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『Even if far away 』
クレイグ・ジョンソン8746

 朝が来た。
 普段通り、穏やかな朝だ。
「……ん、朝か……」
 スマートフォンに設定している目覚まし音をトン、と指で押し止めて、クレイグは体をゆっくりと起こした。
 まだ無意識に、もう此処にはいない存在の温もりを、探してしまう。
 それを自覚して、彼は苦笑しつつ軽く首を振った。
 そして、徐にベッドから出る。
 昨日は久しぶりに同僚と飲んだ。彼女に振られたというその相手を慰めるためのものであったので、彼に付き合うだけ付き合い、最終的に酔いつぶれてしまったその同僚を、家まで送り届けた頃には日付が変わっていた。
 やれやれと言いつつ、彼はそれでも嫌な顔さえ作らずに、自分のアパートまで気ままに歩いて戻った。然程距離が開いていないからという理由もあったが、夜風が心地よいからという気持ちのほうが強かった。
 そんなこんなで、帰った頃には25時を過ぎていたので、そのままベッドに沈み込んで眠ったのだ。
 コーヒーメーカーをセットして、彼はそのままシャワールームへと移動した。
 くすみのある金髪が、数秒後には雫に触れて一瞬の輝きを見せる。
「…………」
 俯きがちに口を開き、何かを言おうとした唇は、そのまま何も音を生み出さなかった。
 いや、水音でかき消されたのかもしれない。
 誰にも届かない響き、自分ではない存在の名前を、彼は一日に数回は繰り返している。
 悔いているわけではない。いつかは、という話は随分前にしていた。
 だから自分は、笑って彼を送り出した。
 ――いつでも会えるさ。
 そう、言ったのはいつだったか。
 距離など関係ないのだ。会いたいと強く思えばいつだって、会いに行ける。
 だからクレイグは、悲しまない。哀情を抱かない。
「……さて、スイッチ切り替えるか」
 シャワーの中でバシャ、と音を立てて両頬を叩く。
 そして顔を上げた彼は、いつも通りの表情を作り、一日の行動を開始した。

 今日の任務は郊外の一軒家の探索と目標の殲滅というものであった。
 無人となり数年放置されたその家に、一週間前から人影を見たという報告があり、その後近所の子供が行方不明となる事件が数件起きた。
 地元警察でも探すことが出来ずに巡り巡ってIO2に案件が回ってきたのだが、割り当てられたのがクレイグと昨日酔いつぶれた同僚であったために、スムーズな進行が出来ずにいた。原因は彼の二日酔いであった。
『う〜……頭ガンガンする……』
「なんで現場に来たんだよ。医務室で休んでおけって言っただろ」
『いや、だってさ、新しい上司が……それを許しくてくれない雰囲気だったじゃん?』
「あ〜……そうだったな」
 IO2本部では時期的なものもあり、春に大きな異動があった。その流れで彼らの上司も変わり、どう見ても堅物でしかない印象の大男が配属されたのだった。
 その人物の厳しさは瞬く間に本部内全てに行き渡り、戦々恐々としているメンバーも少なくない。
 クレイグはというと、大しての影響もなく上手くやり過ごせているようであった。
 彼にとっての大きな異動は、去年の秋に起こった。それに比べれば、何てことはないのだ。
 秋の異動で、それまで一緒であった彼にとっての一番の相棒で同僚は、遠い異国へと行ってしまった。
 それが、恋人でもある存在であった。
「おい、動けそうか」
『ああ、何とか』
「そんじゃさっさと終わらせようぜ」
『了解』
 通信機越しにそんな会話を交わしつつ、クレイグと二日酔いを引き摺る同僚は、任務を遂行させた。
 廃屋となっている一軒家には、当然のように人の気配はい。
 だが、異常を全く感じないわけではない。
 それは、IO2である自分たちにしか解らないものなのだろうと思う。
「そっちからの目視は?」
『なんかモヤっとしたのがいる。白いやつ。その中心に、件の子供らしいのが倒れてる。バイタルは感じるから多分大丈夫だ』
 クレイグが物陰からそう言うと、反対側に回り込んでいる同僚がそう言ってきた。
 その言葉を受けて、彼は自身の能力を使った。透視と弱点を探るためのものだ。
 白いモヤっとしたものというのはおそらく亡霊の類なのだろう。
 それが子供を誘い、監禁していると見て間違いなさそうだ。
「くたびれた感じだな。地縛霊なんだろうが、ああいうのはさっさと天に登ってもらったほうがよさそうだ。そんなわけで、対霊弾を使うから、そっちからグレネード投げてくれ」
『分かった。いくぞ……3、2、1。ゴー!』
 カッ、と強い光がその場を照らした。
 ヒトには大して影響がないが、霊の類には強くダメージを与える。そんな閃光弾であった。
 その光が収束する前に、クレイグが飛び出し銃を構えていた。そして言葉無く引き金を引き、対象へと撃ち込む。
 白い亡霊は、あっという間に消えていった。断末魔の声さえ与えられない状態であった。
「ミッションコンプリート」
『……はぁ、お前と組むと早く済んで助かるよ、ナイトウォーカー』
 同僚は自分の体勢を整えつつ、しみじみとそう言った。
 クレイグはそれに、小さな苦笑で応えるのみであった。
 ――とだったら、もっと早くに片付いてたさ。
 そう、言いかけて口を噤んだのだ。
 彼はそれを誤魔化すために、懐から煙草を取り出し、口へと咥えた。
 数秒後、静かに浮かぶ紫煙は、少しだけ寂しさを醸し出しているような気がした。

「ナイト、今夜時間ある?」
 本部に戻って早々に、そんな声が背中に飛んできた。
 受付の女性のものであった。
 最近何かと声をかけられることが増えた。それの意味は良く解ってはいたが、クレイグは受け止めることはしなかった。
「今日もパーティーか?」
「そうなの、友達がいっぱい来るから、あなたもどうかしらって」
「お誘い嬉しいが、先約があってな。ごめんな」
 申し分のない美人であった。それでも彼は、私事では靡かない。
 女性は残念そうな表情を見せていた。
 それを目にして、クレイグは少しだけ体を傾けて彼女の額に唇を落としてやる。
「……これで勘弁してくれ。次は必ず行くからさ」
「絶対よ?」
「ああ」
 女性たちが黙っていないのは、彼のこうした仕草から来るのだが、クレイグはそれ以上を行うことは決して無かった。
 ――浮気者。
 そんな声が、脳裏に浮かぶ。
 少し前には隣で、背後で、そんな声を掛けてくれる存在があった。
 その声を思い出して、小さく笑う。
 悲しんでいるわけではない。自分が想う限りは、相手と繋がっていられるのだから。
 そう思い返して、彼は携帯を片手に本部の非常階段へと移動した。

「モーニン、ハニー」
『おはよう、クレイ。……そっち、まだ夜でしょ?』
「そうだな、もう少しで19時半ってとこだな」
 電話をかけた先は、日本であった。こちらとは13時間の時差があるために何かと気を遣うが、クレイグはその辺りはきちんと時間を読んでから通信を行う男であった。
「そっちはどうだ?」
『うん、昨日はちょっと苦労したかな。でも、そっちにいた頃とあんまり変わらないよ。クレイはどう?』
「そうだな、俺もいつも通り……かな」
 耳に伝わる声が心地よい。
 それを味わいつつ、クレイグは言葉を返していた。相手はかつての相棒であり、今でも変わらない恋人だ。
『なんか、元気ない?』
「いや?」
『嘘だ。何かあったんじゃないのか』
「……そうだなぁ、お前が居ないからな」
 相変わらず鋭いなと思いながら、クレイグは思わずの言葉を口にした。こう言えば相手を困らせると解りきっているのに、つい零してしまった。
『クレイ』
「んー、悪かった。今のはナシ。俺はいつだって元気だぞ」
『俺だって……寂しいよ』
「わかってる」
 クレイグの表情は今にも崩れそうであった。
 それを何とか保ち、声を明るくする。相手もそうしてくれているのだから、応え無くてはならないのだ。
「なぁ、――」
 相手の名を呼んだ。
 口にする度に切なくなる音。それでいて、直後には気持ちが安定する音でもあった。
『なに?』
 返事は短い。次の言葉を待っているという証だ。
 それを耳にしつつ、クレイグは唇を開いた。
「好きだよ」
『……うん』
 幾度も交わされた言葉であった。
 何度も何度も繰り返して、相手に植え付けるようにしてその音を聞かせた。
「会いに行くからな、絶対」
『うん、待ってるよ』
 そう言って、会話は終了した。
 触れたい気持ちはいつでもある。だが今は、これだけで十分であった。
「……さて」
 小さく呟きを残して、彼はその場を後にする。
 立ち止まらないために。
 いつか再び、会うために。



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】

【8746/クレイグ・ジョンソン/男性/23歳/IO2エージェント】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お久しぶりです。この度はご依頼ありがとうございました。
受け取りました時にあまりの意外性にとても驚きましたが
それと同じくらい嬉しかったです。書かせて頂き有難うございました。
楽しんで頂けましたら幸いです。

機会がありましたら、またよろしくお願いいたします。

紗生
東京怪談ノベル(シングル) -
涼月青 クリエイターズルームへ
東京怪談
2017年07月11日

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