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『 ■ possessive ■ 』
シリューナ・リュクテイア3785)&ファルス・ティレイラ(3733)

 カーテンの隙間から差し込む陽光に瞼を叩かれ、ふかふかのベッドの上で目を覚ます。そんなささやかな幸せをティレイラは全力で噛みしめ、微睡みの中を漂いながら窓を開き両手を上げ大きく伸びをして胸一杯に外の空気を吸い込んだ。朝だ。
 深夜の仕事帰り、寝そびれた挙げ句のオブジェ化。止まった時間は解放と同時にその瞬間から再開されるがそれまでの疲労が解消される事はない。“今回”に限っていえば。
 だから昨晩はとても疲れていた。
 師匠であり姉のような存在でもあるシリューナの顔を見たら、張り詰めていた緊張の糸が一瞬で解けて、助け出されてから後の記憶はおかげで曖昧だ。シリューナにお小言を言われた気もするが、とにかく疲労からくる睡魔に流された。
 よしっ、とティレイラはまるで景気付けるように自分の頬を両手で叩くと、時計を確認し部屋を出てシャワーを浴びにいく。身支度を整えお気に入りのエプロンを着けてキッチンへ。貯蔵庫と冷蔵庫の中身を確認して朝食の準備に取りかかった。
 この世界の東京という街の片隅にシリューナが魔法道具屋を開いてからどれくらい経ったろう。随分とこの世界の文化に感化されたような気がする。今用意しているこの朝食だってそうだ。人の姿で人のような生活を送る事に随分と馴染んでいた。
 シナモントーストにスクランブルエッグ。サラダにフルーツ。それからコーヒーを用意してテーブルにセッティング。
 リビングで寛いでいたシリューナに朝食が出来た事を告げると「おはよう」とダイニングへ移動してきた。
「おはようございます! 昨日は…あの…」
「疲れてたのね。ソファで寝ちゃったから運ぶの大変だったわよ。よく、眠れて?」
「あ、はい! ありがとうございます!」
 ティレイラは申し訳なさでいっぱいになる。お姉様には迷惑かけっぱなしだ。
「で、どうしてあんな事に?」
 まあ、だいたい想像がつくけど、といった顔でお姉様がトーストを口へ運びながら尋ねた。
「それが…」
 ティレイラは手振り身振りを交えて子細を説明する。
「…本当、怖かったんですよ! 心臓が止まるかと思いました」
 仲間…いや、部下なのか。それがオブジェとなって飾られているのを目の当たりにし、その背後にそれを実行した張本人が立っていた時の身も凍るような恐怖といったらない。
「無茶するからよ」
「反省してます…」
 反省どころか猛省である。我ながら好奇心に勝てない堪え性のなさに呆れるばかりだ。自分でもそうなのだからお姉様はもっと呆れているに違いない。
 だがオブジェにされた時、恐怖はあったけれどその心のどこかには必ずお姉様が来てくれるという確信もあった。だからオブジェ化が解けて目の前にシリューナが立っていた時の喜びと安堵といったら…。
 朝食を食べ終えて食後のコーヒーを用意しているとお姉様が言った。
「食べ終わったら服選びをしないとね」
「服選び?」
 ティレイラは怪訝に首を傾げる。何の服を選ぶのだろう。
「ティレが無事に帰ってきたお祝いパーティのよ」
 お姉様が微笑む。
「えぇ!?」
 部屋を空けていたのはたった数日の事で、少し前“姫”と自称する某女史に拉致られた時は数ヶ月単位であったが、そんな事はなかったのに。
「お祝い?」
 ティレイラはハッとしたようにお姉様を見返した。罠である可能性に身構える。
「ええ、お祝いよ」
 食後のお茶を飲みながらお姉様が笑顔で応えた。
 ティレイラはお姉様の真意を推し量るようにマジマジと見やったが早々に諦める。そもそも年季が違った。だから結局元気よく「はい!」と応えるだけだ。


 いつの間に用意したのか。
 ドレスルームには、姫のところで着せかえ人形にされた時と負けず劣らずの衣装が並んでいた。
「どれがいいかしら?」
 呟きながらお姉様が空色のドレスをとってティレイラにあてがってみせる。立ち見鏡にその姿を映したかと思えば朱色のドレスと見比べた。
 まだ罠の可能性は捨てきれないが。
「とりあえず片端から着てみます!」
 早速手渡されるままにドレスを着てみる。
 レースのサーキュラースカートにくるりと回ってみたり。ちょっとおしとやかに見えるAラインスカートの深いスリットに恥ずかしくなったり。メイドのような衣装からゴスロリまでとにかく着倒した。
 どれを着ても何も起こらない。とどのつまり罠はないという事だ。ファッションショーを一頻り楽しんで。
「うーん…どれがいいかなぁ?」
 ティレイラは悩ましげに腕を組み首を傾げた。どれも捨て難い。
「これが良かったんじゃない?」
 お姉様が一着のドレスを掲げてみせる。
 白いドレスだったがウェディングドレスというわけではない。淡いサーモンピンクにシルバーの刺繍がボディラインを強調するようにあしらわれていた。胸元は大きく開いていてラップ丈のフィッシュテールスカートには3枚のレースが重ねられ歩くたびにふわふと可愛く跳ねるやつだ。
 自分もかなりお気に入りのドレスだったので、やっぱりそれしかないかという気分で「はい!」と応えた。
 ドレスも決まりパーティの準備も終えた頃には、すっかり罠の可能性を忘れてティレイラは、サロンにいつの間に並べられたのかスイーツや軽食に目を輝かせた。
 2人だけのシンプルなパーティだったが気分は上々。
 だからシリューナにアクセサリーがあった方がいいわね、と開いた胸元を飾る真珠のネックレスをかけられても、まさかそんな罠があったなんて当然、想像も出来なかった。


 ▼


 朝食を食べながら、盗賊団のアジトで捕まった挙げ句にオブジェにされて愛でられていた経緯を話してくれる、弟子であり妹のような存在のティレイラを見つめながらシリューナは考えていた。
 最近、彼女をからかい半分オブジェ化して愛でるという楽しみが同好の者たちにも広まり、何故だかシリューナもセットで愛でられるという屈辱の日々が増している…ような気がする。そもそもティレイラを石像銅像etcにしてその容姿から表情、造形美、質感、諸々…を余すところなく愛でる楽しみを発見したのは自分であり、それを堪能していいのも自分だけの筈であるのに。
 それをこうも易々と他の者たちに惜しげもなく振りまくなどあってはならない。シリューナの預かり知らぬところとなれば尚更だ。
 趣味嗜好に興じる時間を奪われ最近ちょっと欲求不満気味でもあったシリューナは、かくて不満を解消する計画を実行に移すべく、食後のコーヒーを飲み干すと立ち上がって言った。
「さぁ、始めましょう」
 準備は既に出来ている。
 昨夜、疲れが出たのか帰ってくるなりすぐにソファで眠ってしまったティレイラをベッドに運んで、すぐそのための用意をしたからだ。
 彼女が無事帰ってきてくれた事を祝うパーティ。
 そのパーティをたっぷり楽しんで貰ったら、その後はシリューナが存分に彼女を楽しむ算段である。

 ドレスルームにありったけの衣装を用意した。その衣装の中にそっと紛れ込ませたのは同好の士たる知人から譲りうけた魔力のこめられた衣装だ。それはドレス単独で発動する事はなく、装飾品とセットで発動する。つまり魔力の発動を任意で操作出来る衣装だった。
 元は人身売買をしていた連中が作ったものらしい。パーティを開くという貴人にドレスを贈り、それを着た娘にタイミング良く装飾品を持たせる事で魔法を発動させ娘をさらったという。その衣装が出来た経緯はともかく、それはいろいろあってシリューナの元に辿り着いた。
 それだけを用意し、さあこれを着なさい、ではいろいろ勘ぐられてしまうだろう、だから他のドレスも用意したのである。
 この道具には更に素晴らしい点がある。それは相手の好みの衣装に形を変えるところだ。どんなに他のドレスを用意しようとも、ティレイラはこのドレスを選ぶ事になるだろう。
 それからパーティの為の料理を用意。幸いこの東京は美食の街でデリバリーも充実している。それらをエントランスの脇にあるサロンに運んで貰って仕込みは完了したのである。

 ▼

 ティレイラに服を選ばせる。全部着てみるという彼女の楽しむままにシリューナも着せかえを楽しんだ。
 魔力のこめられた衣装は他にも準備してあったが、案の定、彼女はかの白ドレスを選ぶ。
 シリューナは紫を基調にしたドレスを着る事にした。
「髪も結ってあげるわ」
 促すとティレイラは「いいんですか?」と長い黒髪の先を手で掲げて少し迷ったように首を傾げてから「お願いします!」と応えた。
 ドレッサーの前に座る彼女の長い髪をブラッシングする。大抵は、からかい半分の日常を切り取っているので髪を結った彼女というのは希だったが、たまにはこういった趣向もいいだろう。サイドを三つ編みにして残りの髪で作った団子に巻き付けピンで留める。
「どうかしら?」
「すごく素敵です!!」
 ティレイラは嬉しそうに笑った。サロンに用意したパーティー会場へ。
 時間の封印を施したサロンは、昨夜搬入したままの状態で時間が止まっている。それを解除して中へ。スイーツも軽食も鮮度はそのまま、温かいものは熱々の、冷たいものは冷え冷えのままだ。
「わーい! 何から食べようかしら!」
 はしゃぐティレイラの姿を微笑ましげに見守りながら、ここには自分しかおらず、彼女のころころ変わる表情を堪能できるのも自分一人しかいない事にシリューナは満足した。
 カクテルグラスを手にシリューナもカナッペを摘む。
「これ! 美味しい!! お姉さま! オススメです!!」
 そう言って、お皿にケーキをのせてティレイラが運んでくる。
「そう、じゃぁ、頂こうかしら」
 白で統一されたテーブルに皿を乗せイスに腰掛けて、2人はケーキを頬張った。
「んーっ…幸せ!!」
「良かったわ」
「昨日までの嫌な事、全部忘れられそうです!」
 ケーキを頬張りながらティレイラが言った。
「なんだか貴族様にでもなったみたい」
 と嬉しそうにお茶を楽しむティレイラをたっぷりと堪能し日が中天から傾く頃、シリューナはそれを取り出した。
 ドレスとセットになった装飾品。
「そのドレス、胸元がちょっと寂しいわね」
 そうしてイスに座ってティーカップを口に運ぼうとしていた彼女の背後へ回る。彼女が振り返った。シリューナはアクセサリーがあった方が、とその細い首に真珠のネックレスを巻きつける。
「どうかしら?」
「え?」
 その異変にだろうか、きょとんとティレイラはシリューナを見上げていた。真珠のネックレスとドレスが呼応したように魔力が放出され真珠色の皮膜が彼女を覆う。
 そして、きょとんとしたまま彼女は次の瞬間、純白のオブジェと化したのであった。
「なんて素晴らしいのかしら!!」
 思わずシリューナは歓声をあげて、その白い像を指でゆっくりとなぞった。慈しむように頬を手のひらで包み、普段は髪で隠れているが今は露わになった首元を撫でる。
 胸がドキドキと高鳴った。この感動はどれくらいぶりであろう、とさえ思う。この感動を独り占めしている事にシリューナは更に感動し感極まる思いだった。
 海においては真珠。山においてはアラゴナイトと同質のそれ。アラゴナイトの和名を霰石と呼ぶ。雪霰が降り積もって出来たような純白の面。パウダースノーより荒く金属ほどの硬質感はないが、淡くマット加工を施したようなその肌触りは指にしっとりと馴染んで、そこには金属にはないぬくもりがあった。鏡のようにものを映すほどの滑らかさはないが、拡散反射がもたらす独特の光沢は美しくシリューナの目を引きつけ止まない。
 それが、少女から大人の女性へと成長する過渡期の、美しいと可愛いが同居するティレイラを象っているのだから、興奮を押さえる事など出来ようはずもなく。
 シリューナは頬を寄せてその感触をたっぷりと味わった。
 この魔法道具の3つ目の特徴。
 それは皮膜が覆っているだけなので、デッサン人形のようにポージングを変えられる事。確かに、娘をさらい運ぶには固まっていたままだと不便も多かろう。
 シリューナはカップを手に座ったままのティレイラからカップを取り上げるとその場に立たせた。
 きょとんとした顔の見返り美人の完成だ。
 そうしてシリューナは、これまでの鬱憤を晴らすかの如く、じっくりたっぷりティレイラのオブジェを満喫したのだった。




 ■大団円■
東京怪談ノベル(パーティ) -
斎藤晃 クリエイターズルームへ
東京怪談
2017年08月15日

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