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『はじめての海 』
氷雨 柊ka6302)&氷雨 柊羽ka6767)&ハヒヤ・ベリモルka6620


「うーみっだにゃー♪」
「海ですねぇ♪」

 街とビーチを往復する、臨時乗り合い馬車の中。
 ゴキゲンなハヒヤ・ベリモル(ka6620)の鼻歌に、隣の氷雨 柊(ka6302)がにこにこと合いの手を入れる。その更に隣では、氷雨 柊羽(ka6767)が落ち着き払った様子で外の景色を眺めていた。
 そのあまりにクールさに、柊はくいっと袖を引く。

「しゅーちゃんは海、楽しみじゃないんですかー?」

 尋ねられ、柊羽はややアンニュイな顔で振り返る。きょとんとした姉の肩越しに、わくわくと期待に満ちた視線を寄越すハヒヤがのぞいた。

「真夏の海だよ? 絶対暑い……でも、ふたりだけで行かせるのは心配だったからね」
「シュウ、暑いからこそ海なのにゃ!」

 柊羽の応えに、拳を握ったハヒヤがばぁんっと立ち上がる。周りの客が一斉に振り向いた。、

「夏と言えば海! 夏は海に行くものにゃ!」
「そ、そう? とりあえず座って、」
「そうにゃ! 海はいい所にゃ! 青くってーきれいでー……あとは、えっと……は、はにゃ?」

 海の素晴らしさをプレゼンしようとしたハヒヤ、言葉に詰まり愕然と目を見開く。
 致し方ない。ハヒヤは今日初めて海に行くのだから。
 今回のおでかけを思い立ったのもハヒヤだった。
 夏になると皆こぞって行く海へ行ってみたいと、仲良しの柊にもちかけたのだ。更に柊が柊羽を誘い、三人でのおでかけと相成った。柊羽を『かっこいいお兄さん』と認識しているハヒヤ、三人で海に行ける事になり心底喜んでいたのだが……この塩対応である。
 椅子に身を投げ出し、子供のようにじったばったと手足を振り回す。

「何でもいいのにゃー遊ぶのにゃー! 皆で海で遊びたいのにゃーっ!」
「とりあえず落ち着こうか、ね? ベリモルさん」

 ふたりのやりとりをのほほんと見守っていた柊は、窓から吹き込む風の中に、潮の香りが混ざり始めたことに気付いた。行く先に視線を放れば、坂を下りきった先に真っ青な海が。

「見えてきましたよぅ」

 ハヒヤは目にも止まらぬ速さで跳ね起きると、御者台の方へ駆けていき身を乗り出す。

「はにゃあぁっ♪ ほんとに青いにゃ、きらきらだにゃー!」

 猫耳めく寝癖を揺らしてはしゃぐハヒヤに、柊はくすりと頬を緩める。

「本当に可愛らしいですねぇ、ベリモルさん」

 それから視線を移し、柊羽の茶金石の瞳が初めての海の青をじっと映しているのを見、柔らかく目を細めた。




 浜辺は、蒸し暑い街から逃れてきた人々でいっぱいだった。白い砂浜にはカラフルなパラソルが咲き、点在する海の家はどこもかしこも大賑わい。
 青一色に見えていた海だが、寄って見ると潮目の境で少しずつ色味を変えており、藍・紺・浅黄、瑠璃色に縹色と、挙げていけばきりがない。そしてそれに被さるコバルトの空――まさに海水浴日和。
 ハヒヤは潮の香りを胸いっぱいに吸い込んだ。

「んー、これが海の香りなのにゃー♪ さて、いざっ!」

 そのまま波打ち際へ突撃しそうなハヒヤ、柊羽にがしっと捕獲された。柊羽は視線で海の家を示す。

「先に着替えないと」
「わ、わかってるにゃ! それじゃあシュウ、またあとでにゃー♪」

 ひらり手を振り、ハヒヤは柊の手を引き歩き出す。勿論行く先は海の家の更衣室。
 ……なのだが。
 後ろからする足音に振り向けば、少し不思議そうな顔の柊羽がついてくる。

「どうしたにゃシュウ? こっちは女子更衣室だにゃ」
「そうだね?」

 ますます不思議そうな顔をして頷く柊羽。
 ハヒヤは改めて柊羽を眺めまわした。
 ハヒヤよりも高い背。すらりと細い身体付き。男性物の衣服に包まれた胸は、直線的なまでにぺったんこ――だが。だがしかし。よくよく見れば、指先は細く、首筋のラインも滑らかだ。切れ上がった涼し気な目許を見上げている内に、ハヒヤはある推測に辿り着きふるふる。

「もしかしてシュウは『お兄さん』じゃなくて、『お姉さん』なのにゃ……っ?」

 その言葉に柊羽は目を丸くする。

「……え、男だと思ってたの?」

 互いに時を止めたふたりを交互に見、柊はころころ笑う。

「しゅーちゃん、可愛いけどかっこよくもありますもんねぇ」
「にゃ……にゃにゃ!? ずっと『頼れるお兄さん』だと思ってたのにゃあーーーーーーっっ!!!」

 ハヒヤの甲高い絶叫が、浜辺中に響き渡った。




「はにゃー、やってしまったのにゃー」

 一足先に着替えを終えたハヒヤ、浮輪を抱えしんなり肩を落としていた。心なしか、猫耳めいたクセっ毛もへにょりと垂れて見える。
 そこへ柊もやって来た。

「大丈夫ですよぅ。しゅーちゃん、気にしてませんでしたからー」
「そうかにゃー?」

 振り返ったハヒヤは、柊が水着の上から纏った純白のワンピースを眩しそうに見つめた。レースのついた裾が潮風に翻り、なんとも涼し気だ。柊の銀の髪に良く似合っている。

「可愛いにゃー♪ でもひさめん、脚出さないのにゃ? 折角きれいな脚なのにもったいないにゃー」

 ぺろりと裾をつまみ上げられ、柊は慌ててスカートを押さえた。

「は、恥ずかしいですよぅっ。ベリモルさんも水着、よくお似合いですよー」

 対してハヒヤは、鮮やかなビタミンカラーのビキニにホットパンツという、動きやすさを重視したセレクトだった。艶のある小麦色の肌に鮮やかな水着の色が映え、可愛い中にも健康的な色気がちらり。褒められ、ちょっと照れたように笑う。
 そして最後に柊羽がやって来た。しっかり者の柊羽は、受付で借りてきたパラソルとシートを小脇に抱えている。そのいでたちはTシャツに膝丈の半ズボンというこざっぱりしたものだが、いつもと違う点があった。目敏く気付いたハヒヤ、柊羽の後ろに回り込む。

「約束、覚えててくれたのにゃ!」
「『今度海に行く時は違う髪型を』ってやつだよね。勿論だよ」

 柊羽は涼しくなった後ろ首を撫でた。普段は銀の髪を下めのサイドテールにしている柊羽だが、今回はハヒヤの要望に応え、後ろで一つに纏め簪を挿していた。簪は柊から借りたものだ。柊羽の嗜好をよく心得ている姉は、シンプルだが夏に相応しい翡翠の玉簪を選んでくれた。
 細いうなじに一筋の後れ毛。ボーイッシュでありながらもそこはかとない色香が漂う。

「はにゃー、色っぽいにゃ。でもかっこいいにゃ、不思議だにゃー」
「何を不思議がってるのか分からないけど……ほら、もう突撃しても平気だよ」

 着替えたからね、と柊羽が波打ち際を指さすと、ふたりの頭から諸々の事が吹っ飛んだ。同時に、

「海だにゃー!」
「海ですよぅ!」

 それだけで頭がいっぱいになる。
 ハヒヤと柊は、サンダルの隙間から入り込む砂の熱さも忘れ、軽やかに渚を駆けた。


 波打ち際に辿り着くと、ふたりは寄せる波にそうっと足を浸してみる。ひんやりと濡れた砂が、引く波と共に足を飲み込んでいく。視線を上げれば、どこまでも広がる果てしない青。今触れているこの波は、水平線の彼方まで続く海原の一端なのだと思うと、一気にテンションが跳ねあがった。

「青いですねぇ、広いですねぇっ♪」
「見て見てひさめん! 波の先、しゅわしゅわって泡乗せてるのにゃ!」
「ふふ、足に触れるとくすぐったいですー」
「足だけじゃ勿体ないにゃ!」

 言うなり、ハヒヤは浮輪を手に水面へダイブ。水面で揺れていた金の光の網が弾け、飛沫となって柊に降りかかる。

「はにゃっ!?」
「あ、ごめんだにゃー」
「大丈夫ですよぅ、冷たくて気持ちがいいですー♪」

 柊は海面に手を差し込み、掌で掬ってみた。透明な水は普段口にするものと同じに見えるのに、鼻先を寄せれば仄かに磯の香りがする。初めてなのに懐かしく感じるのは何故だろう。
 そんな事を考えていると、ふと柊羽が来ないことに気付いた。振り向けば、テキパキとパラソルを立て終えた柊羽は、その陰にすっぽり収まり、シートの上で足を投げ出していた。

「しゅーちゃん、とっても気持ちがいいですよぅ!」
「シュウも早く来るにゃー!」

 ふたりして水際に誘ってみるも、

「そう、良かったね」

 柊羽は暑さにげんなりした様子で片手を挙げただけ。
 ふたりは顔を見合わせた。
 折角海へ来たのに、ずっとパラソルの下だなんて。どうしたら柊羽を引っ張り出せるだろう。
 ちょっと考えて、柊は足許の貝に気付き拾い上げた。

「しゅーちゃん、来て見てくださいよぅ! 綺麗な貝殻がありますよぅ!」

 手招くも、

「後で拾ってきたのを見せて」

 と柊羽は素っ気ない。
 これはなかなか手ごわいぞと、ふたりは再び顔を見合わせた。と、ハヒヤのそばで遊んでいた子供が父親に泣きつくのが聞こえた。

「クラゲに刺されちゃったよー!」

 ハヒヤ、それを聞き悪だくみ。
 おもむろに海面を指さし、

「くらげだにゃ、刺されちゃうのにゃー!」
「えっ」

 助けて欲しいにゃー、と叫べば、ふたりのお守り役としてついてきた柊羽は飛ぶように駆けてくる。
 そして濡れるのも構わず波を蹴散らし、

「ほら、手を伸ばして。引っ張る……」

 言いかけた柊羽の頬に、ぱしゃっと水がかかった。かけたのは柊とハヒヤだ。紫水晶と翠玉の双眸が悪戯っぽく細まる。

「ごめんねぇしゅーちゃん」
「でもくらげがいたのは本当だにゃ、ほら」

 ハヒヤの指さす先を見れば、随分沖の方にぷかりと浮かんだ白い頭が。

「…………」
「はにゃあ、怒らないで欲しいにゃ、シュウともどうしても遊びたかったにゃー」
「…………」
「冷たくて気持ちよくないですかぁ、しゅーちゃん?」

 黙りこくった柊羽におろおろするふたり。柊羽は口を閉ざしたまま、行き場をなくした手を水面に突っ込むと――次の瞬間、ふたりの顔へ立て続けに水滴が飛んだ。

「にゃにゃ!?」
「はにゃあ!?」

 目許を拭ったふたりが目にしたものは、両手で水鉄砲を作り、不敵な笑みをうっすら湛えた柊羽の顔。

「……ふたりとも忘れたみたいだね。僕は猟撃士《イェーガー》。水かけで僕に勝てると思ってる?」
「…………」

 柊とハヒヤ、目をぱちくり。一瞬ののち、顔中に笑みを広げた。

「そうこなくっちゃだにゃー!」
「負けませんよぅっ」

 たちまち水かけ合戦が始まった。
 可愛らしい、または凛とした少女三人だが、これで人並外れた身体能力を持つ覚醒者である。
 一見きゃっきゃうふふと可憐に水をかけあっているようだが、跳ね上げる飛沫の勢いが凄まじい。
 三人の見目に引かれ、ナンパ目的らしい若者達が寄ってこようとしたが、彼女らの機敏過ぎる動きに回れ右した。
 けれどそんな事は一向に構わない。
 こうして三人ではしゃいでいれば充分に楽しいのだし、無粋な視線はむしろ邪魔。
 玉と散る海水は虹の煌めきを映して三人を隠し、同時に、夏を満喫する彼女達を華やかに彩った。




「……足が重いですぅ」
「もう一歩も歩ける気がしないのにゃー……」

 そうして、西の雲の端が橙になり始める頃。
 シートの上には、ぐったりと身を横たえる柊とハヒヤの姿があった。

「あれだけ遊べば当然だよ」

 柊羽は呆れたように溜息をつきながら、容赦なくパラソルを畳みにかかる。

 柊とハヒヤは、柊羽がパラソルの下へ戻った後も、力いっぱい遊び続けた。
 水かけで身体が冷えたら浜で貝殻を集めてみたり、また身体が温まったら水際で追いかけっこをしたり。濡れた砂にぽつぽつ開いた穴をほじくり返して、出てきたカニに驚いたり、砂のお城を作ったり……
 あんまり夢中になりすぎて、柊羽に声をかけられるまで昼食をとるのも忘れていたほどだ。

「ちゃんとペース配分考えなくちゃ」
「だって楽しかったんだにゃー。シュウ、ぱらそるの返却お願いするにゃー」
「シートもお願いしますよぅ」
「しょうがないな」

 口ではそう言いつつも、柊羽は眉ひとつ動かさず返却口に駆けていく。
 その隙に、柊とハヒヤは隠していたものを取り出し、柊羽が戻るのを待った。
 そして戻ってきた柊羽の目の前に、ふたりで重ねた掌を差し出す。

「はい、しゅーちゃんにお土産ですよぅ」
「暑いの苦手にゃのに、付き合ってくれて嬉しかったにゃー」

 ふたりの笑顔と共に差し出されたもの。それは、今日ふたりが見つけた貝殻の中でも一等大きく、見事な螺旋を描く巻貝だった。内側では螺鈿が美しく輝いている。

「綺麗、」

 思わず目を瞬いた柊羽に、ふたりはにっこり。

「楽しかったですねぇ」
「また来たいのにゃー」

 柊羽は手に置かれた貝をじっと眺め、

「……そうだね。気が向いたら、また」

 呟かれた言葉に、柊とハヒヤはぱぁっと顔を輝かせた。……が。

「はい、じゃあふたりともシャワー浴びて着替えておいで? 馬車なくなっちゃうよ」
「はにゃ!? もうそんな元気ないにゃー」
「今日はもう、近くのお宿に泊まりましょうよぅ」
「この時期宿の部屋が空いてるわけないじゃないか。ほら、立って!」
「そんなぁ」
「いやにゃー!」
「つべこべ言わない、ほらほら」

 追い立てられ、渋々立ち上がるふたり。
 最後まで賑やかな三人を、傾きかけた陽がきらきらと照らしていた。





━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka6302/氷雨 柊/女性/20歳/霊闘士(ベルセルク)】
【ka6767/氷雨 柊羽/女性/17歳/猟撃士(イェーガー)】
【ka6620/ハヒヤ・ベリモル/女性/14歳/霊闘士(ベルセルク)】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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仲良しなお三方の夏のひととき、お届けします。
初めての海の思い出をきらきらしたものにしたく、色んな色を詰めてみました。
一度、当方の体調を理由にお断りしてしまいましたこちらのノベルですが、
こうして再びご依頼いただく事ができ、また、無事にお届けできます事を大変嬉しく思います。
イメージと違う等ありましたら、お気軽にリテイクをお申し付けください。

この度はご用命下さりありがとうございました!
イベントノベル(パーティ) -
鮎川 渓 クリエイターズルームへ
ファナティックブラッド
2017年08月14日

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