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『無限の獣欲』
イアル・ミラール7523

 とてつもない不味さと悪臭が、ヒミコの狭い口の中を満たしている。
 醜悪に膨れ上がったものが、少女の綺麗な唇を押し広げて口内に押し入り、柔らかな舌をこね回しながら喉を圧迫する。
 息苦しさの中で、不快な味と感触が荒れ狂った。
 ヒミコは耐えた。正直、こんな事は好きで行っているわけではない。
(臭い、不味い、汚い……だけど私より、こんなものを生やしているママの方が辛いはず……)
 そう思えば、舌も動く。唇も動く。頬を動かして、口内粘膜全体で奉仕する事も苦ではない。
 口の中で、不味さの塊がビクビクッ! と痙攣しながら膨張する。
 イアルが吼えた。牝獣の叫びが、浴室内に響き渡る。
 獣欲の塊が、ヒミコの口の中で爆発した。
 激しくぶちまけられたものが、喉の奥へと流れ込んで来る。
 おぞましい喉越しに、ヒミコは耐えた。そして、全てを飲み干した。
 全てを放出したイアルが力尽き、ぐったりとタイル上に横たわる。
 やがて、意識を取り戻した。
「……う……ぅん……あら? ヒミコ……」
「おはよう、ママ。駄目よ? お風呂で寝たら風邪引いちゃう」
 ヒミコは微笑みかけた。イアルは、呆然としている。
「私……こんな所で、何を……」
「だからぁ、私と一緒にお風呂入ってるところ!」
 抱きついていったヒミコを、イアルがぼんやりと笑いながら抱き止める。
「もう……親と一緒にお風呂入る歳でもないでしょ? 貴女は……」
 野獣そのものであった先程までとは、打って変わった優しさで、イアルは自分を抱いてくれる。
 ヒミコは、甘えるしかなかった。
「いくつになっても……ずっと一緒よ、ママ……」


「違うでしょ、私!」
 動物園の熊の如くリビング内をうろうろと徘徊しながら、阿部ヒミコは叫んでいた。
 近くではイアル・ミラールが、石像となって佇んでいる。
 その周囲を足早に歩き回りつつ、ヒミコはいらいらと己の頭を掻きむしった。
「何がママよ! 誰がママなの!? 世迷言も大概になさい阿部ヒミコ!」
 こんなふうに自分自身を怒鳴りつける。これで一体、何度目であろうか。
 自分には母親などいない。
 己に何度そう言い聞かせても、このイアル・ミラールが母親として振る舞い始めた途端、ヒミコは甘えてしまう。
 この母のために何でもする、という気になってしまうのだ。
 溜まりに溜まった獣欲のマグマを定期的に噴出させないと、正気を失ってしまうイアルのために、だからヒミコはあんな事をしている。
「やっていられないわよ、もう。毎日毎日、あんな汚らしい事」
 イアル・ミラールが正気を失い、永久的に獣と化したところで、ヒミコにとっては心の痛む話ではない。
 元々、興味本位で拾ってきた『裸足の王女』である。手に負えぬ獣となったら、殺処分しても良い。
 この『誰もいない街』から追い出して、元の世界にでも、因果地平の彼方へでも放逐してしまえば良い。
 ヒミコは、そう思う。
 思った事をしかし実行に移せぬまま、果たしてどれほどの時をイアルと共に過ごしてきたのだろう。
 おままごとにも等しい、馬鹿げた作り物の母娘関係を、自分はいつまで続けるつもりなのか。
 おままごとのような、この暮らしを守るために、あのような汚らしい事をいつまで繰り返すつもりでいるのか。この阿部ヒミコという愚かな小娘は。
「……もういいわ。終わりにしましょう、イアル・ミラール」
 物言わぬ石の女人像に、ヒミコは語りかけた。
 女人像としては有り得ないものが生えた部分を、睨みつけ観察しながらだ。
「何もかも、これのせい。貴女がこんなもの生やしているから、いけないのよ」
 少し前までは、イアルの身体を何度石化させても、この部分だけが生身のままであった。
 ここ『誰もいない街』においては造物主にも等しい存在である、阿部ヒミコの力をもってしてもだ。
 その生々しくおぞましい部分も、今は石と化している。小さな道祖神のような、石の突起物。飽くなき術式研鑽の賜物である。
「痛い、かも知れないけど少し我慢よ」
 片手でくるくると回転させた金槌を、ヒミコは思いきり振り下ろした。
 小さな道祖神が、粉々に砕け散った。
 無残な粉砕の痕跡が、女人像の下腹部に残されている。
 その部分に、ヒミコは小刻みに鑿を打ち込んだ。
 女として有るべきものを、彫り込みにかかった。
「元の形がわからないから……私のを、参考にするわね」


「どうして!? どうして、こうなるのよッ!」
 ヒミコの怒声が、バスルームに響き渡る。
「ぐぅっ……がう、くふぅん……」
 牝獣と化したイアルが、飼い主に叱られた犬の如く困惑している。
 ヒミコがあれだけ手間をかけ、自身のそれと寸部違わぬものを綺麗に彫り込んだと言うのに、それが全く無かった事にされている。
 女としては有り得ないものが、隆々と屹立していた。
 むせ返るような獣臭さを発するその部分を、責め立てるように洗いながら、ヒミコは唇を噛んだ。
「こんなっ……ママを、こんな汚らしいものから……解放して、あげられた……と思ったのに!」
 外部からの干渉を一切受け付けない、特異点のようなものが、イアルのその部分では発生している。そうとしか思えぬ事態であった。
 この『誰もいない街』における唯一神・阿部ヒミコの干渉すら無効化するほどの、特異点。
「私の力が……及ばない、なんて……」
 粉砕したはずなのに再生した、と言うより粉砕の事実そのものが最初から無かった事になっている部分を、ヒミコはぎゅっと握り締めた。
 イアルが、妙に嬉しそうな悲鳴を上げる。
 このような醜態を晒さねばならない環境から、イアルを救う事が出来ない。『誰もいない街』における全能者であるはずの、自分がだ。
 ヒミコは呻いた。
「私が万能でいられない『誰もいない街』なんて、要らない……ママを、助けてあげられないのなら……ッ!」


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登場人物一覧
【7523/イアル・ミラール/女/20歳/裸足の王女】
【NPCA020/阿部・ヒミコ/女/16歳/心霊テロリスト】
東京怪談ノベル(シングル) -
小湊拓也 クリエイターズルームへ
東京怪談
2017年07月18日

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