▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『魔王イアル・ミラール』
イアル・ミラール7523


 人が、物と化していた。
 それらは、もはや死体ですらない。人体を材料に作り上げた、おぞましいオブジェの群れである。
 全て、男だ。美しい少年、筋骨たくましい青年や壮年男性。愛らしい男児。
 皆、男の肉体のある部分を必要以上に強調する形に加工され、展示されている。
 皆、命と同時に尊厳をも奪われている。
 魔王の城の、最奥部。そこは、尊厳の墓場でもあった。
 硬い足音を響かせ、聖女はその真っ只中を歩み進んで行く。
 心乱されてはならない。己に、そう言い聞かせながら。
 長い、戦いの日々であった。
 魔王の、このような暴虐を目の当たりにする度、聖女は心を乱されてきたものだ。恐怖で、悲しみで、怒りで、憎しみで。
 今は辛うじて、心静かでいられる。このようなもの見慣れてしまった、という事であろうか。
 微かに苦笑しつつ、聖女は足を止めた。
 女の身体が、横たわっている。
 おぞましいオブジェ、ではない。屍でもない。生きている。
 だが意識は失っているようだ。美しい顔には、だらしなく緩んだ笑みが浮かび、まるで気持ちの良い夢を見ているかのようである。
 快楽のあまり、自我を失いかけている。
 そんな女性たちが、他にも数十人……百人近く、大広間のあちこちで、倒れたり呆然と座り込んだりしていた。
「自分の、ねえ……女房や恋人が、母親が、娘が、姉や妹が」
 声がした。
「私に可愛がられて、いい声で泣き叫んでいる……それを目の当たりにしながらねえ、そいつらは死んでいったよ。生きたまま、ご覧の通りの有り様に仕上げてやったのさ」
 忘我の境地に浸っている女たちを侍らせるようにして、魔王イアル・ミラールはそこにいた。
 鏡幻龍の戦巫女が、鏡幻龍の力を失い、代わりに魔王の魂を注入された。
 魔王が、イアルという新たなる肉体を得て力を増し、王国にこのような災厄と絶望をもたらしている。
 魔王を滅ぼすしかない、となればイアル・ミラールの肉体もろとも、という事になってしまうのであろうか。
 躊躇いをごまかすかのように、聖女は問いかけた。
「魔王よ……このような行いに貴女は一体、いかなる意味を見出しておられるのですか?」
「意味など、あるわけなかろう。私は楽しんでいるだけだよ」
 自分の、恋人か、父親か、兄弟か。とにかく大切な誰かを無惨な肉のオブジェに変えられる様を見せつけられながら、自身もまた魔王の玩具となった。
 そんな少女の1人を抱き寄せながら、イアルが笑う。
「自分よりも弱い連中を……嬲り殺す、あるいは生かして可愛がる。どちらも、強い者のみに与えられた特権だ。楽しまなくてどうする?」
「そう……では覚悟を決めていただきます」
 聖女は、躊躇いを捨てた。
 この悪しき存在を、滅ぼさねばならない。この世から消し去らなければならない。イアル・ミラールの肉体を、犠牲にする事になろうともだ。
「貴女自身、己よりも強い者に敗れ……蹂躙され、楽しみの対象となる。その覚悟は当然、出来ているのでしょうね?」
「ほう……」
「心配は御無用。私は、貴女を嬲り殺しはしません。生かして愛でるつもりもありません。すぐ楽にして差し上げます」
「安心するといい、私もお前を殺しはしない……」
 イアルが、ゆらりと歩み寄って来る。足取り優雅に、間合いを詰めて来る。女としては有り得ないものを、隆々と屹立させながら。
「殺して下さい、と泣き叫ぶのさ。お前は……屈辱と絶望、そして快楽の中で」


 自分の前世、という事になるのであろうか。
 オカルト系アイドルとしてブレイクしつつある、あの少女が聞いたら面白がりそうな話ではある。
 とにかく、阿部ヒミコは思った。あの時と同じだ、と。
 自分の前世である聖女も、あの時、魔王イアルによって、このように蹂躙された。
 今のイアルは、魔王ではなく獣である。
 咆哮を響かせながら荒れ狂い、獣欲の塊をヒミコの中で噴火させている。
 どれほど強大な獣でも、魔王でも、勇者でも、たとえ神であろうと、この瞬間は無防備となる。
 だからあの時、聖女は魔王を倒す事が出来た。
 魔王の魂を滅ぼし、イアル・ミラールの肉体を取り戻す事が出来た。
 魔王は消滅したが、その力の残滓と言うべきものがイアルの体内に残ってしまった。
 それが時を経て禍々しい特異点となり、この面倒な事態を引き起こしている。
 一方、聖女の体内にも魔王の力が注ぎ込まれ、それが時を経てヒミコの力の源となった。
 つまりは全て、今ヒミコの体内で荒れ狂っているものが原因なのだ。
 これを消滅させる手段。それは、外から物理的に切除する事ではない。石や氷に変えてへし折ったり、因果地平の彼方へと転送したりといった処置は、全てことごとく最初から無かった事にされてしまう。
 おぞましく猛り狂うこれを、完全に消滅させる手段はただ1つ。
 全ての根源である魔王の力を、ぶつけるしかない。
 前世からずっとヒミコの中にあるそれを、逆に注入するしかないのである。
 そして今ならば、それが可能だ。
 消滅させるべきもの、消滅に必要な力。その両方が、ヒミコの体内にある今ならば。
(ママ……今、助けてあげる……)
 ヒミコの身体の、最も奥深い部分で、爆発が起こった。
 魔王の力を注入されたものが、膨張・破裂したのだ。
 その爆発を、ヒミコは押し潰した。
 何もかもが、ヒミコの体内で押し潰され、消えて失せた。
「…………ママ……」
 息荒く、ヒミコは囁きかけた。
 身体には、何も突き刺さっていない。
 突き刺すものなど最初から生えていない部分を、互いに密着させ合っているだけだ。
 おぞましく禍々しいものが、今度こそ消え失せた。最初から、無かった事になった。
「……ヒミコ……?」
 イアルが、ぼんやりと意識を取り戻し、問いかけてくる。
「私……何を……って、もしかして……私ったら、また……?」
「気にしないで、ママ……」
 ばつが悪そうにしているイアルを、ヒミコは抱き締めた。
「何も無かった……そうよ、最初から何も無かったの……」


ORDERMADECOM EVENT DATA

登場人物一覧
【7523/イアル・ミラール/女/20歳/裸足の王女】
【NPCA020/阿部・ヒミコ/女/16歳/心霊テロリスト】
東京怪談ノベル(シングル) -
小湊拓也 クリエイターズルームへ
東京怪談
2017年07月31日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.