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『珈琲とオレンジ 』
夜城 黒塚aa4625)&智貞 乾二aa4696


 誰かのために、何かの役に立つ。
 生きとし生けるもの、それぞれに何がしか。
 この世界に存在するからには、きっと理由がある。




 とあるカフェバー。
 そこで正社員として働いている智貞 乾二は、出勤するなり店長から非情な任務を言い渡された。
「新人教育……、……ですか」
 長身で知的な印象を与える銀髪の青年は、白い肌を更に白くし、声を震わせた。
 口下手という自覚はある。
 要領だってよくない。
 自分一人で、今の仕事をこなすのが精いっぱい……今だって失敗は多々あるし、落ち込むことも多い。
「ぼ、ぼぼ僕には、まだ……その……時期尚早かと……」
 店長には世話になってきた。
 自分を認めてくれて、任せるという言葉は嬉しい、嬉しいけれど……
 しどろもどろに目を泳がせながらの抗議は、『何事も経験だから』という力強い言葉で押し切られてしまった。

 一人になってから、乾二は改めて慌てふためく。
 どうしよう、どうしよう、どうしたら。
(僕が働き始めた時は、どうだったかなぁ……)
 ロッカーへしがみついて小さくなりつつ、己の経験を引っ張り出す。
 もれなくついてまわる失敗談に赤面したり青ざめたりを繰り返し。
「そういえば、店長が履歴書を置いて行ってくれたっけ……。どんな人なんだろう。優しそうだと良いな……」
 落ち着きを取り戻そうと、何とかロッカーから離れる。
 テーブルの上に置かれた一枚の履歴書へ手を伸ばす。
「…………こ。これは」




 アルバイト。それも、カフェバー。
 なんと健全な響きか。
 夜城 黒塚は明るい街中を歩きながら、後ろへ流している赤い髪をなでつける。
(まあ、時間つぶしにはちょうどいいか……)
 知人の伝手で引き受けたものの、自分には不似合ではないかと思う。
 人相が良い部類ではない自覚はある。
 愛想だって良くない。接客業が務まるのだろうか。
 ただ、誰かに必要とされるのは悪くなかった。
 自分に出来る仕事があるなら、時間に余裕があるのなら。
「この道を曲がって……、と。思ったよりチャラチャラしてねえな」
 落ち着きのある小洒落た店の佇まいに、まずは安心する。
 やたら長い名前のメニューや、逆切れしたくなるボリュームのフードは扱っていないように見える。
「従業員入口は後ろだな……」
 渡されたメモ通りに裏口へ回り……その前でうずくまっている白っぽい人影に気づく。
「? どうした、こんなところで。具合でも悪いのか」
 黒塚は身をかがめ、銀髪の男性の肩を掴む。
「すすすすいません! ……少しばかり不安と緊張で吐きそうなだけで……だ、大丈夫です……」
「大丈夫ってツラじゃねエぞ。この先、カフェだけど開店まで時間があるはずだから休ませてもらえ」
「えっ、 ……え!!?」
 完全に血の気を喪っている青年を見て、黒塚も青ざめる。これは尋常ではない。
 乱暴に裏口の扉を開け、黒塚は奥に向かって誰かいないかと叫ぶ。

「く、くくくく黒塚さん!!!」
「へ?」

 ぐいーーーと腕を引かれ、黒塚はキョトンとして振り向いた。
(どうして、俺の名前を……)

「は、吐きそう……です、むむ無理……」




 衝撃の出会いだった。
 店長が間に入り、乾二が落ちつくのを待ち、事情の説明が行なわれ、ようやく開店直前業務開始となる。

「え、ええと……智貞 乾二、です。わからないことがあったら、な、なんでも聞いてね」
「夜城 黒塚……ッス。よろしくッス、智貞先輩」
「……先輩っ?」
「ですよね? 俺より先に働いてるわけだし、社員だし」
「そそそそそうだね? そうなるのかな?」
 オドオドおろおろ、緊張で硬くなっているのはバイト初日の黒塚よりも乾二である。
(世慣れねえぇええ……)
 その様子を、黒塚は無意識に半眼で見てしまう。
 長い銀髪を後ろで一つに結い、白い肌に色素の薄い瞳。長身ながら儚げな印象は、黙っていればこの店の雰囲気にとても似合うというのに。
 如何せん、儚さ過ぎてこの世界で生きていけるんだろうかと思ってしまう。
(別世界から来た『英雄』じゃあるまいし……)
 黒塚はリンカーであり誓約を交わした『英雄』がいるけれど、その辺にゴロゴロと転がっているはずないだろうと思う。たぶん。
「それじゃあ、開店準備の説明を…… あっ」
 乾二が振り向いた際に、カウンターに置いてあった水差しへ肘がぶつかる。
 傾き、落ちそうになったところへ黒塚が大きく踏み込んでなんとかキャッチ。
「す、すいません!」
「大したことじゃねえよ」
「その水は、前日にスライスレモンを入れておいたもので、ストックは――……」
 まさかの解説続行。
(大丈夫か?)
 いや、大丈夫じゃねえな?
 つっかえつっかえの説明を聞き、教えられたとおりに行動しながら、黒塚は乾二の不器用振りを見守る心境となっていった。




 この店は、自家焙煎の珈琲が売りの一つで。
「あー、道理で良い匂いがすると思った」
「朝に一度、そ、それから動きを見てランチタイムの後にもう一度、焙煎をするんだ。今日は初めてだから、これからやってみよう」
 ランチタイムが来て、忙しくなる前に。
 乾二に案内された焙煎室は狭く、珈琲の香りが充満している。
「ピッキングと言って珈琲豆の選別もあるんだけど、済んだものがこっちの袋だよ」
「豆の……選別?」
「カ、カビが生えたり、虫食いのある豆は、味が良くない、から……」
「……ふぅん。はみだしモノは不要、ってか……」
「すす、すいません……」
「あんたが謝ってどうするんスか。……独り言、っす」
 口にするつもりの無かった呟きを拾われ、黒塚は顔を逸らす。――それが良くなかった。
「ま、豆を入れて、温度が上がってきて――……熱ッ」
「!?」
 機械の内部が回転し、満遍なく豆を焙煎してゆく。
 煎り具合を説明しようとした乾二が、扉を開けようとして火傷を負ったようだ。
「そ、それで、これくらいの煎り具合が……」
「じゃないだろ、火傷だろ。とにかく冷やしに行くぞ」
「えっ、でも」
「店長、ここ見ててください」
「すいません!」
「謝んなくていいっつうの……。智貞先輩は肌が白いんスから、火傷は残るし目立ちます、よ」
 慣れない敬語でちぐはぐなフォローをしながら、黒塚は乾二の手を引いて水場へ向かった。


 痛いくらいに水で冷やした後は、塗り薬と包帯で手当て。
「火傷って、馬鹿にできねえんスよ。たかが指先でも、ヘタすりゃそこから腐り始めますから」
「す……すいません……」
「……だから」
 いちいち、謝らなくていい。
 苛立ちを感じながら、黒塚は乾二を見上げ……しょげかえった表情に毒気を抜かれる。
(仕方ねえな)
 過剰に卑屈と感じるところもあるが、決して乾二に悪気があるわけじゃないことは伝わっている。
 丁寧に教えようとして効率が悪くなっている部分もわかる。
(物を取り落とすのは……単純にドジなだけだな)
 黒塚は、自分の人相が良い部類ではない自覚がある。愛想だって良くない。
 だから、そこを怯えられているのだと思っていたが違うらしい。
 口下手で、要領が悪くて、緊張しいなのが智貞 乾二という男のようだ。
(俺より年上……なんだよなあ?)
 頼りないことこの上ないが、『先輩』に違いはない。
(さっさと覚えて、フォローしてやらねえと……)
 人は、それを庇護欲であるとか絆されたとか表現するのだが、黒塚にその自覚はない。
「謝らなくていいんで、次の仕事教えて下さい」
「は、はい、すいません……あ」
「仕方ねえな……」
 かくいう黒塚も地が出ていて、荒い口調になる場面も多々あって。
 それで丁度いいのかもしれない、などと考えていた。




 怒っているのかと思った。
 怒鳴られるかと思った。
 しかし、意外なことに夜城 黒塚は、凶暴な外見に反し落ち着いた青年だった。
(この世界へ来たばかりで慣れてないだけで、本人は悪くない……とか、そんな感じかな)
 乾二は自身の『英雄』を思い出していた。もちろん、彼女と黒塚が似ているというわけではない。『そういう場合』があるというだけで。
 リンカーが、その辺にゴロゴロと転がっているはずないだろうと思う。たぶん。
 黒塚の口調はぶっきらぼうで、手つきは荒々しい。しかし、物覚えは早く仕事自体は丁寧だ。
 今も、軽い火傷にもかかわらず丁寧に手当てをしてくれている。包帯の巻き方は手慣れているらしい。
(意外と優しい人……?)
 乾二のミスに呆れを隠すことはないが、咎めもしない。
 黙々とフォローをしたり、次の指示を訊ねたり。
(僕でも……うまくやっていけるかな)
 くるくると包帯が巻かれるたび、少しずつ乾二の緊張は解けていった。


 怒涛のランチタイムを乗り越え。
 まかないランチで一息ついて。
 黒塚のバイト初日は、そうこうしているうちにあっという間に終わりの時間を迎えた。
「く、くくく黒塚さん、ちょっと待ってて」
 私服に着替え終え、帰ろうとした黒塚を乾二が呼び止める。
「これ、店で焙煎した豆なんだ。よ、よかったら自宅で飲んでみて。美味しいよ」
「休憩時に飲んだから知ってるッス。でも、いいんスか勝手に」
「ちゃ、ちゃんと、店長には許可を貰いました。それから、もしも甘いものが嫌いじゃなければ……」
 乾二が手渡した紙袋の中には、挽いた珈琲豆の他にもう一つ。
「全粒粉のクッキーで、オレンジピールが入ってるんだ。珈琲と相性が良くて、個人的にオススメ」
 半分をチョコレート掛けされたクッキーは、なかなか甘そうだ。
「に、苦い珈琲も、食べ合わせで印象が変わるから。……その、お客様へ勧める時の参考になるし」
「ああ……なるほど」
 たしかに、接客をしていても『どんな味の珈琲なのか』という質問は多かった。
 珈琲単品で頼む男性客、甘いものとセットで頼む女性客。
 誰にでも勧められる無難なブレンドも悪くはないが、種類を理解したのなら仕事の幅も広がるだろう。
「……食べ合わせで印象、か」
(たしかに、見た目だけじゃわからないことは……あるしな)
 外見で判断されることを苦にしない黒塚ではあるが、その逆を感じた一日だ。
「それじゃあ、智貞先輩、また明日」
「う、うん、また明日……!」
 一瞬、黒塚の表情が和らぐ。それに気づかぬまま、乾二は大きく手を振った。

 ――また、明日。

 互いの知らないことを、少しずつ知ってゆく『日常』が訪れる。
 この世界で出会った理由を、知ってゆく。




【珈琲とオレンジ 了】


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【aa4625 / 夜城 黒塚 / 男 / 25歳 / 人間 】
【aa4696 / 智貞 乾二 / 男 / 29歳 / 人間 】



ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼、ありがとうございました。
カフェバーから始まる物語、お届けいたします。
お楽しみいただけましたら幸いです。
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2017年08月16日

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