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『コーパルの館 』
シリューナ・リュクテイア3785)&ファルス・ティレイラ(3733)
 異世界の竜にして稀代の魔法使い、シリューナ・リュクテイアが人の姿をもって営む魔法薬屋は今、とある事情から夏休みをとっていた。
「そう。細かいことに口を出すつもりはないけれど、できる限りの対処をお願いするわ」
 書斎のプレジデントデスクの片隅に置かれた古風な黒電話へ受話器を戻し、シリューナは細く息を吹く。
 まさか、船が沈むなんてね。
 魔法薬の原料を積んだ船が北極海で沈没。どうやら極地巨大化現象(極地の海生生物は他の場所に棲む個体よりも巨大に成長する。南極巨大化現象(ポーラー・ジャイガンティズム)が有名)による巨大海生生物の襲撃を受けたらしい。
 今どきとんだ海洋ロマンが炸裂してくれたものだが、ともあれ原料は気圧差に弱いものが多々あり、航空便ではその組成が損なわれるだけでなく、中には爆発するようなものも少なくない。
 ゆえに商品を製作するには次の船便を待つよりないのだが、そのためにはまず航路の安全確保を行わねばならず、それを誰がするのかということで問屋筋は今大揉め。
 ようはまるで魔法薬屋再開の目処が立たない状況にあるわけだ。唯一の救いは、シリューナ自身は魔法具鑑定の仕事があるので、手もち無沙汰にならずにすんでいることなのだが。
「うう、お姉様。ちょっとでいいですから、お店開けちゃだめですか?」
 シリューナの弟子にして魔法薬屋店員であり、大切な妹分でもあるファルス・ティレイラが涙目で言った。
「お客様はここに来ればあの薬が手に入ると思うからこそ足を運んでくれるのよ? その期待に応えられない以上、看板は出せないわね」
「でもぉ、その、やること、なくて……」
 シリューナは手にした魔法具から目線を外し、ティレイラを見た。うん、いつもの服もいいけど、メイド服もティレにはよく似合ってる。そんなことを思いながらも顔だけは平静を保ち。
「差し迫った案件なんかないんだから、配達屋の仕事、取ってきてもいいのよ?」
「お姉様は邪竜です!」
「……なにが?」
「外、すっごく、暑いんですよぉ!?」
 そんなことを熱く叫ばれても。じたじたと両拳を胸の前で上下させるティレイラ。まだまだ未熟なティレイラだが、火魔法だけは並ならぬレベルで使いこなす。その魔力が漏れ出しているせいか、冷気魔法で一定気温に保っているはずの書斎が妙に暑苦しくなってきた。
「火の魔法使いなのに、暑さはコントロールできないのね」
「それとこれは別々ですーっ!」
 まあ、それは確かに。
 しかし、放置しておけばティレイラはずっとここで騒ぎ続けるだろう。それは仕事的にも心情的にもよろしくない事態である。
「だったら。友だちと会ってみるのもいいんじゃない?」

「おじゃまするよー!」
 魔法薬屋に元気な声が響き渡り、瀬名・雫が飛び込んできた。
 見た目はちんまりとした女子中学生だが、その実全国でも有名なオカルトサイトの管理人なのである。
「雫さんいらっしゃい! わー、ありがとう。私今、すっごいひまでひまで……」
 迎えたティレイラと雫は手を取り合ってぐるぐる。
 思う存分回った後、雫は息を荒げたままティレイラの顔を見上げてサムズアップ。
「ひまだって聞いたからさ、持ってきたよお仕事!」
「仕事って」
「あたしのボディーガード! もちろんやってくれるよね?」

「――というわけで、ちょっと探索に出かけてきます」
「探索?」
 ティレイラの言葉に眉をひそめるシリューナ。
 ティレイラの横にくっついていた雫が言葉を継いで。
「町のはしっこにすっごい怪しい家があるんだよ! そこに入り込んだ犬も猫も鳥も、誰一匹帰ってこないって話題になってるの」
「人間が混ざっていないのは確かに怪しいわね」
 信憑性がないという意味で、だが。
「夜になる前に帰りますから、お夕飯のご心配は無用ですよっ!」
「あたしもいっしょにいただくって決めてるから、量のことは心配してほしいっ!」
 ぐっと拳を握り、ティレイラと雫がそれぞれ言う。前者はともかく、後者は?
「行ってきますね、お姉様!」
「あたし肉がいいな、お姉様!」
 かくしてティレイラと雫は去り、シリューナの書斎は静寂を取り戻した。
「困ったことをやらかしてくれないよう祈りましょうか」
 無理だろうなとは思いつつ、シリューナはそれでも唱えずにいられないのだった。


 ティレイラと雫の目の前にある“家”は、風雪にくすんだ壁を蔦に侵され、緑の塊と化した廃洋館だ。
「暑い」
「無事にたどりつけたんだから喜ぼうよ!」
 すっかり暑さにやられたティレイラの背をぽんぽん叩く雫。そのまままっすぐ、朽ちた門を抜けて敷地へと踏み込んで行く。
「虫除け、ちゃんとしといてね。水分補給もしっかりね。誰も住んでないんだからクーラー効いてないよ?」
「そうだよねぇ。うう、中入りたくない……」
 雫から配給された自販機のペットボトルを抱えながら、ティレイラはだらだらと後に続いたが、ふとその目をすがめ。
「下生えが生えてないの、なんでだろ? 建物にはあんなに蔦が這ってるのに」
 以前は庭だったのだろう敷地内は乾いた土が露出しており、一本の雑草も生えていないのだ。
 ただそれだけのことではあるが、気づいてしまえばあまりにも不可思議な有様。
「これは……オカルトのにおいがするねぇ。ファルちゃん行くよ! 真相暴いてやんなきゃ!」
 デジカメで建物と敷地を撮り、雫がわくわくとティレイラを促した。

「開かない――っ!」
 顔を真っ赤にして朽ちかけた扉を押したり引いたりしていた雫がげはー。大きく息をついた。
「私がやってだめだったんだから、雫さんがやっても……」
「チャレンジ大事だから! もしかしてっていうか、あわよくばっていうか!」
 紫翼の竜たるティレイラの膂力をもってしてびくともしなかった扉を、雫の細腕であわよくばどうにかできようはずもないのだが。
 それにしても。確かにこの館になにかあるのは確かだ。だとすれば。
 ティレイラは掌にざっくり編み上げた探知の魔法をかぶせ、建物を探る。この扉が超常の力で閉ざされているのだとしても、「館」という形をとっている以上はかならず開かれるべき「窓」があり、「扉」がある。
 実際に建てられた建物とはちがい、形を模しているものにはそれを成すために踏まなければならない手順があり、守らなければならない形式があるのだから。
「雫さん、もう少し離れて」
 雫を下がらせ、ティレイラは炎の魔法を発動させた。目に見えている扉ではなく、その横――蔦に塞がれた壁へ、その魔法を叩きつける。
 果たして。一瞬にして焼き払われた蔦の奥に、もう一枚の扉が現われた。
「こっちは普通に開くはず。でも、気をつけて行かないと」
 ティレイラは突撃しようとした雫を制して言った。
 いつもは自分が飛び出していく役どころだ。しかし今は雫という守るべき相手がいる。慎重に、慎重に……

 と、誓った10秒後。
「すごい! すごいすごい、すごい!」
 ティレイラは雫といっしょに大盛り上がりしていた。
 館の壁が、床が、天井が、すべて淡いオレンジ色の鉱石でできていたからだ。
「つるつるしてる。泡もいっぱい浮いてるね」
 雫が壁を護身用具にもなる懐中電灯でつつきつつ、小首を傾げる。
「んー、多分、琥珀? でも、色が薄いよねぇ」
 ティレイラもまた小首を傾げて考え込んだ。
 ふたりは知らなかったが、どうやらこの館はコーパルでできているようだ。コーパルとは琥珀になる前の、比較的近代にできた樹液の化石である。
「とりあえず探検探検! こんなすごいとこ、滅多に見つけらんないよ!」
 そしてふたりは館の奥へ進んで行く。

 館にはいくつもの部屋があったが、机やベッドのような生活用品はいっさい置かれていなかった。代わりにあるものは、獣を象ったコーパルの像がいくつか。
「持って帰りたいけど、地主の人怒るだろうしなー」
 名残惜しげに写真を撮りつつ、雫は眉を八の字に困らせた。
「持ち主がいるのかわかんないけど……でもどうしてこんなの置いてあるんだろ?」
 ティレイラは淡く透けた動物の像を見つめて考え込む。
 不思議なことに、このコーパルには樹液の化石特有の泡がいっさい封じられていなかった。それに、こんなひと抱えもあるような宝石なら、それだけで結構な財産になりそうなのに、どうして削り落として動物型にしてしまったのだろう?
 と。
 視界の隅にひらめいた、緑。
 ティレイラが顔を上げると、そこには外壁を埋め尽くしていた蔦の先があった。おかしい。さっきまでそんなものはなかったはずだし、なによりこの館は魔法の力で封じられて――そこまで考えて、気づいた。
 この館を造ったのは誰?
 入ったまま出てこなくなった犬とか猫とか鳥はどこにいったの?
 いったい誰が、獣を引き込んだの?
 ギチギチギチ。床に置かれていたはずの像が、硬い音をあげて動き出す。
「雫さん!」
 ティレイラは雫の腕をつかみ、部屋を飛びだした。
 ギギギギギ。追ってくる。コーパルに変えられた獣が。
 ザザザザザ。追ってくる。この館を管理している蔦が。
 跳びかかってきた獣像を拳で打ち据え、迫る蔦を炎で薙ぎ払い、ティレイラは出口へ駆ける。
「な、なにがどうなってんの!?」
「家主は人間じゃなくてあの蔦なの! 像はみんなここに引き込まれた獣のなれの果て! 私たち、このままじゃ像にされちゃう!!」
 獣の数はどんどん増えている。特に厄介なのは鳥だ。めまぐるしく飛び回り、急降下攻撃をしかけてティレイラたちを邪魔してくる。抵抗するためには、全力を出す必要がある。
「雫さん! 入口まで着いたらとにかく逃げて!」
「ってファルちゃんは!?」
「やれるだけのこと、やってみる!」
 雫を入口のほうへ押しやり、ティレイラは踵を返して追ってくる獣と蔦へ向かった。

 本体を叩かなきゃ!
 ティレイラは全身を炎で包み、強引に進む。
 蔦の根元は館の内にあるはず。そうでなければ入口を隠しておく必要はないからだ。それを見つけて燃やしてしまえば……きっと!
 と。飛び込んできた鳥像がティレイラの視界を塞ぐ。
 すぐに払い退けたが、1秒を浪費した。
 その間に蔦が網を成し、ティレイラへ降り落ちてきた。
 炎を燃え立たせ、迎え討つティレイラだったが……
「燃えない!?」
 蔦は激しい蒸気を吹き上げ、ティレイラを絡め取った。樹液だ。蔦は樹液で自らを濡らし、炎に対抗してみせたのだ。
 気づいたときにはもう遅かった。
 新たに編まれた蔦の網が十重二十重にティレイラを押し包み、その樹液で彼女を濡らし、固めていく。
「――っ!」
 竜たる本性を解放し、竜人形態をとったティレイラは必死で抵抗したが、蔦はやわらかく、しかし確実に彼女を捕らえ、締めつけ、ついには。
「あ、ああ」
 肌に押し入られ、細胞を押し固められていく冷たい感覚にティレイラはうめき。
 いつしかその声を失った。


 夜明け。
 シリューナは書斎のプレジデントチェアのリクライニングを起こし、窓の外を見やる。
 夜には帰ると言っていたティレイラは未だ戻らない。いや、ティレイラとて自分の力で世を渡っている竜。過保護は彼女のためにならないと、わかってはいるのだが。
「姉が妹を心配するのは当然のことだものね」
 日が高くなるほど、騒ぎになったとき周辺におよぼす影響が強くなる。行くならば今すぐにするべきだろう。
 シリューナはすべるように立ち上がり、開け放った窓よりその身を躍らせた。

 ティレイラの魔力の残滓をたどり、シリューナは件の館の前にたどり着く。
 平常に見えて、どこか歪んだ空間。
「取り繕っているのね。内にあるものを隠したくて」
 彼女は館を覆う蔦へ告げ、笑んだ。
 蔦は思い知る。今ここに来た女が恐るべき脅威であることを。
 館より解け、蔦が襲いくる。
 シリューナは即座にまわりの土へ術式を書きつけ、起動した。
 かくして高く燃え上がる、重力の炎。
 地に叩きつけられた蔦は逃れることもできぬまま黒炎にまかれた。樹液を吐き出し、身を守ろうとあがくが、炎はその守りをもれなく焼き払い、鶴を消し炭へ変えていく。
「甘い匂い。琥珀でも作るつもりかしら? もしそうなら何百万年か後で成果を見せてもらうわ」
 蔦に滋養を吸収され尽くし、草一本生えることのない乾土を悠然と踏みしめ、シリューナは館の内へ踏み入った。

「雫さん、だったかしら?」
 玄関ホールの真ん中に、走る姿そのままに固められた雫を発見した。
「コーパル――なるほどね。このまま人類が滅びるまで置いておけば、次の世界では芸術品として名声を得られるでしょうけれど」
 淡いオレンジの宝石と化した雫に魔力を這わせ、解呪術式を探る。魂までは浸蝕はされていない。これならすぐに解けるだろう。
 圧倒的な魔力を振るい、獣像を次々と打ち砕いてさらに進むシリューナ。
 芸術的価値を思えば、打ち壊すには惜しい。が、彼女のかわいい弟子であり、大切な妹を侵したものを見過ごすつもりはなかった。
 そして。
「これはまた綺麗に固められたものね」
 大きく翼を広げたコーパルの竜人像と化したティレイラと再会するのだった。
「コーパルの壁に囲まれたコーパルのティレ――確かにそこに在るのに、見過ごしてしまいそうな儚さ。翼の皮膜が光に透かしたら、いったいどんな景色が見えるかしら」
 思わず見入ってしまいそうになる目を無理矢理ティレイラから引き剥がし、シリューナは術式を編み上げる。
「それを確かめる前に、やるべきことがある」
 ティレイラを守るように踏み出すシリューナ。その視線の向こうで、ざわりと緑が沸き立った。
「どういうつもりでこんな館を造ったのかは知らないし、知る気もない。ただ償ってもらうわよ」
 地中深くまで潜り込んだ根の1本たりとも見逃されることなく、蔦はすべてを焼き尽くされ、引き裂かれ、押し潰され――死に絶えた。


「ここであなたが見たことを公開するのはかまわないけれど、真相を語るのはやめておいたほうがいいわね。お金になると思われたら平穏な生活を失うから」
 解呪した雫に注意を与えたシリューナは、彼女の手にコーパルの欠片を握らせた。
「記念品よ。中に虫が入っているから、あと100万年もとっておけば価値が出るわ」
 そしてシリューナは雫を見送り、館にしかけておいた術式を起動させた。
 音もなく崩れ落ち、砂粒となって土に混じるコーパル。蔦は殺し尽くしたから、ほどなく雑草に埋もれて消えていくことだろう。
「ようやくふたりきりね」
 後に唯一取り残されたティレイラの像へ歩み寄り、シリューナはそのコーパルの皮膜をのぞきこんだ。
 淡いオレンジに彩られた空は、想像以上に美しく、青かった。
「帰りましょうか。あなたを解呪するまでに時間もかかるし、それまでは楽しませてもらうわよ?」
 抱きかかえたティレイラの胴は、つるりと冷たく、それでいて得も言われぬやわらかさを湛えている。それも樹液ならではの質感ということだろう。

 空間転移で書斎へ連れ帰ったティレイラに、シリューナはそっとその身を寄せた。
 尾が描く曲線を頬でなぞり、その冷たい体を抱きしめて、心ゆくまで樹液のなめらかさを堪能する。
 抱きしめているうち、少しずつ、ティレイラにシリューナのぬくもりが移りゆく。
 ぬくもりに染みこませた解呪の魔力がティレイラを解き、その体に命を取り戻させていく。
 いけない。これでは、もうすぐにこの時間が終わってしまう。
「姉でも師でも雇い主でもない私がティレに我が儘を言えるのは、今しかないのだもの。だからもう少しだけ――」
 この時間を楽しませて。
 自らの服を脱ぎ落としたシリューナは、その肌をティレイラのコーパルへ溶け込ませたいかのようにかき抱いた腕に力を込め、赤眼を閉ざした。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【シリューナ・リュクテイア(3785) / 女性 / 212歳 / 魔法薬屋】
【ファルス・ティレイラ(3733) / 女性 / 15歳 / 配達屋さん(なんでも屋さん)】
【瀬名・雫(NPCA003) / 女性 / 14歳 / 女子中学生兼ホームページ管理人】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 かくて竜は楽しまん。時は有限なればこそ惜しく、愛おしきものなれば。
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2017年07月14日

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