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『見えない流星の輝き 』
ヴィクトア・ローゼaa4769

「おい」
 たったそれだけの言葉なのに、彼は聞き覚えのある声に反応して、声のほうへ視線を向けてしまう。
 趣味の悪い派手なシャツを着た男が二人、にやついた笑みで彼を見ていた。
「……」
 とことん運の悪い自分自身に、彼は深いため息が漏れそうになる。
 男たちに視線で合図されて、彼は細い路地に入った。
「よぉ、元気だったか?」
 頬に傷のある男が言う。
「急に姿を見なくなったからよ。どっかでのたれ死んでんのかと思ったよ」
 袖口からタトゥーがのぞくもう一人の男が彼の燕尾服にその手を触れる。
「いい服着てんじゃん」
 無闇に動くよりも相手の動きを待とうと、彼はただ黙って耐えている。
「相変わらず、かわいくねーな」
「そんな余裕のある顔をしていられるのも、いつまでだろうな?」
 そう言って、傷のある男が胸元のポケットから写真を取り出した。
「おまえの過去を知ったら、このじいさんはどーすんだろうな?」
 そこには、彼と彼の主人が写し出されていた。
 彼は主人から離れなければいけなくなるイメージが浮かんだ瞬間、その心にヒビが入ったような気がした。
 歪んだ彼の表情を見て、男たちはその口角を気味悪く持ち上げた。
「へぇ、ずいぶんとわかりやすい顔をするようになったな」
「今夜、待ってるからよ……」
 傷がある男はまるで壊れやすいガラス細工にでも触れるように彼の肩にそっと触れ、すぐに離れた。

 もう過去には戻りたくない。主人から離れたくない…… 彼はただただそれだけを考えて屋敷へと戻って来た。
「やぁ、おかえり」
 門を通って玄関へ向かう途中、花壇のほうからやわらかな声がした。
 老紳士の声に、彼は自分が屋敷に戻ってきたことに気がついた。いまの幸せを失う恐怖で暗くなっていた視界に色が戻り、恐怖で無意識に丸まっていた背中を正す。
「ただいま戻りました」
 彼の小さな相棒も主人の隣で彼に大きく手を振っている。
「……」
 こんなに優しい場所を、彼は失うわけにはいかなかった。
「顔色が悪いですが、何かありましたか?」
 老紳士は彼の頬に手を触れ、まるで彼が涙を流してでもいたかのように、その頬を親指の腹ですこし強めに撫でた。
 彼はすこし驚いたが、それから泣きたいような心持ちになった自分に気づいて、シャツの胸元をぎゅっと握った。
 主人の指先から伝わるのは無償の愛情で、彼はそんな深い愛情をこの主人に会ってはじめて知ったのだ。
 小さな相棒も彼の手を取り、心配そうに見上げる。
「大丈夫です……なにもありません」
 彼はそう嘘を吐き、下手な作り笑いを浮かべて屋敷の中へと入った。
 自室に篭ると、彼はその目を閉じて考える。どうしたら、これから歩む自分の道から、過去を切り離すことができるのだろうか? どうしたら、あの優しい人たちを守れるのだろうか?
 彼はベッドに座り、大好きな人たちを守る術を…… これまで、考えることができなかった、自らの手で未来を切り開く術を考える。

 深夜、男たちが指定した場所に来た彼の肩を、頬に傷のある男が再びやけにやんわりと触れた。彼はその気持ちの悪い感触に眉をひそめる。
 過去、自分は何度、見せかけの優しさに期待し、裏切られてきたのだろう?
 愚かな自分が歩んできた愚かな過去。切り捨てたい過去ではあるが、その過去があったから、主人に出会った自分がいるのも事実であり…… 主人は、後ろ暗い過去さえも含めて、自分を受け止めてくれていることが彼にもわかっていた。
「時間どーりだな」
「約束のもんは?」
 タトゥーの男が彼に向かって手を出す。
「……」
 彼は無言のまま、燕尾服の内ポケットに手を入れた。
 その様子を見て、男たちは笑った。
「おいおい、まさか、そんなところに入るはした金を渡そうってんじゃないよな?」
「あの家のもんちょっと売れば、いくらでも金なんて作れるだろ?」
 しかし、彼の手に握られていたのは金銭などではなかった。手の中にあったのは、サバイバルナイフ。それは傭兵時代に使っていた護身用のナイフだった。
 ナイフを見て、男たちの眉がつり上がる。
「は?」
「なんかの冗談か?」
「だとしたら、笑えねーなぁ?」
 タトゥーの男が拳を作り、彼の頬を殴る。
「おい、やめろ」と、傷のある男がわざとらしく止めに入る。
 タトゥーの男は「悪りぃ」と言葉では言いつつも、彼をもっと甚振りたいという気持ちを隠すこともなく、舌舐めずりする。
 しかし、男たちは気づいていない。大の男に殴られても、彼が一歩たりともその場から後ずさってはいないということに。
「あのじーさんがどうなってもいいってんだな?」
「主人を見殺しにするとか、とんだ執事だな」
 にやつく男たちに、彼は口を開いた。
「……」
 彼の小さな声に、男たちは眉間にシワを寄せる。
「あんだよ? 相変わらず、チッセー声だな」
「……さない」
 次の瞬間、彼は素早く動き、タトゥーの男を蹴り飛ばし、傷のある男の首筋をナイフで軽く切りつけた。
「っまえ」
 苛立った男たちは彼に襲いかかったが、彼は身軽にかわして、タトゥーの男を今度は投げ飛ばして気絶させた。
 頬に傷のある男が隠し持っていたナイフで切りかかってきたが、手刀で男の右手を打ち、ナイフを落とすと、男の首根っこを片手で掴み、後ろから先ほど切った男の首筋へとナイフを押し付ける。
「彼らに手を出したら……許さない」
 女性とは思えない低く、怒気を含んだ声に、彼が次は本気でそのナイフに力を入れることが男にも伝わる。
「わ……わかっ、た」
 男が震える声でそう約束したのを聞いて、彼はその手を離した。

 男たちが逃げ去る背中を見送って彼が屋敷へと戻ると、出てくる時には消えていたはずの広間の灯りがついていた。
「おかえり」
 広間のソファーには主人がおり、優しい声で彼を迎え入れる。主人の隣では小さな相棒が体を丸めて眠っていた。
 もしかすると、彼が部屋にいないことに気がついた小さな相棒が主人を起こしてしまったのかもしれない。
「……無断で屋敷を空けてしまい、すみません」
「星は綺麗でしたか?」
 主人が何を言っているのかわからずに、彼は「え?」と聞き返した。
「今宵は流星群ではなかったですか? 星を見に行ったのでしょう?」
 彼の頬の傷を見れば、ただ星を見に行ったわけではないことはわかるはずだった。それに、この日、流星群は流れない。
 それでも、なにも聞かずに彼のすべてを受け入れる主人の眼差しは、確かに綺麗だったから、彼は素直に答えた。
「……綺麗でした」
 彼は本当に美しい流星群を見たような気持ちになった。
 それはきっと、主人の目のなかに、これから彼が主人と歩む未来の輝きを見たからだろう。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 aa4769 / ヴィクトア・ローゼ / 女性(外見:男性) / 28歳 / 執事 】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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この度はご依頼いただきまして、ありがとうございます。
過去の経歴や見た目に反した性別など、複雑な設定のヴィクトアのお話を書かせていただき、楽しかったです。
ヴィクトアには幸せになってほしいと願いを込めて執筆いたしました。
ご期待に添えていましたら幸いです。
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リンクブレイブ
2017年09月06日

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