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『いつかと願ったその先は 』
加倉 一臣ja5823

 ひとつの約束。ひとつの夢。



 その日は雨なのか晴れなのかわからない、曖昧な天気だった。
 満開の紫陽花が並ぶ花小道を、加倉一臣はどことなく落ち着きの無い足取りで進む。
 時折雲間からのぞく陽差しが、花や葉にちりばめられた雫を煌めかせている。学園へ来てはや数年、故郷にはない梅雨空にも随分慣れた。

 ”たまには話でもしましょうか”

 彼方からそんな手紙が届いたのは、つい先日のこと。
 誰かの悪戯じゃないかと一通り疑ってみて、本物だと気づいたときの顔を誰にも見られなくてよかったと思う。
 ”彼”から指定された場所は、人里離れた名も無き庭園だった。
 日時が決まっているのも相変わらずで、一臣の都合などお構いなし。
 にもかかわらず最初から来ると確信されているあたり、ちょっと悔しい気もする。けれど結局、こうしていそいそとやってきているのだから、自分も大概なのだ。

「……っと。ここか?」
 紫陽花小道を抜けたところで、小さな庵がひっそりと立っていた。
 月日の経過を感じさせる木造屋は、苔むした敷石や新緑が芽吹く木々に囲まれ、静謐とした空気をまとっている。どこからともなく漂ってくる花の香りは、雨の匂いと混じって独特の心地よさを感じさせ。
 奥へと続く敷石を辿っていくと、こぢんまりとした縁側が現れる。その中央に座る見慣れた影へ、一臣はひと呼吸置いてから話しかけた。
「お待たせしました、ミスター」
 こちらを向く猫のような瞳が、ゆるやかに細められる。
 いつも通りの微笑。道化姿の少年は、この場の雰囲気に似つかわしくないようで、案外ハマっているようにも見えるのがらしいと思う。
「おや、早かったですね」
「せっかくお招きいただいたのに、遅れるわけにはいきませんから」
 一臣の言葉にマッド・ザ・クラウンは微笑むと、目線で座るよう促す。
「ふふ……貴方とこうして話すのも、不思議な趣を感じますね」
「そりゃこちらの台詞です」
 一臣はそう笑ってから、クラウンの隣に腰を下ろした。
 人と悪魔。
 共に並んで見る景色は、日を追うごとに変化していて。

 ふたりは手土産の菓子に舌鼓を打ちつつ、たわいのない言葉をかわす。
 物珍しそうにわらび餅を味わう悪魔を、一臣は微笑ましく見守りつつ。庭園に咲く紫陽花や桔梗に視線を移しながら、これまでのことに想いを馳せた。
「ミスターと最初に出会ったのは、金木犀が咲く季節でしたねぇ。あの時のこと、覚えていますか」
「ええ。もちろんですよ」
 忘れるわけがない。
 そう言われたようで、一臣は内心嬉しい気持ちになる。

 ――こんばんは

 初めてかけられた声は、今でも強く脳裏に焼き付いている。
 身が氷るほどの威圧感。けれど闇の中から現れた姿は、思いのほか無邪気もので。
「あの時、幼い見た目に惑わされないよう、ミスターって呼んだんですよねぇ」
 当時の自分にとって悪魔は絶対的強者であり、かつ、必要とあらば戦う相手に過ぎなかった。
「それなのに、気がつけばこんなに長く追いかけることになって。人の子に興味を持つ悪魔に興味を持ち、気がつけば……ってやつですよ」

 本気でぶつかり。
 本気で向き合った。

 懐かしげに目を細める一臣へ、クラウンは長い袖を振ってみせた。
「”そうなるよう”にしましたからね」
 あらゆる手を尽くし、己の命までも賭けて。
 誰より鮮烈な色で彼らの魂を彩ることを、ひたすら夢見るようになっていた。
「ええ。ミスターの望みがわかるからこそ、最後の選択は本当に悩みましたよ」
 あの時の決断があって、今がある。
 いつかと願った日は訪れ、夢の続きを共にのぞめる歓び。
「ああそうそう、最後で思い出しましたけど。何度もミスターと相対していくうちに、名乗るのは最後の舞台でと心に決めたんですよね」
 なぜなら『貴方』と呼ばれるのも、おつなものだったから。
「でもやっぱり名前で呼ばれるのは嬉しくて……」
 気恥ずかしげな一臣を、クラウンは愉快そうに眺めてから。縁側から出した足をぷらぷらとさせつつ、どこかひとり言のように呟いた。
「名前、とはなんでしょうね」
 個を識別するためのもの、と言えばそれまでかもしれない。
 でも特別な相手から呼ばれるとき、それは互いを繋ぐ”とっておきの響き”となるから不思議だ。
「そうですねぇ……名は体を表す、なんて言葉もありますけど」
「ええ。この世界を巡っている間、私はさまざまな”名”を目にし、耳にしてきました」
 あらゆるものに与えられた、必要不可欠ともいえる存在。
「とりわけ『ひとの名』においては、容易に語り尽くせないほどの、役割や力があるように思うのですよね」
「確かに……名前には霊力が宿るって言われたりしますもんね。”その名を口にしてはいけない”とか、きっとそういう流れから来てるんだろうなぁ」
 ひとつひとつの名について、そこまで深く考えたことはないけれど。
「誰かが何かしらの想いを込めて贈ったものなら、尊いものだと思います。もし自分で決めたものなら、そこには何かしらの意思が介在しているのかな、なんて」
 一臣の言葉にクラウンは頷くと、視線をこちらへ寄こす。
「――貴方には教えてもいいかもしれませんね」
「何をです?」

「私の”本当の名”ですよ」

 それを聞いた一臣は、思わず悪魔の顔を見つめた。
 彼の”本当の姿”を意識したときから、その存在を感じなかったわけではない。とはいえ、あまり深く考えてはこなかった。
 自分にとって目の前にいる『彼』がすべてであり、それ以上を求めるつもりもなかったから。
「ふふ……どうです、知りたいですか?」
 こちらを向くまなざしが、相手の反応を楽しむように色めく。うーんと腕組みした一臣は、しばし黙考したあと。
「聞いてみたいのも本音、でも知らないでいるのもいいかな、と思う気持ちもあるなぁ……」
「ほう。理由を聞きましょうか」
「なんか全部知っちゃうのって、勿体ない気がするじゃないですか」
 その反応に、クラウンはさもおかしそうに微笑う。
「貴方らしいですね」
「それに俺にとってミスターはやっぱり、ミスターですし」
「おや、名前で呼んでくれてもいいんですよ?」
「うっ……そう言われると呼びたいような、でもやっぱりとっておきたいような!」
 苦悶する一臣に悪魔はひとしきり笑ってから、やがて満足げな表情を浮かべた。
「まあいいでしょう。”いつか”の楽しみとしておくのも、悪くありませんからね」
「ですね! ”いつか”はたくさんある方が、きっと楽しいですし」



 ゆるゆると時間は流れてゆく。
 時折どこからか鳥のさえずりが聞こえてくるものの、辺りはとても静かだった。日常から離れた空間は、しばらく没入していると、この世界には自分たちしかいないようにさえ錯覚してしまう。
「――そう言えば俺、ミスターを学園に引き入れたいと思ったことは一度もないんですよねぇ」
 隣同士もいいけれど、それ以上に正面から向かい合うのが魅力的で。
「でもだからこそ、並んで共闘するときは震えるほど嬉しかったですけどね」
「ええ。私とあなた方は、これくらいの距離がちょうどいいのでしょう」
 欲しいと思ったこともあった。でも手に入らないのも、悪くないと思った。
 相手の言葉に小さく頷きながら、一臣はゆったりと流れるわた雲を見送る。
「少し離れてるからこそ、会いたいと強く願うんですかね」

 届きそうで、届かない。
 届いてなさそうで、いつの間にか傍に在る。

 そんな関係も、きっと悪くないはずだから。

 花の香りが、ほんの少し濃くなった気がした。
 雲間から光の筋が伸び、周囲の木々がさわさわと鳴る。悪魔の切り揃った前髪が、初夏の風でわずかになびいた。
「ねぇ、ミスター」
「なんですか」
 一臣はこれからもどうぞよろしく、と告げてから。一瞬迷う素振りを見せたあと、その手をクラウンの額へ伸ばした。
「……一度くらい撫でてみたかったので」
 ぎこちなく動く指を、猫のような瞳がじっと見つめている。一臣は気恥ずかしさを隠すように、いつも持ち歩いている”約束のチケット”を取り出した。
「大丈夫、いつだってワクワクさせてみせますよ。賭けて損はさせませんから」
 カードを手にウインクしてみせると、充ち満ちた微笑が咲く。
「ふふ……大穴狙いが私の信条ですからね。まあこの先もずっと、”勝つ”つもりですが」
 長い袖がカードを軽く撫でた途端、表の絵柄が変化していく。
 ”JOKER”の肩に乗っているのは、足取り軽げな蒼銀の猫。
 背景には色鮮やかな運命の輪が描かれ、どこか躍動感のある構図は、命を謳歌する歓びにも似て。
「……ありがとうございます」
 嬉しそうに呟く一臣の隣で、道化の悪魔はやっぱり微笑っている。やがて立ち上がったクラウンは、どこか悪戯めいた調子で見上げ。
「さて、では私も」
 そう口にした刹那、小さな身体を白霧が覆う。現れた蒼銀の猫はしなやかに跳躍すると、一臣の膝に音も無く着地した。
「え、ちょ、ミスター!?」
 膝上に乗った猫は、にゃあとひと声鳴いた。そして座り心地を確かめるよう何度か足踏みをすると、そのまま丸まってしまう。
「あー!! ミスター!困ります!! そこで寝ちゃったら俺動けませんから! あーっ!!」
 慌てる一臣に構うことなく、猫はすやすやと寝息を立て始めた。
 ぴんと張った髭や耳先が、呼吸に合わせてわずかに動く。膝から伝わる体温や重みは、そこに在る魂を主張しているようで。
「……まったく、敵いませんねぇ」
 心地よさそうな寝顔を前に、一臣は半ば諦め気味に苦笑する。あれこれ焦ってみたところで、あの姿を見たら何も言えなくなってしまうのだから。
「ちょっとくらい撫で……いやしかし誘惑に負けたようで悔しいような、もふもふなら仕方ないで許されるような俺は一体どうすれば」
 再び苦悶する一臣の頭上では、虹が雲間を繋いでゆく。
 その後小一時間、彼は沸き上がる欲求と戦うことになるのだった。


○JOKER&Magmell


 ひとつの約束。ひとつの夢


 出会った魂は、願い、選び、互いを彩り続けていく


 いつかと願ったその先は


 偶然と運命、必然と奇跡がめぐる――至福の”楽園(とき)”



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号/PC名/性別/所属/咲かせたのは】

【ja5823/加倉 一臣/男/撃退士/真の花】

参加NPC

【jz0145/マッド・ザ・クラウン/男/悪魔/真の楽園】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ふたりでゆっくり話をしたのは、これが初めてですね。
語りたいことは多々あれど、言葉にしすぎるのも野暮なもの。
そんなおふたりの関係を描くのが本当に大好きでした。

彼と出会ってくださってありがとう。
めいっぱいの愛と感謝をこめて。
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エリュシオン
2017年07月19日

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