▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『Dreamin' White 』
夢洲 蜜柑aa0921)&ウェンディ・フローレンスaa4019)&オリガ・スカウロンスカヤaa4368)&スヴァンフヴィートaa4368hero001

●雨のプレゼント

 梅雨どきらしく、朝からどんよりと雲の垂れこめる日だった。
 お昼ごろから降り出した雨はしとしとと、焼けたアスファルトをなだめるように降り注ぐ。
 おかげで、昼過ぎにはかなり蒸し暑くなっていた。
 夢洲 蜜柑とウェンディ・フローレンスは、傘をさして並んで歩いていた。
 ウェンディが通う大学ではいつもなら学生たちが溢れている時間だが、今日はほとんど人影も見当たらない。
 蜜柑は傘を傾け、ウェンディを見上げる。
「ねえおねーさま、今日は大学はお休みなの?」
「いいえ、そんなことはありませんわ。皆さま濡れないように、建物の中にいらっしゃるのではないかしら?」
 ウェンディは小首を傾げる。
 その仕草も、蜜柑にはとても優雅で美しく思えて、つい見とれてしまう。
(あたしも大学生になったら、こんなに大人っぽくなれるのかなあ)
 1年を指折り数えて、そろそろ片手で足りるぐらいの未来。なのに、さっぱり想像もつかない。

 それからしばらく歩いて、深い木立に囲まれた頑丈そうな建物に到着する。
「蜜柑ちゃん、お疲れ様。ここですわ」
 晴れた日に見れば、表面の落ち着いた色のタイルが緑に映えてそれは美しいだろう。
 入口には控えめな看板が据えられていて、そこには『花嫁達の見た夢』と書かれている。
「ここが博物館なの?」
 蜜柑は改めて建物を見上げた。
 もう随分前に社会科見学で行った古い博物館と比べると、随分と近代的なデザインの建物だ。
「とてもそうは見えないわ」
「ふふ、大学の施設ですものね。でも結構本格的ですのよ」
 ウェンディが階段を数段あがったところで、傘をたたんだ。
「今回の展示は、きっと蜜柑ちゃんも気に入ってくれると思いますわ」
 ここは大学の博物館なので、学生であるウェンディは既に見ている。
 古今東西の花嫁衣装や小道具、結婚にまつわる絵画など、何度見ても楽しい企画展だ。
 そこで今回は蜜柑も誘ってみたのである。

 蜜柑もウェンディに続いて建物に入ろうとして、思わずガラスの自動扉をじっと見つめる。
「……やだ。ちゃんとドライヤーも使ったのに」
 湿気を帯びた蜜柑の前髪は、一部がぴょんと跳ねていたのだ。
 蜜柑のささやかな、けれど本人にとってはかなり深刻な不満に、ウェンディが小さく笑った。
「大丈夫ですわ。蜜柑ちゃんはいつでも可愛らしいですもの」
「おねーさまがそう言うなら……ちょっとだけ、自信持ってもいいのかな?」
 頬を赤らめ、それでもまだ蜜柑は前髪をいじっている。
「ええ、もちろんですわ。さあ着きましたわ。……あら、先生!」
 ウェンディの声が少し高くなった。
 蜜柑は慌てて手を引っ込め、頑張って背筋を伸ばす。

 建物の暗がりに、金髪のすらりとした女性の姿が見えた。
 オリガ・スカウロンスカヤはいつもの穏やかな微笑みで、ふたりを出迎える。
「いらっしゃい、ウェンディちゃん。蜜柑ちゃんも雨の中を大変でしたね。でも日本では、6月にきちんと雨が降らないと困りますからね」
 オリガの傍らには、スヴァンフヴィートが控えている。
 普通であれば、美しい容姿に貴婦人らしい凛とした佇まいのスヴァンフヴィートがお嬢様で、知的で穏やかな雰囲気を湛えたオリガが従者に見えることだろう。
 だがスヴァンフヴィートはオリガに深い敬愛の念を抱き、常にオリガにつき従っている。そのため、オリガに危害を加える者がないよう目を光らせている……ようにすら見えるのだ。
 不意に、スヴァンフヴィートがタオルを差し出してきた。
「これで身体をお拭きなさい。 風邪を引きますわ」
 ウェンディと蜜柑は、その申し出を有難く受けることにした。
 すこしきつく聞こえる物言いだが、スヴァンフヴィートは彼女なりにふたりを気遣ってくれているのだ。
「スヴァン、申し訳ないけれど入口を閉めてきてくれますか」
「はい、先生」
 スヴァンフヴィートはオリガの言葉に小さく頷くと、音もなく身を翻した。
 不思議そうな表情の蜜柑に、オリガが優しく説明する。
「いつもは後1時間ほど開けているのですが、この雨ではもう誰も来ないでしょう。雨がくれたプレゼントですよ」
 どこか悪戯っぽい微笑みだ。
「今日は貸し切りです。ゆっくり見学して行ってくださいね」
 オリガが先に立って歩き出した。


●願いのかたち

 玄関ホールから続く廊下は、とても静かだった。
 空調も良く効いており、タオルを借りなければ身体が冷えきっていたかもしれない。
 そんな蜜柑の心を読んだように、スヴァンフヴィートが言った。
「収蔵品を守るために、博物館は温度も湿度も低く抑えてあるのですわ」
「温度が高いと困るの?」
 蜜柑の素直な問いに、スヴァンフヴィートは特に気分を害する様子もなく言葉を続ける。
「害虫が発生しやすくなりますし、古い紙や布の劣化が早まりますから」
「へええ! スヴァンお姉さまもいろんなことをよく知っているのね」
 目を輝かせる蜜柑の、素直な言葉には何の陰りもない。
 素敵な人を素敵だと憧れ、知識を持つ人を物知りだと憧れる、やわらかな心。
 だから蜜柑に対し、スヴァンフヴィートも悪い印象は持っていないのだ。
「先生のお傍にいる者として、当然のことですわ」
 これもまた、心からの言葉である。

 すぐに『展示室』と書かれた看板が目に入る。
 一歩足を踏み入れた蜜柑は、目を大きく見開いた。
「わあっ、すごい……!」
 入場者を出迎えたのは、壁際にずらりと並んだ古今東西の花嫁衣裳だった。
「すごい、真っ赤! お顔が見えないわ」
「昔の中国の婚礼衣装ですよ」
 オリガは衣装の意味や装飾品について、蜜柑に分かりやすい言葉で説明する。
「きれいね。……ねえお姉様、これは日本の着物? 白じゃないの?」
 以前は緊張していた蜜柑も、オリガの持つ穏やかな雰囲気や美味しいお茶ですっかり心を許し、屈託なく話しかける。
「ええ、元々は結婚後にも使える晴れ着にと、黒の振袖が多かったようですね。ほら、この袖を切れば留袖になるんですよ」
「切っちゃうなんてもったいないわ! こんなにきれいなのに」
 まるで自分の袖を切られるかのように、蜜柑は悲しげな声を出す。
 だが他にもいろいろな衣装が並んでいて、興味は尽きない。
 南の国、北の国。西の国、東の国。それぞれの国に文化があり、婚礼衣装に施された意匠も違う。
 けれど同じように、結婚後の幸せを祈る心が込められている。
「……幸せの形は時代ごとに変わっていくかもしれませんがね」
 オリガの言葉を、蜜柑はちょっと不思議そうに聞いていた。

 ガラスケースには婚礼衣装と一緒に身につける、小物も並べられていた。
「こちらは今は日本でも良く言われるもののようですわね」
 ウェンディが覗き込むのは、いわゆるサムシング・フォーと呼ばれる品々が並んだケースだ。
 レースのハンカチや手袋、アンティークの宝飾品に、リボンのついたガーターベルトなど。
「Old,New,Borrowed,Blue」
 スヴァンフヴィートが歌うように読み上げた。
「日本人は外国の物でも、自分たちの文化に何でも取り入れると聞き及んでいますわ」
「初めは少し驚きましたけれど、それも今では面白いと思いますの」
 それもきっと、いろんな国の幸せを全部花嫁に贈ろうという、ちょっぴり欲張りで、切実な願いのかたちなのだろう。
 ウェンディが楽しげに見つめる先には蜜柑がいる。
 自分を慕う、小さな可愛いお友達。自分だってこの子の幸せを願わずにはいられない。
 視線に気づいたのか、蜜柑がウェンディに近づき、腕を絡ませる。
「ねえ、おねーさま。ドレスって白ばっかりじゃないのね」
「日本の婚礼衣装と同じで、結婚後も着ることができる晴れ着を用意するという意味もあったようですわ」
「それもありますけれど」
 スヴァンフヴィートが更に続ける。いつも学者のオリガの傍にいる上に、学習能力も高いタイプだったらしく、今では本職の学芸員並の知識をそなえているらしい。
「昔の技術では真っ白な布を作ることは難しく、真っ白な衣装を身につけることは花嫁の実家の持つ富と権力の象徴でもあったのですわ」
 オリガが頷く。
「そうですね。結婚は家同士の決めごとという意味合いが強かったのですよ。……次の部屋へどうぞ」

 続く部屋には絵画や広げた本が並んでいた。
「これはウィリですわね」
 ウェンディが壁にかかった絵を見上げる。
 暗い背景の中、息をのむほど美しい、けれどとても悲しそうな、ドレス姿の若い女性がたたずむ。
「おねーさま、ウィリってなあに?」
 蜜柑も声を潜めて尋ねるほどだ。ウェンディは蜜柑が不安にならないように、自分の腕につかまる手にそっと手を添える。
「結婚を目前にして亡くなった娘が妖精になってしまったもの、といわれていますわ」
「バレエの演目でも有名ですね。身分違いの相手との恋が実らず、さまよう亡霊になってしまった娘のお話。憧れが強い程、手に入らなかったときの苦しみも強いのでしょう」
 オリガの説明は淡々としたものだった。学究の徒であるオリガは結婚に過度な憧れを抱いているわけではないし、特に否定的な訳でもない。
 自分の人生を誰かにゆだねることのない強さを持ったオリガは、誰かに縋り悲嘆にくれて命を落とすことはないだろう。
 だがそこでオリガがふっと微笑む。蜜柑の目に怯えの色を見たのだ。
 少女には少し酷な話をしすぎたかもしれない――オリガはわざと明るい調子で付け加えた。
「昔のお話ですよ。さあ現代に戻りましょう」
 次の部屋に向かいながら、蜜柑は密かにウィリの絵を振り返った。


●夢見る白

 絵画の部屋の薄暗く肌寒い雰囲気は、次の部屋に入ると一気に晴れた。
 そこには現代のドレスの見本がならんでいたのだ。
「蜜柑ちゃんには清楚なプリンセスラインが似合いそうですね」
 オリガが促す先には、蜜柑が憧れるウェディングドレスがあった。
「そう、ですか?」
 蜜柑がはにかみながらやっと笑う。ウェンディはほっとした。
「ふふ、あのときもとても良く似合っていましたもの。きっと今ならもっと似合いますわ」
 ウェンディの手ほどきで、少しずつメイクにも慣れ、ドレスを着たときの美しい立ち方も覚えつつある。
「だとしたら、うれしいな。でもスヴァンお姉さまも、華やかで素敵なんじゃないかしら」
 プリンセスラインは愛らしくも、凛とした気品も演出できる。
 スヴァンフヴィートはすっと胸を張り、蜜柑に向かって微笑みかけた。
 少女らしい曇りのない目は、なかなかに真実をついてくるものだ、と密かに評価しつつ。
「確かに綺麗ですわね。裾が広がったフィットアンドフレアタイプも上品で好みますの」
「ああ、きっと良く似合いますわ! 流れる裾がエレガントですし」
 ウェンディが目を輝かせる。自分も好みだが、すっくと立つスヴァンフヴィートが身につけたらきっと素晴らしく映えるだろう。
 スヴァンフヴィートはウェンディに向き直り、楽しそうに頷く。
「そうですわね、ウェンディもきっと似合いますわ。でもあなたは何でも着こなせそうですわね」
「あら。嬉しいですわ」

 美しいドレスを前に、会話も弾む。スヴァンフヴィートは蜜柑のドレス姿を思う。
「プリンセスラインで裾は思い切ってミニ丈で、可愛らしいイメージですわね。ああでも、プリンセスラインはお姉様のような大人の女性にも似合うデザインではないかしら」
「私?」
 オリガがくすくす笑う。
「お姫様はスヴァンのほうがそのもの。とても似合うでしょうね。私は純白よりも、オフホワイトやアイボリーのほうが好みですし」
 プリンセスラインのきりりとした雰囲気には、純白が相応しい。
 オリガは僅かに首を傾げ、エンパイアラインのドレスを示す。
「このようなデザインなら色も合うと思います」
 ウェンディがうっとりとした表情を浮かべる。
「素敵ですわ。先生には優雅でエレガントなスタイルがきっと良くお似合いだと思いますの。ああ、でも、マーメイドラインもきっと素敵」
「あらあら。予定もないのに、ドレスだけが決まってしまいそう」
 オリガはおっとりと笑う。
「ドレスを考えるのはとても楽しいのですもの。自分が着るものもですけれど、誰かのものを考えるのも。特にウェディングドレスは一生に一度と考えるものですし」
 蜜柑は、一生に一度という言葉にまたふと考え込む。
 だからこそ、どれを身につけようかとあれこれ迷う。
 だからこそ、叶わなければ、ウィリのように――。

「蜜柑ちゃんは?」
「えっ?」
 突然オリガに声をかけられ、蜜柑は我にかえった。
「どなたかのためにドレスを身につけたい、と思っているのですか?」
「あ、あのっ……! そんな予定は、ぜんぜんないですっ!!」
 その言葉が本当でないことは、真っ赤になった顔を見れば明らかだった。
 ウェンディは優しく蜜柑の肩を抱いた。
「あんまり苛めてはかわいそうですわ、先生」
「あらごめんなさいね。こんな可愛らしい女の子に好かれる幸せな方がいらっしゃるのかと、興味深く思ったのですよ」
 オリガは本当にそう思ったようだった。
 そこでふと、スヴァンフヴィートを見やる。
「そういえばそろそろ閉館でしょうか?」
「そうですわね。警備の都合もあるでしょうし、そろそろ」
 意を通じ合う能力者と英雄と。強い絆がそこにはあった。
 蜜柑はオリガとスヴァンフヴィートを見つめ、ウィリの絵を思い出す。
 運命はふたりを確かに結びつけた。けれど互いの想いは同じもの――?

 あどけない少女の横顔に漂う憂いを、ウェンディは黙ったままで見守っていた。
(初恋は実らないものといいますけれど……実ってほしいと願うことはできますわね)
 ウェンディは純白のドレスを見上げ、小さなお友達の夢が叶う事を祈るのだった。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【aa0921 / 夢洲 蜜柑 / 女性 / 14歳 / 人間・回避適性】
【aa4019 / ウェンディ・フローレンス / 女性 / 20歳 / ワイルドブラッド・生命適性】
【aa4368 / オリガ・スカウロンスカヤ / 女性 / 32歳 / ワイルドブラッド・攻撃適性】
【aa4368hero001 / スヴァンフヴィート / 女性 / 22歳 / カオティックブレイド】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
お届けまで大変お待たせいたしました。
今年もまた白いドレスにまつわるエピソードをお任せいただき、ありがとうございます。
もっとほんわかした内容のほうがいいのか迷ったのですが、知的な方にあわせてこのような見守る形になりました。
お気に召しましたら幸いです。
ご依頼、誠に有難うございました。
イベントノベル(パーティ) -
樹シロカ クリエイターズルームへ
リンクブレイブ
2017年08月02日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.