▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『思いの手 』
リィェン・ユーaa0208)&島津 景花aa5112
 大規模作戦への参戦準備を進める【BR】小隊。
 そのリーダーを務めるリィェン・ユーの元へ一通のメールが届く。
 差出人は新たな【BR】の一員となった示現流の使い手、島津 景久。
『次の作戦、俺は行かん』
 ただそれだけの内容。
 しかし、今のリィェンにはそれだけのものだとは思えなくて。
「話を聞いてみないとわからんか」


 景久の住まいのドアの前、リィェンは座していた。
「……なにしちょっ?」
「追えば逃げるだけだからな。待つことにした」
「といもいめわっじゃ」
「薩摩言葉はよくわからんが、まあいいさ」
 リィェンが目を上げると、そこには青ざめた唇を噛み締めた景久が立っていた。
 思い詰めていることは、すぐに知れた。
 リィェンは立ち上がり、景久と対する。常の覇気と意気はどこへ消えたものか、芯の定まらぬ景久の体はただただ小さく、細い。
「なにがあった?」
「へとんなか」
「俺にはきみが思い詰めているように見えるんだがな」
「思い詰めて、なか」
「じゃあどうしてそんなに震えてるんだ?」
「俺は――!」
 景久があえぐようにその顔を仰向けた。苦悩と絶望に引き歪んだ、面を。
「――俺は、弱か。いけんしょもねく弱か!」
 景久の吐き出した言葉にリィェンは思い至る。景久が追いかけてきた愚神の姿に。
「手も足も出らんがっだ。えてにもされんがっだ。もう、よか。あきらめたが――」
 リィェンの右手が景久のシャツの奥襟を掴み、引いた。
「な、なよすっがじゃ!?」
 抗う景久だったが、リィェンの太く重い腕は小揺るぎもしない。

 そのまま引きずり出された景久は地に投げ出され、土にまみれて転がった。
 ないごて俺は――
 かき立てられた憤りが雨のごとき哀しみにかき消され、じゅうと音をたてて煙をあげる。
 勝負をつけるのだと息巻き、追いかけた愚神。しかし愚神のほうは景久を仇敵と思ってくれてなどいなかったのだ。
 全部自分が弱かったせいだ。独り相撲の寂寥と己への不信が募るうち、その手から剣がこぼれ落ちた。
 戦うことのできない自分はもう、H.O.P.E.にはいられない。でも。
 ほしたや俺は、どけ行っきっじゃ?
 どこにも行けるはずがなかった。だから。
 ここにこうして倒れているよりないのだ。
「自分で立ち上がろうとするだけ赤子のほうがマシだな」
 リィェンが倒れたままでいる景久を引き起こし、頬を張った。
 頬を張られた景久が驚愕に顔を上げて。
 その頬をまたリィェンが張った。
 勢いこそあれ掌打ならず、勁力も込められていない、ただのビンタだ。
 淡々とリイェンに張られ続ける景久。
 虚ろな心にひとつの思いが吹き流れていった。
 俺には、武術使こ価値もなかとか?
 価値などあろうはずがない。この心を預けてきた剣を自ら手放した、今の景久に。
 じゃあ、ないごて俺をうったぐっがじゃ?
 わからない。価値のない自分など放っておけばいいはずなのに、リィェンはこうして景久の胸ぐらを掴んで引きずり上げ、痛いばかりの手を打ちつけてくる。
 ないごて俺は、こげな――
 こげな無様、晒しちょっどじゃ!?
 無様。そうだ、自分は無様だ。戦いから、仲間から、なにより自分の決意から逃げだそうとしている。しかし。それでも。
 目の前に、ひとりの男がいた。
 轟然とたぎる闘志を肚の底に収め、静やかに、穏やかに、不動。
 さながら、火山。
 そう思った瞬間、景久は駆けだしていた。
 リィェンという男の有様に心動かされていた。
 リィェンという男の泰然が腹立たしかった。
 リィェンという男の手が恐ろしかった。
 そして。
 心動かされ、腹を立て、恐れる自分が――ゆるせなかった。
「あああああああああ」
 技もなにもないまま、景久はただただリィェンへと殴りかかる。
 リィェンはその拳を容易く右の手刀でいなし、そのまま頬を張った。ただし今度は、景久を掴んでいた左手を離して。
 もんどりうって倒れ込む景久を見送りながら、リィェンは低く息をついた。
 景久は、荒い。
 心技体、すべてが荒削りで不安定だ。その不安定は自らへの不信となり、すべての自己肯定を否定して……行くべき先を見失わせる。
 リィェンは自らの過去を思い出さずにいられなかった。
 魂の片割れたる英雄と出逢う前、俺は暗殺者として生きていた。今日を生きるために殺し、明日に殺すため生きる。ただそれだけの毎日。
 俺は壊れたら捨てられるだけの道具だった。だから俺は考えるのをやめた。明日、今日、昨日、すべからく目を逸らして闇の底にうずくまった。
 しかし。その彼に伸べられた手があった。
『死なずに生きろ。己も他者も、殺すのではなく生かせ』
 対立組織との抗争の中で死んで行こうとしていたリィェンを闇の外へ押し出してくれた、手。
 その手にどれだけ報いられたか、自信はないが……俺の今日は、そして明日は、その手が押してくれた先にある。だから。
 俺は手を伸ばす。
 きみを先へ押し出す手を。
 ――地に転がった景久が、そのまま二転して間合を開き、立ち上がった。
 対するリィェンは肩をすくめ。
「これでやっと赤子から幼児程度にはなったな。よちよち歩きで俺のところまで来れるか?」
「――っ!」
 駆け寄りながら景久が右の拳を振り上げる。
 それが振り下ろされる前にリィェンは景久の左側へ踏み込み、左手で顎をすくい上げた。
 景久の体があっさりと浮き、次の瞬間には地へ落ちる。いくら景久の体重が軽いとはいえ、腕一本で成せることではない。
 武術、使わるいだが……!
 なぜだろう、価値を認められたからこそと喜ぶよりも理不尽だと憤った。
 こげん弱え俺を武術で叩きのめすなんち、そいが強え者のすっこっか!?
「歩いてこれないなら迎えに行ってやるぞ?」
 リィェンが景久へ歩み寄る。ただ歩いているだけのはずなのに、一分の隙もない。いつでも打てる体勢が整っていた。
 轟と押し寄せる闘気に逆らい、景久がリィェンの膝へ蹴りを打った。
「っ!?」
 膝の皿の上にめりこませたはずの踵が弾かれ、景久は仰向けに倒れた。
「功夫が足りてないな。その程度で俺の体は揺らせんよ」
 リィェンが使ったのは、気を張り巡らせて肉体を鋼と化す、中国武術の“外功”である。
「くっ!」
 地に這ったまま、景久が水面蹴り。当然リィェンの踝に弾かれるのだが……それは織り込み済みだ。弾かれた足で地を突き、反動に乗って跳ぶ。
「ちぃっ!」
 リィェンの鼻筋に中指を沿わせ、人差し指と薬指を突き上げた。顔を振っても逃れられない、必中の目潰し――
「ぐ、がぁっ!!」
 くの字に曲がった景久が5メートルもぶっ飛んで、地に叩きつけられてまた弾み、叩きつけられて、それでも止まりきらずに転がった。
「げ、ええ」
 なにも収めていない胃が激しく引き連れ、景久の口から胃液が吐き散らされる。
 景久が目を突くよりも早く、リィェンの右手が景久の腹に突き立った。それは筋肉のねじれを利して“ぶるり”と激しい振動を起こし、敵を打つ発勁の一種。
「手打ちの勁で倒れる程度では話にならんな」
 大げさに肩をすくめるリィェン。
 打撃ならぬ振動という名の衝撃は、景久の内蔵に恐ろしいまでのダメージと苦痛をもたらす。横隔膜が痺れて息ができない。このままでは、止められない嘔吐も相まってすぐに窒息してしまう。
 空気を求めて仰向けられた景久の腹に、リィェンの右掌が打ち下ろされた。
「が、はっ」
 詰まっていた息が抜け、景久は新鮮な空気をむさぼるように吸い込んだ。
 そこへまた、リィェンの右掌が降る。
 打たれた胃が痙攣を止め、景久を悶絶から解放した。
 ないごてリィェンさぁ、こげなことするんじゃ?
 ないごてリィェンさぁ、俺をこげにかまうんじゃ?
 強えから、同情しちょっか? 弱え俺が、ぐらしかじゃと――
「俺は弱えんじゃ! なんもでけん、やっせんぼじゃ! 俺は、リィェンさぁとちご――」
 景久の両眼から涙があふれ出す。どれほどの苦境にあっても……すべての希望を失くした今ですらも鳴いたことなどなかった景久が、子どものように泣き叫んだ。
 と。
「きみは俺か? 俺になる必要があるのか、景久」
 リィェンの静かでありながらも強い声音が、景久の濁った吐露を遮った。
「駆け出したら止まることなく、敵を打ち殺すまで攻め続けるのが示現流だそうだが。一度かわされた程度で剣を放り出す。それが覇者たる徳川をも震え上がらせた島津の血を引くきみのあるべき姿か?」
 示現流は、島津は、ちご。でも俺は――弱おて――
 リィェンが幻想蝶に収めていた屠剣「神斬」を抜き出し、景久の顔の脇へ突き立てた。
 共鳴していない今、いかな名剣であれただの剣に過ぎぬが……示現流の代表的な鍛錬のひとつである立木打ちに使う木刀は、屠剣に劣らぬほど重い。景久の手に握られれば、それは必殺の剣と化す。
「見せてみろよ、景久。きみじゃなくていいさ。島津の心意気と示現の剛剣を」
 言い放ち、リィェンは不可思議を映す景久の顔を見下ろした。
 島津で、示現の剣士である以上、きみはこの言葉を無視できまい。だが、島津にして剣士であるのは景久、きみ自身だ。俺は見極めるぞ、他のなにものでもない、景久を。


 互いの距離は10メートル。
 無手同士であれば互いに間合を計るには遠すぎる距離ではあるが、剣を蜻蛉――示現流特有の構え。八双の構えで剣を大上段に剣を掲げる型――に構えた景久にとっては、すでに即撃の間合である。
「チィ、チェェェェ」
 構えただけで、景久の唇は高い猿叫――戦場へ赴かんとする薩摩剣士が戦陣であげる鬨の声――を紡ぎだす。
 たとえどれほど弱く、無様であれど。結局のところ自分はリィェンのような武人ならぬ、剣士。そう思った瞬間、景久の内でなにかがカチリと定まった。
「チェストオオオオオオ!!」
 景久の右足が前へ。駆ける。駆ける。駆ける。そして。
「ケエエエエエエ!!」
 裂帛の気合と共に斬り下ろす。
 剣に込めるは、己だ。弱くて無様なやっせんぼ――弱虫な、それでも剣に己のすべてを託す心だ。
 馬歩――騎乗するように大きく両脚を開いて腰を据える、中国拳法の構え――に構えたリィェンはそれを左腕に通した勁のねじりで内から弾き。
「っ!?」
「きみは弱い。今日は、な。――だが、きみは今日の弱さを踏み越えていくためにいちばん必要なものを持ってるだろう」
 ぐぅとリィェンの全身が撓む。力を込め、縮めた筋肉が生み出す複雑な力の絡み合いが、前へ投げ出した右腕の内で解け。
 その右掌を通してがら空きになっていた景久の鳩尾へ、凄絶な破壊力を突き込んだ。
「――」
 悲鳴をあげることすらできず、体を強ばらせる景久。体が胸の下から消し飛んだようだ。
「誰よりも純粋でひたむきな闘志を」
 どん。景久の鳩尾に掌をあてがったまま踏み出したリィェンの右足が、踏み割るほどの強さで地を打ちつけ。その反動を螺旋に巡らせて増幅。最後にたどり着いた右掌を強く握り込む。
 景久の内で爆ぜた衝撃がその意識を吹き飛ばす。残されていたわずかな感覚までもが吹き散らされ、消えていく。
「俺はきみの闘志を信じる。島津の血脈でも示現流の剣士でもない、景久――きみ自身を」
 右掌が離れたと同時に、リィェンの前に置かれた右膝が深く前へ曲げられて。落下によって生じる“重さ”を勁へと変じて乗せた右肘が、景久の腹を突き上げた。
 常のように走圏――歩法を合わせてはいないが、これこそがリィェンの決め技、三連勁であった。
「だからこそ俺はきみをチームに誘った。きみが明日へ踏み出すときを……追うんでも追われるんでもなく、肩を並べて戦えるときを信じて、俺は待つ」
 地に落ちた屠剣を拾い上げて幻想蝶へしまい、リィェンは踵を返して歩き出した。
 もう景久を追いはしない。帰ってくる、そのときを待つ。心配する必要はないだろう。遠い未来の話ではないはずだから。
 リィェンは空を見上げて薄笑んだ。
 俺はあの手に、少しは報いられたか?

 崩れ落ちながら、景久は思い知る。リィェンの最後の肘、鳩尾を外されていなければ死んでいた。
 そうまでされて、生かされた。
 そうまでされて、諭された。
 俺は、そうまでしてもろて……
「クっ――!!」
 自らへの憤りが、痺れた体に火を吹き込み、半ばずれていた意識を体へ押し戻した。
 リィェンを追って、走る。
 なんでもいい、応えなければ。ただそれだけを思い、掴みかかろうとして――その手を背中越しに捕らえられ、担がれ、前へ投げ落とされた。
「いだっ!」
「はは、いい意気だ。しかし思ったより戻ってくるのが早かったな、景久」
 リィェンが、地に打ちつけた尻を押さえて悶える景久へ右手を伸べる。
 憎々しいほどに強く、優しい手。
 景久は顔をしかめて、しかし迷うことなくその右手を取った。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【リィェン・ユー(aa0208) / 男性 / 22歳 / 義の拳客】
【島津 景久(aa5112) / ? / 17歳 / 薩摩隼人の心意気】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
 拳客のたなごころ、迷える剣士のたなごころに重ねられん。
パーティノベル この商品を注文する
電気石八生 クリエイターズルームへ
リンクブレイブ
2017年08月08日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.