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『【死合】一の太刀、三度 』
島津 景花aa5112)&美空 はるかaa4717
 朝から絶えず山肌をなめていたなまぬるい風が、止んだ。
 日は厚い雲の向こうに隠れ、灰に染められた薄明かりが荒野を照らすのみ。
 数年前、この山野を越える道路を通す工事が計画された。しかし半ば進められたところで突如打ち切られ、以来、木々を引き抜かれたまま、乾いた地肌を晒している。
 はげ山となったこの場所には人も獣も寄らず、ゆえに邪魔が入る恐れはない。
 だから。


「お待たせてしもした」
 赤を基調としたシャツに結んだネクタイを外し、剣士は言った。
 肩にかつぐは柞(ゆす)の木刀。全長三尺ほどに切り整えられた枝を年単位の時をかけて乾かしたものだ。
「待つのは女の甲斐性ってねー」
 白道着に袴をまとう女剣士がにやりと応える。
 腰に佩くは全長三尺三寸――およそ1メートルの長刀である。刃こそ潰してあるが、模造刀ではない。研ぎ直せばたちまち人斬り包丁の姿を取り戻す、無銘の居合刀である。
「真剣じゃないってだけで、そんなので殴られちゃったら死ぬわよねー。ってことは」
 すがめられた女剣士の目より、冷めた光が這い出して。
「覚悟はできてるってことで、いいのよね?」
 剣士は自らの肩にとまる、木刀というにはあまりに無粋なそれを一瞥し。
「始めっしもえば終っしもう。そいがとぜんね」
 始めてしまえば終わってしまう。それが寂しい。そう応えた。
「とぜんね? ま、いっかー。どうせ始まっちゃったら、お話してるヒマなんかないんだしさ」
 言い終えた女剣士がすらりと一礼。
「林崎夢想流、美空 はるか」
 対する剣士もぐいと礼を返し。
「示現流、島津 景久」
 ここに相対した。

 草鞋をつけたはるかの右足指がじりと土をつかみ、たぐる。
 現代では知らぬ者も多いが、草鞋は足指の付け根までしか覆わぬものだ。だからこそこのようにたぐることができる。そして土に裾が着く長さの袴である。古流武術において、袴とは敵に自らの足捌きを見せぬためのカーテンの役割を果たすものなのだ。
 対する景久は、示現流の名を世に知らしめた「蜻蛉」の構えを取ったまま動かない。大上段に掲げた剣を八双の型に据えたこの構えは、全身全霊を込めて敵を断ち割る――それだけを成すためのもの。そこに、攻め以外の思想はない。
「チィィィ、チェェェ、チェストォォォ!!」
 剣先を揺らし、拍を取る景久の口から甲高い叫声が放たれた。猿叫――薩摩剣士が戦場へ切り込む際に発する鬨の声。
 来る。
 ゆるゆると踏み出しながら、はるかは息を絞った。
 景久の一歩が刻む距離はおおよそ測れている。小柄な景久の常の歩幅は50センチと少し。示現流の特性を考えれば、1・5倍の75センチが精々だろう。はるかが備える15センチの身長差と得物の一寸五分の刃渡の差をもってすれば……!
 鞘の内に収めた刃、その鯉口はすでに切った。さあ、踏み込んでらっしゃいよ。多分、殺さずに終わらせてあげるから。
「チェエエエエエ、チェストオオオオ!!」
 猿叫で空気を揺るがし、景久は自らの心を炎で満たす。
 こん炎、怒いじゃね。憎しみでもね。こん俺の、鬼の意気じゃ。


 この命と技とを尽くし、ただひとり、己だけのために立ち合ってくれる敵と死合いたい。
 そんな思いを心の底に押し込め、日々を過ごしてきたのは、果たして景久だったのか、はるかだったのか。
 いや、どちらでもいいのだ。互いが出逢い、言葉を交わす中で、確かめた。共に人を斬る技を修め、共に修羅を抱く“刃”であることを、知ってしまった。
「俺と立ち合うてくれもはんか?」
「あたしと立ち合ってみない?」
 それを言葉にしたかどうかすら、ふたりは憶えていなかったが。
 話をつけるまでもなく、ふたりは決めていたのだ。ここで分かれた後、いつ、どこで再会して剣を交わし、あるいは永の別れを告げるかを。


「ケェェェェェ!!」
 かけ声の「エイ」を苛烈な気迫で奇声へと変じさせ、景久が強く踏み出した。
 示現流の真髄は「一の太刀を疑わず」であり、「二の太刀要らず」にある。敵に全力で駆け寄り、全力で斬り下ろす。言ってしまえばそれ以外のすべてを投げ捨てた剣術といえよう。
 そのシンプルさゆえに迷いはない。
 迷いがないからこそ――
 踏み込みも見切りやすい!
 はるかの手が、ついに刃を抜き打った。林崎夢想流――神夢想林崎流とも言われる――の開祖の言、「居合いの命は“電瞬”にあり」を体現する、神速の一閃。
 狙うは景久が踏み出した右脚の脛だ。
 示現流は一度駆け出せば止まることなく、そして意外なことに「一の太刀」が外れたとてかまわず連撃をかけてくる。受けようがかわそうが、執拗に。敵が死ぬまで、その剣は振り下ろされ続けるのだ。
 でも。踏み込む脚が折れたら振り下ろせないでしょ?
 たとえ足を止めないとしても、剣を振る直前には右足で地を踏んでいる必要がある。その脚を殺せば、駆けることも斬ることも封じられる。
 はるかが勝るおよそ30センチのリーチ差が、まさに命運を分けることになるのだ。
 読まれちょったかよ! そいどん、読んじょったのは俺もじゃ!
 獰猛な笑みを閃かせた景久が、踏み出していた右足をかすかに立てる。
「っ!」
 景久は平服である。これは稽古の際にも道着に着替えることを必要としない示現流の常在戦場の教えに沿ったものではあるのだが、そればかりではなかった。
 居合にくわしいわけではないが、はるかは戦場で命をやりとりしてきた本物の剣士だ。ならばかならず、蜻蛉に構えた自分の空いた脛を狙ってくる。
 ならば、それを逆手に取る。AGWたる神経接合ブーツ『EL』でいや増した反応速度と硬い靴裏で刃を踏み止める!
 ぞぶり。はるかの刃が景久のブーツの靴裏に食い込み、地へ踏み落とされた。
 このままでは刃が折れる――はるかは景久の木刀を、体をかがめて避けつつ回転、刃を横へ引き抜いた。刃を潰してさえいなければ、このまま景久の足をブーツごと断ち斬れたものを。
 と、はるかは冷めた心の奥底でため息をついた。
 なにあたし。結局殺す気まんまんじゃない。
 そのまま体を巡らせ、刃を元のとおり鞘へ収めたはるかは、景久の膝に鋼の柄頭を打ちつけて支点とし、脇をすり抜けて大きく跳びすさった。
「キェェェェェ!!」
 後退して開けた間合を、景久の追い足が埋める。
 大上段からの唐竹割りか袈裟斬りか、あるいはその連撃かをはるかへ叩き込むために。
 そりゃそうよね。示現流はそうでなくちゃ。でもね、林崎の剣は、後の先を待つだけのじゃないのよ。
 後方についた足に伝わる反動を利し、今度は体を前に投げたはるか。
 右上に掲げられた景久の木刀が轟と低く空を裂き、斜めに降り落ちてくる。
 その剣閃の根元――景久の右側へ転がりこんだはるかが、その回転に乗せて抜刀。景久の脇腹へ刃を叩きつけた。
 肋がへし折れる湿った手応えを感じながら、自分が林崎夢想流の基本中の基本である趺踞――夢想流の居合の起点となる蹲踞(そんきょ)の型――を取っていたことに気づく。
 膝を抜き、重心を上体の高い場所に置け。剣の道に進んだはるかに、師がいつも言い聞かせてくれた言葉が、この体を奥義へと導いた。
 唱えてあげるつりはないけどね。――林崎夢想流奥義、百足。
 敵の剣を待たずに踏み入り、後の先を自ら取りに行く。それこそがひたむきに先の先を貫く示現流への対抗策であった。
「が、ああ」
 一方、胴を打ち抜かれた景久は、自らの肋が砕ける音を聞きながらあえいだ。
 息が抜ける。
 意気が、抜ける。
 しかし。
 まだ生きている。胴は腕と、脚と繋がっている。
 息は続く。
 意気は続く。
 じゃっで、振りかざせ。俺のすっぺ込めて――
「ケエエエエエエエ!!」
 蜻蛉の構えから、木刀が振り下ろされた。
 弱い。しかし構わず振り下ろし、振り上げ、振り下ろす。習い覚えた示現の型で、独り立木を打って鍛え上げた力で、はるかを打ち据える。
「ち――」
 抜き手である右腕をかばった左腕がいやな音をあげた。
 強打ではありえないのに、芯で打ち据えられた。そのせいで、折られた。
 ここまで来たら負けらんない――流派の看板なんかじゃない。あたしの名前にかけて、あたしの剣が負けるなんてあたしがゆるさない。
 再び地に転がって連撃を逃れたはるかは、五歩の間合をとって立ち、三度鞘へ収めた刀の柄を掴んで抜刀の型を取る。
 心配しなくても逃げないってば。あたしはここにいる。捕まえてごらんなさいってね。
 対する景久は蜻蛉の構え。
 俺にはこいしかなか。こいしかねから、こいをすう。
 ふたりは悟っていた。
 互いに狙うは一撃。それを一度ならず二度まで交わした。しかし。
 互いに傷を負った、この三度めこそ、最後の一撃となる。

 一時止んでいた風が、再び吹き始めた。
 追い風じゃ。わるない。
 掲げた木刀を小さく揺らし、景久がタイミングを計る。
 荒れ地のあちらこちらから顔を出す雑草が、互いに葉をしゃらしゃらとこすり合わせる。
 ありがと。あたしの足音、消してくれて。
 土を足指で掴み、前に置いた右脚に重心を預けるはるか。
 踏み出し、斬る。ただそれだけのために、ふたりは気を練り、機を読み合い、そして。
「ェェェエエエエエエイ!!」
 景久が駆け出した。
「――」
 はるかがすべるように踏み出した。
 五歩という短い間合の中で先を取ったのははるかだ。
 抜き手は体と道着の袖とで隠していた。ゆえに景久は気づかない。はるかの抜き手が、逆手となっていたことを。
 さらに踏み込みは袴の裾で隠されており、しかも逆手ゆえに、その剣の軌道は一文字ならぬ歪な孤月を描く。
 見えてないんだから捕まえらんないわよ。
 はるかの剣を叩き落とすべく振り下ろされた景久の木刀は、機を捕らえきれずに空を切った。
 はるかの切っ先がその喉元へ、神速のの六連突きを突き立てた。
 景久の喉が破れ、唇から鮮血が沸き出す。
 ごぼり――その手応えを感じつつ、はるかは静かに告げた。
「林崎夢想流奥義、逆手六箇」
 ごぼ、ごぼごぼ、ごぼ――ぇ、ぃぃぃぃ。
 なに?
「ェィィィィィイイイイイイイイイイ」
 血塊を押し退け、迸る景久の声。
 蜻蛉が、はるかの頭上からまっすぐに迫る。
 俺は、負けん。島津の血も示現のメンツも、いけんでんいい。俺は、俺は――!
 ああ。はるかがため息をついた瞬間、その脳天に、景久のすべてが込められた一撃が到達した。
 黒に塗り潰された視界の中ではるかは願う。
 次があるなら、真剣で死に合いたいわね――
 血に喉を塞がれ、息を失くして倒れ伏しながら景久は祈る。
 今度くさ、真剣で死に合いもそう――


 密かにふたりの動向を追っていた友人により、景久とはるかはH.O.P.E.の医療班に回収され、集中治療を受けることとなった。
 同じ病院に閉じ込められていた間、共に無言。
 語るべきはすでにあの死合で語り尽くした。
 次に語るのははるかが願い、景久が祈った次なる死合の場となるだろう。
 それでいい。
 それがいい。
 ふたりは同じ思いを抱いたまま、今は一時、別の道を行く。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【島津 景久(aa5112) / ? / 17歳 / エージェント】
【美空 はるか(aa4717) / 女性 / 20歳 / しあわせの白】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 頓に争力せむ。其は果たされ、しかしながら果たされずに終える。後に残るは、紡がぬ言の葉のみ。
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2017年07月18日

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