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『新たなる縁 』
イアル・ミラール7523
 イアル・ミラールは下腹部にはしる鈍い疼きに覚醒を促され、目覚めた。
 錬金術師の巣窟のただ中、手術台の上に拘束された四肢。力を込めようとしても疼きにかき消され、散っていく。そのくせ体には力が滾り、さらなる力をもって張り詰めようとあがく。
 イアルは歯を食いしばり、甘くもどかしい疼きの源を見下ろした――
「あ、あ、う」
 彼女の下腹部へ据えつけられた奇っ怪な筒。そこから多数の電線が伸び、複数のダイヤルを備えた機器に繋がっている。
「お目覚めですか、王女。ああ、ご安心ください。この機械は牛の人工授精用の搾取器と整形外科で使用する低周波治療器を組み合わせただけのものですから。電極だけあれば用は足りるのですけれど、それでは情緒がありませんし、一滴たりとも無駄にはできませんものね」
 店主を名乗っていた革コートの女が笑んだ。
 筒の先にはストロー状の管があり、断続的になにかを吸い上げていた。
「これはっ」
 イアルの体奥でなにかが弾け、声が途切れる。
 次の瞬間、管を満たしたものを見やり、女がさらに深く笑む。
「あなたが思われたとおりのものかと。あと2回絞れるころには分析も済むでしょう」
 切なげに体をよじらせるイアル。
 この疼きは、錬金術師に移植された“男”を苛む刺激によるもの。彼女ならぬホムンクルスのもののはずなのに、まるで始めからイアルのものであったかのように彼女を昂ぶらせ、痺れさせる。
「ああ――」
 抵抗の意志を形にできぬまま、イアルはもがき、蠢き続けた。
 その姿を観察することなく、女は他の錬金術師と共にイアルがもたらすデータと向き合う。
「遺伝子情報に“王女”は含まれていないということですか?」
「はい。少なくとも読み取れる範疇には」
「母体、いえ父体自体は王女ならぬものですからね。純潔なき身に純潔の守護者を宿す矛盾――イアル・ミラールという存在を読み解くには情報ではなく、記憶をたぐるよりないわけですか。とりあえずは搾取した精を培養してください」
「それが……精は数分で石化してしまうのです。精自体を分析することはできるのですが、培養は困難です」
 錬金術師が差し出したシャーレの内に転がる石。それがイアルの放った精のなれの果てだった。
 女は眉根をかるくしかめ、息をつく。
「王女にとっては鏡幻龍の加護、我々にとっては鏡幻龍の呪詛、ですか」
 そしてしばし黙考。ふと顔を上げて。
「精に鏡幻龍の魔力が及んでいるなら、逆手に取れるかもしれません。幸いにして試行する素はいくらでも採取できるのです。あらゆる手段を試させてもらいましょう」
 女はのけぞらせた体を激しく震わせるイアルへようやく冷めた目を向け、立ち上がった。
「精妙なるものと粗雑なるものを、静かに、巧みに分離すべし。ですよ」
 それは錬金史上もっとも高名なもののひとつ、ヘルメス文書の一節であった。

 精妙なるものとは、鏡幻龍の魔力である。
 粗雑なるものとは、イアルの精である。
 固まった石はほぐせばいい。この際、粗雑なるものに配慮する必要はないのだから、それほど難しいことではあるまい。
 錬金術師どもは秘薬をもって石を溶かし、土(個体)より水(液体)と化したそれを火と風にかけ、分離を促した。
「比重の高いものが鏡幻龍の魔力に他なりません。続けて純化を」
 幾度とない失敗の果て、上澄みたるイアルの精はすべて殺された。一定以上に純化された魔力に、女は業を尽くして再結合を促していく。
「鉄、銅、鉛、錫、水銀、銀、金。鏡幻龍の力にもっとも親しい素材を。純化ができてさえいれば、触媒を得ることで再結合は成ります」
 そして。
 錬金術に象徴される太陽――金をもって再結合した鏡幻龍の魔力が、ついにもたらされたのである。
「これを素に使えば、我々の悲願が」
 シャーレに転がる黄金の結晶を浮かされた目で凝視し、錬金術師どもがさざめいた。
 世界に存在するあらゆる物質を分離・純化・再結合してなお生み出せぬ、人を不老不死へ導く万能薬、エリクサーの精製こそが、錬金術師どもの悲願。
 イアルを捕らえた理由のすべてはそのためであり、魔女どもとの抗争を今も水面下で繰り返し、多くの同志を失ってなおイアルを手放さずにいるすべても、このためにこそあった。
 とはいえ、採取できたのは、一度に放たれる精から砂ひと粒程度だ。これから試行錯誤を重ねることになる。量がまるで足りていない。
「王女の男性機能を高める必要がありますが……」
 問題は、現在のホムンクルスとイアルとの親和性の高さだ。
 通常、栄養の供給を断ち切ればホムンクルスは自死する。しかしイアルと融合した“男”は想定をはるかに越えた深度で彼女と結合しており、ゆえに傷をつければイアル本体をも損なってしまう。
「逆に考えるよりありませんね。王女の男性機能自体を高めるのではなく、男性機能に訴える方策を打ち出しましょう」
 それはここへ至るまでの道のりに比べ、あまりにも容易い問題であった。

『あ、あなたは』
 拘束されたイアルを取り囲む女たち。
 生身の女ではない。全員がSHIZUKUの精を元に培養されたホムンクルスである。
「SHIZUKUさんには王女と引き合うなにかがある。あえてオカルティックに言うなら、宿縁というものなのでしょう。そこに性差という要素を加えてやれば、関係性もまたそれに沿ったものへと変化する。すなわち男女の情ですね」
 別室の片隅、モニター越しにイアルへ語る女。当然その声はイアルに届くはずもなかったが、構わない。語ることで自身の思考をまとめようというその性(さが)は、彼女が忌み嫌う魔女――顔も知らぬはずの、モノクルをふたつ繋げた眼鏡をかけた魔女とよく似ていた。
『やめっ、あ、ううぁっ』
 SHIZUKUの顔と体を持つホムンクスルどもがイアルへのしかかる。
 反応してはいけない……強く念じているはずなのに、移植された“男”はSHIZUKUの肌のすべらかさに猛り、それを思うがまま味わうことのできない現状に憤る。
 早く! 早くここに!
「王女の魂は肉体という鋳型に閉じ込められ、その肉に引きずられるまま昂ぶっている。なんとも浅ましいことですが……」
 錬金術では金属を生物と見なし、最下層の鉄から銅、鉛、錫、水銀、銀と成長し、黄金へ至ると解く。物質に霊が閉じ込められている状態は鉛。その状態にあるイアルが、精という形で霊魂の解放を表わす黄金を生み出すとは、いったいどのような理によるものか。
 ホムンクルスには“男”を狂わせる手管だけを教え込んである。泣き叫びながらかぶりを振るイアルをゆるさず、逃さず、人ならぬ者どもはその“男”を嬲り、その体をもって鏡幻龍の魔力を絞り出していく。
『あっ、あ』
 イアルにまたがっていたホムンクルスが動きを止めた。
『あ、ああ、う、ああっ』
 イアルから幾度となく魔力を吸い上げてきた他のホムンクルスもまた、突如動きを鈍らせ、ついには停止する。
「? いったいなにが」
 モニターへ掴みかかるように顔を近づける女。
 動きを止めたホムンクルスどもの肌が、薄暗く侵されていく。これは――
「まさか、石化しているのですか!?」
 急ぎイアルの元へ向かおうと立ち上がる女だったが、その背をイアルの絶叫が叩いた。
『ああ――!!』
 そして。
 鏡幻龍の加護を発動させたイアルが石化し。
 後には沈黙だけが残された。
「これは……なぜホムンクルスまでもが……王女は後でかまいません。ホムンクルスを回収、すぐに鏡幻龍の魔力の分離にかかってください!」
 錬金術師どもがあわただしく動き出す。

 その様を物陰から窺っていた少女は、潜入用パワードプロテクター「NINJA」のエネルギー残量を確認。光学迷彩機能をフルパワーで機動し、その場を後にする。
「“ヴィルトカッツェ”より本部へ。偵察任務完了。データの確認と分析を頼む。こちらは一時現場を離脱し、次の指示を待つ」


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【7523@TK01 /イアル・ミラール / 女性 / 20歳 / 素足の王女】
【NPCA004 / SHIZUKU / 女性 / 17歳 / 女子高校生兼オカルト系アイドル】
【NPCA019 / 茂枝・萌 / 女性 / 14歳 / IO2エージェント NINJA】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 影に潜みし娘御、其は何者なりや。
東京怪談ノベル(シングル) -
電気石八生 クリエイターズルームへ
東京怪談
2017年07月11日

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