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『満たされる瞬間 』
海原・みなも1252

「お腹すきましたー!」
 海原・みなもはぐっと伸びをした。今日も今日とて怪奇な事件を解決に導いた。その直後の光景である。彼女と同行した草間・武彦は、ぐったりとした様子で煙草に手を伸ばす。
「お前な、仕事終わっての第一声がそれかよ」
 都内某所。住宅地のはずれの細い道。目の前には、幾分かすっきりとした様子の廃墟。否。
 単純に見た目のことをいうなら、未だ木々が鬱蒼と茂った気味の悪い庭と寂れた家屋のままだ。しかし訪れた時のようなおどろおどろしい雰囲気は、すっかり消え失せていた。
「遅くなっちまったな。ラーメンでも食って帰るか。腹減ったんなら、お前もどうだ?」
「草間さんのおごりですか?」
「はいはい、そうですとも。遅くまで付き合わせた詫びだ、受け取っとけ」
 大通りに出ようと歩いていると、こじんまりとしたラーメン屋を発見した。入ろうと言い出したのはみなもだ。
「このお店は美味しい気がします。人魚のカンです!」
 確かにラーメンも広義でいえば、水たまりかもしれないが――。武彦はそんなことを思う。
「ほら、早く入りましょ!」
「……ま、いいか」
 店内も暑かった。『クーラー』と呼びたくなるような、年代物のエアコンがやっとこ稼働している。時間のせいか、立地のせいか、他に客はいない。強い豚骨の香りが店中を埋め尽くしていた。
「あー、お腹すいたー!」
「またか」
「だって育ち盛りですから!」
 頑固な職人といった出で立ちの主人が、「らっしゃい」と低い声でいう。みなもは物怖じしない様子で聞いた。
「ご主人、おすすめは何でしょう?」
 とんこつしょうゆ、と無愛想な答えが返って来た。
「じゃ、それひとつ」
「私はチャーシューメンのとんこつしょうゆ味でお願いします。大盛りで!」
 遠慮なく注文するのは、相手が気のおけない武彦だからだ。
「親父、俺は普通盛りで良いから」
「あいよ」
 粉のついた麺を軽くほぐしながら、独特の形状のザルにいれる。たったそれだけの動きが、彼の熟練具合を伝えてきた。味への期待が高まる。
「いくら成長期とはいえ、太ってもしらねぇぞ」
「普通の中学生は今頃、満腹のお腹抱えてテレビタイムですよ。空腹に耐えてお仕事頑張ったんだから、これくらい許されるはずです」
 からかう武彦の言葉をみなもは軽くあしらう。男性の精神年齢は女性のそれより10歳ばかり下という。だとしたら13歳のみなもが、武彦とほとんど対等に喋れても不思議はないのかもしれない。
「普通、ねぇ。お前は普通の中学生じゃないから、今こんなところにいるってことか」
「ま、そうなんですけど。それ草間さんにも言えることですよ?」
「俺は人畜無害な一般市民だっつーのに。なんでこういう事件にばかり巻き込まれるんだ?」
 口をついて出た『事件』という物騒な単語。店主に怪しまれると思ったが、彼はこちらの話には興味がないようだ。麺が湯だったらしく、黙々と湯切りをしている。雑にも見える手つきで行われる盛り付けも、安定感の裏返しだろう。それが好ましかった。
「おまち」
 武彦は「どうも」と短く答え、丼を受け取る。みなもはきらきらと目を輝かせ、大盛りラーメンを受け取っていた。
「わぁ、美味しそう! いただきます!」
 まずは揃ってスープをひとくち。みなもは大きな目をぱちぱちと瞬かせ、「ん!」と感嘆の声を漏らした。思わず隣を見れば、武彦と目があった。
「美味いな」
「ですね」
 互いの真剣な顔がおかしくて、顔を見合わせて笑う。それ以上の会話は止め、熱々の麺に箸を伸ばした。麺が伸びてしまってはもったいない。
「熱っ……」
 思わずこぼした独り言に返事はない。代わりに武彦が麺をすする音がタイミングよく返って来た。心地よい空気だ。
「ん、暑……」
 顔を上げ、額の汗を拭う。ちらりと店主に目をやれば、器具を片づけながら目だけで笑っていた。
「とっても美味しいです。豚骨だけじゃなくて、鶏ガラも入ってるんでしょうか?」
 店主は細い目を見開いて、みなもを見た。
「……わかるかい?」
「あとは……昆布も?」
「いい舌を持ってるね、嬢ちゃん。それは最近、増やしたんだ」
 武彦が言う。
「それも人魚のカンか?」
「そうかもですね」
 みなもはいたずらっぽく笑う。そのあとはまた、優しい沈黙が店内に満ち続けた。
 退店の折、店主は妙なことを言いだした。
「お代はもらえねぇ」
 武彦は怪訝な顔を浮かべ、手に持った千円札をぴらぴら動かしている。
「もし満足してくれたんなら、また来てくれねぇか」
 店主が言ったとき、大きな音がした。みなもも武彦も思わず振り向く。立て付けの悪い引き戸をあけて、三十路すぎくらいの男性が現れた。
「あちゃー、鍵開けたまま出ちゃってたのか。すいません、今日はやってないんです」
 驚くべき事に、彼はこの店の主人を名乗った。
「とはいってもまだまだです。とんこつラーメンひとすじでやってた父の味が再現できなくて、とんこつしょうゆとか新しい味を苦し紛れに試したりして……」
 彼は苦笑しながら、カウンター内に入った。
「あれ、何でだ? スープが減ってる……」
 ほぼ同時にみなもが呟いた。
「草間さん、ご主人がいませんよ! いえ、本物の店主が彼だとしたら、さっき会った『ご主人』は……」
 男性が事情を訪ねて来る。武彦は後ろ頭をがりがりとかくと、観念したようにここまでの経緯を語った。気づけば男性は涙を目に溜めていた。
「そうか……。それはうちの親父です。心配かけてたんだなぁ……」
 彼の父――みなもたちが出会った老人――は今年の春に亡くなったのだという。
「とんこつしょうゆラーメン、とっても美味しかったですよ!」
「だな。素人意見ではあるが……自分のラーメンで勝負してもいいんじゃないのか?」
「……はい」
 彼は真剣な顔で頷く。ともすれば怒っていると勘違いされそうなその表情は、彼の父によく似ていた。
「じゃ、俺たちはこれで」
「父と話してくれて、ありがとうございました。よろしければ、またのご来店を」
「はい、また来ますね!」
 笑顔で手を振るみなも。若き店主は救われたような表情で、手を振り返してくれたのだった。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【海原・みなも(1252)/女性/13歳/女学生】
【草間・武彦(NPCA001)/男性/30歳/草間興信所所長】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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初めまして、高庭ぺん銀です。この度はご発注ありがとうございます。ほのぼの系を基本路線としつつ、ちょっぴり不思議要素を加えて書かせて頂きました。
口調や行動などの違和感、その他不備などございましたら、お手数ですがリテイクをお掛けください。それではまたお会いできる日を楽しみにしています。
東京怪談ノベル(シングル) -
高庭ぺん銀 クリエイターズルームへ
東京怪談
2017年08月02日

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