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『●愛の才能 』
アルカ・ブラックウェルka0790


 広々とした寝台の右端でアルカ・ブラックウェル(ka0790)はランタンの灯りの下まだ読書を続けているカフカ・ブラックウェル(ka0794)を見つめる。
 静かに紙を捲る音。揺れる影。そして外の虫の声だけが室内を満たす。
 風呂上がりで少し重みを増していたアッシュブロンドの髪もすっかり乾いて、もとの柔らかさを取り戻している。
 切れ長の翡翠色の瞳は真剣に文章を追い、時折唇が小さく言の葉を紡ぐように動くが、それは音にはならず彼の中だけで繰り返されているのだろう。
 どこか、タイミングのいいところで……と見つめていたが、カフカの読書は一向に終わる気配がない。
 今日こそは、絶対にカフカに伝えるんだと決めていたアルカは意を決して息を吸い込んだ。
「ボク、ラティナと結婚する事にしたよ」
 アルカは精一杯平静を装い、カフカに報告をする。
 カフカはどんな顔をするだろう。
 驚くだろうか。怒る……と言うことはないと信じたい。悲しむだろうか。それても笑うだろうか。
 様々な表情が浮かんでは消え、アルカの緊張は一瞬にしてピークに達したが、その時アルカから聞こえた声は「ふーん」その一言だった。
 ぽかんとカフカを見つめ直すが、カフカの目は変わらず文章を追い、その表情にも変化は無い。
「ふーん……って……」
 まだ友人と出かけた先で起こった内容を報告したときの方が顕著な反応が返ってくるような気がするほど、全くもって普通の反応に、アルカは拍子抜けすると音を立てて枕に顔を埋めた。
 深く息を吐き出す音がして、本が閉じられる気配がした。
「アルカがラティナを選ぶのは何となく分かってた」
 聞こえた声にアルカが顔を向けると、右の頬にカフカのキスが降りてきた。

 【対】だから
 互いの気持ちは何でも分かる
 最初に報告をくれるのも分かってた
 少し寂しくて、嬉しい
 おやすみ、僕の妹
 君の幸せを誰よりも何よりも祈っている

 そんなカフカの気持ちがアルカの心に直接染み入るように伝わってくる。
 アルカも身を起こすとカフカの右頬にキスを落とした。
「明日、ばあちゃんに報告するよ」
「そう」
 「じゃぁ、もう今日は寝ようか」というカフカの声と共にランタンは消され、空けていた左側にカフカが入って来る。
 ベッドの軋む音と振動がアルカの全身を揺らした。
 アルカがそっと手を伸ばすと、カフカの冷たい指先に触れる。
 2人はどちらともなくその手を握り、そして眠りに落ちた。

 翌日。
 アルカの報告を受けたユリア・クレプト(ka6255)は穏やかに笑みを浮かべて頷いた。
「では、午後に皆を集めましょう」
 一族の誰よりも若く、少女のような外見をしているユリアだが、その言葉には絶対の重みがある。
 アルカは神妙な顔つきで頷き、そんなアルカをカフカは少し後ろから見守っている。
 ユリアはゆるりと双子を見つめ、目を細めた。

 2人が生まれてきたときから見守ってきた。
 双子が兄妹で結婚するのだと言い出したときには驚いたものだが、きちんと話しをすればそれは叶わない事なのだと理解出来るほど2人は聡い子どもだった。
 そう、子どもだと、思っていたのに。
(……いつの間にか結婚を意識するような歳になっていたのね……)
 己の初恋は実らなかった。
 それでも母として、妻としては決して不幸では無かったし、幸福であったとさえ思う。
 アルカはどうだろうか。
 己を好いてくれる相手と共になり、女としての幸福を得て、その後は……?
 それはアルカとその相手次第だろう。
 それを今まで通り見守るのが己の務めとユリアは静かに目を閉じると、アルカのこれからを祈った。



 ブラックウェルの食堂にはアルカ、カフカ、ユリアと呼ばれたラティナ・スランザール(ka3839)とアルカ達とは従兄に当たるエミリオ・ブラックウェル(ka3840)がいた。
 ラティナとエミリオも呼び出された理由は分かっている。
 ゆえに緊張の面持ちで正面に座るアルカを真っ直ぐに見つめている。
 普段ならとりとめない会話に笑い声が響くこの食堂もこの時ばかりは緊張に満ちた沈黙が場を占めていた。
 振り子時計の規則正しい時を刻む音だけが室内に響く。
 ユリアが淹れてくれた紅茶も焼きたてだったクッキーももう冷めたことだろう。
 誰もが身動ぎ一つせず、アルカが口を開くのを待っている。
 普段なら聞き逃すような軽やかな小鳥の囀りが、まるで室内で自由におしゃべりしているようにさえ聞こえる。
 そんな沈黙を、ついにアルカが破った。
「ボク……ううん、私ことアルカ・メルリーウィはラティナの妻になります」
 沈黙は一瞬。
「え……? えぇ!? ほ、本当か!? 本当に、俺でいいのか」
 椅子を撥ね除ける勢いで立ち上がったラティナの横で、エミリオは大きく息を吐くと目を閉じた。
「うん。誓約に嘘は無いよ」
「あぁ! アルカ、有り難う! あぁっ。嬉しすぎて、叫び出しそうだ!」

「……メルリーウィ、好きだ」
 そうラティナが告白したとき、アルカは顔を真っ赤にしながらも明らかに戸惑っていた。
「ラティナが、ボクを……? 本当に?」
「冗談で言う訳ないだろ、何度だって言うぞ。メルリーウィ、愛してる。俺は、いつかお前を娶りたい」
「えっと……多分……嬉しい、って思う……けど、驚いてるから、返事は今度で、良い?」

 あの時、途切れ途切れに絞り出すように告げられた言葉と、耳まで真っ赤に染まった顔は今でも忘れられない。
 いや、一生忘れられないだろう。
 あの日から今日まで女神の一声で天国に行くか地獄に落ちるかの崖っぷちに立たされている気分だった。
 だが、今日からはバラ色だ。何しろ女神が自分に微笑んでくれたのだから。

 一方でエミリオの心中は意外にも穏やかな物だった。

(彼女に……アルカ・メルリーウィ・ブラックウェルに、私ことエミリオ・ミクエル・ブラックウェルの愛する想いが伝わり、成就し、彼女がいずれは私の妻となりますように……)
 その祈りは女神に届かなかった。
「私の好きな女性のタイプ? アルカちゃんに決まっているじゃない♪」
「……え、ボク? また冗談を――」
「冗談じゃないよ? 私は、メルリーウィの事を愛しく思っているよ?」
 そう告げた時のアルカの表情はよろこびよりも驚きの方が勝っていた。

 ――それが、答えの全てだったのだろうとあの時から分かっていた。
(予想は、してたのよ……だって私はあの子が生まれた時から見つめてきたのよ……?)
 アルカに警戒心を抱かせないよう、兄の様に姉の様に、真綿で包むようにそばにいて、愛おしんできた。
 その作戦自体は間違いではなかったはずだ。
 現に、兄であるカフカを除けば、誰よりもアルカのそばにいて、アルカもまた自分へと笑いかけてくれたという自負はある。
 だが。
 結局アルカにとって自分は『優しい従兄』のポジションから抜け出すことが出来なかった。
 それが、この結末だ。
 ティーカップを手に取り、一口口に含んだ。
 すっかり冷めた紅茶は香りだけが芳醇で、味気ない。
(……まるで私みたいね)
 自嘲気味に唇の端を持ち上げ、琥珀色の水面を見つめた。

「静粛に」
 ユリアの声に落ち着きを無くしていたラティナが我に返り、エミリオは静かにカップをソーサーへと戻した。
 2人がアルカを見れば、アルカはまだ緊張した面持ちを崩してはいなかった。
 ユリアはそんなアルカに気付いて場を諫めたのだ。
「アルカ? まだ言うべき事があるのね?」
 ユリアの言葉に促され、アルカは静かに頷くとエミリオを見た。

「そして……エミリオ・ミクエル、私が次期村長となった暁には【側仕え】として傍に居て欲しい」

 アルカ以外の全員が驚いて息を呑んだ。
「それって……?」
「本気か……?」
 エミリオが意味を取り違えないよう慎重に聞き直し、【対】の予想外の言葉にカフカは真意を問う。
 というのも、村長の補佐が異性の場合は稀に男女の仲になる場合も有るからだ。
「私の【側仕え】が務まるのはエミリオしかいない。……引き受けてくれる?」
「……もちろん。私がアルカちゃんのお願いを断るわけがないでしょう?」
 アルカが【側仕え】の意味を知らない訳では無いことを知っているエミリオは、微笑んでその願いを受け入れた。
 ある意味生殺し状態とも言えるが、失恋という訳でも無いらしい。つまり、希望はあるのだ。
 心中穏やかでないのはラティナだ。
 ラティナもまた【側仕え】の意味は分かっている。
 なぜそれをよりにもよってこの恋敵に……と思ったが、同時にまたアルカらしいとも思えてしまった。
「……仕方がねぇか。アルカだもんな」
 そんなアルカに恋したのは己だとラティナはあきらめ顔で納得した。

「……その人の子供がほしいと思ったら、好きってことよ」
 祖母と友人は全く同じアドバイスをアルカにしていた。
 ――それが実は、同じ情報源(祖母が友人に伝えた)だなんてもちろんアルカは知る由も無いが――
「男の人はさ、大好きな女の人にプロポーズをしたけれども断られた場合ってさ……どうする? その、子供だけでもほしいとか、考えたり、する?」
「しないね」
 アルカの問いに、あの誰よりもまばゆい笑顔で他人を翻弄する副師団長はそうあっさりと言い切った。
 そしてこうも付け加えた。
「恋愛は本能的な欲求、婚礼は社会概念だからね。理性と欲求が一致しない事なんてままあることさ」

 様々なアドバイスを貰い、吟味し、アルカは悩み抜いた。
 自分はラティナの子どもが欲しいだろうか。
 それともエミリオの子どもが欲しいだろうか。
 本能に従ったとき、自分が欲しいと思える相手は誰だろうか。
 悩んで、悩み抜いて出た答えがこれだった。

「以上が、アルカ・メルリーウィの希望です」
 アルカは瑠璃色の瞳をユリアに向けると、その瞳を受け止めたユリアが静かに頷いた。
「えぇ。確かに。このユリア・クレプトが立ち会い、アルカ・メルリーウィの誓約を聞き届けました。一同、異存はないわね?」
 ユリアの問いに、カフカも、ラティナもエミリオも3人がそろって「はい」と声を揃えた。
 ユリアはカフカを見つめ、その視線に気付いたカフカもまたユリアを見つめ返した。
 アルカらしい決断だと、2人は視線で会話をし、微笑み合う。

「そんなわけで、これからよろしくな、カフカ兄さん」
「……あ゛?」
 そこに割り込んで来たラティナの言葉にカフカが思わず眉間を撥ね上げた。
「あぁ、そうね。私も、今後もしかしたら従兄から義兄弟になるわけだから……よろしくお願いするわね」
「あ゛ぁ?」
 続くエミリオの言葉にカフカのこめかみに青筋が立った。
「……アルカがお前達を指名した事に関しては僕が口を挟むことでは無いけど。だが、僕がお前達を認めるかどうかは別問題だからな?」
「出たよ、このシスコン」
「大体」
 ラティナの言葉を遮ると、カフカは両腕を組み、胸を反らせるとラティナを蔑むような目で見た。
「婚約というのは解消出来る。その為の婚約期間だ。万が一にもアルカを泣かせるような真似をしたら……もちろん婚約は解消だし、二度とブラックウェルの敷居を跨がせないからそのつもりで」
「泣かせたりしねぇよ。一生かけて大事にする」
 ラティナは真顔でカフカの睨みを正面から受け止める。その瞳には一点の曇りも見られない。
「そう。じゃぁ、お手並み拝見と行こうか?」
「おう、しっかと見ておけ。世界で一番幸せな女にしてやる」
 カフカとラティナが火花を散らす中、完全に置いてけぼりにされたエミリオとアルカが顔を見合わせた。
「……さて。紅茶がすっかり冷めてしまったわね。入れ直すけれど……あなた達はいるかしら?」
 ユリアの声に、アルカが「いる!」と元気よく答え、エミリオも「お願いします」と返す。
 その間もカフカとラティナは何やらアルカの嗜好について言い合っており、終わる気配が見えない。
「そうだわ。この前凄く可愛いアクセサリーを売っているお店を見つけたの。アルカこの後行ってみない?」
「わ、ホント? 行きたい! この前、気に入ってた髪留めが壊れちゃったんだ」
「もしかしてあのスカイブルーの? 似合っていたのに残念ね……そうだ。今日の記念にプレゼントさせて。アレよりもうんと気に入るヤツを見つけましょ♪」
「じゃぁお揃いにする? ボクばっかり貰ってちゃ申し訳ないし、ボクからもエミリオに贈らせてよ」
 きゃっきゃと仲良し姉妹のような会話が弾むエミリオとアルカ。
 その横では未だアルカについて張り合っているラティナとカフカ。
 先ほどまでの重苦しい沈黙が嘘のように賑やかになった食堂で、そんな4人を見つめてユリアは笑った。
 ――きっと、いい未来が待っている。
 そんな確信めいた事を思いながらユリアは暖かな紅茶をカップへと注いだのだった。



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 ka0790 / アルカ・ブラックウェル / 女 / 17 / 花嫁 】
【 ka0794 / カフカ・ブラックウェル / 男 / 17 / 花嫁の兄 】
【 ka3839 / ラティナ・スランザール / 男 / 19 / 花婿候補1 】
【 ka3840 / エミリオ・ブラックウェル / 男 / 19 / 花婿候補2 】
【 ka6255 / ユリア・クレプト / 女 / 14(……?) / 花嫁の祖母 】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 この度はご依頼いただき、ありがとうございます。葉槻です。

 大変お待たせしてしまって申し訳ありません。
 タイトルには『愛すること』『愛されること』『家族に対するもの』『たった1人に対するもの』
 それら全てを含めて『才能』という言葉に込めました。
 アルカちゃんをはじめとする4人の一つの区切りとなるシーンを書かせて頂き光栄でした。
 口調、内容等気になる点がございましたら遠慮無くリテイクをお申し付け下さい。

 またファナティックブラッドの世界で、もしくはOMCでお逢いできる日を楽しみにしております。
 この度は素敵なご縁を有り難うございました。
■イベントシチュエーションノベル■ -
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ファナティックブラッド
2017年07月28日

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