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『20パーセントの祈り 』
ラファル A ユーティライネンjb4620
 名も知らぬ悪魔に引き裂かれたラファル A ユーティライネンの体を繋ぐもの、それは機械。
 ボルトやナットといった古典的な部品がどれほど使われているものか、制御回路や人工神経といった最先端の部品がどれほど使われているものか、彼女にはわからない。まずもって彼女の生身は2割ほどしか残されていなかったから、その隙間を埋める機械を数えるには指の数が足りなさすぎた。
 もちろん、自身を構築する部品をうとましく思うことはない。一度死んだラファルを彼岸から此岸へ引き戻してくれたのは金属やセラミック、樹脂、ファイバーだから。
 体は思いのままに動く。
 撃退士として、成すべきを為せる。
 そのことについてラファルはなにひとつ不自由を感じたことはなかったが。
 機械のサポートが及ばぬラファル A ユーティライネンの“魂”は、奥底から噴き上げる黒炎で今なお焦がされ続けていた。
 この身から血肉をもぎ取っていった仇が憎い。
 生身に残された血、その半分を成す悪魔が憎い。
 なにより、人を狩る悪魔の跋扈を許容したこの社会が憎い。
 ぶっ壊してやんよ、こんな世界――!

 魔界から這い出してくる悪魔を追い撃ち、引き裂いた。
 天界から滲み出してくる天使を迎え撃ち、穿った。
 焦燥に駆られるまま駆け、跳び、狙いを定めてインフィニティの引き金を引き続けた。
 撃退士として名を上げることが彼女の望みを引き寄せる唯一の手段と信じて。

 彼女の機械部分を預かる科学者兼技士が彼女に問う。
 こんなにピーキーな調整を繰り返してどうするんだい? どれだけ出力を上げたところで、きみっていう土台が支えられる力が増やせるわけじゃないんだ。それはきみにだってわかってるはずだろう? このままじゃ、残ってる2割の生身が全部すり切れちゃうよ?
 ラファルは伝達系を設計から見直し、パーツを組みなおした義肢を確かめるように動かし、技士の鼻先へジャブの残像を残してみせて。
「チャンスの女神サマにゃ前髪しかねーんだろ? 俺は先回りしてその髪ひっつかんでやんだよ。無茶なことしようってんだから、てめーに無茶させなきゃなんねー。そんなのあたりまえじゃん?」
 その無茶を押し通すためなら、機械化された自分の8割をすべて賭ける。結果、残された2割の生身がどうなろうとかまわない。
 言外に含めたラファルの決意に、技士はただただかぶりを振るよりなかった。

 しかし。
 そこまでして得た彼女の拳をもってしても。無数の人間が関係という糸を結んで編み上げた社会というものを、打ち壊すどころかわずかに揺るがすことすらできなかったのだ。
 このまま無為に死んで行くことだけはできない。
 安定を騙る停滞を覆す、なんらかの一手が必要だ。
 だから――


 天界の王ベリンガムとの最終決戦に臨んだラファルは、真っ先に思念具象機関を目指した。
 これだぜ!
 思念ってやつを好きな形にこねあげられる機械。その、世界を変えられる仕組をベリンガムじゃねー俺が動かせるってなら……殴ろうが蹴ろうがミサイルぶち込もうがキズいっこつけらんなかった社会、まるっと変えちまえるじゃんかよ!
 エリュシオン――真の楽園を勝ち取るべく力を尽くす仲間たちの内に紛れ、彼女は薄暗い思いをいや増していく。
 なぁ、ベリンガム? おまえのこと、俺だけは神サマだって認めてやるよ。だっておまえ、天使も悪魔も人間も、どこの誰も俺にくれなかった希望ってやつくれたんだからさ。
 この日のためにそろえてきたV兵器を構え、ラファルはアウルを燃え立たせた。
 襲いかかってくる天使めいたヒト型へ駆け、手にした長刃を突き込む。
 さすがは天界を守る使徒だ。おそろしく強いが、しかし。
 おまえにゃ心がねーんだろ? それじゃ止めらんねーよ、俺の必死はよ!
 仲間のフォローを利用し、ヒト型との間合を潰す。退ける状況ではなかったし、退くつもりもなかった。できることもするべきことも、攻撃ひとつだ。
「どけぇっ!」
 50キロの体重にありったけの前進力を乗せ、ヒト型の包囲をぶち抜くラファル。
 その頬に、薄暗く獰猛な笑みが浮かぶ。
 ベリンガルサマよ、おまえを信じてる俺にもういっこくれよ。希望だけじゃなくて思念具象機関。そいつがありゃ、俺はこんなちっぽけな復讐心にすがんなくていいんじゃん? そいつがありゃ、神サマはいらねーからさ。どっか高いとこから見守っててくれよ――ちっぽけな俺の、ささやかなお願いが叶うとこ。
 それがイヤだってんなら。
 俺が思いっきりぶっ飛ばしてやんよ!
 ぺんぎん帽子型に改造したイロアスコロネットの下、熱望に燃える表情を隠したラファルは進む。進む。進む。
 かくて雑魚を蹴散らし、親友の父である猛将を討ち取り、神となりかけた王を殺し……足を、止めた。
 ここへ来るまでの間に悟っていた。
 この場へ至り、思い知ってもいた。
 あの思念具象機関は、ラファルの願いを聞いてくれるお星様なんかじゃないことを。
 それでも、祈らずにいられなかった。
 いけすかない天使が、忌々しい悪魔が、あまりにも小さな力を与えられたばかりの撃退士が、あまねく「人」のひとりとして生かされる、平らかなる世界の到来を。
 その世界で、力を失った天魔は自らの無力を嘆いて暮らすこととなるだろう。
 そして、撃退士という“道具”を失った人々は、自らの生活を脅かしてきた天魔への恨みを晴らすために自ら行動を強いられるようになる。
 そう。結局は「撃退士」こそが、ラファルを押し包み、窒息させてきた社会の結び目だったのだ。
 その結び目が解ければ、社会は内から破壊される。ラファルの復讐は成る。
 燃料がいるんなら、俺のアウルも心も全部ぶっ込んでやるよ。そんでも足りなきゃ命ごと持ってけ。ちっぽけな俺の執念が消えりゃ、世界は完璧、真っ平らになんじゃん?

 しかし。
 神になり損なった者も心なき機械も、ラファルの祈りに応じることはなかったのだ。


 生き残っちまった。
 なんにも叶えらんねーまま、なんにも残ってねー俺が。
 ラファルは喉元にまでこみ上げた寂寥を飲み下す。苦い。いっそこの体のすべてが機械であったなら、こんな苦みを感じてしまうこともなかっただろうに。心まで電子信号が通うばかりの回路にできていたなら、寂寥すら感じることも――
 ラファルは頭を振り、思考を追い出した。
 たとえラファルの祈りが叶えられずとも、これから世界はゆるやかに変わっていくのだろう。そのためにこそ撃退士は戦い、明日を勝ち取ったのだから。
 その明日が、ラファルが思うように変わるのか、あるいはラファルが望まぬように変わるのか、わからない。でも。
 踏み出すよりないのだ、生きている限りは。いつ終わるとも知れぬ最後の時へ向かって、1秒の先へ、1分の先へ、1時間の先へ……1日の先へ。
 これからどうなるかなど知ったことか。抱えてきたものはすべて失った。ならばもう、次に抱えるべきものがあるかもしれない先へ行くしかないのだから。
 ラファルは空の義手をまっすぐに伸べた。
 機械の手はなにを掴むこともなかったが、ふわり。自らが押し退けた空気を風と為し、世界をそよがせる。
 そっか。俺はもうなんも持ってねーけど、だからどこにだって行けるし、なんだってできるんだよな。
 それはただの強がりだったのかもしれない。もしくは空元気というやつか。しかし、本当の空っぽよりはきっとマシだ。
「さって、行くかー」
 ラファルはラファル自身の起こした風を切り、足取り軽く世界へと踏み出していった。行く先は――知ったことではなかった。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ラファル A ユーティライネン(jb4620) / 女性 / 16歳 / ペンギン帽子の】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 8割の機械に繋がれし2割の生身、その内に燃ゆる情を失いし少女が最後に得たもの、其が無たる自由でありやなしや、知るものは当の少女ばかりなり。
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エリュシオン
2017年08月15日

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