▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『いのちを辿る 』
真壁 久朗aa0032


 三人で食卓を囲む。
 なんとも平和な光景が日常となっていることに真壁 久朗は何とも言えないおかしみを感じた。
「クロさん、どうしたんですか。ご飯にしましょう?」
「ああ」
 セラフィナが最後のおかずを食卓へ置いて、久朗を見上げる。
「埒が明かないことを考えるなとは言いませんが、食事の時くらいは横に置きませんか、クロウ」
 一方アトリアは食べる準備万端であり、不満げな表情を隠そうともしない。
「いや……まあ、そうだな」
「言いたいことがあるのなら、言ってくださって構いませんが」
「アトリさーん!? ほら、いただきますしましょう! 冷めちゃいますよっ」
 すぐケンカ腰になるアトリアを宥め、真顔で何事か検討している久朗を現実へ引き戻し、セラフィナは『いただきまーす!』と声を揃えるように促す。
「煮物が美味しいですねぇ……」
「夏になれば作りにくい、今のうちにと思った。ジャガイモも大量に貰ったから消費ついでに」
「夏……だと、煮物はだめなのですか?」
 キョトンと、アトリアが首をかしげる。
「悪くなりやすいんだ。その日のうちに食べきってしまえば問題ないが」
「翌日の、味がしみ込んだのが格別ですしね……」
「なるほど。二日目のカレーも美味しいですよね。……!? カレーも夏は食べられないんですか!?」
「香辛料を多く使っているから大丈夫だろう」
 夏と言えばカレー、カレーと言えば夏、アウトドアしたらカレー。
 それくらい、夏に馴染む食べ物のような気がする。
 この世界へ馴染みがぎこちないアトリアからの質問は、素朴なものも確信を突くものもあって、久朗は嫌いではなかった。セラフィナには気遣いさせてしまっているけれど。
 簡単な煮物と、炊きたて白米と、季節の味噌汁と、焼き魚と……
 地味なメニューではあるが、毎日続ける食事へ力の入ったものばかり作るのも疲れる。
 無理しないことが継続の秘訣だと話していたのは誰だったろうか。

「母の日、ですか」

 思考の穴へ落ちかけた久朗の耳に、アトリアの独り言が入り込んだ。
「そんな時期なのですね。素敵なお花が街に並ぶようになるので楽しいです」
 見るとはなしにつけていたテレビで取り上げているらしい。
 セラフィナも、『今年イチオシのアレンジメント』なるものを興味深そうに眺めていた。
「そういえば、お前たちはどうなんだ? 母……というか、親というか。話したことがなかったな」
 母の日。父の日。敬老の日。この国には、産み落としてくれた存在へ感謝するイベントが多く存在する。
 幼い頃に両親と死別した久朗にとって、かつては辛いものだったが今は……どうだろう。
 痛みを気にしないようにするうちに、感覚は麻痺してしまったろうか。
「僕には両親の記憶はありませんが、神父様がいて下さいました。その方を、父と思っています」
 以前の世界では、セラフィナは聖職者に連なる者だったという。
 ふわりと嬉しそうに笑みを浮かべる様子から、きっと優しい記憶があるのだろう。
「親……家族、ですか。ワタシは朧げにしか覚えていません。居たとは思うのですが……」
 対するアトリアは、考え込み考え込み眉間に深々とシワが刻み込まれてしまった。
「ああああアトリさん、そのくらいでっ。記憶なんて、ほら、曖昧なものですし、ねっ」
 こういう時のフォローも、セラフィナの役回りだった。
「クロさんは……聞いても、いいですか?」
 それから、距離を探るように問いを投じる。無理強いはしない。話してくれる気持ちがあるのなら嬉しい、それだけだ。
「食事」
「え?」
「母が……『自分の口に入る物は自分で作りなさい』と、よく話していた。凝ったものは無理だが、こうして続けているのは母親の教えの賜物なのかもしれないな」
 三つ子の魂百まで、と言うけれど。
 何の気なしに聞いていた子供の頃の記憶が、こうして日常に溶け込んでいた。
 意識的に思い出そうとしなければ気づかないほどに。

「「育ててくれた母へ、ありがとうの一言を伝えて下さい」」

 異口同音に発せられた言葉に、久朗は箸を握ったままたじろぐこととなった。




 5月の下旬。
 母の日は過ぎ、次は父の日なるイベントが控えている頃。
 久朗は一人、親戚の家へと向かっていた。二人の英雄たちには告げていない。

 幼い頃に両親を亡くしてから世話になっていた家。
 良い思い出は少なく、高校を卒業してからは一度も足を向けたことはなかった。
(思えば実の両親の墓も知らないとは、とんだ親不孝だな……)
 訪ねようと決めたのは、久朗の両親の墓を知るためだった。
 電話でも連絡は取れるだろうけれど、顔を合わせなければならない気がした。

 ――育ててくれた

 英雄たちの言葉が、ずっと久朗の心に引っかかっている。
 久朗を生み、育ててくれたのは実の親であることに違いない。
 しかし、冷遇されていたとはいえ……高校卒業までの間を『育ててくれた』のは。
 辛い記憶が多い。
 いつも、その状況を救ってくれたのは幼馴染だ。
 でも……


「本当に来たの?」

 叔母の言葉は純粋な驚きであり、拒絶の色は無かった。




 これまで音沙汰なしだった久朗へ悪態をつくでなく、本人か怪しむでなく、叔母は家へ招き入れた。
(幾らか、小さくなっただろうか)
 その背を見て、久朗は思う。
 こんなに、頼りなげな人だったろうか。
 久朗が身体的に成長したからか。エージェントとして戦うようになったから、感じるのか。
「今まで、どうしていたの?」
「ああ……」

 懐かしい、家の匂い。変わらない。
 子供の頃は、それが嫌でたまらなかった。
 早く大人になって、飛び出したかった。

 テーブルに焼菓子、それから茶を出して叔母が斜め向かいへと座る。
 幼い久朗への叔母の対応は、彼女も覚えているのだろう。
 互いに、近況や世間を賑わす話をする間も互いの視線は交わることはない。
 時折、ぎこちない笑顔が浮かぶ。ハッとしたような表情が浮かぶ。
「……ごめんなさい」
 そして、ついに耐えきれないといった風に叔母は切り出した。
「あなた……お父さんに似てきたわね……」


 この家へ引き取られた頃の久朗は、母親の面差しが強かったのだという。
「今はお父さん似ね。精悍な男性になったわ」
「そういうものか……?」
「ええ。不思議なことだけれどね、子供の顔立ちって大人になると変わる場合もあるの」
 あなたはやはり、あの人と姉さんの子だわ。
 自分へ言い聞かせるかのように、叔母は添えた。
 それから、ほんの少しだけ語る。
 久朗の父が、どんな人であったか。そして、叔母が淡い感情を抱いていたことを。
「もちろん、伝えることはしなかった。姉さんがいたから……」
 自分は、思いを伝えることすら許されなかったひと。姉は彼と結ばれ、子に恵まれ、暖かな家庭を築いて……
「羨ましくないわけがなかった。あの頃の私は、劣等感の塊だったわ……」
 ――それが
 ――突然の

 身寄りを喪った久朗を、近い血縁だった叔母が引き取ることは周囲の暗黙の了解のようで。
 断ることも、途中で他者へ放りだすことも出来なかった。
「あなたには……酷いことをしたわ」
 手が届かない存在の忘れ形見。
 当時の叔母には、久朗という存在そのものが残酷でしかなかった。
 嫉ましかった姉に、よく似た面差しの子供。久朗を虐げることで自身の劣等感を誤魔化し、優越感を得る。そんな日々が続いた。そんな日々を、続けてしまった。
 途中で家を出てしまうならそれで構わなかったし、最低限の高校を卒業後は音信不通になったことも納得できる。
 酷い親戚だったと……小さくなった叔母は、掠れた声で告げた。
「…………」
 こんな時、どう言葉を掛ければいいのだろう。
 幼い久朗が心を閉ざしてしまった過去は事実であり、現在は巡り合った仲間たちのお陰で変化しつつあるけれど過去そのものは消えない。
 自分が辛いからと子供へ辛く当たることを正当化するのは違う気もするし、しかし今の叔母を責めるつもりにもなれない。
(セラフィナなら優しい言葉をかけただろうし、アトリなら過去について徹底的に責めそうだが)
 二人の英雄が選びそうな言葉なら、浮かぶのに。
 久朗の沈黙をどう受け取ったのかわからないが、叔母は首を軽く振ると涙を拭って顔を上げた。
「ごめんなさい、自分の話ばかり。……でもね、もう一つだけ……付きあってくれるかしら」
「? 俺に出来ることなら」




 案内されたのは、叔母の私室だった。
 綺麗に整頓された部屋の、片隅にある鍵付きの棚。
 そこから、文庫サイズ程度の封筒を取り出す。
「……これを」
「手帳……?」
 封筒の中に保管されていたのは、古い手帳。大切に扱われていたことがわかる。
「あなたのお母さんのものよ。遺品整理を任されて……捨てようと思ったけれど、どうしても出来なかった」
「見ても良いのか?」
「もちろん」
 実母とはいえ、他人のプライベートを覗く。罪深いことのように思えるけれど……
 恐る恐る、久朗はページをめくった。

 夕飯のメニュー。
 テレビで話題になって、気になっている本のタイトル。
 新しくできたカフェ。
 待ち合わせ場所の地図。
 綺麗な字による走り書きは雑多だ。
 その中の一ページで、久朗の手は止まった。

 久=永い時間
 朗=清らかで快活な

「……俺の、名前?」
「『いつまでも清々しく、快活に生きて欲しい』……そんな願いね」
 久朗が目にしたものを察し、叔母が解釈を添える。
 子へ託した思いが詰まった手帳。
 幸せと希望が、そこには記されている。
「ほんとうに、ごめんなさい……許してもらおうだなんて思っていないわ」
「いや、俺は……」
 再び涙声になる叔母へ、久朗は今度こそ掛ける言葉がわからなかった。

 手帳を残しておいてくれたこと。こうして見せてくれたこと。
 長らく、自分から取り上げていたこと。


 それより。
 そんなことより、もっと。
 もっと強い感情が、久朗の胸には浮かんでいた。




 長い長い一日が終わろうとしている。
 ほんの日帰りだというのに、我が家が久々に感じられる。
 門灯が、優しいオレンジ色で久朗の帰りを待っていた。

「ただい――……」
「大変ですセラフィナ、まだ焼きあがりません」
「安心してください、蓋をして蒸らしておけば勝手に火が……アトリさん、ですから蓋は開けないでください!?」
「なんだこの騒ぎは」

「「あっ」」

 居間からキッチン、キッチンから居間へとドタバタしている英雄二人の姿に、久朗は驚きを隠せない。
 対する英雄たちも、驚きの表情で久朗を迎えた。

 漂うのは美味しそうな料理の匂い。
 食卓には、既に何品かが並んでおり……
「クロさん、おかえりなさい!」
「お、思ったより早かったですね。いつもアナタに作らせてばかりも悪いと思って……これは、その」
「焦げた魚か」
「言わないであげてくださいー!! アトリさんはがんばったんです! こっちは僕が食べますから!」
「いや、俺がもらおう。……そうか、お前たちも料理が出来るんだな」
「無能のように言わないでくださいませんか」
「まぁまぁまぁ! ほら、そろそろお肉も良い状態だと思いますよ。皆でいただきますしましょう?」
 アトリアの肩をぐいーとキッチンへ押しながら、セラフィナ。
「ところでクロさん、……今日はどちらへ?」
 聞いても差し支えないのなら。
 出かける前と、帰って来てからと。まとう空気の微かな違いに気づいたセラフィナが訊ねる。
 表情の変わりにくい久朗の変化を察するとが出来るのは、セラフィナくらいだろう。

「ああ……。少し、話が長くなるが」




 この日、久朗は両親の墓参りを取りやめた。
 今の自分が、母が願った名の通りであるかどうかは母に判断してもらうとして……会ってほしいと思う人物達と、共に訪れたいと思ったから。
 ひとりではない姿を、見てほしいと思ったから。


 再びこの街へ訪れると伝えた時、久朗は叔母の笑顔を初めて目にした。




【いのちを辿る 了】


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【aa0032     / 真壁 久朗  / 男 / 24歳 / アイアンパンク 】
【aa0032hero001 / セラフィナ / ? / 14歳 / バトルメディック】
【aa0032hero002 / アトリア  / 女 / 18歳 / ブレイブナイト 】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
ご依頼、ありがとうございました。
母を思う。自身の源を辿るお話、お届けいたします。
お楽しみいただけましたら幸いです。
■イベントシチュエーションノベル■ -
佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
リンクブレイブ
2017年07月25日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.