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『潮騒の記憶 』
静架ka0387


 ――恋だよ。
 同居人にそう言われてから、一週間ほどが経った。
 自分の不調の全てがそこに行き当たるということ自体、受け入れ難いことであった静架は、まだその『事実』に戸惑い、苛立ちの感情を抱いていた。
「……いつも、勝手なことばかり言って……」
 ぼそり、とそんな独り言を漏らした。
 虚言では無いのかと思うことばかり、あの同居人は伝えてくる。
 そんな同居人は、珍しくハウス内には居ない。一時間ほど前に行き先も告げずにふらりと出ていった後、まだ戻ってくる様子もない。初めてのことでもなかったので、静架はそれには何の心配もしていなかった。
 カツ、とブーツに何かが当たる音がした。
 それに視線を落とせば、足元に転がっているのは空き瓶であった。同居人が好んで飲んていた酒の瓶だ。
 やれやれと言った表情でそれを拾い上げると、思いの外キレイな瓶であったために、静架はそこから何かを思いつき、席を立った。
 ウッドデッキへと足を運ぶと、湖が見える。
 天気もよく水面もキラキラとしていて、眺めは最高だ。
 デッキチェアを取り出し、サイドテーブルを設置して、静架はその場に腰を下ろした。
 テーブルの上にあるものは、道具箱であった。
 それをおもむろに開けば、中には紙と棒と接着剤などが入っている。
 躊躇いなく作業を始める姿を見るに、経験があるのだろう。
 静架は過ぎ去った過去を思い浮かべつつ、空き瓶にピンセットを差し込み船を作り始めた。所謂、ボトルシップというものである。
「……やたら器用な人がいましたね」
 静架はまたもや独り言を漏らして、指先に集中した。
 思い返しているのは、傭兵時代のことである。団員の中には手先の器用な人物が数人いた。
 そんな彼らの隣で作業を見ていた静架も、いつの間に憶えたことがいくつかあった。その中に、ボトルシップという工芸もあったのだ。
 ただの趣味だよ、と教えてくれた人物は言っていた。外見の精悍さからはとても想像もできなかったが、繊細な作業が得意な団員であった。
 『女性には常に紳士であれ』
 そんなことを言っていたのは、その彼であっただろうか。
 静架が在籍していた傭兵団は表向きは警備会社のような運営体制でもあったため、女性も少なからず存在した。
 それ故に、男女の間に存在する知識やマナーなども叩き込まれた。
 戦場での本能的な衝動も抑えられないのでは二流以下だ、とも言われた。
 その辺りは、比較的上手くこなして来たつもりであった。二つ名が『ドール』でもあり、その名の通りだと周囲からも言われていた。
(そういえば……)
 手を動かしつつ、静架は船にまつわる別の記憶を呼び起こした。
 豪華客船での護衛任務を行ったときの事である。
 老富豪の『孫娘』としてなりすまし、紛れ込んだ。まだ幼い子供でもあった彼はもとより中性的な顔立ちもあり、そう言った変装もお手の物であった。――そして、『ドレス』のほうが武器を隠し持ちやすい。
「お爺様、お茶に致しましょう」
 実に可愛らしい、『孫娘』であった。依頼人も護衛の性別までは確認していなかったのか、相手が『娘』であると思い込んでいるようで、静架の言葉に楽しそうに頷いている。
 ウェッジウッドのティーポットを手にして、器用に紅茶を注ぐ仕草は幼いながらによく仕込まれていると感じさせた。
「お前も座って飲みなさい」
「はい、お爺様」
 にこっと可愛らしく微笑む。もちろんそれは演じているに過ぎない。だがそれでも、本当の祖父と孫のような錯覚を起こしてしまいそうな空気が、その場には存在していた。
 自分の表向きの役割は、この老人に慈愛を持って尽くすだけ。期間はこの航海中だ。
 一週間を過ぎたところであるので、そろそろこの任務にも終りが見え始めているところでもあった。
 可愛らしいフリルドレスは『お爺様』が用意したものだ。何でも、数年前に実際の孫娘を事故で亡くしているらしく、その彼女のために作られた一点ものでもあった。
「お爺様、わたくしのピアノを聞いてくださいますか」
「ああ、もちろんだよ。聞かせておくれ」
 静架はそう言って、覚えたての曲を拙いながらも披露した。
 目の端の皺を深くしながらそれを聞いてくれた老紳士の姿を、今でもよく憶えている。
 その後、あと数時間で目的地という所で、富豪を狙う暗殺者の襲撃を受けた。
「――お爺様への御用は、わたくしがお聞き致します」
 そう言いながら軽々と地を蹴った『少女』は、冷徹な表情を浮かべつつパニエの下に隠した武器を片手に宙を舞う。
 時間にしては数秒。とても子供の腕とは思えぬ行動で、暗殺者は片付けられた。
 もちろん、依頼主の老人も無事であった。
「おかげで気持ちのよい航海だったよ、ありがとう。機会があったらまた君を指名したいね」
 老人はそう言いながら、とても良い笑顔をくれていた。あとで聞いた話ではあるが、社交界の場では鬼伯爵と異名がつくほど隙のない人物であったらしい。
 そんな彼は今も、元の世界で飄々と生きているのだろうと思う。確認はしていないが、そんな気がする。
「…………」
 ザザ……と風が木々を揺らした。
 それに釣られるようにして顔を上げると、日が少しだけ傾いていることに気が付き、静架は意識を現実へと引き戻した。
 手元のボトルシップは、完成間近の状態であった。
「しーず、ただいま〜」
 同居人の声が聞こえてきた。そちらに視線をやると、彼は手に何かを持っていてご機嫌の様子だ。
「……おかえりなさい。珍しいですね、貴方がこんなにここを空けるなんて」
「ん〜。ちょっと色々手続きに手間取っちゃってさ〜。……って、何作ってたの」
 同居人の男は、トレーラーの出入り口を使わずにまっすぐウッドデッキへとやってきた。
 そして確認も取らずに静架に歩みを寄せて、椅子の手すりに腰を下ろし、腕を伸ばしてくる。それに拒絶を見せた所で彼は諦めないので、反応は諦めていた。
「ボトルシップというやつです。もう完成するので、少し腕を緩めてください」
「へ〜、静って器用だよねぇ。こういう工芸品って、お土産とかでしか見たこと無いけど、作れるんだね」
 サイドテーブルに置かれた部品を見つつ、男はそう言った。言葉が軽いので興味があまり無いようにも思えるが、その実は違う場合が多かったりもする。
「海でそれ見れたら、綺麗じゃない?」
「まぁ、機会があれば、そういう所に持っていってもいいとは思いますけど」
 男を見ずに、静架はボトルシップの工程を進めながら返事をした。後は接着剤の乾きを待つだけ、と言った所だ。
 すると、手すりに腰掛けてきている状態だった男が、にやりと笑みを浮かべた。
「ねぇ静、海に行こう。宿の予約取ってきた。小さい船にも乗れるよ」
「はぁ? いきなり何言ってるんですか」
 男はいつもの調子で、前触れもなく突飛なことを口にする。
 海に行くなどと、昨日までは一切触れていなかった。おそらくは突然思いつき、静架にも了解を得ずに予約をとるために出かけていたのだろう。そして手にしていたものは、予約を証明する紙と新調したらしい旅行バッグだ。ご丁寧に折りたたみ式である。
「依頼が……」
「オフィスから休暇出されてるでしょ。夏休みだよ。な、つ、や、す、み!」
「…………」
 静架はそれ以上の言葉を作ることを諦めて、ため息を吐いた。
 男がこういうプランを持ってきた時は、こちらが折れるしか無いのだ。彼は自分が頷くまで、この件を押し通してくる。それを知っている為に、先に降参するしかない。
「……わかりましたよ。海に行きましょう」
「やった!」
 嬉しそうに笑いながらガッツポーツを取る男を見て、子供かと思ってしまうが、彼は自分より六歳も年上である。つまりは、いい大人だ。
 そんな子供っぽい仕草が、憎めないようそのうちでもあるのだが、静架はそれを彼には決して伝えはしない。
「良いコテージがあったんだ。静かで海も砂浜もキレイでね、夜になると青く光るんだって」
「……それには少し、興味があります」
「でしょ?」
 男は静架の返事に、嬉しそうであった。
 無茶振りが多い人物だが、それでもある程度の先をきちんと見越している所がまた癪に障る。だがそれも、静架の心の奥にしまい込む感情の一つであった。
 恋だ、と言ったのは目の前の男だ。
 確かに、傍に居ないと落ち着かない気持ちにもなるし、他の誰かと楽しげにしている光景なども出来れば見たくはない。自分の心の中に『恋』なる感情が育まれているのかどうかはまだ、解らない。
 一つ一つ、理解していくしか無いのだろうと思う。先ほどまで自分が手がけていたボトルシップの部品たちのように、自分の気持ちも組み立てていくしか無いのだ。
「しずー、ちょっとこっち来て」
「……はいはい」
 いつの間にかトレーラーの中に収まっていた同居人の声に、静架はため息とともに返事をして立ち上がった。
 そして空いた座面にボトルシップをそっと置いて、その場を後にするのだった。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka0387 : 静架 : 男性 : 19歳 : 猟撃士】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 いつも有難うございます。
 以前のお話の続きような立ち位置、書かせて頂けて嬉しかったです。
 静架さんの心情が少しでも明るいものになっていればと思います。
 また機会がありましたら、よろしくお願いいたします。
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2017年08月22日

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