルクが応える。
「いや、いつもどおりじゃなかったな」
「そうだな」
 またディオハルクが応えた。
「そういうことだ」
 仙也は空いた皿を流しへ運んでいく。
 いつもどおりにうまかった。
 今日は仙寿とあけびがいたから、いつもどおりじゃなかった。
 こういうのも悪くないな。
 仙也が言わなかった言葉に、ディオハルクはひとつうなずき。
「そういうことだな」
 そして。
「次来るときは先に言え。仕込んでおく」
 仙寿とあけびに告げたのだった。


登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【日暮仙寿(aa4519) / 男性 / 17歳 / 穢れ祓う刃】
【逢見仙也(aa4472) / 男性 / 18歳 / :ひとひらの想い】
【ディオハルク(aa4472hero001) / 男性 / 18歳 / 久遠ヶ原学園の英雄】
【不知火あけび(aa4519hero001) / 女性 / 18歳 / 闇夜もいつか明ける】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 場を、時を、飯を共にせし者。人、其を友と呼ぶものなり。
 
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2017年07月10日

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