▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『羽休めのひととき 』
笹山平介aa0342)&真壁 久朗aa0032


 始まりはいつで、転機はどこだっただろう。
 振り返る間も惜しいくらいに、日々はめまぐるしく。仲間と過ごす時間は、尊く。




「おや、先を越されましたか」
「そうでもない」
 小隊【鴉】拠点にある、シェアルームの一室。
 笹山平介がドアを開けると、すでに真壁 久朗がそこに居た。
 少しだけ窓を開けて壁に背を預け、初夏の風にサラリと髪を揺らしている。
 てっきり来ていないと思ったからノックをしなかったことを詫びると、平介は抱えてきた旅行パンフレットの束を部屋の中央へ広げた。
「また、大量に用意したな……」
 久朗が呆れとも驚きともつかぬ声を発し、何冊かを手に取る。
 北から南まで、海・山・祭り・観光名所と多彩なラインナップである。
「選択肢は多い方がいいと思いまして。今回は無理でも、次へ保留させておくこともできますしね」
「次……か」
 その言葉を噛みしめるように、久朗は頷いた。
 ひとりきりだったら、きっと見ることはなかっただろう世界。ひととの繋がり。
 そういったものを、【鴉】では多く得ているように思う。否、実際に得ている。
 様々な事情を抱えたエージェントたちが集い、互いに心地よい距離を保っての『羽休め』の場は、久朗や平介にとって居心地の良い『巣』であり『止まり木』だ。

「箱根の温泉にも行きましたし、川辺でのBBQは初夏でしたね」
「海と夏祭りにも行ったな……」
「夏祭りといえば。あの時の久朗さん――」
「言うな」

 こうして話すと遊んでばかりいるようだが、大きな戦いが起きれば結束は固い。
 その分、遊ぶ際も全力を投じているわけだ。
 昨年の思い出話に花を咲かせ、――それでは今年は?
 今日は、夏の旅行先を相談したくて集まった。最終的にはメンバーで決定するが、素案を用意しておくのも大切だろう。

(一年が経つんですね……)
 また来よう、共に過ごそう。仲間たちとの言葉がひと回りしたのだ。
 果たされない約束が心の傷となっている平介にとって、じわりと胸に沁み込むものがある。
 陽射しの熱。花火の煌めき。どれもが昨日のことのように思えるのに……。
 ひとつひとつを積み重ね、生き延びてきた。そうして『これから』を語り合っている。
 いつしか、この傷も癒えるだろうか。誓いを、約束を、勇気をもって交わせるようになるだろうか。
 
「……ん。今度は山にでも行こうか」
 平介の意識が内側へ向いているところへ、久朗が穏やかな笑みを投げかける。
「山も涼しげですね。木々の葉で空が覆われて、沢があって……。あ。でも女性陣が虫を嫌がらないかが不安です」
「そういうものか?」
 という言葉を返すので、久朗は『朴念仁』の二つ名をほしいままにしているのだが、それは横へ置いておく。
「けど、星が綺麗だ。海の夜に比べると、闇が深いからだろうか」
 手にした旅行ガイドの一ページが、久朗の心を掴んだらしい。
 平介は向かい側から、それを覗きこむ。
「……なるほど……見事ですね……」
 写真集や自然番組などでしか見たことのないような、零れ落ちそうな星々。
 あまり観光向けの整備はされておらず、それゆえに守られている輝きらしい。
「温泉は無くても川があれば充分じゃないか、夏だし」
「夏ですしね」
 虫刺されや奇怪な虫がいたらという不安も、日中に観察できるという様々な野鳥の前では些事に思える。
「それから山と言えば怪談ですね。話題性のある土地かどうか……」
「そういうものか?」
「肝試しも鉄板でしょう」
 タタタタ、と素早く検索を始める平介を前に、久朗は再び首をかしげた。
 



 ときおり雲が太陽を隠しているらしく、2人きりの部屋は陰ったり陽が差したり。
 ゆるゆると吹き込む風が、気まぐれに旅行パンフレットのページをめくる。
 候補を山と仮定して久朗が本腰を入れて資料選びをする傍らで、平介はハンディカメラの調整をしていた。
 久朗から平介への贈り物である動画用ハンディカメラは高性能で、旅行には欠かせないアイテムとなっている。
 きっとこの夏も大活躍するだろう。
 贈り物を大切にしてもらえていることが、久朗にはくすぐったい。
 平介の誠実さは久朗も良く知る一方で、弱音や不安を見せることがないことを気に懸けていた。
(……人のことは言えないが)
 互いに、過去に傷を持つ大人だ。
 話せないこと、見せたくない一面くらいある。
 だから久朗は――他人のそれが気に懸る、という自分の内面に驚いてもいた。
 それは、この羽休めの場所で知ったこと。

「もし……皆と出会っていなかったら、何をしていただろうか」

 ぽつり。
 久朗が疑問を音にした時、雲が太陽を覆った。
 それまでと違う薄暗さが部屋にもたらされる。
 ハンディカメラを持つ、平介の手が止まる。少し、考える。
「多分ですが……」
 顔を上げ、いつもの穏やかな笑顔で答えた。
「今、この時間に存在していなかった……かもしれませんね……」
 冗談めかしているような、本音をどこかに隠しているような。
 ――後方であれば、仲間たちも気づかないだろう
 そう考えていた時期が、平介にはある。
(後方支援であれば、そこで命を落としても……誰に気づかれることはない、と)
 しかし、それも過去の事だ。『今』は違う。
 後方から仲間を護る、その為に『死なない』。
(きっと久朗さんは気づいてしまう。自分を守ることを捨てて、きっと私の為に命を捨てる)
 真壁 久朗と出会い、彼という人を知り、笹山平介は変わったのかもしれない。
 他にももちろん、多くの出会いがあり人生観へ影響を与えたけれど。

「そういう久朗さんは、どうなっていたと思いますか?」

 寂しくもあり、面白い問いだと思った。
 だから同じ質問を、平介は久朗へ向けた。
「俺か。…………俺か………………」
 聞いておいて、まさか自分は考えていないというわけではないだろうけれど、久朗の沈黙は長かった。
 言葉を選んでいるのだろう、平介は急かすでなく沈黙の空気も楽しむように待つ。
「……今の自分は、皆がいて形作られたものだと思う」
 そうして、ゆっくりと久朗は話し始めた。パンフレットを左手に持ったまま、右手を閉じ開きしてじっと見つめる。
「皆がいなければ、ただ『生きている』だけの人間になっていたかもしれない。……それ故に、もしもを考えると『怖い』と思う時もある、な」
 感情を押し殺すことに慣れ過ぎた幼少期。
 殺し過ぎて、自分の感情も他人の感情も解からなくなってしまった。
 そんな自分と、交流をもつ人間が現れるだなんて思いもしなかった。
 人の感情を取り戻せたのは、英雄や巡り合えた仲間たちのお陰だろう。
「背負い過ぎですよ、久朗さん」
 思いつめた表情の久朗へ、茶化すでもなく息抜きの想いを込めて平介が告げる。
「それを『怖い』と思うのなら、その恐怖へたどりつく事のない様に。貴方の後ろ、手の届かない所は私が護ります」
「……それじゃあ、平介を護るのは誰だ?」
「自分の身は自分で護りますよ。後方支援が背後を突かれてしまってはお終いですが、私は背中に目がついているんです」
「いつの間に義眼を」
 久朗が真顔で驚くものだから、つい平介は肩を揺らしてしまう。
「そうではなくて。気配に敏いということですよ」
(ああ。本当に、この人は)
「久朗さん。戦場では振り返らないで……私は絶対に死なないから……」
「……そうだったな」

 ――私はもう死を選ばないと、約束します

 その誓いは、昨年のこと。
 平介にとって、それがどれほどの重みをもつのか当時の久朗にはわからなかったけれど。
 無理には立ち入らず、少しずつ歩み寄ればいい。平介の伝えようとすることを、抱え込んでいることを、理解できるようになれると良い。
 そのように考え始めていた。


 部屋は尚も薄暗く、気づけば小雨が降り始めていた。
 伸び盛りの緑へ、恵の雨だ。
 風の温度がわずかに下がる。


「まずい、窓を閉めないと」
 立ち上がった久朗は、そのまま外へと視線を向けた。
 木々の下で雨宿りをしている野鳥が数羽、身を寄せ合って羽繕いをしている。
「俺たちみたいだな」
「どうしました?」
 言葉に釣られ、平介も立ち上がる。
「……本当ですね」
 身を寄せ合い、雨を凌いで。
 晴れたならそれぞれに飛び立つけれど、きっと再び戻ってくるのだろう。
 羽を休めに来るのだろう。
「平介、あの鳥の名を知っているか?」
「ええ? 急に言われましても」
 見れば、尾に特徴があり何処にでもいるとは言い難い姿。
「教えてやろうか――……」
 対する久朗は、何かを思い出したのか優しい眼差しを鳥へ向けていた。




 雨の時期が終われば、暑い暑い夏が来る。
 今年は、仲間たちとどんな思い出を刻もうか――……




【羽休めのひととき 了】


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【aa0342 / 笹山平介  / 男 / 25歳 / 人間 】
【aa0032 / 真壁 久朗 / 男 / 24歳 / アイアンパンク 】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
ご依頼、ありがとうございました。
夏に向けての楽しい計画、その合間の穏やかなひと時をお届けいたします。
お楽しみいただけましたら幸いです。
WTツインノベル この商品を注文する
佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
リンクブレイブ
2017年07月11日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.