『衣擦れのささやき 』

フィオナ・アルマイヤー（ja9370）＆ブルームーン（jb7506）

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　部屋には隅々にまで明るい光が満ちていた。
　壁を覆うほど大きな鏡が、照明の光を増幅しているのだ。
　フィッティングルームからメイク室に入ると、その明るさにまず驚かされる。
　だがもっと驚くのは、そこでかけられる魔法だ。
「さあできましたよ。いかがですか？」
　優しいスタッフの声に、フィオナ・アルマイヤーはおずおずと閉じていた目を開く。

　いつもこの瞬間はとても楽しみで、ちょっとだけ怖い。
　鏡の中から、フィオナ自身が青い瞳でこちらを窺うように見ていた。
　見慣れているはずの自分の顔だが、まるで初めて見たかのように思える。
「とても……素敵です」
　フィオナの白い頬がほんのりと紅色に染まり、ピンク色の唇が僅かに震えた。
　スタッフの手を借りて席を立ち、改めて自分のウェディングドレス姿にうっとりと見入るフィオナ。
　だがこのドレスは、誰かのために纏ったものではない。

　友人が見つけたのは不思議な貸衣装屋だった。
　綺麗なドレスが大好きで、自分が綺麗になること、そして誰かを綺麗にすることを心から楽しめるゲストのためにしか、扉は開かない。
　初めはその不思議さが少し怖かったが、今ではこの店に来られる日が待ち遠しい程だ。
　また今年のジューン・ブライドにも謎の招待状は届き、フィオナは胸をときめかせて店を訪れたのである。

　――今年はどんなドレスを選ぼうか。
　――どんなアクセサリーを身につけようか。
　あれこれ考えながらこの日を待ちわび、いざやって来ると、呆然とするのが常だった。
（……選べない……！！）
　それほどに、壁を埋め尽くすドレスの量に圧倒される。
　一応は今回の目標のようなものがあっても、候補が多すぎるのだ。
　しかもやっぱりいざとなると目移りする。
　それでいつもフィオナは最後までうんうん唸る羽目になり、支度も最後になることが多いのだが、今年は違った。
（誰かの意見を参考にするのもいいものですね）
　ひとり頷き、メイク室を出る。

　少し暗い短い廊下の先は、記念写真を撮ったりお茶をいただいたりする客間だ。
　扉を開いた瞬間、先にいる仲間から歓声を浴びることになる。
　フィオナは静かに息を吸い込んだ。
　だがその息は中途半端に抜けていった。
「あら。フィオナももう準備できたの？」
　青い瞳が悪戯っぽく輝くと、爽やかで華やかな青薔薇の香りがふわりと揺れるように広がる。
　ブルームーンが別のメイク室から出てきたところだった。

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　ブルームーンは数歩離れた場所で立ち止まり、フィオナの全身を吟味するように眺める。
「うん、とっても素敵よ。やっぱり良く似合ってるわ」
「どうも有難うございます。……一緒に選んでいただいたおかげで、今回は早く準備ができました」
　フィオナが律儀に、軽く頭を下げる。

　遡ること、小一時間前。
『フィオナはどんなドレスにするの？』
　部屋の片隅で固まっているフィオナに、そんな風に声をかけてきたのがブルームーンだった。
　振り向くフィオナは真剣そのもの。
『一緒に選んでもらえませんか、ブルームーン！！』
　いつも悩んでいる間に時間が経ってしまうため、フィオナは今回、即座に自分ひとりでの判断を諦めたのだ。

　ブルームーンは決断が早い。
　自分の好みもはっきりしているし、何が似合うかも良く分かっている。
　だからドレスを選ぶのもいつも早いのだ。
　おそらく今回だって、即時即決。選ぶのを手伝ってもらっても迷惑はかからないだろう！　……と、フィオナは思ったのである。
『へえ？』
　ブルームーンが目を細めた。
　この美しいはぐれ悪魔は、一見少女のようでいて、ときに妖艶な表情を見せる。
　何事かと僅かにフィオナが身を引いた直後、どーんと勢いをつけてブルームーンが飛び込んできた。
『んもう、そういうことは早く言いなさいよね！　とびきりのを選んであげるわよ！』
　ブルームーンは上機嫌でフィオナの腕に自分の腕を絡めたのだった。

　問われるまま、フィオナは自分の好みを伝えた。
　恥ずかしがっていても仕方がない。ガチ理系でサバサバの普段のフィオナは、実は内面を覆う外壁のようなもの。本当は可愛くてきれいな物が大好きだ。
　だから思いっきり可愛くて、思いっきりふわふわなドレスを着たかったのだ。
『いいんじゃない？　私はフィオナにはそういうのも似合うと思うわよ』
　ブルームーンは優しかった。
『だってフィオナなら、何を着ても可愛いに決まってるじゃない！』
　……うん、優しかった。
　そしてアドバイスは的確だった。
　フィオナの希望通りで似合いそうな何枚かを選び、その中から最も好みのものを伝えると、他は片づけて更に似た傾向の物を追加してくれる。
　それを何回か繰り返すと、これしかないという一着が残った。
『素敵ですね……』
　客観的な意見は貴重だ。フィオナは改めてそう思った。
　そこでふと気付いて、お返ししなければと振り向いたが……
『じゃ、着替えに行くわよ。楽しみね！』
　ブルームーンは既に、自分の選んだドレスを片手に抱えていたのであった。

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　そうしてそれぞれに支度を整えて、メイクもすませて出てきたところだ。

　ブルームーンは満足そうに微笑んでいる。
「いいわね、本当によく似合うわ」
　フィオナの金の髪は、緩やかに結いあげられティアラで飾られていた。
　無数のラインストーンが廊下の僅かな光を受けてキラキラ輝き、フィオナを浮かび上がらせる。
　身に纏った純白のウェディングドレスにも、光がこぼれ落ち、滑り降りてゆくように見える。
　胸元からウェスト当たりまでは身体にフィットしたシルクのドレスは、腿の辺りから華やかなフレアが広がり、リボンとレースに覆われたティアードスカートになるデザインだ。
　幾重にも重ねたレースがやわらかな陰影を描き、歩を進めれば優しく揺れるだろう。
　時折のぞくつま先にもサテンのリボンがあしらわれている。
　あくまでも可愛らしいデザインだが、知的なフィオナが纏うことで甘さは一層印象に残る。

　フィオナは少しはにかむように微笑んだ。
「ブルームーンもとても素敵です。……流石ですね」
「ふふっ、当然ね。でもフィオナに褒められるのは歓迎よ」
　そう言って、ブルームーンは軽くドレスの裾をつまむ。
　青い髪はハーフアップに結い、下ろした髪がアクセサリーの一部のようだった。
　結った部分には青いバラを飾り、胸元にも同じ薔薇を咲かせている。
　大きく広がるスカートは豪華なフリルを重ね、サイドから後方に掛けては長く裾を引くが、フロント部分は膝上丈のミニドレスという大胆なデザインだ。
　白く美しい足が青に縁取られ、なお白く見える。
　足首に巻きつけたストラップには青い小さな薔薇のアクセサリーが飾られ、嫌でも目がいってしまう。
　可愛らしいのに、ドキドキするほどセクシーなドレス姿だ。

「とってもブルームーンらしいです。本当に、自分のことをよく分かっているのですね」
　フィオナの声には少しうらやましがるような響きがあった。
　いつだって迷わない、真っ直ぐな瞳。
　国も種族も、その他のどんなしがらみも、ブルームーンを止めることはできない。
　そんな強さがフィオナには眩しく思えたのだ。
「私ももっと、自分を知らなくては……うっ！？」
　フィオナは突然の衝撃を受けてよろめいた。
　いきなり飛びついたブルームーンは、フィオナの腕につかまって更に身体を押しつけてくる。

「フィオナのことは、私がよく知ってるわよ！」
　そう、この真面目腐った性格も含めて、フィオナなのだ。
　いつもはクールな表情で落ち着いて見えるのに、ちょっとからかうとそのクールさはひび割れて、可愛らしい内面がのぞく。
　けれど完全に崩すことはなく、崩すまいと繕うところもまた可愛らしい。
「だからこのドレスだって良く似合ってるでしょう？」
　ブルームーンは自分の顔をぐっとフィオナの顔に近づけた。
　花のような唇から、柔らかく響く声が語りかける。体を密着させているので、同じ響きは別の音となって同時に身体を伝わってくるのだ。
「あの、は、はい……！」
　フィオナはくすぐったくて思わず身をよじる。
「あら、照れてるの？」
　ブルームーンは指先で、フィオナの白く滑らかな頬をちょんとつつく。
「でもね、フィオナは今のままで充分素敵なのよ。それは覚えておいてね？」
「そ、そうでしょうか」
「私の言うことが信じられない？」
　震える長い睫毛に縁取られた青い瞳は、吸いこまれそうに澄みきっている。
　もしもブルームーンが物語に出てくるような悪魔なら、魅了されてしまったかもしれない……フィオナは一瞬そう思った。
「いえ、その……覚えておきます」

　今のままでいい。
　身体を伝わるその言葉は、確かにフィオナの胸に届いた。
　困らされることも多いけれど、ブルームーンの真っ直ぐな心は嬉しくもあったし、有難くもあった。

「じゃあ行きましょう。もっとも私は、ずっとここでこうしていてもいいんだけど？」
　ブルームーンがくすくす笑う。それでフィオナも我に返った。
　薄暗がりでドレス姿のふたりがぴったりくっつき合っているのだ。
「い、行きましょう！　皆さんが待っています！！」
「あら残念」
　そう言いながらもブルームーンは少し身体を離した。
「じゃあ一緒に行きましょう」
　腕だけは組んだまま、背筋を伸ばして。
　ふたりの前で扉が開いた。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja9370　／　フィオナ・アルマイヤー　／　女性　／　23歳　／　悩める白い花】
【jb7506　／　ブルームーン　／　女性　／　18歳　／　惑わぬ青い花】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お待たせいたしました、ドレスに絡めた仲良し同士のエピソードをお届けします。
今回はいつもと少し変わった趣向でしたが、お互いの魅力を改めて知るという描写ができていれば幸いです。
ご依頼、誠に有難うございました！

イベントノベル（パーティ）

樹シロカ

エリュシオン

2017年08月17日