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『海がくれたもの 』
御子神 藍jb8679


 狂おしいほど翡翠な光。
 深くなるほど穏やかで。
 息を呑むほど綺麗なの。





「来週、家に帰ろうと思うんだ。流架も一緒に……帰ろう?」

 私の心を染めてくれる、私の海――。

**

 港の風が潮を含んで、胸の中を吹き抜けていく。
 私――木嶋 藍(jb8679)は、心の底から湧き上がる懐かしさに満悦の表情を浮かべた。

「あー! この音! この香り! この色! 本当に変わらないなー!」

 私はヘルメットを外しながら彼のバイクを降りると、新品のサマーサンダルをぽいっと脱ぎ捨てて、汗ばんだ髪を風で梳くように走り出した。
 ……多分、こういう行動が“お転婆”って言われる理由なんだろうなぁ。で、でも、いいんだ! 目の前に大好きな海が広がってるんだもん、しょうがない。心が弾むんだからしょうがない。うん。それに……彼になら、ううん、彼だから――かな。どんな私も見せられる気がするんだ。恥ずかしい時も、勿論あるけど。

「久しぶりの故郷なんだろう? ゆっくり羽を伸ばすといい」

 私が振り返ると、彼――私の愛するヒーロー、御子神 流架(jz0111)が、私のサンダルを指先にぶら提げながら近づいてくる。
 流架は軽く頭を一振りして、瞳に翳る長い前髪を払いのけていた。彼のそんな一つの仕草にも、私は思春期のような胸の高鳴りを感じてしまう。……どうしようもなくなる。
 不意に、真っ青な海に置いていた流架の瞳が私を捉えたものだから、「えっ!?」としゃっくりを上げたような声になってしまい、「う、うんっ!」と慌てて返答するも……彼の微笑みには全てを見透かした意が読み取れた。うぅ、恥ずかしい。

 ――そよ、と、私の肩を撫でるように吹いた風の行き先に目をやると、幼いころから見慣れた海は相変わらず、鮮やかなブルーだった。

 そう、ここは私の出身地。千葉県の昔乍らの港町。
 帰郷したのは勿論、唯一の肉親であるおばあちゃんに会いにきた――っていうのもあるんだけど……今回はそれだけじゃない。
 
 流架に、おばあちゃんと会って欲しい。
 私の育った土地を、海を、見てもらいたい。
 大好きな人に、私が愛してきたものを知ってもらいたい。
 
 ……流架は、なんて言ってくれるかな。

「この場所が、あなたの好きな場所になってくれたらいいな」

 ささやかな願いを、眩い海のブルーへ小さく独り言ちる。白く光る波が私の音を攫っていった。首を傾げた流架が眼差しで聞き返してきたので、私は微笑み仰いでふるふると首を横に振る。

「そろそろ行こっか。案内するよ!」

 私は求めるような上目遣いで彼に両手を伸ばした。察しの良い流架はすぐに私の意図を汲んでくれ、握ったその手で力強く引き寄せてくれる。男性らしく骨張った手が、私の身体を抱き上げ――、

 てくれたと思ったのに!

「わーっ!? なんで俵担ぎ!?」
「ん? ――ああ、ごめんよ。子供抱きの方がよかったか。藍はまだお子ちゃまだものね」
「ひ、ひとが気にしてることそうやって言う!?」
「言う」
「鬼ー!」



 ……もう! ほんとに意地悪なんだから!




 海の景観に沿いながら、バイクで坂道を上っていく。

 懐かしい香りが濃くなってきた。
 私の心が逸る――。

「(だ、だいじょうぶかな)」

 ……なにが?

 今になって急にぐるぐると自問自答していると、流架が肩越しに声をかけてきた。

「――着いたよ、藍」

 ……不思議だよね。視線を持ち上げると、心の中で絡んでいた糸が、ふっ、と、ほどけたんだ。

 高台にある平屋。そこが私の実家――木嶋家。
 家業は複数の温室を持つ花卉農家で、国内では稀少な花々を多く取り扱っている。

 バイクのエンジン音で気づいていたみたい。こっちが呼び鈴を鳴らす前に出迎えてくれたのは、代わり映えのしない家主――木嶋 静。私のおばあちゃんだ。

「おかえり、藍」

 あ、今日もスリムパンツで働いてたんだ。60代にしてはアンバランスなほどスタイルがいいのはなんでだろう……。なんか悔しい。

「ただいま、おばあちゃん!」

 それに、いつもおおらかに構えているところも本当に変わらないんだ。
 漁師も顔負けの気風のよさや、礼儀に厳しかったりもするけど……あの日、ぼろぼろになった私を真正面から優しく受け容れてくれた。感謝してもしきれない、私の大切な家族。

「おばあちゃん、私の大切な人だよ」

 そう、“家族”――。
 早く紹介したくて気ばかりが急く……! 控えめな位置で私を見守っていた流架の腕を取り、私はなるべく平静を装っておばあちゃんの前に並んだ。
 ……緊張していないかな、と、私は瞳を泳がせてそろりと流架の顔を窺う。その当人はというと、

「初めまして。御子神 流架です。藍さんとは真剣にお付き合いをさせて頂いています」

 …………。
 私の心配なんてご無用だった。ていうか、なんでそんな社交的に和らげるのかなっ!? でも、気負わないでいてくれたのは……嬉しい、けど。う、うわぁ、ダメだ。顔がニヤける……。

「藍、頬が溶けているよ」
「Σほっ!? なっ、べっ、べべべつになにも思ってないよ! 幸せで惚気そうとか嬉しいとかべつにそんなこと考えてないし!」
「へえ。その割には具体的だね」
「んぐっ。……う、うわーっ!!」

 言い返せない腹いせに、私は流架の胸元をぽかぽかと叩いた。おばあちゃんの前でも意地悪全開とか……気さく(?)すぎるでしょ!

「このような感じで彼女には何時も楽しませてもらっています」
「!? たのっ、――はっ!?」

 慌てて口を噤んでも遅かった。そろりと前を盗み見れば、おばあちゃんはしっかりと私を正視していた。……暫し、気まずく見つめ合う(というか、私が視線を逸らせなかったんだけど)

 やにわに、おばあちゃんはくすりと笑った。私に向けられていた視線がふと動き、流架を見る。

「藍から話は伺っています。そうですか……あなたが」

 おばあちゃんは整然とした面持ちで流架をひととき見つめ、緩やかな瞬きをした。そして、一人で納得したように小さく顎を引くと、玄関の引き戸に手をかける。

「さあ、海沿いの光は暑かったでしょう。二人とも中へ入りなさい」

 そう促したおばあちゃんの声音はいつも通りだった。
 でも、いつの間にか、私の胸からほどけたぐるぐるの糸屑は綺麗に消えていたんだ。それは……多分、おばあちゃんの表情が相好を崩していたからなのだと思う。



 んー……なんでだろう?





 風に乗って“青”がよく通る家。
 縁側から望む海は、真昼の陽を受けてガラスの粉を撒き散らしたように煌めいていた。
 ふふ、黒猫のクロさんが座布団の上で日向ぼっこしながら寝てる。まんまるだぁ。……とか流架の前で言わないでおこうっと。なんて返ってくるか予想つくし。

 家に上がったあとは、三人で昼食を摂った。久しぶりのおばあちゃんの手料理は海の幸が満載で、あごだしの利いたお味噌汁を啜ると、ほっと帯を緩めるような安堵感が広がる。美味しい食事に話も弾んで、時折、流架が声に出して笑うのが新鮮だった。

 流架のことをおばあちゃんにたくさん聞いてもらった。
 おばあちゃんのことを流架にたくさん知ってもらった。

 大切な人が、愛する人が、今、私の傍にいる。
 ひしめき合うように湧き起こる幸福感で、私の顔一面には満悦な笑みが浮かんでいるんだろうな。でも、いいの。二人に隠すことなんてなにもないもの。

 私達が食後のお茶を楽しんでいると、昔馴染みの強面の顔ぶれが縁側から顔を覗かせていた。

「わぁ! 皆さんお久しぶりー!」

 がやがやと押し寄せてきた4、50代の漁師さん達は全員、私のサーフィン仲間。近所に住んでいるから、よく魚をお裾分けしてくれるんだ。面前と同じく魚片手に。

「ほぉら、やっぱり木嶋んとこの藍ちゃんじゃねぇか」
「ああ、本当だ。此処いらじゃ見かけねぇ別嬪さんに担がれてたもんだから何事かと思っちまったが……よお、ねぇちゃん。この子、意外と重てぇだろ? え? にいちゃん? あ、なに、あんた藍ちゃんの彼氏か!」
「おお! 藍ちゃんにも遂に男が出来たか! へえ〜、で、結婚式はいつなん?」
「俺達の人魚もやっとこ王子様見つけたんだなー。なあ、あんた。この子は本当に良い子なんですよ。沢山幸せにしてやって下さいね、よろしく頼んますわ」

 みんな好き放題言ってる……。ん? 別嬪さんって流架のこと? ――えっ!? ていうか、浜辺でのこと見られてたの!?

「申し訳ないね、騒がしくて。田舎じゃ珍しいんですよ。あなたみたいに目立つ来客は」

 ――。
 ああ、そっか。“来客”……だよね、うん。

 おばあちゃんが流架の琉球ガラスのグラスに麦茶を注いでいた。流架は気に病んだそぶりもせず、目で頷き返している。
 ふと、縁側で眠るクロさんさながらの穏やかな表情が私へと移った。それは、心の奥まで温められるような、綺麗な翡翠色――。



 切ない想いに駆られる。




 その後、私と流架は街を見て回った。

 イワシのコロッケが美味しいお総菜屋さん。
 子供のころからお世話になっていた駄菓子屋さん。
 街一番のサーフショップ。
 食べ歩きしている時に必ず寄っていた杉並木の石段。
 漁師でもあるオーナーが自ら水揚げした魚介類を提供する、鮮度抜群の和食屋さん。

 ……食べ物屋さんが多いとか、そういうところは気にしちゃダメだよね。うん。だって、どこも私の大好きな場所なんだもん。大切な時間と想い出が詰まってるの。

 でもね、流架に見てもらいたい一番の場所は……ここ。



「深くて青い海が綺麗でしょ? 地元のサーファーだけしか来ないところなの」



 真夏の日差しの強い青空のような、深く濃い青――。

「……静かだな」
「うん」
「藍の大切な居場所、なのだろうね」
「……うん。小さいころから、いつもここに来てた。ここが大好きなの」

 遠回りをしても、失っても。
 立ち止まっても、躓いても。

 私が道を見失わなかったのは、おばあちゃんや皆が傍に居てくれたから。
 海の色と音が傍に在ったから――。

「ありがとう、藍」
「え?」
「君の生まれ育った土地を見せてくれて」

 流架が微笑みかけてくる。

「清々しい自然と、包容力のあるお祖母様の愛情でのびのびと育ったのだろうな……と、感じた」

 海風に舞う私の髪を、流架の長い指が戯れるように絡めた。それだけで、ドキッと私の胸はときめいてしまう。

「海でも、街でも、藍は“魚”みたいだ」
「さかな?」
「元気に泳いでいる姿が目に浮かんだから」
「うっ、否定できない……!」

 私は可笑しくて吹いてしまった。だって、流架の表現が的を射すぎてるんだもん。



 ……嬉しい。
 この海で、この街で、流架が私を感じてくれることは、こんなにも幸せなことだったんだ。

「……藍が、」
「うん?」

 視線を海に移しながら、流架がひっそりと呟いた。

「席を外した時があっただろう? ほら、藍の屈強なボディーガードが何人か来た時――」
「も、もう! 確かに見た目は厳つい人達ばかりだけど……。あ、ええと、うん。貰った魚を私がお刺身にしてる時だよね」
「そう。その時にね、君のお祖母様に言われたんだ」
「……え?」

 瞬間、流架の横顔を見上げる自分の瞳が俄に膨らんだのを感じた。

「託された、と言った方がいいかな。



 ――『藍はあなたにきちんと甘えているようですね。あんな顔は初めて見ました。どうか、あの子をよろしくお願いします』



 ……とね」

 流架の柔らかな眼差しが、細波に揺れる私の瞳と触れ合う。そして、吐息を零した唇を私に向けて綻ばせた。私の片頬を大きな掌でやんわりと包んでくれた。だから、私は――、

「一緒に、大事にしてくれる? おばあちゃんと、この場所と、私の持ってる全部を」

 大好きなあなたに、願う。

 ……いつからだろう。気づいたら、あなたを見ていた。あなただけを見ていたの。
 恋をして。
 愛になって。
 二人の倖せになって。
 触れる指も、伝わる鼓動も、絡む吐息も――どうしようもないくらい、全てが愛おしくて。

 だから。

「……当たり前だろう。君や、君が愛するものは、俺が護る」

 ――あなただけのものになりたい。その一歩を、私の大切な居場所で歩ませてね。

「大好き、流架」

 小さく笑った流架の唇は、伝えられた想いに応えるかのように、私の吐息を強く攫っていった。










 瞳を閉じて、あなたを感じる。

 心の中。
 光の先。

 きっと、最初で最後。私が溺れるほど愛するのは、あなただけ。



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jb8679 / 木嶋 藍 / 女 / 19 / さくらのつばさ】
【jz0111 / 藤宮 流架 / 男 / 26 / あおのうみ】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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平素よりお世話になっております。愁水です。
倖せな結婚へ向けての一歩として、ジューンブライドイベントノベルをお届け致します。

描写は藍ちゃん様“目線”で書かせて頂きましたが、如何でしたでしょうか。お気に召して頂ければ幸いです。
また、貴い時間を彼と共有して下さりありがとうございました。かれがしあわせすぎてぎりぃです(

此度も素敵なご依頼に感謝を籠めて。
イベントノベル(パーティ) -
愁水 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2017年07月18日

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