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『月の雫、夜空が映すもの 』
不破 雫ja1894)&不破 十六夜jb6122


 何度訪れても、大仰な構えの家には慣れない。

 立派な門を見上げ、雫は感じる。
 自分は、ここで生まれ育ったのだと聞いてもピンとこないけれど……それは、記憶を奪われているからで。
(全てを取り戻したなら、懐かしく思うのでしょうか……)
 2つの光球を閉じ込めた小箱を手に、そんなことを思う。
 あと1つ。揃ったなら全ては変わるのだろうか。記憶を取り戻し幼い頃を受け入れ、――そして『喪って以降の、今まで』はどうなるのか。
「話には聞いてたけど、すっごいおうちだね」
「……ですよね」
 やや間の抜けた筧 鷹政の声で、そんな緊張も霧散した。
「行こうよ、お姉ちゃんたち。父さんや母さんも待ってるよ。ボクも話を早く聞きたい」
 先に門をくぐっていた不破 十六夜が、二人を手招きする。

 不破家からフリーランス撃退士への正式依頼。
 ――雫の『記憶の欠片』を持つ最後の者の調査を――

 調査報告は姉妹だけではなく、不破の両親にも伝えたいと鷹政が申し入れたことによる今日の一席だった。



● 
 純和風の広間に通されると、すでに不破の当主とその妻が三人を待っていた。
「筧撃退士事務所の筧 鷹政と申します。この度は、ご依頼いただきありがとうございます」
 一礼してから、鷹政は調査報告書を両親、雫、十六夜の順に手渡していく。
「雫さんの『記憶の欠片』ですが、三柱の天使に依る仕業であることは判明していました。
フリーランス相手の情報屋にも依頼し、関連をもつ対象を探しまして――日本国内に拠点を持つ天使であることを突き止めました」

 それが――『未来視』のスクルド。

「拠点を持つ、ですか」
 鷹政の言い回しに反応したのは雫であった。
「ああ。ゲート持ちだ」
「……ゲート」
 その言葉に、十六夜の顔色が変わる。
 それがどれほどのことなのか、雫が掻い摘んで両親へ説明した。
「恐らくは三姉妹で共用していたのかな。姉二人が自由行動をしていたことから、何がしかがありスクルドが正式なゲート主に収まっているんだろう」
 スクルドは天使として中位と位置づけられ、現在の撃退士たちの能力を考えれば討伐自体は困難ではなさそうだ。
「問題は『未来視』と呼ばれる能力だろうな……。どの程度かはわからないが、少なくとも俺たち三人で向かうには分が悪い」
 学園へ依頼を出し、助っ人を募ることが良策だろう。
 鷹政の申し出は、不破家に認められた。
「というわけで。良いかい、雫さん。一人で乗り込もうなんて考えないように」
「しませんよ、そんなこと」
「十六夜さん。それまでの間は、他の依頼を受けないように」
「ボクがフラグを立てるように言わないでよ!?」
 これまでの積み重ねを指折り数え注意する鷹政と娘たちの姿を見て、両親たちはどことなく安心したようだった。




 数日後。
 久遠ヶ原学園、ミーティングルーム。
 依頼を引き受けた他メンバーと共に、三人は作戦を練っていた。

 未来視という言葉から十六夜が連想したのは、アカシックレコーダーである自身の能力『先読み』。
「会話をする中で『読み取る』とか。予測演算、攻撃の軌道予測とか……そういったものならあるけど」
「交戦履歴のデータもあるけど、ほとんどが彼女へ触れる前に撃退させられてるんだよね。『読み』の範囲が広いという事だろうか」
「こちらの攻撃連携パターンを多く用意し、読み込む情報量を増やすというのはどうでしょう」
 メンバーは合計10人。ジョブも様々で、やりようはいくらでもありそうだ。
「ゲート内での能力ダウンも懸念材料ですね。十六夜、あなたの援護スキルが頼りです」
「うっ、……うん!」
(ゲート戦……かぁ)
 十六夜なりに、戦闘経験は積んできた。それでも、たった10人で乗り込むなんてことは初めてで。
 緊張はある。後方支援しかできない歯がゆさもある。その後方支援が要になるなんて言われたら、それもまたプレッシャーだ。
 ぐるぐる巡る思考の中、複雑な連携案が出されてもなかなか十六夜の頭には入ってこなかった。




 月の明るい夜だった。

 結界を破り、撃退士たちが突撃する。
 街は静かな眠りに包まれて、迎撃のサーバントの群ればかり甲高い咆哮と共に襲い掛かってくる。
「結界規模は狭いです、体力温存優先で行きます!」
 先陣を切る雫が、大剣を幾度も閃かせ少女姿のドールサーバントを切り捨てる。
「陣形キープ、十六夜さんは俺と一緒に援護射撃なー!」
「だ、大丈夫だよ、もちろん!」
 アサルトライフルを手にする鷹政は、十六夜の護衛も兼ねている。
 陶器のように、撃破されると砕けるサーバントたち。それを踏み越え、撃退士たちはゲート入口を目指した。


 街の中心部に浮かぶ時空の歪み。異次元への入り口。
 三姉妹によって作られたというゲート内部の情報は、得られないままだった。
 未知の領域への突入へ、十六夜の緊張は最高潮へまっしぐら。
「十六夜」
 その様子を案じたのか、先行していた雫が手を差し伸べる。
「行きますよ」
「……うん!」
 十六夜が握り返した、その手は冷たかった。
(お姉ちゃんも……緊張してる)
 記憶を取り戻したら、どうなるのか……。決意を固めたと言ったって、不安であることに変わりない。
(ボクが、しっかりしないと)


 ゲート内部を例えるならば、月のない夜。
 漆黒というには仄かに明るい、星々のような煌めきが上空に浮かぶ。ただし、月だけが不在。
 見えるようで見えない周囲。
 護衛サーバントは兵士姿のビスクドール。
 これらもまた、スキルは使わず魔具だけで破壊してゆく。

「……今宵は招かれざる客がいらしたようだの」

 どれだけ突き進んできたか……ようやく、本命が登場したようだ。
 闇の星空を背に、銀髪の天使が浮かぶ。
 陶器の肌に蒼い瞳。
「あなたがスクルドですか」
「左様。……そなたが、姉上たちを滅ぼした撃退士の娘じゃな」
 問う雫へ、未来視の天使は悠然と微笑んだ。
「多勢に無勢とは、いささか美しくないのぅ」




(作戦タイプB、スタート!)
 意思疎通を持つメンバーの一人が動きを見せる。
 複数方向から対象の背面・側面へ回り込みつつ本命は正面からの斬撃。
「見えておるよ」
 天使は純白の翼を打ち付け上昇すると同時に、長弓で雫の肩口を狙う。
「させるか!」
 メンバーの一人が回避射撃で援護、その間に背面へ回ったメンバーが一斉射撃で天使を狙う、も――
「そちらもじゃ」
 地上から、ザッッと護衛サーバントが召喚され、至近距離から撃退士たちを攻撃する。
 予測しようもなかった。
(幾千の策を立てようと、『中心』が判れば全て見えるというもの)
 真っ先に声を掛けたことやそれまでの動きから、スクルドは雫を中心とした作戦行動であることを見抜いていた――それは『未来視』ではない。
「姉上たちが続けて落命したこと、そなたが関わっておるな」
「だったらなんだと言うのですか」
 雫がスクルドの攻撃を避けるも、着地した足元をサーバントの鎌が掬う。
 体勢を崩しかけたところに鷹政の腕が伸び、転倒を防ぐ。
「欲するのは、最後の『光り』か。……やらぬよ、そちの持つ2つを返してもらおう」
「断ります」
 応酬する間にも、仲間たちは倒れてゆく。
 中位天使とはいえ、ゲート内での戦いは無謀だった?
 いや――……

(ボクが頼りないからだ)

 天使を囲む円形の陣の外側で、十六夜は己を責める。
(ボクは、弱い?)
 歴戦の撃退士たちが次々と倒れてゆく劣勢、姉の記憶が賭けられた状況という極度なプレッシャーから、普段以上に思考が極端になっている。
(違う、違う、違う!!)
 姉みずから、剣を教えてくれた。呆れながらも辛抱強く、稽古をつけてくれたじゃないか!
 報いるなら、答えるなら、今なんだ……!!

「ッ、ア、アアアアア!!!!!」

 その手に雷に依る剣を形成し、対話中の天使と雫の間を、十六夜がぶった切った!




 それまで、ずっと後方に居た少女。会話へ加わるでなく、息巻く言葉を向けるでなく、淡々と味方の支援をしていた――支援しかできないように見えた少女。
 その、突如とした転身へ対応しきれなかったのは、スクルドの『未来視』が完璧なものではないことを意味する。
 サンダーブレードの初手で麻痺を受けた体に、次いで小太刀に依る渾身の一撃。月の無い空間から、月の光を集めた白光で斬りつける。
 拙いながらも雫に教えられた型による剣筋は、確実に天使の身体を傷つけた。
「い、十六夜、止めなさ――……」
 ハッと我に返った雫が、妹を止めようと慌てる。そんな至近距離で、反撃されたら!
 しかし。
「! 今です!!」
 倒れていたアストラルヴァンガードが、味方に一斉回復を。それを合図に、形成は完全に逆転した。
 十六夜がガムシャラに振るった三度目のサンダーブレードが麻痺を継続させ、決定的な隙を作ったのだ。

「――あとで説教ですからね、十六夜!!」

 邪神のごときアウルを纏った雫は、大剣を振り下ろすと三日月の軌跡を描くアウルで天使を両断した!




「あれだけ、しっかりと計画を立てたでしょう。仲間たちを裏切る行為ですよ、十六夜」
「ご、ごめんなさい……」
「それくらいにしてあげて、雫さん。十六夜ちゃんの『予想外』のお陰で、たぶんスクルドの裏をかけたんだから……」

 ゲート主である天使を撃破したことで、全ては日常へ戻った。
 空には、煌々と月が輝いている。
 眠りについている街の人々も、朝陽と共に目を覚ますであろう。
 そんな中。
 十六夜は正座をさせられ、雫が滔々と説教をしている。
 仲間たちは苦笑いしながら必死でフォローを試みていた。


 結局、スクルドの『未来視』とは実際に未来を予測するのではなく、相手の言動から引き出す或いは誘導する類であると知れた。
 故に、予想外の行動に出た十六夜の攻撃を回避することはできなかったのだ。
 拙いながらの攻撃は全て命中し、それによって確信を得た仲間たちによる一斉攻撃。
 そして、引導は雫みずからの手で。
「ね。みんなも解かってくれているし、十六夜さんの太刀筋は雫さんそっくりだったよ。教えてあげてたんだね」
「そ、それは、その……」
 苦笑いをかみ殺しながら、鷹政が歩み寄ってくる。
 十六夜のフォローを買って出ていただけに、彼女の突撃を止められなかった気まずさをどうにか誤魔化そうとしている風でもあった。
「がんばったお姉さんに、プレゼント。……受け取ってくれる?」
「…………」
 彼の手には、見慣れた光球があった。
 雫の記憶――最後の1つ。
(お姉ちゃん……)
 受け取ってくれるだろうか。受け入れて、くれるだろうか。
 二人の様子を、十六夜は正座したまま心配そうに見つめる。

「迷いは、ありません」

 問いへ、雫は穏やかな微笑みで応じた。
 その柔らかな雰囲気はどことなく十六夜に似ていると鷹政は感じ、少女の手のひらへ光球を乗せる。
 それまで小箱へ保管していた2つの光球も同時に開放し――……


 月の浮かぶ空に、温かみのある白い光がふわりと広がった。




【月の雫、夜空が映すもの 了】


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja1894 /   雫   / 女 / 11歳 / 姉 】
【jb6122 /不破 十六夜/ 女 / 11歳 / 妹 】
【jz0077 / 筧 鷹政 / 男 / 32歳 / フリーランス 】
【ゲストNPC/ スクルド /未来を司る天使 】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼、ありがとうございました。
記憶を巡る物語『月の雫』。時は満ち、そして――。
お楽しみいただけましたら幸いです。
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佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2017年07月28日

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