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『エピローグ・アンド・プロローグ 』
上杉浩一ka0969

 琥珀色のグラスを泳ぎ、音を立てひび割れる氷を見ていた。
 名前も知らないような異世界の安酒。帝国領のバーで出されるようなものだから、上等な筈もない。
 こんな場末に集まるのは、低賃金でこき使われる末端の労働者か――自分のようなはぐれものくらいだろう。
 氷もいい加減、泳ぐのに飽きただろう。汗をかいたグラスをつまみ、ぐっと一息に呷る。
 味も香りも褒められたものではないが、肝要なのは「強さ」だ。
 アルコールに満ちた溜息と共に、男は静かに瞼を閉じた――。

「――それ、なんてお酒?」
 ふと、隣の席から聞こえる声に目を開く。そこには一人の女性が腰掛けていた。
 スーツ姿の妙齢の女は、一周回って愛らしさを失った真っ赤なカクテルを傾けている。
「ああ……なんだったかな。普段はビールばかり飲んでいるから、味もよくわからなくてな」
「呆れた。まあ、こんな店に来てまでビール頼んでたら、もっと呆れてたかも」
 周囲を軽く見渡す。きっとここは大都会の夜を彩る小さな光のひとつ。
 子供たちが寝静まり、大人だけが刻む事を許された時間がゆったりと微睡んでいる。
 そこは確か、行きつけの店の一つだ。尤も、隣に座る相棒を連れていなければ、マスターもビールを出してくれた筈だ。
 高度情報化社会において、犯罪は多様化の一途を辿っていた。

 それはまだ、VOIDよりも人間こそがこの星で尤も凶悪な種であった時代……。
 
 上杉浩一は、警察組織に所属する一員だった。
 犯罪の形が多様化すれば、捜査の形も多様化する。だが、浩一が得意としたのは昔ながらの足を使った捜査だった。
 中にはそんな浩一のやり方を揶揄する者もいた。それでも浩一はやり方を改めなかった。
「結局、自分の目で見て話を聞かないと……わからんだろう?」
「確かに、そういう側面があるのは理解したわ。でも、やってる事は本当に地道よね」
 頬をぽりぽりと掻き、女の苦笑を受け流す。
「そう言うおまえさんは、なんで俺なんかと組んでるのかね?」
 見目麗しき女性捜査官も、一人で行動するわけにはいかないのが組織のルールだ。
 必ず、捜査員はバディを組む。それが捜査の公平性を保ち、そして捜査官の安全を確保するため。
 だが、片やよれたスーツが似合う昔ながらの捜査官。片や、バリバリにキャリアを積んできた、最新捜査技術にも精通するエリートときている。
「これは流石に見合わんだろう、色々」
「その自覚があるのなら、あなたももう少しシャンとしたら?」
「アイロンは買ったよ。まだ箱から出しちゃいないがね」
 当然ながらソリの合わない二人は、バディを組んだ直後は随分揉めた。
 だが、正反対の二人だからこそ、別々の価値観から導き出される行動力がお互いの欠点を補ってきた。
「あなたと組んでから足が太くなっちゃったわ」
「そうかね? 俺には違いがわからんが……」
 ヒールが革靴の爪先にめり込み、「うっ」と苦悶の声が漏れる。
「だがまあ、自分でもわかってるんだ。二人で足を使って捜査っていうのは、今時の仕事じゃないってな」
「そうね。あなたの場合、その能力が高いせいで実際の鉄火場に準備なしに遭遇する可能性も高いわ。もっとチームで動くべきよ。それこそ、あなたは皆の指揮を執るだけで十分だわ」
「俺はそういうのはちょっとな……。あんまり人にあれこれ指図するのは性分じゃないよ」
「だから組織の中で上を目指そうとしないのね」
 浩一はそもそも人と争うのが好きではなかった。厄介事に巻き込まれるのは御免こうむる。
 警察組織という権力渦巻く世界の中で孤立してきたのは、彼自身の望みでもあったのだ。
「その上昇志向の希薄さを残念に思うわ」
「上に行くのはお前さんみたいなヤツのほうが向いてるさ。俺は生涯、地べたを這いずってるよ」
「それって組織にいる必要ある? この仕事やめたら探偵になるといいわ。きっと似合うよ?」
 とっくに飲み終えたグラスに残ったチェリーを口に放り込み、相棒は楽しげに笑っていた。

 「それ」が起きたのは、間もなくの事だった。
 国外から持ち込まれる、銃の密輸事件。都市内の後ろ暗い組織の動きを探っているうちに、偶然にも辿り着いてしまった。
 埠頭の周辺に、当然ながら警察の仲間は配備されていない。相棒と二人きり、ドラム缶の影に潜みやり取りを見つめるしかなかった。
「銃と麻薬の密輸入……ここの所起きていた組織内抗争って……」
「ああ……恐らくは内輪揉めだろう。見ろ、組の中でも武闘派で知られる若頭だ。強引に武装強化に走ったか……」
 キナ臭いものは感じていた。この街の均衡が崩れ始めている――そんな予感。
 出回るドラッグが悪質なものに変わった。海外で流行した調合だ。故に、組織外部から手を引くモノの存在には気づいていた。
 このままではドラッグの拡散は阻止できない。そして国内で栽培、調合したドラッグは国外に渡り、代わりに「組織」は武器を手に入れる。
「今なら現場を押さえられるわ! 密輸入が無事に終わって武器が奴らの手に渡ったら、手がつけられなくなる!」
「わかっとる……が、向こうは三十人以上の兵隊。俺たち二人だけでは……」
 思わず舌打ちする。こんな事なら、もっと早く支援を要請するべきだった。
 港に到着する前に本部に連絡入れたが、どれだけ急いでも仲間が来るまで十五分はかかるだろう。
「その間に、若頭とブツは逃げおおせる……」
 コンテナの上に並べられたブツが来る前に運び込まれれば、あとはキーを回してアクセルを踏まれただけで振り切られる。
 邪魔をするなら今しかない。まだ、お互いのブツを検品しているこのタイミングなら――。
「いや、だめだ。危険すぎる」
「浩一! あなたのやってきた事を……これまでの努力を無駄にするつもり!?」
「俺はいい。だが、おまえには未来がある。組織の上に行くんだろう?」
「ええ、そうよ。だから、こんな所じゃ死なない。私達なら……このバディならやれるわ」
 力強く頷く相棒の瞳を見つめて五秒。浩一はホルスターから銃を抜いた。
 警察組織にて貸与された装備――三十八口径の回転式拳銃(リボルバー)、一マガジンの段数は五発。
 当然、まともな撃ち合いなど望める筈もない。故にこれは威嚇、牽制のための銃だ。
「「動くな、警察だ!」」
 二人は銃を構えたまま同時に身を乗り出す。外国語で喚き散らす男と若頭がそれぞれ部下に指示を出す。
 たった二名で警察が突入してくるはずがない。故に、警戒は周囲にも向けられる。
 その間に取引材料のブツさえ抑えてしまえば、この蜜月は破綻する。
「浩一!」
 敵はそれぞれの組織の頭を守りながら後退。二人を逃がす事を優先している。
 その間に浩一はブツに辿り着いた。だがその時、耳慣れない言葉で怒号が放たれた。
 外国人の兵隊が銃を構え、そして発砲したのだ。
 ブツを置いたコンテナの裏に飛び込み、応戦する浩一。銃撃戦が始まってしまった。
 だが、火力では相手が圧倒的に上回る。
 現場は混乱している。あとは応援が来るまで持ちこたえるだけ――その筈だった。
 突然、背中合わせに構えていた筈の相棒の重さが消えた。振り返った浩一が見たのは、凶弾に倒れた相棒の姿。

 そして、その身体からどろりと滲み出る、あのカクテルのように真っ赤な血の色だった――。

 ゴツンと、額を打つ痛みで目を見開いた。
 ついでにグラスの中身も零してしまい、顔半分と前髪が濡れているのを感じた。
「大丈夫かい、お客さん?」
 慌てて振り返るが、そこには労働者達の萎びた笑い声があるだけ。
 隣の席に彼女はいない。知っていた。だって、彼女は「ここ」にいる。
 首から下げた、リボルバーの弾倉。冷たく重いその感触を確かめ、わずかに安堵する。
 あれから、何がどうなったのか……ハッキリとは覚えていない。
 自分のやり方はきっと間違っていた。分不相応な現場に飛び込んだせいで、彼女を失った。
 もっと力があれば、もっと仲間と連携していれば……いや、それは考えても意味のないこと。
 単純に――きっと自分には向いていなかったのだ。
「ああ……少し、寝てしまっていたらしい。たまに強い酒を飲むとこれだ。マスター、ビールをもらえるかい?」
「はいよ」
 窓から吹き込む夜風に導かれ、男は夜空へ視線を移す。

『この仕事やめたら探偵になるといいわ。きっと似合うよ?』

 戦いから逃れた男は、なくしてしまった引き金を未だに探している。
 忌むべき悪夢から目を逸らすように、熱を失った身体に、ぬるいビールを流し込んだ。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka0969/上杉浩一/男性/45/猟撃士(イェーガー)】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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この度はノベルを発注いただき、まことにありがとうございます。
シリアルではなくシリアスよりにしていましたが、如何でしょうか。
僕としても久しぶりに浩一くんを書けて楽しかったです。
CTSでは大冒険を繰り広げた浩一くんだったので、個人的にはヒ◯ロと出会わなかったIFみたいなキャラなのかな、と考えつつ……。
シナリオだけがキャラクターを描く場所ではないと思うので、またOMCノベルでも続きやらを書かせていただけますと幸いです。
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ファナティックブラッド
2017年07月18日

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