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『小さな日常、大きな幸せ 』
上野定吉jc1230)&真白 マヤカjc1401

 楽しげな賑わい、楽しげな音楽、とある日曜日――

「ここが遊園地か」「ここが遊園地ね」

 上野定吉(jc1230)と真白 マヤカ(jc1401)の声が全く同時に重なった。
 二人の視界いっぱいに映っているのは――そう、遊園地。ありふれた、一つの県に一つはありそうな、どこにでもあるテーマパークだ。
 が、まだ入場ゲートを越えて一歩だというのに、二人が途方もなく呆気に取られているのには理由があった。なんと二人とも、遊園地なるものに訪れたのが今日で生まれて初めてなのである。
 なんとかかんとかバスを乗り継ぎ、なんとかかんとかチケットを買って――ここまでの時点でそれはそれは二人にとって大冒険だった――遂に辿り着いた未知の世界。二人の感情は感動を通り越して、感心へと昇華されていたのである。
「は……っ! 熊さんどうしよう!」
 と、我に返ったマヤカがハッと息を呑む。
「どっ……どうしたのじゃマヤカどの」
「なんだか急にドキドキしてきたわ……! 緊張してきたの……!」
「確かに……! わしも遊園地は人生、いや熊生初ゆえに」
「でも、ワクワクするわ。熊さんといっしょだから!」
 マヤカは綻ぶ花のように微笑んで、言葉の終わりに定吉の腕に自らの腕を絡めた。
(ふァッ……!)
 一瞬硬直する定吉。というのも、というのも、その、あの。
(肘にナニカやわらかいモノがッ……これはッ!! これはッ!!!)
 脳味噌が爆発しそうになる感覚を堪えながら、定吉はあくまでも自然な動作になるように『マヤカどののヤワラカイブブン』に当たっていた肘をスッ……とズラす。しかしスキマが空いた瞬間、マヤカがまた密着してくるのだ。むにゅ。
 断っておくがわざと当てているのではない。マヤカは大好きな定吉と密着したいだけで、当たってしまっているのは結果論なのである。

 スッ むにゅ。 スッ むにゅ。 スッ むにゅ―― そんな攻防戦(?)がエンドレスに続く。

 いかん、これはいかん。遊園地どころではなくなる。非常事態に熊は猛烈に考えた。猛烈に猛烈に考えた。その結果、
「迷子になっては困るから手を繋ぐのじゃ!」
 捻り出した名案。マヤカは目を丸くすると、すぐに満面の笑顔で「うん!」と無邪気に頷くのであった。定吉は内心ホッとした。



「まずはここじゃ」
 と、辿り着いたのは「戦慄、バンパイアの城」――つまりはオバケ屋敷である。
「このお城にはバンパイアさんが住んでいるの?」
 素敵! とおどろおどろしい城を見上げるマヤカ。純粋すぎてオバケ屋敷の趣旨を理解していない。
「うむ、何かあってもわしがマヤカどのを守るのじゃ」
 定吉は力強く頷いてみせ、そして先導するようにマヤカの手を引いてバンパイアの城へと踏み込むのであった。
「真っ暗ね……」
「マヤカどの、足元に気をつけるのじゃ」
「ありがとう。……あっ! 熊さん見て!」
 マヤカが暗闇を指差した。そこには恐ろしい見た目をしたゾンビ(の人形)がいるではないか!
「むむっ! マヤカどの、しっかりつかまっているのじゃ!」
 言うなり、彼女を軽々と姫抱きする定吉。撃退士としての膂力を活かし、「つっきるぞ!」と猛ダッシュ。おかげで、オバケ屋敷から脱出したのは一瞬の出来事だった。
「熊さん、はやーい」
「そうかのう?」
 恐怖のバンパイア城から脱出した二人はというと、この通りデレデレしている。なお二人ともオバケ屋敷の趣旨を全く理解していないというか、そもそも「何が怖いのか」を理解していなかったのであった。



 さて、お次はメリーゴーランドである。
「マヤカどのー! 馬が回っておる!」
 メルヘンな音楽と共にくるくる回るそれに、定吉はハシャいで指をさした。
「熊さんは馬が好きなの? でもそれだと二人で乗れないわ」
 あれに乗りましょう、とマヤカが示したのは馬車だ。定吉もそれに賛成し、二人で並んで馬車に座る。「まもなくメリーゴーランドが出発しま〜す」とスタッフの朗らかな声が聞こえる。
「ふふ」
 そんなワクワク感に浸りつつ、マヤカは隣の定吉の肩にコテンと頭を預けた。ヘアコロンを振った濡羽の髪がサラリとこぼれ、甘い香りが風に乗る。予想外の密着とその香りに、定吉は心臓が止まりそうなほどドキッとしたのは言うまでもない。
 膝の上に置かれたマヤカの手に自分の手を重ねようか――そんな葛藤と、甘い香りと触れ合った体温とドキドキと。視界がぐるぐる回っているのはメリーゴーランドのせいなのか、グルグル考えすぎているからか……。
「ほら、熊さん行きましょ!」
「ほぇあ!?」
 気付けばメリーゴーランドは止まっていたらしい。マヤカに顔を覗き込まれ、素っ頓狂な声が出る熊。
(いかんいかん、シャキッとせねば……)
 気を取り直して顔を上げる。馬車の外では一足先にマヤカが熊を待っている――風になびくのは、水色のリボンで結われたハーフアップの綺麗な髪。淡い桃色の、フリルのついたカットソー。黒のふわふわ膝丈スカート。愛らしい足は踵の低い紺色のパンプスで飾られている。
 日差しを浴びてキラキラ輝くマヤカ。その可愛らしさと美しさに、定吉は改めて目を見張る。
「ほわああ。天使かのう? 妖精さんかのう?」
 その言葉にマヤカがはにかむ――直後である。
「あっ、熊さん!」「カワイー!」「写真いいですかー?」などなど。周囲の人々が熊のきぐるみ姿である定吉を、遊園地のマスコットか何かだと勘違いしたようで。
「……熊さん、人気ね」
 人だかりに見えなくなってしまった姿に、マヤカは唇を尖らせて小さく呟いた。モヤモヤ――先にメリーゴーランドから出ておこう。とっておきだったパンプスに視線を落とし、踵を返す。
(どうしてモヤモヤするのかしら)
 熊さんには私だけ見て欲しいのに。
(それはどうして?)
 だって、熊さんのことが――、
(私、大好きなんだ。こんなにも、熊さんのこと……)
 まっさらな心に芽生えた感情。そのカケラにようやっと、マヤカは気付く。

「マヤカどの!」

 直後である。人混みをかきわけ現れた定吉が、マヤカの手を取った。写真をねだってくる人々を「でえとなのでな」とキッパリ男らしく跳ね除け、熊は小さな手を握り直す。
「すまんすまん、お待たせした。では参ろうか」
「……うんっ!」







 ベンチに並んで座って。
 お昼ごはんは、マヤカ特製のお弁当。
「はい熊さん、あーん」
 マヤカが嬉しそうに、甘い卵焼きを差し出した。
「あーん」
 定吉は当然とばかりに口をパカリと開けて、それを食べる。慣れてはないけれど、信頼しているマヤカが相手だから。
「熊さん、おいしい?」
「ほっぺがおちそうじゃ〜」
「よかったぁ!」
 可愛らしいランチボックスに入ったお弁当は盛り付けもバッチリだ。カラアゲに、マグロと玉ねぎ、アボカドの黒酢ドレッシングサラダ。定吉の大好きな、梅とシャケのオニギリもある。デザートには色とりどりの果物が入ったゼリーだ。
「見てるだけでもおいしいのじゃ〜」
 視覚情報が既においしい。もちろん一口一口もおいしくって幸せだ。嬉しそうで幸せそうな定吉の言葉に、マヤカも幸せそうに微笑んだ。

 さあ、腹ごしらえも済んだなら、まだまだ遊園地デートは続くのだ。

「自分の羽で飛ぶのとは、また違う感じがしたわ!」
「いっぱいぐるぐるしたのじゃ〜」
 わんぱくコースター――つまりは子供用コースターから降りた二人はきゃっきゃと無邪気に笑いあっていた。本当ならジェットコースターに乗る予定だったのだが、定吉の年齢が引っかかってお断りされてしまったのである。が、それでもちゃっかり楽しめたので結果オーライだ。

 楽しい時間が過ぎていく。
 そう、楽しい時間はあっと言う間。
 コーヒーカップに乗ったり、急流すべりやゴーカート……遊んでいれば、気付けば夕暮れ。もうすぐ閉園時間である。

 最後に乗ろうと決めたのは、観覧車だった。

「わしのような者に、このような幸せが訪れるとは思わなかったのじゃ。マヤカどのといると、温かい湯にいるような気持ちになるのう」
 茜色。観覧車がゆっくり回る。空に近付く。定吉は夕焼け空を見て、隣のマヤカに呟いた。
「マヤカどのは、おぬしは……本当にわしで良いのかのう? 熊じゃし、爺じゃし……」
 尻すぼみの言葉。幸せすぎるからこその不安。大事すぎるからこそ、失うことの恐怖。そんな気持ちがない交ぜになった、弱音だった。
 定吉の隣に座したマヤカは、定吉の横顔を見つめた。瞬き一つ分の時間――天魔は熊の手に、自分の手をそっと重ねる。
「熊でもお爺さんでも構わないわ。だって私が好きなのは、それらが全てある熊さんなんだもの」
 射し込む夕日に目を細め、マヤカは優しく定吉の手を撫でる。
「私の方が長生きするわ、きっと。でも私はしあわせよ。熊さんの全てを見て、それを胸に生きるんだもの」
 マヤカは天魔だ。定吉は人間だ。種族の壁、それはつまり寿命の差。それをマヤカは、理解している。悲観せず、前向きに受け容れている。定吉が何か言う前に、彼女は熊の膝に横座りして、その胸に体を預けた。
「……マヤカどの」
 なんて強い子だろう。幼い子だとばかり思っていたが、本当に幼いのは自分の方だったのではないか――定吉はキュッと拳を握りしめては、マヤカの華奢な体を抱きしめた。
「わしは一生をかけておぬしを愛するのじゃ。種族の壁も越えて。わし、マヤカどののためなら誰よりも長生きをするのじゃ」
「……約束ね?」
「男に二言はないのじゃ!」
 返事は微笑み。愛おしいその笑みに熊も笑みを返し、夕日に輝く髪を優しく撫でた。


 観覧車は一番空の近く。
 それからゆっくり、地面に向かって降りてゆく。

 寄り添う二人は無言で、しかし心から繋がりあって――静かに夕日を眺めていた。

 楽しい時間はあっと言う間。
 だからこそ、その時間を心から愛そう。愛していこう――。



『了』




━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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上野定吉(jc1230)/男/85歳/ディバインナイト
真白 マヤカ(jc1401)/女/20歳/陰陽師
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エリュシオン
2017年08月02日

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