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『捨て子たちの物語』
フェイト・−8636

 アメリカにいた頃から自分は何も変わっていない、とフェイトは思う。
 休日になると、やる事がなくなってしまうのだ。
 とりあえず今は、バイクを走らせている。以前、長期停職処分をもらった時に購入した400ccだ。
 あの時と違って今日は、余計なトランクを積んでいるわけでもない。
 1人気ままなバイク旅行であった。
「趣味を訊かれたら……ツーリングです、と。そう答えられるのかな俺」
 ヘルメットの中で呟きながら、フェイトはバイクを止めた。
 某県の、町か村か判然としない区域である。
 舗装された道の周囲に、人家があり、田畑があった。
 そんな風景の中に1つ、小さな神社を見つけたのだ。
 鳥居の前でフェイトがバイクを止めたのは、その神社が『本物』だったからである。
 本物の神を、祀っている。
 明らかに人ではないものの気配が、鳥居の外にまで伝わって来る。
 それがわかるのは、フェイトのような能力者だけであろうが。
 ヘルメットを脱ぎ、境内に足を踏み入れる。
 その足を、フェイトは止めた。御神体を確認したりする必要はなかった。
 賽銭箱の前で、よくわからない姿をした生き物たちが踊っている。歌っている。
 いや聞こえるわけではないが、何やら楽しげな音楽の調べや歌声が聞こえて来そうな踊りであった。
「見えなさるのかね」
 声をかけられ、フェイトは振り向いた。
 神主とおぼしき老人が、社務所の方から歩いて来たところである。
「見える、って……」
 無音で歌い踊る、謎めいたものたちを、フェイトはまじまじと観察した。
「もしかして普通、見えないんですか? この……」
「うちの神社でお祀りしている神様たちだよ。見える人には、見える」
 神々しさよりも珍妙さが遥かに勝ってしまう神々を、フェイトはじっと見つめた。見ても、よくわからない。
 何という名前の神様なのか、フェイトが訊く前に神主が説明をしてくれた。
「今の若い人たちは、この国の神話ってものを少しは知っていなさるのかな……国生みをした夫婦神の間に、最初に生まれ、だけど醜さのあまり捨てられてしまった子供。それが、この出来損ないの神様どもさ。かわいそうだから、うちで祀ってやっている」
 この神主は、祭神をあまり有り難がってはいないようである。
「この世の理が定まる前に捨てられてしまった、だからこの世に存在出来ない。ほとんど幽霊みたいな連中で、普通の人間の目には見えないんだが……こいつらが見えるようじゃお前さん、失礼ながらあんまりいい育ち方してないね」
「……まったくもって、その通り」
 ふわふわと踊り揺れる珍妙な神々に向かって、フェイトは両手を合わせ、軽く頭を下げた。
 ご利益を求めての事ではない。この神に、そんなものを期待出来るとは思えない。
 両親に捨てられた、という境遇に、親近感のようなものを抱いただけだ。


 俺の親父は、最低な人間だった。そんな男に引っかかった、おふくろも大概なのだが。
 おふくろの父ちゃん、つまりは俺の祖父さんが資産家で、親父はその金を目当てにおふくろと結婚した。
 生まれたのが、俺である。
 俺が物心ついた頃には、親父はまだ優しかった。が、やがて暴力を振るうようになった。
 資産家である義父に見放され、経済援助を打ち切られたからだ。
 親父は毎日、おふくろを殴り、俺を殴った。
 おふくろは親父に媚びへつらって、やはり同じように俺を殴ったものだ。
 そんな環境から俺を救い出してくれたのが、金持ちの祖父である。まあ感謝はしなければならないだろう。
 この爺いが若い頃、どんな荒稼ぎをしていたのか俺は知らない。とにかく今は引退し、町はずれの小さな神社で神主をやっている。老後の道楽みたいなものだろう。
 俺は今、そこの社務所兼自宅で、この祖父と2人で暮らしていた。
 資産家のくせに、俺にたくさん小遣いをくれたりするわけではない祖父さんだが、まあそんな事で文句を言ってはバチが当たるというものだ。
 親父は、どこかの路地裏で刺されて死んだ。元々その筋の連中と金銭トラブルを起こしていたようだが、実はうちの金持ち爺いが密かに手を回したのではないかと俺は疑っている。
 おふくろは今もまだ入院中だが、俺は見舞いに行った事はないし、行こうとも思わない。
 今は、それどころではないのだ。
 駅前の商店街を、俺は走っている。時折、人にぶつかりながら。
 通行人たちが、迷惑そうに俺を睨む。
 こいつらには見えていないのだ。俺を追いかけ回してる、化け物の姿が。
 言っておくが、俺は薬物の類は一切やっていない。
「何だ……何だよ、何なんだよォ……」
 涙と鼻水をどばどば垂れ流しながら俺は走り、顔だけを振り向かせた。
 俺にしか見えない化け物が、まだ追って来る。
 そいつは、わけのわからない姿をしていた。走っているのか這いずっているのか、飛び跳ねているのか、それすら定かではない。
 通行人は皆、そいつの身体を擦り抜けているように見える。
 この化け物はしかし、俺を擦り抜けさせてはくれないだろう。
 何故なら、そいつは俺を、俺1人を、しっかりと認識しているからだ。
 その眼球は、俺だけをギラリと睨み据えている。その牙と爪は、俺を引き裂くためにだけ生えている。
 俺が何故、そんな事を確信出来たのか。特に根拠も理由もない。ただ俺は、この化け物からハッキリと感じたのだ。
 憎しみの、念を。
 それは俺がかつて、親父とおふくろに対して抱いたものと同じだった。
 憎しみで出来た怪物に俺は今、追われているのだ。
「勘弁してくれ……俺なんか殺したって、しょうがねーだろうがよおぉ……」
 走りながら、俺は泣きじゃくった。
 わかる。感じる。かつての俺と同じく、そいつは自分の父親と母親を憎んでいるのだ。
 八つ当たりで、俺を殺そうとしている。
 八つ当たりの対象に俺が選ばれたのは、俺がそいつを認識出来るからだろう。
 あいつらに似ている。俺はふと、そう思った。
 うちの神社に住み着いている、あの変てこな連中と、この化け物は、どこか感じが似ているのだ。
 あいつらの親類、なのかも知れない。
 俺にあいつらが見えるようになったのは、つい最近である。
 お前にも見えるようになってしまったのか、と爺いは何やらショックを受けていたようだ。
「じいちゃんよォ……こいつの事、何か知ってんなら助けに来てくれぇえええ!」
 泣き叫びながら、俺は通行人の1人とぶつかった。
 若い男である。
 細いくせに、頑丈な身体をしていた。ぶつかって俺は尻餅をついたのに、その男は微動だにしない。
「……厄介なのに目、つけられちゃったな」
 俺を見下ろしながら、その若い男は言った。
 鮮やかな、緑色の瞳をしている。
 淡く輝くエメラルドグリーンの両眼が、やがて、俺を狩り殺そうとする化け物に向けられた。
 化け物が、立ち止まる。
 そいつを、緑眼の若い男は見据えている。
「……見えてんの、かよ……あんた……」
 初対面の男に、俺はすがりついていた。
「見えてんなら、教えろよ……何なんだよ、あいつはよおぉ……」
「……まあ、俺の同類みたいなもんだ」
 男が、意味不明な事を言っている。
「責任持って、俺が何とかするよ」


 フェイトは両親に、捨てられた、わけではない。
 あれを「捨てられた」と言うのであれば、その原因を作ったのは自分自身である。
 あんな両親はむしろ自分の方から捨ててやったのだ、と内心で強がっていた時期が、過去になかったわけではない。
 強がりながら、荒れていた。周囲に迷惑と言うより災厄を振りまき、面倒を見てくれている叔父を大いに困らせた。
 あの頃の自分にそっくりな怪物が、牙を剥いている。
「気持ちはわかる、なんて言うつもりはないよ。とにかく、他人に迷惑をかけるのはやめた方がいい」
 言葉など通じるわけがない、とわかっていてもフェイトは言わずにはいられなかった。
「後で絶対、惨めな気分になるから……」
 案の定、会話になどなるわけもなく、怪物が襲いかかって来る。
「ひいっ、ひぃいいいいいいッ!」
 少年が、フェイトの足にすがりつきながら悲鳴を上げた。
 中学生、であろうか。どこにでもいるような少年だが、彼にはどうやら見えている。
 憎悪の念で組成されたような、この怪物の姿が。
 あの神主は言っていた。こいつが見えるようじゃ、お前さん、あんまりいい育ち方してないね……と。
 襲い来る怪物と、襲われていた少年、そして通りすがりのフェイト。
 この三者に共通する物事は、何か。
「親に……」
 言いかけて、フェイトは黙った。言ったところで意味はない。
 この怪物に対して今、必要なもの。それは言葉ではなく、力だ。
 フェイトの両眼が、緑色に燃え上がる。
 エメラルドグリーンの眼光が迸り、怪物を直撃した。
 フェイトそれにこの少年にしか視認する事の出来ない奇怪な姿が、潰れたようにへし曲がり、路面に激突する。
 通行人たちは気付かず、倒れた怪物を踏みにじるように通り過ぎて行く。
 誰の目にも見えない。誰かに、顧みられる事もない。この世の誰にも、気付いてもらえない存在。
 この世の理が成立する前に、この世から捨てられてしまった子供たち。その名を、フェイトは呟いた。
「ヒルコ神……」
 創世の夫婦神・伊邪那岐命と伊邪那美命との間に最初に生まれた、出来損ないの生命体。
 その醜悪さゆえに捨てられた彼らの、ある者たちはその運命を受け入れ、ただ神社の境内で歌い躍るだけの無害な存在として落ち着いた。
 ある者たちはその運命を憤り、こうして凶行に走っている。
「す、すげえ……」
 少年が、声を震わせた。
「あんた……何、やったの? 今……え、もしかして超能力とか!?」
「……さあ、な」
 化け物がいる。超能力の類が実在しても、おかしくはない。
 そんな事を、この少年は思っているのかも知れなかった。
 その化け物が、よろよろと起き上がって来る。
 並の悪鬼悪霊であれば跡形もなくなるほどの念動力をぶつけたのだが、この怪物は、曲がりなりにも神である。
 伊邪那美命がこの世で最初の死者となる前に、世の理から外されてしまった捨て子の神。つまりは不死身である、という事だ。
 戦闘能力はしかし、フェイトから見れば微々たるものである。
 粉々にズタズタに切り刻んで打ち砕き、活動を停止させる事は不可能ではない。
 そこまでやるのか、とフェイトが思った、その時。
 視界の隅で、何かが跳ねた。ぴょこぴょこと踊っている。
 あの神社に祀られている、ヒルコ神たちであった。
「あ、お前ら……」
 少年が、そんな声を発している。
 あの神主は、孫がいると言っていた。この少年が、そうなのか。
 音を発する事なく、だが楽しげな歌が聞こえてきそうな踊りを、ヒルコ神たちは披露している。
 その踊りの輪の中に、新たな仲間を誘っている。
 少年を殺そうとしていた怪物が、うなだれた。
 少しの間うなだれていた怪物が、やがて誘いに応じ、無音の歌と踊りに加わっていった。
 呆気に取られている少年の肩を、フェイトは軽く叩いた。
「大変な目に遭ったな。だけど、まあ……許してやって、くれないか」
「それはいいけどよ。あ、あんたは一体」
 少年の目が、フェイトを見つめながらキラキラと輝き始める。
「すげえ、すげえよ。あんな化け物、ひと睨みでブッ飛ばすなんて……あんた、もしかして能力者ってやつ? 漫画やゲームに出て来るアレ! 悪い化け物とか退治してる人たち!」
 この少年は、その手の漫画やアニメやゲームが大好きなのかも知れない。
「漫画やゲームに憧れる、だけにしておけよ」
 少しばかり偉そうに言い残し、フェイトは少年に背を向けた。そして、さっさと歩き出す。
「あっ、おい待って……」
 追いすがろうとする少年を、ヒルコ神たちが踊りながら取り囲む。
「な、何だよお前ら……化け物のくせによ、楽しそうに踊ってんじゃねーよ。俺まで身体が勝手に動いちまうだろうがよ」
 珍妙なヒルコ神たちと一緒になって踊り跳ねる少年を、通行人が薄気味悪そうに一瞥し、あるいは見て見ぬ振りをする。
 彼ら彼女らには、少年が1人で踊っているようにしか見えないのだ。
 いずれ通報されるかも知れない少年を、フェイトはちらりと一瞬だけ見やった。
 自分を殺そうとしていたヒルコ神と一緒になって、楽しそうに、本当に楽しそうに、少年は踊っている。
 人間の友達がいない、のだとしたら、まさしく中学生の頃の自分と同じだ。
 フェイトは、それだけを思った。


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登場人物一覧
【8636/フェイト/男/22歳/IO2エージェント】
東京怪談ノベル(シングル) -
小湊拓也 クリエイターズルームへ
東京怪談
2017年07月12日

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