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『煌めく日々、それは優しく愛おしき 』
ka1140

 今朝はなんだか、この空のようにとても穏やかな目覚めだった。
 そんな事をふぅわり思いながら、志鷹 都(ka1140)は見上げた空から眼差しを庭へと移し、微笑んだ。――そう、例えるならこんな風に鮮やかで、穏やかな目覚めだったように思う。
 そんな風に考える、都の瞳に映るのは幾つもの、可憐に咲いた色とりどりの花。柔らかな風にさやさや揺れる姿も愛らしく、まるで何かを囁きかけているようにも、花達がさわさわお喋りをしているようにも見えて。
 それに小さく微笑んで、都は1つ、2つと丁寧に花を摘んでいく。――こうして、目覚めるとまずは庭に降り、朝咲きの花を数輪摘むのが、都の大切な日課だ。
 瑞々しい見頃の花々を幾つか手折り、丁寧に束ねて優しく腕に抱くと、ふぅ、と柔らかな息を吐いた。緑眩しく輝く庭を、改めてゆっくりと見回す。
 優しい、美しい庭――今でこそこうして季節の草花や果実が様々に生り、季節によっては随分華やかな装いにもなる、庭。けれども都が住み始めた当初は、今と同じように緑鮮やかではあったけれど、生い茂るものといえば実も花も生らない雑草ばかりで、驚くほど殺風景だったものだ。
 いまや面影も見出せない、あの頃を懐かしく思い出して流れた月日の途方もなさにまた、都は柔らかく微笑んだ。そうして庭に背を向けて、向かった先は仏間。
 そこに据え置いた仏壇に摘んできた花を供えて、飾った写真に声をかける。

「梅丸、おはよう」

 『彼』を安堵させるように微笑んだ。





 都が故郷を出てこの家へと移り住んだのは、ちょうど十九の時のことだ。豊かな緑に囲まれた木造の一軒家は、趣きだけはたっぷりあって、だが『彼』と『2人』で棲むにはいささか広過ぎると感じたのを、都はよく覚えている。
 『彼』――梅丸。都がそう名付けた、まだ仔犬だった雄の黒豆柴。
 故郷を離れる彼女が寂しくないようにと、まさに発つ日の朝に両親が贈ってくれた仔犬は優しい容貌が愛らしく、会ってすぐに都に懐いてくれたようだった。そんな『彼』に梅丸と名をつけたのは、あれが匂やかな梅の花咲く春の日だったからに他ならない。
 まっすぐ見上げてくる澄んだ瞳。小さな身体に好奇心をいっぱい詰め込んだ、新しい『家族』。
 そんな仔犬の梅丸と始まった、この家での生活はもちろん、一筋縄で行くことばかりではなかった。否、当初は課題の方が多かったと言っても過言ではないかもしれない。

(本当に、この庭には何もなくて)

 仏壇の写真からついと目を庭へと向ける。荒れ果てた、という表現の方がむしろしっくりくるような、雑草がはびこるばかりで何もない庭に花やハーブ、果樹を植えるため掃除をするのが、都がこの家に来て最初に手をつけたこと。
 額に汗を浮かべて雑草を引き、不要な小石を取り除き、土を耕す都の側で、梅丸もまた都を手伝うように走り回ったり、土を掘り返したり。それから引き抜いた雑草を小さな口で咥えたり、鼻先で押して集めてくれたり――
 そんな風に都の『お手伝い』をしては、顔どころか都が作ってあげた赤い首輪まで泥だらけにしてこちらを見上げてくる小さな梅丸はいかにも誇らしげで、つぶらな瞳がきらきらと輝いていたものだ。その瞳をまっすぐ見下ろし「ありがとう」と微笑めば、嬉しそうに鼻の辺りをくしゃりとさせてぶんぶん尻尾を振っていた。
 そんな風に人懐こくて、愛らしい梅丸だったから、『2人』で暮らして居た頃はずいぶんと無聊を慰められて。――随分と、支えられもして。
 この家に越してきてから働くようになった診療所での仕事は、とてもやりがいのある充実したものではあったけれども、もちろん楽しいことばかりではなかった。診療所を訪れる誰もを救えるわけではなく、時には目も覆うような大怪我で、あるいは手の施しようもない重篤な病などで、頑張ってと祈るように握りしめた手から力が抜ける瞬間を味わったことも、一度や二度ではない。
 今でも心が重くなってしまうようなその瞬間は、今よりなお若い都にとってはなお耐え難く、苦しくて。どうして救えなかったのかと、どうして自分はこんなにも無力なのだろうと、悔しさと悲しさに涙を零したことは数え切れず。
 でも――そんな夜をどうにか乗り越えて来れたのは、いつの夜だって都の傍らにぴったりと寄り添う、小さなぬくもりが居てくれたからだった。この家で共に暮らす、当時はただ1人の『家族』――梅丸が涙を零す彼女の傍らで、そのぬくもりで慰め支えてくれたから。
 そんな風に。
 1人と1匹の『2人』暮らしは、愛しくも穏やかにゆっくりと――そしてどこか目まぐるしく過ぎて行った。都は梅丸を愛していたし、そんな都の愛を一身に受けてすくすくと育った仔犬はひどく甘えん坊で、人懐こくて、注がれた愛情の分だけ愛情を返すことの出来る賢く優しい子だった。

(色々なことがあったな)

 本当にたくさんの――色々なことが。楽しいことが。悲しいことが。嬉しいことが。寂しいことが。――愛おしいことが。
 都と梅丸が手入れをし、丹念に育てた庭はすぐに色とりどりの花を咲かせ、様々な実りを恵んでくれるようになって、それらの実りを収穫して様々に加工したり、料理したり、飾ったりするのが都の新たな日課になった。今日は何を採ろうかと、庭を見回しながら歩く都の足元にはいつだって、じゃれつくように歩く梅丸が居たものだ。
 それは庭だけではなくて、時には森へ散歩に行ったり、さらに足を延ばして海辺を訪れて、砂浜で夕暮れまで2人、くたくたになるまで遊んだりもして。そうして沈む夕日にふと、寂しさを覚えて茜に染まる大海原を見つめ、1人『彼』を――梅丸ではなく、長い間会えずにいた幼馴染の姿を探してしまった時には梅丸は、そんな都の足元でお利口さんにちょこんと座り、一緒に茜の波頭を見つめてくれたっけ。
 思い返す限り梅丸は、初めて出会ったあの日からいつだって、いつだって都のそばに居てくれた。仕事で帰りが遅くなった夜だって、梅丸はいつも都の帰りを待っていてくれて、食事もいつも一緒に摂っていて。
 眠る時だって、それは変わらない。窓際のベッドの上で共に空を見上げ、流星を眺めて過ごした夜もあった。大地を潤す恵みの雨の、優しい音色を聴きながらころんとベッドに丸くなって、包まれるように眠った夜だってあった。
 そんな風に過ごすうちに、ついに幼馴染と再会して――やがて夫となる『彼』はけれども、再会したばかりの頃は殊に冷たい態度の事が多くて、そんな『彼』に心傷ついた日だってあったのだ。そんな日すらも梅丸は、片時だって都の傍を離れず寄り添って、まるで大丈夫だと励ますかのような優しいぬくもりで、ずっと彼女を支え続けてくれた。

「――今日も、みんな元気だよ」

 そっと、仏壇の写真に微笑みかける。始まりは梅丸と都、2人ぼっちだったこの家は、やがて夫となった『彼』が増え、『彼』との間に生まれた愛おしい子供たちが増えた。
 あの――夏の朝。爽やかな朝日が庭を輝かせていた、あの日。
 そんな『家族』に見守られ、天寿を全うして空へと帰っていった梅丸は、きっと今でも『家族』のことを心配して、そうして愛してくれているだろうから、都は大丈夫だと写真に微笑みかけるのだ。みんな、元気だと。梅丸の居なくなった世界はやはり寂しくて、けれども同じように愛おしさに溢れていて、優しさが煌めいていて――そんな風に暮らして居るよと微笑むのだ。
 きっと。
 空でも梅丸は楽しそうに、嬉しそうに、幸せそうに、空の草原を駆け回っているのに違いない。都の子供たちとも同じように、梅丸は一緒に草原を駆け、兄のように優しく遊んでくれたものだ。
 だから、きっと。そして、いつかは。

「――今日も見守っていてね」

 微笑んで都はもう一度瞳を閉じ、それから今日という一日を始めるために動き出す。今や写真の中にしか面影はない梅丸が、けれどもきっと見守っていてくれることを、くすぐったく感じながら。





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名  / 性別 / 年齢 /    職 業     】
 ka1140  / 志鷹 都 / 女  / 27  / 聖導士(クルセイダー)

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、お久しぶりです、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。
そして当方のミスによりご迷惑をおかけしてしまい、本当に申し訳ございません……;

愛らしいわんこさんとの思い出の物語、如何でしたでしょうか。
アドリブ歓迎との事でしたので、かなり自由にわんこ愛を(?)つづらせて頂いてしまいましたが……
こんな優しくて可愛いわんこさんがご一緒でしたら、きっと、お嬢様の御心も大変癒されたのではないかと思います。
もしイメージと違うなどあられましたら、いつでもお気軽にリテイクをお申し付けくださいませ(土下座

お嬢様のイメージ通りの、優しい思い出を心に抱きしめるノベルであれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
■WTアナザーストーリーノベル(特別編)■ -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
ファナティックブラッド
2017年08月17日

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