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『恋情の糸 』
イアル・ミラール7523
 小王女――イアル・ミラールの精を器とし、鏡幻龍の魔力を心臓を埋め込んで造り出したホムンクルス。
 全長30センチほどの体に薄い二対の羽を持つその姿は、まさにおとぎ話で語られるフェアリーそのもので、好事家に値付けさせれば、最低でも新型の戦闘機と同等の金額を積み上げてくることだろう。
 が。それを生み出した錬金術師どもが欲したのはあくまでも「エリクサー精製への過程で使い潰せるもうひとりのイアル・ミラール」であるがゆえ、いくら詰まれたとて譲りはすまい。
 そしてそれは、悪臭放つ石像と化した小王女を抱えて駆けるIO2のエージェント、茂枝・萌も同じこと。……ただし、錬金術師どもとはかなり異なる理由によって、だが。


 錬金術師の巣窟より石像を奪取、撤退した萌は、複数の機械的ジャミングと霊的ジャミング(霊的存在や魔法へのカウンターアタックを成す、科学で再現した“呪術”)を張り、IO2の工作員をデコイ(囮)として動員した人的ジャミングをも駆使して攪乱。さらには服をプロテクターからよく見かけるようなブレザーの制服に着替え、複数の追手対策用ルートを経て、アジトのひとつへ駆け込んだ。
 そこは他愛のない家族用の賃貸アパートで、近隣の住民に怪しまれないよう家族役の工作員が生活を演じている。子役は萌と外見を似せているので、萌が出入りしても怪しまれる恐れはない。
 ただし。今日だけは別だ。
 この恐ろしく臭う石像は、すれ違う者の鼻と目とを引き寄せずにいられまい。
 耐衝撃布で幾重にもくるんだ石像を、両手と薄い胸とで挟み込み、小走りにマンションの階段を駆け上がる萌。臭気を残せば怪しまれるから、エレベーターは使えない。
 実は密閉機能を備えたリュックサックが用意されていた。それに放り込めば、もっと堂々と“帰宅”できたのだが……どうしても自分の手から離す気になれず、こうしていらぬ気を遣っている。
 ――やっと逢えたから。
 胸の奥にぐうと迫り上がる熱。萌は何度も鍵穴に鍵を挿し損ね、ようやくドアの鍵を開けることに成功したのだ。

 浴室で石像を洗う。
 蔦は湯に濡れて紙へと戻り、容易に剥がせたが、問題は像自体が放つ臭気である。外からつけられてものでない以上、洗い流したくらいでどうなるはずもない。
 さらには小王女も意識自体はあるらしく、自身の臭いに苦しんでいるのか小刻みに震えていた。
「もう少し我慢して」
 言いながら、紙くずを丹念に取り去ってボディソープを泡立てる萌。
 すぐに本部へ像を届け、分析と解呪を託すべきだ。わかっている。わかっているが、どうしてもその気になれない。できうることなら、ずっとこの手の内に。


 萌が小王女ならぬ王女イアルを初めて見たのは、海外の商船が数多く碇泊する深夜の港だった。
 イアル、そして錬金術師の仇敵である魔女結社の密輸品調査を命じられた萌は、数人の情報屋の犠牲を代償としてこの港へたどり着き、そして出逢ったのだ。
 古めかしい帆船を模した船の船首に据えつけられた、王女の石像と。
 いったいどれほどの時間、潮と風雨、海鳥の汚物に汚され続けてきたものか。白と黒とがまだらにこびりついたその像は、泣いているように見えた。
 しかし、それよりも。20メートルは離れているはずなのに、彼女の鼻孔を突き上げるタールの激臭! 顔をしかめて目を背けようとした萌だったが、その動きは途中で勢いを失い、ついには止まり、気がつけば悪臭に涙を流しながら、像へ釘づけられていた。
 臭いの向こうから漂い来る、匂い。
 気がついてしまえばけして無視することなどできはしない、限りなく甘い香。
 まさに花へ惹かれる虫のように、萌は踏み出しかけて――船上に生じた人の気配で我に返り、疾く闇の内へとその身を潜めた。
 気配を殺し、息を絞り、己という存在を消しながら、それでもかき消すことのできない熱に浮かされて、萌はとまどう。
 私、どうしてこんな……?
 わからない。そしてわかることはただひとつ。萌はきっと、あの船首像の姿を忘れることはできないだろうということだけ。
 調査を終えた彼女は、他のエージェントと共に船首像を不当所有する魔女結社の掃滅にかかったが、結果的には末端組織のひとつを壊滅させたに留まった。魔女結社は予想以上にしたたかで、世界の裏側に広く根を張る組織だったからだ。
 そして、いつの間にか船首像も消えていて、萌はその行方を追うと同時にデータの収集へ取りかかった。
 像の名は『素足の王女』。モチーフとなったのは、中世ヨーロッパの片隅で滅びた小国の王女であり、これまで数多の権力者や好事家の手を巡ってきた美術品だというが。
 ただの像であるはずがないことを、萌は確信していた。
 実際、魔女結社より押収した資料と歴史とを突き合わせてみれば、王女が生きながらにして石像と化した事実がいくつも見受けられるからだ。
 もちろん、IO2はこれをおとぎ話だと断定し、早々に探索を打ち切ったのだが……萌だけはあきらめなかった。
 しかし。そこから王女の行方を追うことは彼女の能力をもってしても為し得ず、萌は心の底に疼きを抱え、このときまで過ごしてきた。


 だからこそ。
 錬金術師の巣窟に潜入し、監視対象を目にしたとき、心が弾けそうになった。
 あの王女が、目の前にいる。しかも石像ならぬ生身で――その下腹部に“男”までもを備えて。
 昂ぶりに突き動かされそうになる体を制するため、心を殺した。任務ということもあったがそれ以上に、王女を手に入れる機を得られる可能性を潰したくなかったからだ。
 萌は光学迷彩の護りの奥で息を潜め、見続けた。
 快楽という名の責め苦に悶え、すすり泣き、精を絞られるイアルの有様に魅せられ続けた。
 バッテリーパック交換のための時間は、正直に言えば口実だ。
 ひとりになることをゆるされた十数分の間に、彼女は幾度となく自らを鎮め、そして何食わぬ顔で監視と称した観賞へと戻る。天国のような生き地獄が彼女を苛み、悦ばせた。
 そしてその隙間を縫い、イアルを運び出す方法とルート探索に努めたが……さすがに人ひとりを抱えて逃げおおせるだけの隙はなく、萌は懊悩する。
 そんな中、ひとつの転機が訪れた。
 錬金術師どもがイアルの精を培養したホムンクルスを造りだし、黄金の心臓を移植してフェアリーと成したのだ。
 萌は自身の私見を含めて本部へ連絡し、結果、望みどおりの指示を得る。
『錬金の奥義によって生み出されしフェアリーを奪取せよ』
 今はイアル自身を手にできずとも、イアルと深く結びついた小王女を手にすることで、本体たる王女への繋がりを持つことができるにちがいない。
 かくて萌は速やかに行動し。
 こうして今、小王女を洗っている。

「小王女は、きっと私を王女のところへ連れて行ってくれる鍵だから」
 悪臭に涙を流しながら、萌は小王女を指でこする。道具は使わない。わずかにでも傷つけるわけにはいかないから、やさしく、強く。
 はあ。荒い息が口をついて漏れ出した。疲れたわけではない。これは、昂ぶり。
 萌は気づく。この感じ、あのときと同じ――
 悪臭の裏から立ちのぼる甘やかさ。萌を強く誘う、清廉でいて淫靡な香り。
 胸が高鳴る。赤みを帯びた激情が、萌の理性を塗り潰す。
 ここには誰もいない。監視カメラの死角に入っているから、誰かに見られる心配もない。
 萌は像の胸部に鼻先をつけ、大きく息を吸い込んだ。
「はあ、あ」
 激臭に痺れる鼻の奥で爆ぜる、甘さ。
 たまらず彼女は小王女の像を抱きしめ、激しく口づけた。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【7523 /イアル・ミラール / 女性 / 20歳 / 素足の王女】
【NPCA019 / 茂枝・萌 / 女性 / 14歳 / IO2エージェント NINJA】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 花に魅せられし少女、惹かれるままにその蜜に酔う。
  
東京怪談ノベル(シングル) -
電気石八生 クリエイターズルームへ
東京怪談
2017年08月07日

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