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『【死合】心穿 』
島津 景花aa5112)&沖 一真aa3591
「逃ぐっか!?」
 島津 景久は改造を施したZOMBIE-XX-チェーンソー“鎖鋸大刃「骸鬼」”を手に愚神を追う。
 が、蛇の尾と女の体とを併せ持つ愚神はその回転刃をぬらりとかわし、自らがドロップゾーンのただ中に打ち建てた城の上方へと逃れゆく。
 誘われているのだろう。
 それでも。
 俺はたっちき突っ込んで、斬いちくっだけじゃ!
 薩摩の地にて生み落とされし剛中の剛剣、示現流における唯一無二の構え、“蜻蛉(剣を大きく振り上げた八双構え)”に固めた体を突き進ませ、景久はついに天守閣へたどり着いた。
「なんじゃ、俺とふたいっきりになりたかか?」
 愚神は嘲笑を閃かせ、ゆるゆると景久を取り巻いていく。
「そいなあ、たたじいてやる」
 景久もまた不敵な笑みを返し。
「おめきっせーな」
 左手の内に握り込んだライヴス結晶を割り潰した。

 ――数分前。
 後退する愚神を追いかけようとした景久へ、沖 一真の鋭い声音が飛んだ。
『景久、どこへ行く!?』
 この場にあるエージェントは皆、押し寄せる従魔の迎撃で手いっぱいだ。今、愚神の後を追えば孤立する。ドロップゾーンを作り出す愚神は、少なくともケントゥリオ級であるはずだ。1対1で勝てる相手ではありえない。
『斬いとくっ! あや、俺の敵じゃ……!!』
 それを知りながら、景久は両眼に激情を燃え立たせ、言い切った。
 止めても無駄か。ならば。
 一真は左の袂から抜き出したそれを景久へ放る。
「こいは……」
 手の内に収まったライヴス結晶を見下ろす景久に、一真は。
「使え。俺が行くまで死ぬなよ――景久」
「沖さぁ、すまん!」
 景久が駆け去った後、一真は従魔群へ向きなおった。
 厄介なことだ。これだけの多勢を、スキルを極力使わず切り抜けなければならないとは。
「左翼、ジャックポットの支援射撃に合わせて全力攻撃! 右翼は敵中央へ切り込んで先陣と共闘、圧をかけて足を押さえろ! ――遊撃のカオティックブレイド隊は配置についたか? 射線を確保したら一気に突っ込んで敵陣を崩せ!」
 金烏玉兎集を解き、式神どもを従魔群へ飛ばしながら、一真は奥歯を強く噛み締めた。
 俺はあいつに、俺が行くまで生きろと言った。だから俺は俺を生かす。この場にいる仲間たちへの責任と、あいつへの責任を果たすために……!

 場面は再び天守閣。
「ケェェェェェ!!」
 裂帛の気合を発して斬りかかった景久の「骸鬼」が愚神の鱗を削り、薄皮を削ぐ。
 まだとじかんか!? まだ足らんか!? 俺は――あんときとおんなし、ひっかぶいか!?
 愚神の放った火が天守閣に点り、景久を取り巻いた。ライヴスの炎が焦る景久をさらに煽り立て、体中に刻まれた深い傷を炙ってさらにダメージを与えていく。
 俺は強なる――ひっかぶいのまんまじゃ――俺は――
 景久は朦朧と霞む目を閉ざした。
 猿叫とかけ声、息すらも止め、耳を澄ます。
 めめで見っからくさ当たらん。聞こゆい音、見い。そいで。
 斬いとく。
「ッ!!」
 苛烈な気迫が景久の唇を焦がし。
「骸鬼」の回転刃が愚神の頭蓋を断ち割ってその身を両断した。
 俺は――あんときの俺、越ゆった、か――


「景久!」
 外壁を伝い、城全体へと燃え広がった炎。その赤熱の壁を袂で払い、天守閣へと至った一真は景久と再会を果たした。
「ああ、てんがらもんの、一真か」
 緋に彩られていたはずの具足は赤黒く染まり、陣羽織もまた黒くくすんで元の桜色を失い果てていた。
「戦(いっさ)じゃ。てんがらもんと、ひっかぶいで、尋常に、勝負(しょぶ)」
 くつくつと笑いながら、景久は手で弄んでいた愚神の断ち割れた頭を放り出す。
 振り向いたその顔は、歪んだ笑みと血とで芯まで穢されていた。
「邪英に堕ちたか、景久」
 一真はライヴス通信機を通じてエージェントたちに撤退を促し、白い狩衣を翻す。
「だがおまえは生きている。生きてさえいれば、覆せる。俺がおまえを覆す。だから」
 錫杖「金剛夜叉明王」の石突を熱せられた床へ突き立て、12の遊環をしゃらりと鳴らし。
「連れて帰るぞ、俺とおまえがあるべき場所へ」

「チェストオオオオオオオ!!」
 濁った猿叫――示現流剣士が戦いへ臨む際に発する鬨の声――が逆巻き、景久の体に穢れたライヴスをかき立てる。
「百鬼を退け凶災を祓う! 急如律令!!」
 一真は突き鳴らした錫杖から重圧空間を広げ、続く陰陽の句に意識を集中させた。
 示現流は突進の剣。新撰組は取り囲んで薩摩剣士を封じたそうだが……俺はひとりしかいないんでな。せめて脚だけは鈍らせてもらうぞ。
「エエエエエエエエ!!」
 重圧空間に捲かれてもかまわず、蜻蛉の構えで景久が踏み入ってきた。脚にまとわりついた重さを引きちぎるように歩を進め、振りかざした「骸鬼」を袈裟斬りに振り下ろす。
「九天応元雷声普化天尊――急々如律令!」
 一真はその回転刃へ沿わせるようにサンダーランスを置き去り、床へ転がった。狩衣の肩口がざっくりと裂け、削られた肉から血があふれ出す。見切ったつもりだったが、間に合わなかった。示現の剣、多少鈍らせてもこれだけの斬れ味を見せるか。
 電撃に灼かれながら、得物を取り落とすことも前進を止めることもない景久の膝に、一真はもう一本のサンダーランスを撃ち込む。とにかくあの前進を止めなければ。
「ケエエエイ!!」
 割れた具足から人工皮膚の切れ端をひらめかせ、景久が追撃を突き立て。突き立て。突き立てる。二の太刀要らずの示現流とは言うが、それはけして初撃のみにこだわってのものではない。すべての一撃に渾身を込め、敵を屠るまで斬り続ける……それこそが、示現の真髄だ。
 転がりながら狩衣の袂に風を含ませ、上体を浮かせて立ち上がった一真は「骸鬼」のバーを錫杖の石突で突き払い、跳びすさって間合を開けた。
 その背を焦がす炎。すでに城を支える柱の何割もが燃え落ちた。天守閣が崩壊するまで時間はかかるまい。そしてなにより。
 目の前のおまえと、この俺だ。
 邪英化が進むほど景久の力は高まり、そして戻ってこれる確率を減じさせていく。
 同時にこの連撃でさらに斬り刻まれた体は、時と共に力を失っていくだろう。
「チィ、チィ、チェェ」
 構えた「骸鬼」のあげる爆音の奥から漏れ出る景久の高い唸り。邪英に半ば喰いちぎられているはずの“景久”が誘う。逃ぐんな、こいは尋常の勝負ぞ。
 対する一真は薄笑みを返し。
 覚悟を決めろってことだろう? わかってるさ。堕ちたおまえと同じ深みに今、行ってやる。
 額に浮かんだ三日月の赤へかざしたライヴス結晶を、割った。
 星のごとくにきらめくライヴスがその身を取り巻いて巡り、背を月輪が飾る。
 清浄なる霊気を湛えし指先を景久へ向け、一真は告げた。
「待たせたな」
 景久の応えは。
「チェストオオオオオオ!!」

「エエエエエエ」
 人を、ライヴスリンカーを越えた出足の鋭さで斬り込む景久。
 その一の太刀を一真は錫杖でいなす。まともに受ければそのまま頭を断ち割られるだけだ。
「エエ」
 景久は流されかけた刃を驚異的な体軸の強さで引き戻し、その間に手首を返して斬り上げた。
 当たれば必殺だが、本命はこれじゃない。一真は上体を小さく反らしてやり過ごし。
「エイ!」
 斬り上げることで振り上げられ、さらなる膂力を込めて振り下ろされた「骸鬼」を、石突を床に立てた錫杖の先で止めた。
 戦国の時代、騎馬の突撃をことごとく突き落とした長槍兵法の再現だが、しかし。
 景久の「骸鬼」は弾かれない。錫杖を押し込み続け――ついには床が割れた。
「!」
 錫杖が沈み込んだ10センチ分、回転刃は唸りをあげて一真へ迫る。
 すかさず膝を折って刃から逃れた一真だったが、その隙を景久は見逃さなかった。
「ケエエ!!」
 蜻蛉に掲げられた「骸鬼」が、一真の脳天へと振り込まれる。
 錫杖を構えなおす時間はない。
 その中で。
「はっ」
 一真の掌から、炎が吹き上がった。
 ブルームフレアに視界を灼かれ、景久が一真を見失う。振り下ろされた「骸鬼」が、獲物を食み損ねて虚しい唸り声を垂れ流す。
「俺の声がどれほど届くか知れんが、もう足を止めるような野暮な真似はしない。見えなくても聞こえるんだろう? なら、この声を頼りに斬りかかってこい」
「ケエアアアアアアア!!」
 聞こえる音を見、斬る。
 それは先に愚神を斬った景久が見せた、必殺の剣であった――はずだった。
 出足が鈍い。
 踏み込んだ足が、床に掴み止められたがごとくに動かない。
 どん。景久の鳩尾にはしる衝撃。体が、進まない。
「俺の尋常は策の内にある。弄するも兵法」
 重圧空間で足止め、さらに錫杖の石突で景久の芯を突き止めた一真が、錫杖にサンダーランスを伝わせ。
「っ!」
 景久を撃ち抜いた。
 それでも。
 景久は吹き飛ばず、崩れ落ちず、ひるむことすらなく踏みとどまった。
 この錫杖の先に、一真がいる。
 ならば。
 一真と繋がっている今ならば。
 斬れる。
「エエエエエエエエエエエエエエ」
 無心で吼え、無心で打つ。
 地に立てた幾本もの杭を打ち倒す立木打ちを繰り返した幼き頃のように。示現の教えたる雲耀――秒、絲、忽、毫、厘をも超えた迅さで打ち込め――を追い求めて重い木刀を振るい続けた日々そのままに。
 肉を打つ音がした。肉を割る音がした。骨を叩く音がした。骨を砕く音がした。血を抉る音がした。血を爆ぜさせる音がした。
 喜びも哀しみもなく、景久はただ打ち続ける。
 一真が死んでいく音を聞きながら、ひたすらに、ひたむきに。
 しかし。
「――九天応元雷声普化天尊」
 眼前で紡がれる、一真の声音。
 たまらずに眼を見開いた景久が見たものは。
 割られ、砕かれ、爆ぜていながらなお白く輝く、一真の両眼。
 そして。
 眉間に突き立てられた、紫電。
「始めから、かわすつもりはなかった。確実に、おまえの意識を撃ち抜くには、目の前まで来てもらう、必要があった、からな」
 血塊を吐き落とし、一真は今度こそ崩れ落ちた景久の前に膝をついた。


 城が燃え落ちる。
 その中を、景久を背負った一真が行く。
 バーストクラッシュこそ逃れたが、その傷は重い。炎に追われ、ついには追いつかれる。
「……沖さぁ、俺をうっすいてけ」
「生憎、薩摩弁は嗜んでないんでな。もうすぐだ……もうすぐ、外に」
 焼けた梁がふたりを目がけて落ちてくる。
 愚神の創りし建造物、そこには愚神のライヴスが練り込まれている。あの梁に打たれればライヴスリンカーとて為す術なく潰されるだろう。よしんばかわせたとて、ライヴスの炎は傷ついたふたりを焼き尽くすばかり。
「沖さぁは、てんがらもんで、きかんたろじゃな」
 なに? 聞き返す前に、一真は背を強く押され、よろめいた。
 その背後に轟音をあげて落ち、元来た道を塞ぐ梁――背に景久がいない!?
「こいでかるなったじゃろ。こいで、よか――」
 梁の向こうから景久の声がする。
「景久! 俺はおまえを……連れて帰ると!」
「もどいみっがけうすい。ごんごといたっけ」
 迫る火を見やりながら言い放ち、景久は祈る。
 最後までそばにいてくれた友が、自分の最期に縛られることのないようにと。
 それだけが、もがい――強情を貫いた自分の。


 崩壊するドロップゾーンを見やり、一真はただひとりその内に残った景久を思う。
 待つぞ。
 おまえが戻るのを――あるべき場所へ帰り着くのを、俺は。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【島津 景久(aa5112) / ? / 17歳 / エージェント】
【沖 一真(aa3591) / 男性 / 17歳 / 闇祓う陰陽師】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 思いは交うもの。なればこそ人は他者を思い、心動かさん。
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2017年07月18日

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