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『うたかた、まぼろし 』
翡翠 龍斗ja7594)&翡翠 雪ja6883

「よ、お待たせ」

 とある居酒屋の個室。フスマが開いて、久遠ヶ原学園の『元教師』である棄棄が顔を出した。教師を辞めてからは、あの目立つ服装ではなくカジュアルで地味めの装いである。
「あ、棄棄先生」
「お久し振りです、先生」
 教師を迎えたのは、先に席に着いていた翡翠 龍斗(ja7594)と、その妻である翡翠 雪(ja6883)だった。
「悪いな、待たせちまってよ」
 促されるまま座りつつ、帽子を脱いだ教師が苦笑を浮かべる。「いえいえ」と雪が朗らかに笑んだ。
「お忙しいところを、こうしてお越し頂いたので」
「いいってことよ、可愛い生徒のお願いだ」
 雪にそう返事をして、「にしても久しぶりだな」と棄棄は改めて二人を見渡した。
 龍斗。雪。久遠ヶ原学園の元生徒。今は卒業して己の人生を歩んでいる。生徒だった時から月日は流れ――
「丸くなったな」
 しみじみ、呟いた教師の言葉に「え」と夫妻の声が重なった。
「し、幸せ太りというものはありますが健康面には気を――」
「献立も毎日カロリーを計算して作って――」
 更に慌てて重なる声。教師がカラカラ笑う。
「ああ、物理的な意味じゃなくって、精神的な意味だよ」
「「精神的な意味、ですか」」
 ハモる声。仲が良いなぁと教師は思いつつ。

 ――龍斗は学生時代の凛とした面影はあるものの、かつての抜き身の刃のような鋭さというよりは、穏やかな清流のようにゆったり落ち着いた印象が加わった。
「つーかラフな格好でいいっつったのに、スーツか」
「はは……まあ、一応は」
 棄棄の言葉通り、彼はスーツを身に着けている。かつては機能性を重視した防具で天魔と戦っていた男は、今は社会的戦闘服を身に纏って、家族の為に仕事と戦っているようだ。

 一方、雪の方はおっとりとした印象が強くなった。出産も経て、体つきも女性らしい丸みを帯びている。生徒時代はあどけない顔つきをしていたものの、今ではすっかり母の顔だ。
「雪ちゃんは綺麗になったなぁ」
「そうですか? ありがとうございます。先生はお変わりありませんね」
「心が少年だからかな」
 ははは、と笑い声が個室に響いた。

 さてさて、挨拶もそこそこに。
 とりあえずビール。運転手の龍斗はウーロン茶。乾杯。

「ピッチャーで寄越しなさい、ピッチャーで」
 雪は酒豪に覚醒したようだ。プハーッと飲み干す顔は幸せそうである。
「妊娠中って飲酒は駄目じゃないですか。でも凄く飲みたくなった時があって。当然、我慢するじゃないですか。そうしたら、そういう時に限って龍斗さんが仕事の付き合いの飲み会とかで。お酒のニオイをプンプンさせて帰ってくるわけですよ」
 ほろ酔いと共に語られるそんな話。困った笑みの龍斗が「あの時は悪かったよ、今日は俺が飲めないんだから許してくれ」と肩を竦めている。
「かかあ天下なのな」
「そうですね……」
 棄棄の耳打ちに否定する言葉もない旦那様。愛妻に頭が上がらないのは学生の時から変わらない。
 そうそう、妊娠、出産といえば――棄棄は視線をテーブルの隅でカラアゲをつついている小さな子供二人へと向けた。
「双子ちゃんか?」
「はい。女の子が紅霞、男の子の方が青嵐です。五歳になったばかりで」
 愛する子供達を見やり、龍斗が答える。
「おっきーからあげ、もーらい!」
 雪より紅色かかった色の髪をした姉の少女が、弟が取ろうとしていたカラアゲをパッと奪って口に放り込んでしまう。龍斗と良く似た髪色の少年はちょっとだけムッとするも、文句は言わずに別のカラアゲをお子様用フォークで刺すのだった。
「似てるな」
「そうですかね」
「将来が楽しみだ」
「……そうですね」
 子供達を見守る龍斗の眼差しはどこまでも優しい。視線の先で、口の周りを食べカスまみれにしている二人を、雪がおしぼりで手際よく拭いてあげている。
「ほら、お行儀よくね。先生にご挨拶は?」
「おじさんこんにちはーっ」
「こんにちはーっ」
 母親に促され、幼い声。「おう、よろしくなー」と教師は双子の愛らしさにデレッとしながら手を振った。
「おじさんじゃなくって先生でしょ、それに今は夜だから、『こんにちは』じゃなくって『こんばんは』」
 尤も雪は眉根を寄せていたが。「いいっていいって」と教師は笑顔だ。そのまま、龍斗へと棄棄は声をかける。
「龍斗は今日は仕事だったのか?」
「いえ、今日はお休みを貰いまして。昼は家族で、思い出の場所を巡っていました。雪からの提案でして」
 とはいえ、一日で全ては巡りきれないんですけどね――そう付け加えて、龍斗は部屋の照明を反射するウーロン茶の水面を眺めていた。
「……こうして過ぎてみると、あっという間ですけれど。思い返せば思い返すほど、色んなことがあったなぁって」

 激動の学生生活だった。
 思えば、あんなに騒がしく、あんなに賑やかで、あんなに忙しなくって――バカやって、嬉しいことがあって、哀しいこともあって、出会いと別れがあって――そう。あんなに、あんなにも青春してたのは、いつだって学生時代。

 ……過去になったからって、思い出を美化しすぎだろうか?
 いや、美化だとしても、確かに――あれは『青春(忘れられない時代)』だった。

「大人になって、こんな風に過ごすことになるなんて……学生時代は思ってもみませんでした」
「ええ、……本当」
 子供達を優しく撫でる雪が同意の頷きを示す。人天冥の和解、平和になった世界、結婚と幸せな家庭と、生まれた双子。あの時の自分達に今の状態を聞かせても、きっと信じられないと言うに違いない。夫妻は目を合わせ、クスリと笑いあった。
「年寄り臭ぇこと言うなって。まだ若いんだ、人生ここからだぜ?」
 日本酒をあおり、棄棄が笑う。
 これから子供が大きくなって、学校に通うことになって――そう、夫妻が学生時代にあれこれあってドタバタのテンヤワンヤだったように、この子達もきっとそうなるのだ。親としての務めが、これから山のように待っている。
「それもそうですね」
 これからの未来を想像して、龍斗が頷く。そんな旦那に、雪が寄り添い。
「……この子達は、これからどんな未来を歩んで行くのでしょうね?」
「さあ、な。……道を決めるのは、この子達自身だ」
 でも、この子達ならきっときっと大丈夫。ならば見守ろう、彼らが道を行く手助けをしよう――。
「……棄棄先生も、こんな気持ちだったんですかね?」
 ふと、雪が呟く。子供達を見守る心境。その成長へ馳せる思い。答える棄棄の声は穏やかだった。
「ああ、そうだな。……ふっ。スッカリ大人になっちまってお前ら、まあ」
「その思いも、いずれ分かるようになるんですかね、俺達」
 龍斗が問う。
「そーりゃもちろん、嫌でもな!」
 おどけるように棄棄は眉を上げてみせた。いつまで経っても、先生の前では、自分達は生徒なんだなぁ――そう夫妻はしみじみと思う。
「見守ってた子供が結婚ーとかの話きいたらな、泣くぞマジで。感動でマジで泣けるから。お前らも覚悟しとけよ?」
「ふふ。そうですねぇ」
 くすくすと夫妻は笑った。

 ――思い出話が咲き誇る。
 あんなことがあった。こんなこともあった。
 そうそう、あの人は今――。

 そんな話を、一つずつ。
 一つずつ、思い出す……。

「ま、これからも家族仲良くな! 応援してるぜ!」

 と、教師は優しく笑って、そう言った。







「「は」」

 夫妻は同時に目を覚ました。
 パッと顔を上げると、自宅の見慣れた居間。壁掛け時計は深夜を指している。

 そうだ、子供を寝かしつけた後、夫婦二人で晩酌をしていたんだ。
 そうだ――「ちょっと世界を見てくる」なんて行方を眩ませた教師に、なんとか会おうと思ったのだけれど。結局連絡はつかなくて……。
 そんな話をキッカケに、過去の思い出話を二人でしていて……。

「……夢?」
「の、ようだな」
 周囲をキョロキョロ見渡す雪に、龍斗が苦笑をこぼした。
 妙な夢だった。夫婦そろって同じ夢を見るなんて。
「夢、でしたか……」
 雪が残念そうに溜息を吐く。そんな妻の肩を、慰めるように龍斗はそっと抱き寄せた。
「雪、ほら」
 反対側の手で指すのは窓だ。雪が顔を上げれば――綺麗な満月が見える。
 七月、夜はまだクーラーを付けずとも乗り切れる暑さ。網戸越しの夜空。夏のにおいを乗せた風。遠く、風鈴がチリンと鳴った。
 真ん丸な月。暗い夜を隅々まで照らして見守る、優しい光。寄り添う二人は、その輝きを静かに眺める。
「この空の……この月の、どこかの下に、いるんでしょうか」
 夢の中で、ボスンと肩に置かれた教師の手を思い出す。雪の呟きに、「そうだな」と龍斗が答える。
「きっといるさ。だって、俺達の先生だから」
「……、そうですね」
 愛する夫の肩に、頭をゆったりもたれさせる。学生時代より伸びた桃色の髪が、サラリと月光に流れた。
「先生、お菓子ばかり食べて、栄養偏ってないか心配です」
「そうだなぁ。アンパンが好きって言ってたし」
「……なんだかアンパンが食べたくなってきましたね?」
「一緒にコンビニでも行くか?」
「いいですね。……折角ですし、飲みなおしましょうか。明日……というかもう時間的に今日ですけど、お休みでしょうお仕事」
「ああ。いいな、賛成」
 微笑みを交わして、立ち上がる二人。寝静まった子供達を起こさないよう、抜き足差し足忍び足。夜風に優しく揺れるカーテンが、振られる見送りの手のようで。

 それにしても――不思議な夢だった。
 でも、『不思議』だ。ただの夢とは、なんだか思えなくて。

 今一度、夫妻は月を見上げる。
 穏やかな光が、二人をそっと見守っていた。

 ――もうすぐ真夏がやって来る。
 どれだけ時が経っても、夏の暑さはずっとずっと変わらない。

 満月に照らされた影。道を歩くのは、手を繋いだ二人の影……。



『了』




━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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翡翠 龍斗(ja7594)/男/21歳/阿修羅
翡翠 雪(ja6883)/女/20歳/アストラルヴァンガード
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エリュシオン
2017年07月14日

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