▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『二連華 』
鞍馬 真ka5819)&骸香ka6223

 ずらりとならぶ夜店の、橙色の電燈が、この夜の気配を特別なものにしていた。いつもと地面の色が違う。空の香りも違うように感じる。隣に立つ、大事な人の横顔も、いつもよりずっと特別なものに見える。それについてはたぶん、電燈の所為だけではないだろうけれど。
「あっ、真さん、わたあめ売ってる!」
 白くふわふわした雲のようなわたあめを売る屋台をみつけ、浴衣姿の骸香がはしゃぐ。菖蒲の柄の浴衣に、揃いの菖蒲の髪飾り。艶やかな夏の装いが、実によく似合っている。真──鞍馬真は骸香に頷き返しつつ、彼女の輝きに目を細めた。
「でも、林檎飴もある……、どっちも捨てがたいなあ」
「両方とも買ったら?」
 骸香が真剣な表情で悩むのに笑って真が提案すると、骸香の顔がパッと明るくなった。
「うん! じゃあ、真さん、半分ずつ一緒に食べてくれる?」
「いいよ」
 やった、と無邪気に喜んでいた骸香は、急に何かに気が付いたようにハッとして屋台を指差していた手を慌てておろし、帯の前で手を揃えた。
「どうした?」
「えっと……。折角の浴衣デートだから、ちょっとは落ち着いてた方がいいかと思って」
「ああ、そういうことか。いいよ、いつも通りで」
 真はゆったりと微笑むと、わたあめと林檎飴をひとつずつ買って、骸香に林檎飴を渡した。
「半分食べたら交換しよう」
「うん!」
 骸香は少女のように笑って、赤い林檎飴を受け取った。端を齧りながら、そっと真を窺い見る。紫陽花柄の浴衣を着て、髪をアップにしている。中性的な整った顔立ち、涼しげな目元。浴衣似合うなあ、なんて骸香が思っていると、真がふわりと骸香と目を合わせて微笑んだ。
「浴衣、良く似合うね」
「ありがとう……。そのセリフ、今うちが言おうと思ってたのに」
 恋人に褒められたことを素直に喜びつつも頬を膨らませて見せる骸香に、真は声をたてて笑った。その笑い声がいつもより子供っぽくて、骸香は安心に似た思いで息をついた。真は依頼に際して怪我をしてくることが多い。ハンターという職業柄、仕方のないこととは思っても心配は絶えないのだ。少なくとも今日は、怪我の心配はせずふたりで楽しむことができる。
「はい、半分」
 真がわたあめを差し出したので、骸香も林檎飴を差し出して交換する。
「次は何を食べる?」
 骸香がきょろきょろと夜店を眺めて目を輝かせるのを、真もまた安心に似た思いで眺めていた。彼女を誰よりも幸せにしたい。真は心から、そう思っている。彼女が歩んできた辛い過去を消すことはできないけれど、それを補ってもなお余りあるくらいの幸せを。だから、こうして自分の隣で楽しそうにしていることが何よりも、真は嬉しかった。
「真さん、焼きそば!」
「骸香、足元気を付けて」
 焼きそばの屋台を前のめりに指差した骸香の下駄の爪先が、石畳の溝に引っかかる。軽くバランスを崩した骸香の腕を真が素早く支えて引き寄せた。ふたりの体温がぐっと近づいて、わたあめと林檎飴の甘い香りが混ざり合う。一瞬、祭りの喧騒が遠のいたような錯覚があった。
「あ……」
「すまない」
「えっと、ありがとう……」
 照れたらしく頬を紅潮させて視線を逸らす真につられて、骸香も少し赤くなる。ふたりともなんとなく言葉を継げなくなって、手元に残っていたわたあめと林檎飴を食べきることに専念した。
 と。骸香は、背中を丸くしてかがみこむ小さな姿を見つけた。薄い肩がふるふると小刻みに揺れている。
「ねえ、真さん。子供が泣いてる」
「え?」
 四歳くらいだろうか、必死に声を殺しているが、両目からはほたほたと涙が流れ落ちている。真はすぐさま少年に歩み寄り、姿勢を低くして声をかけた。骸香もそれを追う。
「君、どうしたんだ? どこか痛むのか?」
 深くうつむく顔を覗き込むようにして真が尋ねると、少年は少しだけ目を上げて首を横に振った。
「じゃ、迷子かな。誰と一緒に来たの?」
 今度は骸香が尋ねる。真がさりげなく震える背中に手を置くと、その温かさに安心したのか、少年は少し泣き止んだように見えた。
「お母さんと、お父さん……」
「そっか。ふたりとも、どこに行ったかわかんなくなっちゃったんだね」
「一緒に探そう。すぐ見つかるさ」
 ふたりで少年を促して立たせると、少年は真の手をしっかりと握り、半ばしがみつくような格好で歩き出した。
「この子のお母さん、お父さんはいませんかー?」
 骸香が声をかけながら周囲を見回す。ゆっくりゆっくり、歩を進めていくと、ほどなくして、少年が立ち止まった。そこは面を売る屋台の前で、少年はそこに吊るされている、龍の顔の面に釘付けになっていたのだった。量産ものではない、手作りらしい面は大人の目からしても立派なものだった。
「おやぁ? その男の子、お嬢さんたちの子だったのかい?」
 屋台のオヤジが骸香と真に声をかけてきた。
「いや、この子は迷子だ。今、親を探しているところでね」
 真がそう答えると、オヤジはやっぱり、というように頷いた。
「そうだよなあ。さっきこの子、違う夫婦の後ろをついて歩いていたんだよ。で、ここでしばらく立ち止まってから、また慌てて走って行ったんだが」
「えっ、その夫婦、どっちへ行ったかわかる?」
「むこうだよ」
 骸香はオヤジが指さした方へ、少年を連れて歩き出した。と、真の姿がない。
「あれ? 真さん?」
 まさか自分たちも迷子になってしまったのか、と思いかけたが。
「おーい」
 真はすぐ追いついてきた。その手には、龍の顔の面がある。
「これが欲しかったんだろう」
 少年は顔をぱあっと輝かせて面を受け取った。小さな手で頭にくくりつけると、先ほどの涙はどこへやら、満面の笑みを真と骸香に振りまいた。
「ありがとう!」
「どういたしまして。よし、お母さんとお父さんを探そう」
 真が面をつけた少年を抱き上げると、途端に目線が高くなった少年はまるで本当に龍になった心地がしたらしく、明るい声ではしゃいだ。
「高い所から見るとよくわかるだろう? お母さんとお父さんはいるか?」
「えーっと……」
 少年が目をこらし、ぐるっと見渡すと。
「あっ、いた! あそこ、あそこだよ!」
 少年は、おろおろと歩き回る男女を指差した。両親の方でも必死に少年のことを探していたのだろう。
 大げさに何度も礼を言う両親に少年を引き渡して、ふたりはホッと息をついた。
「よかったねぇ」
 骸香がふう、と息を吐きつつ言うと、真も頷いた。彼の目は、まだ三人の背中を追っていた。
「私もあんなふうに、誰かに連れられて祭りへきたことがあったんだろうか」
 ぽつりと小さく呟かれた言葉を、骸香は聞き逃さなかった。真には、そのころの記憶がない。いつもは何も言わないけれど、実は気にしていることを骸香は知っている。そして、家族というものにあこがれがあることも。何を忘れていようと、これからの真を骸香はずっと覚えている。そのことを、何とか伝えたくて。
「真さん」
 骸香は、真の手を取って、さりげなく繋ぐ。紫陽花の浴衣の袖に覆われた腕を引いて、屋台を指差した。
「焼きそば、食べよ」
 菖蒲の髪飾りを揺らし、笑顔で真を見上げる骸香は、今夜とても特別に見えた。夜店の電燈の所為かな、などと照れ隠しに考えつつ、真は微笑み返す。頬が熱いのを自覚して。
「そうだな、食べよう」
 昔の祭りを思い出せなくても、真には今夜の祭りがある。特別な、恋人との、ふたりの祭りが。真は、骸香の手をしっかりと握り返した。迷子に、ならないように。
 紫陽花と菖蒲が連なって、祭りの夜にそっと花開いた。



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛

【ka5819/鞍馬 真/男性/22/闇狩人(エンフォーサー)】
【ka6223/骸香/女性/21/疾影士(ストライダー)】




ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
ごきげんいかがでございましょうか。
紺堂カヤでございます。この度はご用命を賜り、誠にありがとうございました。
おふたりの夏の思い出づくりにかかわらせていただけましたこと、とても嬉しく思います。
どうぞこのあとも、お祭り浴衣デートをお楽しみくださいませ。
イベントノベル(パーティ) -
紺堂カヤ クリエイターズルームへ
ファナティックブラッド
2017年08月03日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.