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『あなたに届ける願い事 』
夢洲 蜜柑aa0921)&ウェンディ・フローレンスaa4019)&アールグレイaa0921hero002

●おねーさまとあたし

 真っ白な百合の花が、重そうにゆらゆら揺れている。
 夢洲 蜜柑は花壇の前で足を止めた。
「すごい、真っ白な百合なのね。……きれい」
 優美に反った厚みのある花弁はすべすべで、まるでシルクのドレスを思わせる。
「百合の花束、と、白いドレス……かぁ」
 ぼそぼそと呟く蜜柑。
 と、ぼうっと頭から火が出たかのように、顔を真っ赤に染め上げた。
 すぐに頭の周りから何かを追い払おうとするように、両手を振りまわす。
「なしなしなし、いまのなし!!」
 それからきっと顔を引き締め、パタパタと駆けだした。
「早く行かなきゃ! おねーさまを待たせちゃう!!」
 なんとも賑やかなことである。

 おねーさまとはウェンディ・フローレンスのことである。
 蜜柑より少し年上の友人、憧れのおねーさま。金の髪に金の瞳の、やんごとないお育ちの美しい女の人。
 なにかにつけて蜜柑を可愛がってくれていて、おしゃれのアドバイスも授けてくれる。
 今日もお部屋にお邪魔して、素敵なドレスを見せてもらったり、可愛い髪のまとめかたを教えてもらったりするつもりだった。
 呼び鈴を鳴らすと、ウェンディがすぐに扉を開けてくれた。
「ようこそ、蜜柑ちゃん。時間ぴったり。さすがですわね」
「おじゃまします!」
 蜜柑は極上の笑みをウェンディに向ける。
 ちゃんと呼び鈴を押す前に、走って乱れた髪や服を軽く整えている。
(だっておねーさまに呆れられたくないんだもの!)
 憧れの人に少しでも近づきたい、一途な蜜柑なのだ。

 だが蜜柑から見ればとんでもないほど大人で、誰よりも優美でおしとやかなウェンディも、まだまだ若いお嬢さん。
 しかもほんの少し前まではベッドに伏せるばかりの生活だったのだから、丈夫な体を手に入れた今は、興味を持った事柄には驚くほど大胆に行動することもある。
 というわけで、蜜柑がいつもの通りに綺麗な部屋に案内されて、素敵なテーブルセットに落ち着くや否や、ソレを持ちだしたのである。
「ねえ蜜柑ちゃん、この方はどなた?」
「えっ!?」
 蜜柑の笑顔が張り付く。
「どどど、どうして、おねーさまがソレを!?」
 ソレとは、女性向けのファッション雑誌である。
 世間にその手の本は数あれど、蜜柑には見覚えのある表紙を見た瞬間、慌てふためく理由があった。
「あら、この雑誌はわたくしのお気に入りですもの。そうそう、蜜柑ちゃんにもお見せしたことがありましたわね」
 ウェンディはそんなことを言いつつ、透かし彫りの金のブックマーカーを挟んだページを開いて見せた。
「蜜柑ちゃん、とっても素敵ですわ」
 そのページには、美しい青年と並んで幸せそうに微笑む、ウェディングドレス姿の蜜柑がいたのである。

 蜜柑は顔を真っ赤にして、テーブルに突っ伏した。


●おねーさまの追及

 ウェンディが出してくれた、爽やかなレモングラスの香りのするアイスティーを飲み、ようやく少し落ち着く蜜柑。
 だが向かいに座るウェンディは、期待に目をキラッキラ輝かせて蜜柑を見つめている。
「それで? この方はどなたですの?」
「アールグレイ、なの。あたしの……英雄」
「まあ!」
 ウェンディは改めて写真をまじまじと見つめる。
 美しい青年だった。細身だが、立ち姿はすっきりと頼もしく、おそらくは腕も立つ。
 穏やかな微笑は嫌みなく、蜜柑のようなまだあどけない少女がウェディングドレス姿で一緒にいても、不思議と馴染む。
(でもあと5年ほど、年月に磨かれたほうがよろしいのではないかしら)
 ……どうやらウェンディの好みではなかったらしい。

 ウェンディはクッキーをすすめながら、蜜柑に微笑みかけた。
「もし間違っていたら許して下さいね。本当のことを言うと、蜜柑ちゃんはウェディングドレスを着るモデルになりたかった……という訳ではなかったのではないかしら?」
 蜜柑がびくっと肩を震わせる。
「この方の隣で、ウェディングドレスを着たかった。当たっていまして?」
「おねーさまぁ……!」
 蜜柑はもう頭のてっぺんまで真っ赤になっている。
 そう、この雑誌は学校の友人達ですら知っているのだ。それで蜜柑は級友たちに、アールグレイのことを色々聞かれる羽目になったのである(本当は秘密にしておきたかったのに!)。
 雑誌の対象年齢を考えれば、ウェンディが目にするのも当然だ。
 良く考えれば、ファッションの傾向もウェンディの好みではないか。
(あーん、どうして今まで気付かなかったんだろう!!)
 もちろん、大好きな年上のおねーさまに、いつか相談したいと思わなかったわけではない。
 でも心の準備というものがあるのだ。

 実際、ウェンディのほうは手ぐすね引いて待っている状態であった。
「ふふっ図星ですわね」
 上品に微笑むウェンディだが、明らかに自分の興味の赴くまま、この年下の友人の恋の話を追求する気満々である。
「それで? 何か将来のお約束でもありますの?」
 おーっといきなり!
 蜜柑はぶるぶるっと激しく首を振る。
「ない! ない! そんなんじゃないの!!」
「あらこんな写真を撮ったのに? 見れば分かりますもの、良い関係だと思いますわ」
「アールグレイはっ! そういう人じゃないの!!」
 テーブルに手をついて、蜜柑が立ち上がる。
「あっ、あたしを、一人前のレディとして扱ってくれて! 契約のときだって、大人の女の人にするみたいに、手に……手に……」
 恭しく口づけされたのだ。
 そのことを思い出しただけで、蜜柑は気が遠くなりそうだ。
「いつでもお話しを聞いてくれて。外国のおとぎばなしから抜け出てきたみたいな、綺麗な男の人で。立ったり座ったり、ただそれだけの動作が、つい見とれちゃうほどかっこよくてっ……」
 蜜柑はそこで、へなへなと椅子に座りこむ。
「そうなの。なにやってもかっこいいの。見た目だけじゃなくって、性格もかっこいいの」
 いやはや大変な告白である。

 蜜柑は問われるままに、アールグレイのことを語った。
 本当はずっと、大好きなウェンディに、大好きな人のことを聞いてほしかったのかもしれない。
 一方で頷きながら耳を傾けるウェンディの笑みは、いつしか慈しむようなものになっていた。
(蜜柑ちゃん、本当にこの方のことが大好きなのですわね)
 素直で、一生懸命な可愛い子。
 その素直さと一生懸命さが、ひたむきな恋心にもつながっている。
 ウェディングドレスの「意味」も、「その先」も求めない、少女らしい純粋な恋心。
(初恋、なのですわね)
 それは純粋だからこそ、人間同士の生の感情の前に消えゆくもの。
 けれどこの可愛い子の恋だけは、身を結んで欲しいと思ってしまう。
 純粋で美しいものがひとつも残らないなんて、そんな世の中は寂しすぎるではないか。
「いつか、わたくしもお会いしてみたいですわね。蜜柑ちゃんの素敵なナイトに」
 雑誌の写真に目をやると、タキシード姿の青年が居住まいを正したように見えた。


●おねーさまとあたしと……

 ウェンディの「いつか」は意外にも早く訪れた。
「あのね、今日……迎えに来てくれることになっていたの」
 蜜柑がやっぱり顔を赤くしながら、まるで悪いことを白状するように小さな声で言ったのだ。
「まあ! 嬉しいですわ、お会いできますのね」
 ウェンディに引き合わせるつもりだったのか、たまたまだったのかは分からない。
 けれどウェンディはお迎えのやってくるのを楽しみに待っていた。

 そして呼び鈴が鳴る。
「まあ、貴方がアールグレイさんですの? わたくしウェンディと申しますの。蜜柑ちゃんにはいつも仲良くしていただいていますわ」
 ウェンディに対面した青年は、感じの良い笑みを浮かべた。
「はじめまして、ウェンディ。お会いできて光栄です」
 そう言って軽く会釈する仕草も優美で、ウェンディからみてもなかなかこれほど洗練された男性は少ないだろうと思われた。
 なので、すこし興味も持ったのだ。勿論、蜜柑の相手を見極めるという意味で、である。
「お時間が許すなら、少しお茶でもご一緒にいかが?」
「いえ、突然の訪問ですし、今日はもう遅い時間ですから。失礼しましょう、蜜柑」

 ウェンディの背後に、蜜柑は半ば隠れるように立っていたが、アールグレイの呼びかけにおずおずと進み出る。
「うん、そうだね」
 正直言って、お茶をみんなで一緒にというのが蜜柑には少し怖かったのだ。
 一歩引いて見ていると、物腰柔らかく優雅なアールグレイと、しとやかで凛としたウェンディが、なんだかお似合いのふたりに見えてしまったからである。
(どうしよう、ふたりが仲良くなっちゃったら!!)
 大好きなふたりが、お互いにいい人だなと思ってくれるのはとても嬉しい。
 でも蜜柑を飛ばして急接近されてしまったら、大ショックなんてものではない!

 ウェンディは微笑みながら、蜜柑の髪を軽く撫でつけた。
「ではそのうちにおふたりでゆっくりお茶にいらしてね。お待ちしていますわ」
「ありがとう、おねーさま」
 くすぐったそうに笑顔を見せる蜜柑は、やっぱりこの素敵なおねーさまが大好きなのだ。
 アールグレイが玄関ドアを静かに開いて、半身になる。
 レディファーストの仕草も、息をするように自然だ。しかも蜜柑の手を恭しくとり、軽く背中に手を添えてエスコートする完璧ぶりである。
 またもや蜜柑の頬が真っ赤に染まる。
(あらあら、これは大変ですわね)
 ウェンディはふたりの様子を微笑ましく見守っていた。
「お気をつけてお帰りになってね。……とはいえ、ナイトがご一緒ですから、心配はないのですけれど」
 その言葉に、アールグレイが振り向いた。
「有難うございます、ウェンディ。蜜柑から素敵な方だとお噂は伺っていましたが。実際にお会いして、蜜柑にこのような友人がいたことを嬉しく思います。今後ともどうぞよろしくお願いします」
 言葉も、それを紡ぐ際の笑顔も、完璧だった。


 ウェンディはふたりの姿が見えなくなるまで見送っていた。
 どこかから百合の香りが漂ってくる。
(もう6月ですものね)
 雑誌は結婚式への憧れを美しくかきたて、若い娘達は白いドレスにため息を漏らす。
 蜜柑もそのひとりだ。
 まだあどけなく、恋に恋する少女。
 なのに、出会ってしまったのは考えうる限りの理想を詰め込んだナイトだった。
 おかげで蜜柑は、赤くなったり青くなったりのめまぐるしい毎日に振り回されている。
 だが今日、ウェンディには分かってしまったのだ。
(彼の気持ちは……少し違うのですね)
 アールグレイにとって、蜜柑が大切な存在であることは間違いなかった。
 けれどそれは、契約相手としての大切さであって。
 蜜柑の気持ちに気付いていないだけかもしれないが、少なくとも今のところは、幼くとも真剣な恋心に応える様子はみられなかった。
(でも蜜柑ちゃんは、今がとても幸せなのでしょう)
 毎日がキラキラしていて、ドキドキに振り回される幸せ。
 大人になってからも、思い返せばきっと幸せな気持ちになれるような。
 いや叶うならば、思い返す暇もないぐらいに。可愛い友人の幸せができるだけ長く、この先もずっと続くように――。
 優しい金色の瞳は、夕暮れ時の空に輝く星を見上げて祈るのだった。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【aa0921 / 夢洲 蜜柑 / 女性 / 14歳 / 人間・回避適性】
【aa4019 / ウェンディ・フローレンス / 女性 / 20歳 / ワイルドブラッド・生命適性】
【aa0921hero002 / アールグレイ / 男性 / 22歳 / シャドウルーカー】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お待たせいたしました、蜜柑ちゃんの大事な両者・御対面エピソードをお届けいたします。
皆さまそれぞれが他の方に寄せる思いがどれも優しく思え、このようなタイトルとなりました。
お気に召しましたら幸いです。
この度のご依頼、誠に有難うございました!
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2017年08月15日

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