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『だからこそ今は愛しき日々 』
ヴィクトア・ローゼaa4769


「オレは、何をすればいい」

 物心がついた時には、それが『彼』の口癖になっていた。「仕事」をくれそうな人間の元に近寄っては何らかの仕事を貰う。働いた対価に渡される金や食べ物で今日と明日の命を繋ぐ。いつからそうしていたのかは分からない。だが、気が付いた時には彼はそうして生きていた。
 親の名前は知らなかった。どころか彼は自分自身の名前さえも知らなかった。気が付けば親ではない、兄弟でも友人でもない人間達に囲まれて、彼らの言う事を聞く事だけが生きる手段になっていた。
 善人には出会わなかった。彼が出会う人間はことごとく悪人ばかりで、まかせられる「仕事」は例外なく悪事だった。窃盗に薬の運搬……彼がそういう風に生きていると理解した上で罪を重ねさせ、彼は知らず知らずのうちに犯罪者になっていた。
 都合が悪くなれば捨てられた。捕まって牢に入れられても、言われるがまま黙々と役をこなす彼の出所は早かった。だが出所した所で別の悪人に拾われて、利用され、罪を重ねて捨てられる。気付いたら傭兵として雇われていたという事もある。利用されるだけ利用され、捨てられて、そしてまた悪人に拾われるという悪循環。それもあって悪人の間では「使い捨て狐」などとも呼ばれた。
 だが、蔑称で呼ばれ、嗤われようと、自分の名前さえ知らない彼にはその生き方が唯一だった。
「オレは、何をすればいい」


 寒かった。
 ある時、いつも通り刑期を終え、出所した彼を待っていたのは冬だった。見上げると重ったるい鉛色が空一面を占めており、そこから細かく白いものがちらちらと落ちてくる。
 いつもなら、出所したと同時に見知らぬ人間が駆け寄ってきた。「待っていた」「さあ車に乗れ」、そんな言葉と共に見知らぬ場所に連れていかれ、そして窃盗や売人や傭兵や、そんな仕事をまかされて、ずっとその繰り返し。
 けれど、その時、彼は独りぼっちだった。元々独りではあったけれど、近付いてくる悪人もいない。何度も刑務所を出たり入ったり……そんな事を繰り返していた事もあり、彼は悪人だけではなく警察にも目を付けられていた。いくら便利であろうとも、警察の首輪のついた狐を拾う悪人などいない。
 「使い捨て狐」と呼ばれた彼は、もう使い捨てにもなれなかった。
 行く当てもなく歩き出す。
 冬空の下を彷徨ううちに、雪はどんどんと降り積もる。止む気配もないそれは彼の身体を白で包み、体温も肌の赤みも容赦なく奪い去っていく。寒い。冷たい。もう、歩けない。ついに気力も尽き果てて、雪深い道路の上に彼は力なく座り込んだ。悪人に従ってでもここまで生きてきたけれど。彼は瞼を静かに閉じた。
 自分の死を覚悟した。
「大丈夫ですか」
 声が聞こえたような気がして、もう二度と上がる筈もなかった瞼を静かに持ち上げた。ゆるゆると視線を向けてみれば、傘を手にした老紳士が自分を覗き込んでいる。
「具合でも悪いのですか? おうちはどちらに」
「……ない」
「ない?」
「帰る場所なんて……ない」
 無意識にそう答えていた。そのまま目を閉じようとした。生きる事を諦めていた。もう拾われる事はないと頭の何処かで思っていた。
 だから、耳に届いた紳士の言葉は意外だった。
「では、うちに来ませんか」
 聞き間違いかと思って再び紳士の顔を見る。紳士は年季の入った傘を彼の方に傾けて、背中を雪に濡らしながら皺くちゃの顔で微笑んでいた。


「オレは、何をすればいい」

 廃屋かと見間違うほどぼろぼろになった洋館。その玄関に案内された彼の言葉はそれだった。物心がついた時にはそれが口癖になっていた。だから当たり前のように、その質問を投げ掛けた。
「そうですね、では、まずはお風呂に入って下さい」
 老紳士からの返答に、彼は目をぱちくりさせた。死んだようだった表情がふいに幼さを露わにして、老紳士は皺の入った目元を柔らかく細めてみせる。
「お風呂……?」
「冷えてしまったでしょう。待ってて下さい、今洗ってきますから……」
「いえ、オレが、……やります」
「そうですか、それではお願いします」
 老紳士は風呂の場所を教えると、一足先に洋館のさらに奥へと入っていった。彼は自分の言葉に戸惑った。普段の自分の言葉はもっとぶっきらぼうで乱暴だし、今の言葉は意図して言ったものではない。
 だが、気付いた時には彼はそのように口にしていた。
 とりあえず浴槽をスポンジで洗い、湯を入れ、老紳士を探しに行くと、リビングのテーブルにカップと菓子が並んであった。ポットを手にした老紳士がキッチンから歩いてきて、入口に立ちつくす彼へとくしゃくしゃの笑顔を向ける。
「お風呂にお湯が溜まるまで、紅茶でも飲んで待ってなさい」
 さあ、座って、と老紳士に促され、躊躇いながらも彼は古びたソファーに腰を下ろした。湯気の立つカップを渡されて、いい匂いのする液体を口の中に少し含む。すると、紅茶の温かさが移ったように両目が熱を帯びてきた。ふと気付いた時には、彼の青い瞳から涙が筋を作っていた。
 帰る場所がないと雪に蹲っていた彼に、老紳士は何一つとして尋ねようとはしなかった。彼の右隣に座って自分も紅茶を一口飲み、ただ黙って傍らに寄り添ってくれるだけだった。


「ヴィクトア」
 名を呼ばれ、ヴィクトア・ローゼ(aa4769)は主人の元へと歩み寄った。服装こそ執事のそれだが、立ち振る舞いも表情も、まだまだぎこちなさが残る。
 だが、ヴィクトアの主はそんな事を気にするような人ではない。初めて出会ったあの時から、いつでもヴィクトアの事を優しく見守っていてくれる。
「はい、旦那様」
「すいませんが、紅茶を入れてもらえますか」
「かしこまりました、旦那様」
 ヴィクトアは丁寧に頭を下げ、主の命をこなすべくキッチンへと歩いていった。主に喜んでもらえるような紅茶を入れてみせようと、眼鏡の奥の青い瞳が真剣に茶葉へ注がれる。
 悪人に従って生きていた。そうやって生きる事が唯一の手段だった。過去の経歴を書き連ねれば、それだけで用紙が黒くなる。その黒さは彼の歩んだ過去そのものの姿だった。いくら態度を繕おうとも、偶に出てしまう素を完全に治すのは難しい事だろう。
 だが、彼は主に出会った。こんな自分を受け入れ、仕事と知識、名前までも与えてくれた。尊敬する人。逆らうことができない人。そして、何よりも愛すべき、守りたい人。
 生きるためだけに生きてきた。何も持っていなかった。けれど今は。
 だからこそ、今は。
「お待たせしました、旦那様」
 ヴィクトアは緊張した面持ちで主人の元へと戻っていった。今はまだ勉強中で、あの日主人が入れてくれた紅茶に及ぶ筈もないけれど、きちんと教科書の示す通りに、少しでも喜んでもらえるように、今出来る自分の精一杯を目の前の紅茶に注ぎ込む。
 主はカップを持ち上げると、まずは香りを楽しんだ。わずかに粗さの残る紅赤を舌の上で転がして、それから皺だらけの目元を一層柔らかに細めてみせる。
「おいしいですよ、ヴィクトア」
「ありがとうございます、旦那様」

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ヴィクトア・ローゼ(aa4769)/外見性別:男性/28/能力者】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 こんにちは、雪虫です。ヴィクトアさんが執事になるまでの話、という事で書かせて頂きましたが、ヴィクトアさんの口癖や、旦那様との出会いなどかなりアドリブを加えさせて頂きました。イメージと違う、という場合はお手数ですがリテイクお願い致します。
 この度はご指名下さり、誠にありがとうございました。 
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2017年08月21日

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