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『日常に息づく獣欲』
イアル・ミラール7523


 自慢する事ではないが、料理は出来る。和洋中ひと通りはこなせる。
 何しろ居候の身であるから、出来る事はしなければならない。
 響カスミは、どちらかと言うと洋食が好きだ。
 この影沼ヒミコという少女は、どうやら和食の方を喜んでくれる。
 白米に味噌汁に焼き魚、という普通極まる朝食を、ヒミコはがつがつと平らげてゆく。
「ほら、もっとゆっくり食べなさい。出来れば、もう少し味わって欲しいな」
「……じゃあ言うよママ、お魚ちょっと塩味きつい。ごはんガツガツいかないと逃げ場がないよぉ」
「ち、ちょっと塩加減、間違えちゃったのよ。その分、お味噌汁が塩分控え目になっているから」
「ママのお料理、お味噌汁は絶品なのよねー。他は……勉強中、って感じ?」
「貴女もちゃんと勉強しなさいヒミコ。こないだのテスト」
「はい、ごちそう様でした」
 いささか塩気の強い焼き魚とごはんを、ヒミコは味噌汁で一気に流し込んだ。
 そして一方的に会話を切り上げ、手を合わせ、洗面所へ行ってしまう。
 イアルは苦笑しつつ、洗い物に取り掛かった。
 この肉体は、20歳で時が止まっている。そのまま、娘や息子どころか子孫がいてもおかしくはないほどの年月を過ごしてきたのは確かだ。
 とは言え、これだけは断言する事が出来る。
 大抵の事は経験してきた、させられてきた肉体であるが、出産だけはした事がない。
 影沼ヒミコは断じて、自分の娘ではない。
 イアルは頭ではそれを理解しているが、そんな事はどうでも良かった。
 ヒミコは、自分をママと呼んでくれる。イアル自身、そう呼ばれる事に安らぎを感じている。
 ならば母娘で一向に構わない。血の繋がりの有る無しなど、一体どれほどのものであると言うのか。
 イアル・ミラールが王女であった国は、とうの昔に滅び去った。王家の血を引く者が仮にいたとしても、この時代ではもはや赤の他人である。
 いかなる経緯でヒミコが自分の娘となったのか、イアルは知らない。全く覚えていない。
 知りたくもない、と言えば嘘になるが、どこで何があったのだとしても関係ない。
 自分たちは、母娘なのだから。
「行ってきまーす!」
 歯磨きと身支度を済ませたヒミコが、元気良く家を出て学校へと向かった。
 家、と言うかマンションの一室だ。
 ここの主で、イアルを居候させてくれている女教師が、今はリビングの片隅で固まっている。
 一見すると、単なる等身大の石像である。ヒミコは、インテリアの1つだと思っているようだ。
 時間をかける必要がある、かも知れない。
 ヒミコの世話をしてくれた1人の女性が、そんな事を言っていたものだ。
 とある心霊学研究所の所長で、いかなる伝手と人脈を持っているのか、影沼ヒミコの神聖都学園への編入その他諸々の手続きを、あっという間に済ませてくれた。戸籍のないイアルでは、出来なかった事である。
 私の方でも彼女を元に戻す手段を探してみる事にするわ、とその女所長は言っていた。だからイアル・ミラール、焦っては駄目よ、とも。
「それは無理……」
 呻きつつイアルは石像に手を触れた。
「だって、私はこうして元に戻ったのに……」
 この女教師が、元に戻らない。
 たぎる獣欲を孕んだまま石化している、その期間が長過ぎたのか。
 石像の頬をそっと撫でながら、イアルは名を呼んだ。
「カスミ……」
 その瞬間。石像は、生身の獣に変わっていた。
「ぐるっ……がぅるるるる、ぐぁあああああうぅッ!」
 清楚な音楽教師の面影を欠片ほども残さぬ牝獣が、猛然とイアルを押し倒す。
 牝としては有り得ないものが隆々と膨らみ固まりながら、太股の辺りに激しく嫌らしく擦り付けられる。
 イアルは、受け入れるしかなかった。


 何よこれ、ママが買って来たの? 趣味悪いわねえ。
 リビングに置かれた石の女人像を一目見るなり、ヒミコはそんな事を言っていたものだ。
 彼女にとって響カスミは今のところ、その程度の存在でしかない。
「カスミ……いつか貴女を、ヒミコに紹介したいわ」
 眠っているカスミの頭を、イアルはそっと撫でた。
 撫でられたカスミが、寝息を立てながら寝言を漏らす。
「くぅん……くふぅん、ごろごろ……」
 今の彼女は、無害な仔犬であり仔猫である。人間ではない。
 荒れ狂う獣欲をイアルの体内に大量放出した、にもかかわらず牝獣のままなのだ。
 今は、イアルの腕の中で眠っている。目を覚ませば、再び獣となる。
 ヒミコが帰って来る前に、また石像に戻しておかなければならない。
 そうしなければヒミコまでもが、この獣欲の餌食となってしまいかねないのだ。
 イアルは思う。元に戻さなければならない相手は、カスミ1人ではない。
 カスミを元に戻すために、もしかしたら彼女たちの助力が必要となる、かも知れなかった。




ORDERMADECOM EVENT DATA

登場人物一覧
【7523/イアル・ミラール/女/20歳/裸足の王女】
【NPCA021/影沼・ヒミコ/女/17歳/神聖都学園生徒】
【NPCA026/響・カスミ/女/27歳/神聖都学園の音楽教師】
東京怪談ノベル(シングル) -
小湊拓也 クリエイターズルームへ
東京怪談
2017年08月07日

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