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『見立てと見立て 』
松本・太一8504
 松本・太一の内に棲みついた“悪魔”曰く。先に太一が関わり、そして「言い負かした」都市伝説は、限定的な神だったらしい。
 彼の魔女形態――年齢はおろか性別すらも変わる――である“夜宵”は、情報というものに特化した存在だ。その情報を言の葉に換え、重ねることで成した情報量で、彼は都市伝説に負けを認めさせることができた。
 都市伝説の織り成した閉鎖世界からの帰還を果たした太一は、自身の魔女としての方向性を考える。
 私の内に“悪魔”がいる以上、魔女であることはやめられない。怪異からも遠ざかれないだろう。だとしたら……魔女としての力は高めていかなきゃいけないんだ。自分の得意なジャンルもそうだけど、なにより基礎的な白魔術の力を底上げしないと。
 彼の思考を読んでいるはずの“悪魔”は特に口を挟んでくることもなく、沈黙を保っている。好きにしろということなのだろうが、善意からの肯定ではない。より深く魔へ関わろうとしている太一へ向ける彼女の眼、そこに浮かぶ嘲笑の色がそれを明示していた。
「とにかく、どうやって白魔術を勉強するかだね……」
 資格試験の勉強ならひとりでできるが、魔術に初級者向けテキストが存在するはずもない。となれば。
「……誰かに教えてもらうしかないわけだ」


「あー、うん。キミがや、や、やっちゃん? ほら! 憶えてないとかじゃなくて! 魔女たる者、真名どころか仮名だって晒しちゃいけないっていうか! わかるっしょ、ね、ね!?」
 伝手をたどって紹介してもらった白魔女は、知的な狐顔の美女だった。いや、知的なのも美しいのも、あくまで顔のつくりだけらしいのがなんともアレな感じだったが。
 太一いや夜宵のなんともいえない半眼を察知した白魔女はあわてて。
「ウチはフレンドリー第一なんで! 魔女ってこう、でっかい釜で蛙煮たりしてるみたいなイメージあるっしょ!? そういうの、やなんだなー。普通の人と魔女がなかよく暮らせる社会にしたいっていうか、ついでにガッツリ儲けたいっていうか」
 本音もアレだが、衣装はさらにアレだ。なぜ少し前に話題となった“童貞を殺すセーター”とロングブーツである必要性があるんだろうか? 色が白で統一されているあたり、コスプレ感満載だ。
「とにかくっ! ウチは回復と治療が専門なんで。やっちゃんは薬作れるんだっけ? じゃ、さっそく腕前見せてもらおっか!」

 というわけで。
 怪しげな薬草――どう見ても毒キノコやらマンドラゴラやら――が棚いっぱいに並ぶ薄暗い部屋の中、夜宵は大きな釜でドロドロとした薬液を煮込んでいる。
 そのドロドロには足どころか丸ごとのガマガエルが何匹もぶち込まれていて、しかも元気に泳ぎ回っている有様だ。
「“見立て”が大事ってのはやっちゃんも知ってるっしょ? トラディショナルな見立ては薬とか魔法の効果に影響するからね! ね!」
 このカエルたちは、白魔女の眷属ならぬバイトで、一日3回の蛙用フードを支給する契約を結んでいるという。まあ、必要に応じて雇用したり解雇したりできるのは便利そうだが……現代社会の縮図、その影を魔女業界でまで見せられるとは。
「あ、釜かきまわしてるとき、たまにでいいから笑っといてね。イ行のファルセット。イッヒッヒとかキキキとか。見立てだよ見立て」
 ガマガエルの脂を加えた傷薬を煮詰めながら、夜宵は小さな声で「ヒッヒッヒ?」と笑ってみた。なんとも気合の乗らない声音ではあったが、確かに薬の濃度が上がった気がする。ああ、やっぱり見立ては大事なんだな。もっと真剣にやらなくちゃ。
 一方白魔女は、黒絹を張り巡らせた小部屋の内、特に意味はないと言い切った水晶球を挟んで客と対峙していた。
「なるほどー、前立腺肥大。紹介状書くんで大学病院で手術してもらって! 気休めの飲み薬出しときますんでねー」
「最近手足が冷たくて痺れる……更年期っしょ、更年期。こんなとこ来てないで病院行きなさいって。とりあえず繋ぎの薬草懐炉どぞー。使いかた? 使い捨てのやつといっしょでーす」
「胃癌のステージ2? すぐ癌センター行け! あ、お金ない……って言われましてもねー、おまじないしかできないですよ? じゃあお腹出して。やばいのやばいの飛んでけー。はい、お大事にー」
「なんか右肩重くて元気出ない。夏バテじゃなくて呪われてる? 白魔術の奥義で祓っときましょか――ぽんぽん、と。あと、事故物件から引っ越ししたらバッチリですよー」
 アバウトにも程があった。
 が。
 待合室は白魔女の診察(?)を待つ客でぎっしり。増えこそすれ減る様子はなかった。
「やっちゃん薬できたー? 小瓶に詰めて冷凍庫で冷やして! 凍らせると瓶が割れちゃうから、15分くらいしたら冷蔵庫に移しといてー」

 ようやく午前の営業が終わり、夜宵と白魔女は遅い昼食をとる。メニューはテイクアウトのひじきサラダと鰯のマリネ、パン屋から届けてもらったバケット、ペットボトルの無糖紅茶だ。
 ちなみにカエルたちも、もりもりとフードを喰らっている。午前中によく働いたので、午後は早上がりになるらしい。
「疲れた?」
「はい? あの、いいえ、ああ、いそがしかったですね」
 夜宵は4時間以上も釜をかき混ぜ、小瓶をまとめて運び続けたせいでぱんぱんに張った両腕を見下ろし、あいまいな笑みを浮かべた。
 正直なところ、これといった手応えは感じられていない。自分の仕事にも、そして白魔女の仕事にも。こんなことをしていて、そしてあんなことで、白魔術がどれほど発揮されているものか。
「白魔術ってのは奇蹟じゃないから」
 ふと、白魔女が夜宵の目をのぞきこむ。
「治るとか抵抗するってのは、その人が自分ですることなんだ。白魔術はそれを増幅したげるだけのものなんだよ」
 白魔女の瞳が静かに輝く。それは口調とは裏腹な、英知の光だった。
「……やっちゃんは見立ての言葉で都市伝説をやっつけたんだよね? でもそれって、いっこしかできてない。もういっこの見立てがちゃんとできてたら、つけ込まれることだってなかったはずだよ?」
 もうひとつの、見立て。
 夜宵は思い悩む。いったい自分の見立てに、なにが足りないというんだろう?
「午後はやっちゃんがお客の相手してみよっか! 魔女商売なんてブルーカラーなんだし? 実践あるのみっしょ」

「あ、その、お、お願いします……」
 うさんくさげな目を水晶球の向こうから向けてくる男に愛想笑い。夜宵はぎこちなく頭を下げた。
 話を聞けば、2週間前からいきなり毛髪が抜け始め、生え際が激しく後退したのだという。
「元妻が俺のこと呪ってんだよ」
 吐き捨てた男の年齢は30代。早ければ20代から悩まされる症状だから、呪いかどうかは判断が難しいところだ。ただ、2週間という時間で3センチの後退は確かにおかしい。
 薄毛治療の病院へ――言いかけた言葉を飲み込み、夜宵は男を観察する。
 額付近に呪いの痕跡は見受けられない。頭皮も同様だ。どう見ても、遺伝的要因に基づく自然現象なのだが。
『腎臓の上』
 ぽつり。白魔女の念話が夜宵の耳元を震わせた。
 副腎……男性ホルモン! 夜宵は魔眼を男の体内、副腎へ向けて焦点を合わせ。
 見つけた。細い呪力の糸が絡みつき、抜け毛の大きな要因となるジヒドロテストステロンへ変じるテストステロンを異常分泌させているのを。
 大した術ではない。これなら、駆け出し魔女の夜宵でも問題なく祓うことができる。
 と、ここで夜宵は考える。
 ちゃんとお客さんの状態が判断できていれば、容易く気づけたんじゃないのか?
 見立て。そうだ、見立てだ。見立てにはふたつあるのだ。
 ひとつは別のものをそれだと見立てること。魔女の釜は怪しければ怪しいほど力を増す。それは「常軌を逸したもの」を「謎の効力を発揮するもの」として見立てていればこそ。
 そしてもうひとつは、見て判断するという、辞書に記載されたとおりの見立て。
 都市伝説と対したとき、夜宵は都市伝説の有り様や特性を見て取れなかった。だからこそつけ込まれ、取り込まれることになったのだ。
 対象を見立て、有効な見立てをぶつける。
 その上で、呪いや病気にかかった人自身の能力を高める。
 自分が考え、学ばなければならないのはそれだ。
 白魔術のあるべき様を成し、それを振るう者にあるべき姿を為す――
「もう大丈夫ですよ」
 夜宵は笑んだ。できうるかぎり優しく、できうるかぎり頼もしげに。
「頭を前に倒して、こちらへ向けてください」
 額を通して魔力を体内へ差し入れ、副腎に絡みついた呪力の糸を断つ。わざわざ額から通すのはそれだけ困難を伴うが、男を納得させ、抵抗力を高めるには必要な労苦だ。
 難しげな、しかしなんの意味もない呪句を唱えた後、夜宵は男を解放した。
「終わりました。あとはリラックスして、お体とお心をご自愛くださいね」
 小首を傾げてみせればもう、男は夜宵の美貌に魅せられ、鼻息荒くうなずくよりない。あ、興奮するとテストステロンが……なるほど、白魔女のあのやりかたは、客に余計な感情をかき立てさせないためだったのか。
 次はもっとうまくできる。
 夜宵は男を送り出し、次の客を招き入れた。


「病院からいくつか連絡きてる。紹介すんのは患者だけにしてくれってさー」
 白魔女が午前中に夜宵がかき回していた傷薬をぐびりと飲み下した。プラシーボ効果で疲労回復が見込めないこともないそうだが、あのカエルたちの顔を思い出すとちょっと手が伸びない。
「――って、みなさん、病気も呪いも」
「自分で治しちゃったよ。病は気から。気持ちがしっかりしてたら、大抵のもんはなんとかなるもんさー」
 夜宵は今日学んだことを思い出す。
 見立てと見立て。そして、自分を救うのは自分自身であり、そのためには心身を平らかに保つ必要があること。
「薬も魔法も、“自分”の補助にすぎないんですね」
 白魔女はへらりと笑い、夜宵の肩をばんと叩いて。
「明日はペースアップしてがんばってね! 薬なんかいっくらあっても足んないんだからね! ね!」
 グエー。休憩場所の水槽の中、カエルたちが悲痛な声をあげて。
 夜宵は自分の腕を見てげんなり息をついた。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【8504 / 松本・太一 / 男性 / 48歳 / 会社員/魔女】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 かくて男は魔女への一歩を辿る。その先になにがあるやを知らぬまま。
東京怪談ノベル(シングル) -
電気石八生 クリエイターズルームへ
東京怪談
2017年08月15日

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