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『うつろう日々の、片隅で 』
シュルヴィア・エルヴァスティjb1002

「ねぇグラストン。愛してるわ、結婚しましょ」

 温かい、ミント入りのカモミールティー。カップを置いたシュルヴィア・エルヴァスティ(jb1002)はパラソルの下、平然とそう言った。
「……」
 その向かいで同じものを飲んでいた優男の悪魔、グラストン・フォールロウは一瞬の沈黙の後――ブハッ、と口に含んでいた茶を盛大に噴き出した。
「……きょうび、バラエティ番組でもそんなリアクションしないわよ」
 ジト目。ゲッホゲッホと酷くむせ返っている目の前の男に、「使いなさいな」とハンカチを差し出した。グラストンは噎せすぎて顔を真っ赤に、鼻やら目やらを洪水にしながらそれを受け取りつつ上目にシュルヴィアを見る。
「ちょ、け、結婚て、」
「嘘よ。ロクに成長してないクセに、なびく訳ねぇでしょ」
「アッ……ハイ……」
 ザックリバッサリ即答された言葉に、露骨にションボリとした様子を見せて口元を拭く悪魔。シュルヴィアは小さく溜息を吐いて、遠くの景色に目を細めた。
「……アンタにならサラッと言えるんだけどねぇ……」
「へ?」
「いえ、こっちの話」
 言葉終わりに、追求は不要と言わんばかりにクッキーを口に運ぶ。ポリポリ――香ばしいアーモンドの香り。ザラメ砂糖の食感。分厚くて食べ応えのある甘味。

 ――それがシュルヴィアの日常のひとコマ。
 久遠ヶ原学園敷地内の、海が見えるカフェテラス。パラソルの下、雲がまどろむ昼下がりの、優雅で何気ないアフタヌーンティ。その日の気分で変える紅茶。

 きら、きら、太陽を跳ね返す海は、シュルヴィアの赤い瞳にはいささか眩しいけれど。
(この海とも、もうすぐお別れね――)
 目を細めつつも、シュルヴィアは海を眺めている。潮風が拭いた。絹のような――そう、文字通り色のない、白い絹糸の髪が中空をたゆたう。
「サングラス、つけないんすか?」
 ミルクと砂糖をダボダボに入れた紅茶を飲みながら。しょぼくれるグラストンの隣には、かつて彼の部下であった女悪魔、ヒャルハー・ティーガー。力関係に敏感な彼女は、ここ最近はずっと、グラストンよりもシュルヴィアをボスのように扱っている。
「お気遣いどうも。でも私よりも、そっちの殿方の背中をさすってあげたら?」
 ちょっとからかうような物言い。ますますしょぼくれるグラストン。「女は星の数ほどいますから」と適当に彼を慰めるヒャルハーだが、
「まあ星には手は届かないんすけどね!」
「ヒャルハー貴様ァ!」
「ギャー! 尻尾は引っ張らないでほしいっす!」
 すぐにギャイギャイ喧しくし始めるので、まあ、シュルヴィアには飽きないひとときだ。

 こんな感じで――とある任務を通じて知り合ったはぐれ悪魔とのんびりお茶を。それは昨日と変わらない今日。

「……そういえば。貴方達はまだ先でしょうけど。卒業したら、どうするの?」
 昨日と変わらない今日――それも今のうち。ふと、シュルヴィアがはぐれ悪魔二人に問うた。
「「卒業……」」
 顔を見合わせる二人。それから沈黙。
「その顔……さては、進路をサッパリ決めてないようね」
 シュルヴィアにそう言われては、ドキッと肩を竦ませる悪魔達。ズバリ図星のようである。
「なんというか、想像通りすぎて逆に安心するわ……」
「ぐぬっ……そ、そういうお前はどうなんだ!」
 苦し紛れに言い返すグラストン。「私?」とシュルヴィアが眉をもたげた。
「家に帰るわ。家業は弟が継ぐけど、手伝いはできるし」
「家業?」
「そういえば言ってなかったかしら。家は、貿易商を営んでいるの」
「……シュルヴィアさん、やんごとないおうちのひとだったんすね……」
 気品がある人だなーとは思っていたが、ガチのマジだったとは。感心しているヒャルハー。言葉もないグラストン。「まあ、そうね」と答えるシュルヴィア。

 エルヴァスティ家は騎士の血を引く由緒正しき一族である。
 件の貿易会社は、騎士であった先祖が築いた人脈によって創り上げられたもので、今では結構な規模になっている。

 ――ゆえに。

 それを継げない、と知った時、シュルヴィアはショックだった。なぜだ、と現実を呪った。性別か。体が弱いからか。才能不足? 教養が足りない? それとも? ――私は要らない存在なの?

 ……など、と。
 当時は思ったものだ。
 今は、家業を継げないことに納得している。

「家には迷惑をかけたし……、そろそろ恩返しの時期、ってね」
 よどみなく答えたシュルヴィアの言葉に、悪魔達はただただ呆気に取られている。
「すごく……地に足がついてるっす……」
 流石っす、と頷くヒャルハー。グラストンはシュルヴィアと同じく(一応は)名家の出であるがゆえに、嫉妬と羨望の拗ねた眼差しである。
 と、ヒャルハーが何か思いついたかのように手を打って。
「あっ。グラストン様、これシュルヴィアさんと結婚したら玉の輿じゃないっすか」
「え? 普通に嫌よ」
 グラストンが答える前にシュルヴィアのこの一言である。しかも笑顔である。「うるせえ!」とグラストンは拗ねすぎて机に突っ伏してしまった。ヒャルハーは爆笑していた。

 さて、チャイムが鳴ったのはそんな時だ。

「昼休みも終わりね。教室、行っときなさいな」
 椅子から立ち上がる様子はなく、シュルヴィアが言う。
「私は引き続きお茶を楽しむけどね。あとは卒業式だけの余裕ってやつね」
 ニコヤカだ。「真面目に単位取りやがって!」とグラストンの謎の捨て台詞と、ヒャルハーの「んじゃまた明日!」と弾む声。
「ふふ、えぇ。また明日」
 シュルヴィアは穏やかに片手を上げ、友人を見送るのだ。
 と、そんな時である。むくれ面で立ち去ろうとしていたグラストンが、ふと振り返り。
「星の数ほどいるが、星には手が届かん……と貴様らは言っていたが。宇宙船というものがこの世にはあるだろうがっ」
 ビシ、突きつけられる指先。シュルヴィアは一瞬だけ目を丸くすると、クスクス笑った。
「貴方にしては悪くないセンスね。言い返すタイミングがもうちょっと早かったら完璧だったけれど」
「ぐぬっ」
「あら、褒めてるのよ。……それに、その考え方、嫌いじゃないわ」
「ふ、ふはは! そうだろう! 恐れ入ったか!」
「いや別に恐れ入ってはないわね」
「なにぃ!」
「そういうところが残念なのよ貴方。ま、恋に勉学に頑張りなさいな。それが青春よ」
 それじゃあ授業いってらっしゃい。そう笑んで、――テラスはシュルヴィアひとりきりになる。

 ――静かだ。
 ――波の音。
 ――風の音。
 ――生徒達の足音。

(……もう、蝉の鳴く季節、ね)

 耳を澄ませば聞こえてくる。青い空。入道雲。飛行機雲。
 もうすぐ、シュルヴィアは久遠ヶ原学園を卒業する。
 日本を去り、母国フィンランドへ帰る。
 暑い夏の中で生活するのは……多分これで最後。

 一陣の風が吹いた。今日は風が強い。

「ああもう、髪が乱れる」
 なんてブツクサ言いながらも、口角は微笑んでいて。髪を整えるために、シュルヴィアはコウモリ耳のカチューシャを外して……、ふと、思い立ってはそのままテーブルに置いた。それから脇に置いていたいつもの日傘を手に取り、海の方へ数歩。

 青。空。海。
 白。雲。光。

 ……色々。

 色々、あった。
 たくさん、あった。
 忘れない。
 この鮮やかさを、忘れない。

 我が青春を、忘れない。


「――狭い島だけど、いいとこね」




『了』




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シュルヴィア・エルヴァスティ(jb1002)/女/16歳/ナイトウォーカー
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エリュシオン
2017年07月18日

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