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『また、ここから始めよう』
不知火あけびjc1857)&不知火藤忠jc2194


「二人そろって退院なんて、ほんとに仲が良いんだね」
 不知火あけび(jc1857)はすっかり片付いた病室を満足げに眺めて、二人の男を振り返る。
「忘れ物もないみたいだし、帰ろうか!」
「そうだな、傷も癒えたことだし……帰らねばならぬか」
 どこか寂しげに呟く天使、日暮 仙寿之介に、あけびと不知火藤忠(jc2194)は揃って首を傾げた。
「仙寿、お前まさか天界に帰る、などと思っているのではあるまいな?」
「そうだよ、ちゃんとお師匠様の部屋も用意してあるんだから……って、こないだどんな部屋がいいかって訊いたじゃない、もしかして忘れちゃった?」
「いや、忘れてはいないが……本当に、ここに留まっていて良いのだろうか、とな」
 仙寿之介は最後の戦いであけびを庇って重症を負い、気が付いたら人間界の病院に運ばれていた。
 だから、今ここにいるのは不可抗力だ。
 傷が癒えれば天界にーー
「そういう命令が、来てるの?」
 不安げなあけびの問いに、仙寿之介は首を振る。
「もし戻れって命令が来たら堕天すればいいよ、今はもう罪にならないみたいだし……戦いは終わったんだから、力がなくなっても困らないでしょ?」
「簡単に言ってくれる」
 苦笑を浮かべる仙寿之介に、あけびは僅かの迷いもなく言い放った。
「簡単だよ! これからは皆が自分の好きな場所で好きなように生きられるんだから。それとも……」
 いつかは訊かなければと思っていたこと。
 けれど言葉に出来ないまま、ずっと抱えていた不安。
「お師匠様は、帰りたい? 向こうに会いたい人とか……大事な人とか、いるの?」
 何故だろう、自分の口から出た言葉に胸の奥がチクリと痛む。
 ころころと表情を変えるその顔を真っ直ぐに見つめ、仙寿之介は静かに首を振った。
「なら決まりだな」
 藤忠がその背を軽く叩く。
 痛みのためか、僅かに動いた眉は見なかったことにした。

 実はまだ、仙寿之介の傷は治りきっていなかった。
 敵と斬り結ぶ中で受けた藤忠の傷は、急所を逸らしたり受け身を取ることも出来たせいか、既に殆ど完治している。
 だが仙寿之介は、あけびを守ることしか頭になかった。
 だから傷も深く治りも遅い。
 なのに何でもないふりをしているのは、自分のせいで怪我をさせたとーー誰かを救う刃で在れなかったと悔やむ、あけびの心を想ってのことだろう。
(「もっとも、あけびにはバレているがな」)
 それでもその心意気や良しと、そっと見守る藤忠の親心ーーあれ、おかしいな、仙寿之介の方が遙かに年上だったはずなのに。

 世話になった医師や看護師達に挨拶を済ませ、三人は新居となる風雲荘へ。
「新居と言っても、俺とあけびは暫く前から住んでるがな」
 まずは入居者達への挨拶回りを兼ねてアパートを一回り、それから部屋に案内するとしようか。
「私はその間にご馳走いっぱい作っておくね! 今日は退院と入居祝いのパーティだよ!」
「あけび、手伝わなくて大丈夫か?」
 藤忠の声に、あけびは「大丈夫!」と自信満々に答える。
 料理は得意だし、アバウトに作ってもちゃんと美味しく仕上がる魔法のような才能を持ち合わせている自覚もあった。
 ただし目分量なので毎回微妙に味が異なるというギャンブル要素はあるが、美味しさには甲乙付けがたいので問題はない……多分。
 問題はスイーツだ。
「修行で薬は散々作らされたから、細かい調合は得意なんだけど……」
 得意と好きは違うもの。
 料理なんて楽しく作れば勝手に美味しく出来る。
 だがスイーツよ、お前はだめだ。
 だめだけれど、今日は特別に。
「味見に付き合ってくれた姫叔父のためにも、今日はひとりで頑張るよ!」

 エプロンを手に、あけびはキッチンへ消える。
 藤忠の好みを把握しているのは勿論だが、入院中にこっそり差し入れていた手料理への反応を見て、仙寿之介の好みも大体見当が付いていた。
「お師匠様はうちで和食ばっかり食べてたせいか、やっぱり和風の味付けが好みなんだよね」
 鰹節や昆布、干し椎茸や煮干しでしっかり出汁を取って、塩味は少し控えめに。
 食材の好き嫌いはあまりないけれど、お寿司のワサビは厳禁。
「そう言えば初めて食べた時、毒殺されるかと思ったって青くなってたっけ」
 ワサビが苦手なサムライなんて、ちょっと可愛い。
「でも食事は和食派だけど、お菓子は洋食派なんだよね」
 特に甘いもの、中でもイチゴのスイーツに目がないことは最近発覚した衝撃の事実。
 今の季節はちょっと高いけれど、奮発して生のイチゴを使ったスイーツも用意しておこう。
 それに勿論、南瓜の料理にスイーツ、あとは日本酒に合う料理も。

「そう言えば仙寿、野菜や果物がどうやって出来るかは知っているか?」
 夏野菜の収穫が始まった菜園を案内しながら、藤忠が尋ねる。
「馬鹿にするな、それくらい知っている」
 興味津々の様子で畑を見て歩く様子からすると、とてもそうは思えないのだがーーまあ、本人がそう言うならそういうことにしておこうか。
 野菜の特徴や育て方などをさりげなく解説しつつ、一通り見終わったら室内へ。
「ああ、イチゴはまだ季節じゃないからな?」
 自分もついこの間まで知らなかったことは秘密だ。
「リビングは共同だが充分な広さがあるから、人目が気になることもないだろう」
 備品は共有財産だから勝手に使っていいし、欲しいものがあれば勝手に増やして構わない。
 ホームバーの酒も自由に飲んでいいが、ボトルに名前が書いてあるものは別だ。
「冷蔵庫のプリンとかもな」
 勝手に食べると身体の風通しが良くなる、多分。

「そしてここが俺の部屋だ」
 先に藤忠の部屋を案内され、仙寿之介は興味深そうに辺りを眺めーー
「藤忠、お前が女装趣味に目覚めたという話は本当だったのか」
「は?」
 視線の先には鬼灯の簪。
「いや、それは贈り物でな……その、恋人からの」
「ほう、お前も色気付く年頃になったか。俺も年を取るはずだな」
「全然変わってないだろう、お前」
「子供の成長に驚く時はこう表現するものだと教わったのだが」
 間違ってはいないけど、間違ってるな?

 レディの留守に部屋を覗くのは御法度と、あけびの部屋は後回し。
 隣のドアを開けると食欲をそそる良い匂いが一斉に襲いかかってきた。
「お帰りなさい、お師匠様!」
 あけびの元気な声に迎えられ、仙寿之介は新居に足を踏み入れた。
 入院中に希望を出した通り大部分はフローリングの洋室だが、隅の一角には三枚の畳が敷かれ、文机と座布団が置かれている。
 ただひとつ、頼んだ覚えのないものが文机の上に置かれていた。
「これは?」
「あけびが初めての給料で誂えてくれたんだ、家族のためにと三人揃いの柄違いでな」
「……家族……俺が?」
 どこか夢心地のように呟く仙寿之介に、藤忠は嬉しそうに自分の香炉を見せる。
「俺のが藤、あけびが木通。お前のは白菊だ」
「菊の花言葉は高貴とか高潔っていうんだよ。中でも白菊には真実って言う意味があって……私はお師匠様の真実に少しでも近付けたかな?」
「お前達は俺を買いかぶりすぎだ」
 仙寿之介は自嘲気味に笑い、首を振る。
「俺は上に命じられるままに動くだけの、ただの下級天使……だが、お前達がそう思ってくれるなら、俺はその通りの存在であり続けよう」
 家族と言ってくれるなら、家族であり続けよう。
 真実についてはいずれ話すつもりだが、この二人はきっとそれもお見通しなのだろう。
 だからこそ、こうして自分を迎えてくれるーーそう思うとつい目頭が熱くなるが、悟られまいと背筋を伸ばし、ことさらに表情を引き締めて見せる。
「こうして戻ったからには……あけび、明日からは今まで以上に厳しく稽古を付けるぞ」
「望むところだよ! ……いえ、どうか峻峭なるご指導を賜りたく宜しくお願い申し上げます」
 誰かを救う刃で在るために、もっともっと強くならなければ。
 そんな思いを胸に抱けば、自然と背筋も真っ直ぐに伸びる。
「でも明日からね! 今日は無礼講だから、ほらほら二人とも飲んで飲んで!」
 仙寿之介が好んでいた酒を二人の杯に注ぐ。
「本当は三人で飲みたいんだけど、私はまだ未成年だから」
 入居祝いの酒器セットには、まだ暫くインテリアとして活躍してもらおう。
「二十歳になったら三人で一緒に飲もうね!」
「ああ、約束だ……なあ仙寿?」
 藤忠の言葉に仙寿之介も素直に頷く。
 これで、その時までの未来は確定した。
 その先のことはわからないが、それぞれが別の家庭を持つことになったとしても、三人が家族であることに変わりはないだろう。
「私が不知火の当主で、お師匠様と姫叔父が補佐役として脇を固めてくれるの。そしたらもう最強だよね!」
「そのためには仙寿も色々と勉強しないとな。俺も大学を出るまでは学園で勉強を続けるつもりだし、お前もどうだ?」
「お師匠様の専攻は何になるのかな? 阿修羅っぽいけど……ルインズでも良い感じ?」
 思い出と、まだ見ぬ未来を語りながら、飲んで食べてーー

 張り切りすぎて疲れたのか、二人がいる安心感で気が緩んだのか。
 うたた寝を始めたあけびを仙寿之介がベッドに横たえる。
「俺より先にこいつが使うことになるとはな」
「そのうち二人で使うことになるという暗示じゃないのか? 長さもあるが幅も充分だろう」
 からかう藤忠に、仙寿之介は「まさか」と笑いながら首を振った。
「まだまだ子供だ」
「そうでもないぞ、俺が言うのも何だが飾り立てればなかなかの器だ……黙ってさえいればな」
「むぅーひめおじぃー……しつれーなことゆぅなぁー……むにゃ」
 寝言か。
「しかしあの時は子供だった俺も、今じゃこうしてお前と酒を酌み交わしてる。人の成長は、あっという間だぞ?」
「……そして、あっという間に……俺だけが取り残される」
 寂しげに呟いた仙寿之介の頭を、藤忠はぐしゃぐしゃに掻き混ぜた。
「安心しろ、俺もあけびもあと五十年は軽く生きる。お前の寿命があとどれくらいあるのか知らんが、五十年は決して短くないだろう?」
 その間、自分は補佐としてあけびの傍にいる。
「お前には……お前にならあけびを任せられるんだがな。考えてみる気はないか?」
「ないな」
 即答か!
「その代わり、俺がしっかり見極めてやる。生半可な奴には渡さん」
「同感だ」
 ここに花嫁の父同盟が結成され……た?
「まさか俺達の目が届かない、どこか異世界の奴に惚れるという訳でもないだろう」
「……異世界という単語に不安になったのは何故だろう」
 気のせいだよね、うん。
「例え何処に行こうと、俺が必ず探し出してやるさ」
「だから、そこまで言い切るならいっそお前が」
「ない、絶対にない」
 よし、今の台詞しっかり録音したぞ。
 いつか披露宴のスライドショーで暴露してやろう。

 いずれ来る、かもしれないその時のために、素材は色々と確保しておかなければ。
 そう思いつつ、藤姫はしみじみと甘露を味わうのだった。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jc1857/不知火あけび/女性/外見年齢16歳/226号室のサムライガール】
【jc2194/不知火藤忠/男性/外見年齢22歳/227号室の酒豪姫】

【NPC/日暮 仙寿之介/男性/外見年齢?歳/特別室の天然サムライ】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、STANZAです。
この度はご依頼ありがとうございました。

今回お嬢さんが一貫して「お師匠様」呼びなのは、名前を呼べないリプレイに合わせるためと、もう一人の彼との差別化のためーーそして次回で劇的に(?)変えるためです(ぶふんっ
写真立ての件も真相を問い詰めたかったのですが、ジスウ様の強固な壁に阻まれ……ぐぬぬ。

口調や設定等、齟齬がありましたらご遠慮なくリテイクをお申し付けください。
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エリュシオン
2017年08月14日

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