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『偽誕 』
イアル・ミラール7523
「ふぅ」
 パワードプロテクター「NINJA」をその身より分離した茂枝・萌は、すぐに光学迷彩用のバッテリーをチャージャーにセット、充電を開始した。
 急場であればとりあえずバッテリーを交換するだけですませるところだが、装備の着用時間が延びるほどに体はさまざまなにおいを放ち、敵の注意を引きつけることになる。食事療法を始めとした訓練で、体臭と発汗はかなり抑えてはいるが、生きている限りは程度問題だ。
 味気ないエネルギーブロックを噛み締め、シャワー室に入る。どちらも義務ではあるのだが――監視対象が街中にアジトを置いてくれたおかげで、こうしてマンションの一室を待機場所としてひと息つくことができる。そのことには感謝しておこう。
 インナーを脱ぎ捨てた――一度使用したものは回収の後焼却処分される――萌は体を冷やさず、それでもいて発汗を促さないよう、ぬるい湯で白い肌を濡らす。
 ふと下腹部を見やるが、当然のことながら、そこになにもありはしなかった。
 ――女の体に“男”を移植されるって、どんな感じ?
 まあ、想像したところで知れるはずはない。
 萌はため息をつき、バスタオルで静かに体を拭う。
 これからまたしばらく、その「知れるはずのない快楽」と「知れるはずのない辛苦」を観察する。まるで気乗りはしないが、IO2捜査官として、任務は果たさなければならないのだ。


「――っ、ぁ――」
 ホムンクルスによって昂ぶらせられ、搾取器で精を吸い上げられるが延々と繰り返される。
 その快楽と辛苦の中で、イアル・ミラールはすでに叫ぶ力すら失い、ただうめくばかりとなっていた。
 吸い上げられた精に含まれる鏡幻龍の魔力は、イアルが限界を迎える度、彼女自身を放たれる魔力に接したすべてのものごと石化する。
 ホムンクルスは基本使い捨てではあるが、対イアルのために培養されたSHIZUKU型は、その精のストック量に限界があるのでこれ以上の消耗は避けたい。そのため、イアルから鏡幻龍の魔力を抜き取る作業を進めている錬金術師どもは機械との併用で、ホムンクルスの消耗を最小限に留めることとしたのだった。
「あっ、あっ、ああっ」
 イアルが果てる機を見計らい、ホムンクルスが彼女の上から降りて搾取器を“男”に繋ぐが。
「27番、石化が始まっています。29番と30番にフォローさせます」
「培養済みのホムンクルスへの情報注入を急いでください。あと十数分で20番台は壊滅するものと予測されます」
「王女の石化開始。石化が完了と同時に解呪を。像から放出される“匂い”には充分な対策をお願いします」
 部下のやりとりに耳を傾けつつ、革コートをまとう錬金術師の女はモニターの向こうで背を反らすイアルを見やった。
 ――鏡幻龍は王女の奥底へ潜み、漏れ出す魔力を最小に留めている。さすが、一筋縄ではいきませんね。
 現在、イアルの精から鏡幻龍の魔力を分離する作業も行われてはいるが、虎の子とも言えるSHIZUKU型ホムンクルスの導入後も、目に見えるほどの成果は上がっていない。
「……ここはひとつ、思い切ってみましょうか」
 女は受話器を耳にあてがい、内線6番をコールした。鏡幻龍の魔力をイアルの精から分離する作業が行われている研究室を。
「王女の遺伝子情報は解析できていますね? 促成で構いませんので、王女の精を至急培養器にかけてください。ええ、かまいません。総量の3割までは分離にかけず、培養優先でお願いします」
 女は立ち上がり、内線4番と繋がる研究室へと向かう。
 そこは分離した鏡幻龍の魔力をさらに精製し、エリクサーを生み出す研究がされている場である。
「進捗はどうですか?」
「はい――進めてはいますが、固体化した魔力を分離する過程の式がまだ確立できていないため、ほとんど手つかずです」
 ひと粒ずつ水晶のシャーレに収められ、重ねられた金色の魔力結晶は20余り。その内のひと粒を元に、さまざまな実験がされているのだ。これでは効率が上がるはずもない。
「手探りの状況です。素材を惜しんだところで意味はありません。15までは使ってしまってください。――それから、残りの結晶を分離ではなく、結合させることはできますか?」
「同一素材ですから、結合自体はそれほど難しくないものと思います……あの、なにを?」
 錬金術師の問いに、女は口の端を吊り上げてみせて。
「エリクサーを求めるために、賢者の石を生み出してみようというだけのことです。もちろんそのものができるとは思っていませんよ。あくまでも例えに過ぎません。しかし、うまく行けば、少なくとも原料の供給源を2倍に増やすことはできるでしょう」


 幾度となく鏡幻龍の魔力に晒された結果、石化したホムンクルスは順次運び出され、砕かれて分析に回される。
 その結果をフィードバックし、必要と思しき耐性を強化、あるいは不必要と判断された耐性を除かれた新型が投入され、イアルを嬲る。
 イアルにとってはまるで変化のない、与えられるばかりの時間が重ねられていく。朦朧とした意識は、すでにここがどこで、いつなのか、判断できなくなっていた。
 それなのに。彼女の“男”は錬金術師どもの邪な企みに操られるがまま、自動的に昂ぶり、自動的に精を吐き出す。
「う。うっ、もう、だ、めぇ――」
 弱々しくかぶりを振るイアルの体が、もう幾度めかも知れぬ昂ぶりの果てにびくりと跳ねた。
 ――またか。
 上からの指示を受け、光学迷彩で身を隠してイアルを監視し続ける萌が眉根をしかめた。
 仕事柄、このような場を目にすることは少なくないし、魔法とも対する機会もそれなりにあるが、においというものを極力排除している彼女にとって、あのホムンクルスたる“男”が放つ悪臭は耐えがたい。正直、腐っているのではないかと思う。
 いや、臭気から意識をブロックする手もあるのだが、そうしてしまうと他のにおいにも気づけなくなる。なにせここは錬金術師の巣窟。致死性の劇薬が数多存在し、それらがどのような化学反応をもって毒性を発生させるか知れないのだ。
 以上の理由から、嗅覚が悪臭に慣れてしまわないよう逆に意識しながら監視を続けることになり、萌は責め苦のただ中に居続けるよりないのだった。
 ――はやく光学迷彩のバッテリー、交換時期になってくれないかな。臭くて辛い。

 それからまたしばらくの時が経ち。
 待ちわびていた女の前に、促成培養された小さなホムンクルスが運び込まれてきた。
「イアル・ミラールの精から培養しましたホムンクルスですが、促成培養ですのでこれ以上のサイズには……。本当にこれでよろしかったでしょうか?」
「ええ。実験ですからね。この成果は必要性に応じて次に生かせばいいだけのことです。それにこの“心臓”のサイズでは、これ以上のサイズの体を動かすには足りません」
 イアルの精から培養された、イアルの姿を映したホムンクルス。ただしその身長は30センチにも届かず、さらには心臓を取り除かれているがゆえ、偽りの生すらも与えられてはいない。
「“心臓”を移植します」
 女はシャーレに固定されていた結晶を、鉛のピンセットでつまみあげる。いくつかの鏡幻龍の魔力結晶を結合させ、心臓の型に成形したそれをホムンクルスの切り開かれた胸の内に収め、さらにイアルの精を注ぐ。
 穴の内を白く満たす精。
 その奥で、魔力結晶が金色の光を放つ。
「ああ」
 ホムンクルスを運んだ錬金術師が声をあげた。年若い彼女は初めて見たのだろう。命なきものに命宿るそのときを。
 女は薄笑みを浮かべたまま、光の行方を見守った。
 外へ向けて放たれていた光はやがて内へ――ホムンクルスの体へ吸われ、その内を血に替わって巡り始めた。
 胸の傷が精を素材とした肉に塞がれ、皮に蓋をされ、跡形もなく消え失せる。
「あ、ああ、あ」
 ホムンクルスが半開きになった口から音を発した。
 それはイアル・ミラール、その人の声音であった。
「鏡幻龍を心臓に持つ王女の誕生です。純度だけで言えば、あちらで悶えている王女とは比べものになりませんよ」
 女はついに哄笑した。
 さあ、エリクサーへ至る次の行程に進みましょうか!


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【7523 /イアル・ミラール / 女性 / 20歳 / 素足の王女】
【NPCA004 / SHIZUKU / 女性 / 17歳 / 女子高校生兼オカルト系アイドル】
【NPCA019 / 茂枝・萌 / 女性 / 14歳 / IO2エージェント NINJA】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 事を成せり錬金術師は笑う。生み出されし小人は、いかな獄へと送られるものなりや?
東京怪談ノベル(シングル) -
電気石八生 クリエイターズルームへ
東京怪談
2017年07月18日

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