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『山猫と蛇遣い』
逢見仙也jc1616


 それはまだ、逢見仙也(jc1616)がディオハルク・エイギル・アルメルマイヤーと名乗っていた頃のこと。


 暗く重たい雲に覆われた魔界の空を、ひとりの悪魔が彗星のように横切っていく。
 逆賊と呼ばれ追われる身となった男は、怯えた目で後ろを振り返りつつひたすら先を急いでいた。
 急いだ先に希望が待つわけでもなく、助力や援軍の見込みもない。
 だが少しでも速度を落とせば「奴等」に捕まる――その恐怖心が、男の理性と判断力をじわりじわりと蝕んでいった。

 奴等とは、このところ急速に台頭してきた二人組のハンターのことだ。
 まだ年若く経験も浅い彼等はしかし、その若さと蓄積された経験の少なさゆえか、自らの行動と信念に対して揺らぐことがない。
 逆賊とされた者には一切の斟酌をせず、狙った獲物は必ず仕留める――それが彼等だ。

 男は乾いてヒビ割れた平原を越え、曲がりくねった木々が絡み合う森を越え、迷路のように枝分かれした深い峡谷を抜けて飛ぶ。
 峡谷に入るまではちらちらと見えていた追っ手の姿も、背中に感じていた圧迫感も今はなく、とうとう撒いたかと速度を緩めた、その時。

「逃げ切った……とか思った?」
 薄闇の中に、猫のような金色の双眸が光る。
「残念でした、追いかけっこはまだまだ続くよ!」
 声にならない悲鳴を上げて、男は再び速度を上げた。
「そうそう、逃げろ逃げろー!」
 先端に鈴の付いた長い尻尾を振って、金眼の猫は楽しそうに追いかける。

 と、その頭の中に相棒の声が響いた。
『猫娘、いつまでも遊んでないでいいかげん連れて来い』
「えーいいじゃん少しくらいー、って言うかさ、ディオが横着してるからあたしが飛び回ってんだよ? そこわかってる?」
『横着じゃない、お前がさんざんいたぶるだけでトドメ刺さないから、こうして待機してやってるんだ』
「はいはい、それはどうもー……ってゆーかあたしの名前ネコムスメじゃないし!」
『なんでもいいだろ、わかれば』
「よくない!」
『返事してるし』
 会話の最中にも猫は獲物を追いかけ回し、気付けば眼下は元の平原。
 猫娘は獲物を闇雲に追いかけるふりをして、実は周到に追い詰めていたらしい。
「はいフリダシに戻る〜、かーらーのー、一気にアガリぃ!」
 頭上から鋭い爪が振り下ろされると、男の身体はディオハルクが待ち構える地表目がけて落ちていく。
「ディオ、せっかくだからアレ使おう物干し竿! じゃなくてオフィウクス!」
「ああ、あの槍か……」



 それは数日前。
 以前から頼んでおいた新しい武器が仕上がったと聞いて、ディオハルクはひとり工房に出向いていた。
「ほれ、お前さんの注文通りだ。使わん時には物干し竿にでもするといい」
 工房のオヤジが無造作に投げて寄越したそれは、石突きと刃の受け口があるために天地の区別だけは付くものの、他には何の装飾もないただの細長い棒きれだった。
「俺が頼んだのは物干しじゃなく槍なんだが?」
「そいつを持って魔力を注いでみろ」
 言われた通りに力を注いでみると、ただの棒きれは金属質の冥い輝きを帯び、表面に幾何学模様の装飾が浮かび上がる。
 次いで手の形に添うように太さが変わり、先端に黒光りする鋭い刃が生成された。
「試しにそいつを斬ってみろ」
 言われるままに喚び出されたディアボロに向けて軽く刃先を振ると、まるでシャボン玉でも斬ったように弾けて消えた。
「なるほど」
 この槍は今までに使っていたどの武器よりも性能が良い。
 おまけにカオスレートがマイナスに振り切っている――つまり対悪魔特化。
「お前さんらの仕事にゃうってつけだろう」
 天界のような厳格な規律こそないが、魔界にも従うべき最低限のルールはある。
 それさえ守らず我が道を征こうとする逆賊を狩るハンター、それがディオハルクとその相棒の仕事だった。
「さあ、気に入ったなら名前を付けてやってくれ」
「名前?」
 オヤジに言われてディオハルクは怪訝な顔をする。
「その槍にさ、業物はすべてそれに相応しい名で呼ばれるべきだろう?」
「業物であることは認めるが、槍は槍だろう……槍でいい」
 が、そこに耳慣れた声が割って入った。
「またディオはそうやって横着する!」
 腰に手を当てて仁王立ちした猫娘が、金の瞳を光らせて睨み付けていることは見なくてもわかる。
「お前なんで来たんだ、猫娘」
「あたしもオヤジさんに新しい武器頼んでたんだもん。ね、あたしのも出来てるでしょ?」
「おう、その槍と性能は同じだ」
 猫娘が手にしたのは肉球ぷにぷにの可愛いグローブ――に見えるが、やはり魔力を流し込むと鋭い爪が現れる格闘武器だ。
「おぉー、すっごい! 見て見てディオ、強そうでしょ!」
「お前は自前の爪で充分だろ、猫娘なんだから」
「もう、ディオはなんでそう人の気を削ぐようなことばっかり言うかな! そんなんじゃ女の子にモテないよ?」
「それは良かった、女の相手とか面倒でかなわん」
「あたしも女なんですけど?」
「ほう、それは気が付きませんで」
 飛び散る火花、一触即発の危機!
「おいおい二人とも、仲が良いのはわかったから――」
「「よくない!」」
 オヤジの声にハモる二人は幼馴染の腐れ縁。
 顔を合わせればこうして悪態の応酬が始まる仲だが、何故か仕事では息の合うパートナーとして着実に成果を挙げる不思議な関係だった。
「わかったから喧嘩は余所でやってくれ……それより、さっさと名前を決めてくれんか」
 急かされて、猫娘は暫し視線を宙に泳がせる。
「んー、あたしの爪はリンクス!」
「リンクス?」
「そう、山猫座っていう星座からとったんだ」
「セイザ?」
 首を傾げるディオハルクに、猫娘は得意げな様子で空を指さした。
「人間界の空にはね、星っていうのがあるんだよ?」
 魔界の空はいつも厚い雲に覆われて、その先の空を見通すことは出来ない。
「そこには雲がなくて、キラキラ光る小さな点がたっくさん見えるんだ」
 それが星だと見て来たように言うが、見たことはない。
 ヒトにも興味はないけれど、ヒトの文化は面白いと色々な事物に嵌まり、今のブームが星と星座というわけだ。
「その小さな点を繋いで空に絵を描いたものが星座で、それには全部名前が付いてるんだよ」
 リンクスは山猫の意味。
「山猫ってなんかカッコイイでしょ」
「さよけ」
「何そのうっすい反応! じゃあいいよ、ディオの槍もあたしが名前決めちゃうからね!」
「お好きにどうぞー」
「んー、じゃあ……オフィウクス! 冥槍オフィウクスってどうよ!」
「言いにくい」
「いいの、カッコイイんだから!」
「へいへい」
「オフィウクスっていうのは蛇遣い座のことで、この星座は……ちょっと聞いてる!?」



 そんなことがあってから、これが初めての実戦。
 上空からの声に、翼を広げたディオハルクは棒きれを手に乾いた地面を蹴った。
 手の中で棒きれが禍々しい槍に変わる。
 落ちて来る男と飛翔するディオハルクの影が交差する瞬間、暗紫色の弧を描いた一閃は男の身体を切り裂き――いや、跡形もなく分解した。

「うわ、さっすが冥槍オフィウクス! あたしが名前を付けただけのことはあるね!」
「別にお前がすごいわけでもないだろ」
 名前を付けてくれと頼んだ覚えもないし。
 それに結局、自分は冥爪リンクスを使わないのか。
 使わないのに何故作る。
 しかしディオハルクの思いを余所に、猫娘は猫のようにくるりと一回転して地上に降りた。
「でもさ、跡形も残らないってどうなの? これじゃ倒した証拠がなんにもないじゃん」
「それで報酬を出し渋るなら、他から受ければいい」
「それもそっか!」
 獲った首を差し出さなくても狩りの成果を疑う者はいない。
 それだけの実績と信頼を、彼等は既に勝ち取っていた。

 ――しかし――

 残念なことに、オフィウクス無双は長くは続かなかった。
 道具など使えればいい、むしろ武器としてだけではなく物干し竿としても優秀なこの槍に洗濯物を干すのは、まことに理に適った所業である――と、ディオハルクは主張したのだが。
 その考えは、彼の上司とは相容れなかったようだ。


 かくして槍は没収され、今はどこにあるのか――
 幼馴染もまたどこでどうしているのか、今の仙也には知る由もなかった。



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jc1616/逢見仙也/男性/外見年齢16歳/蛇遣い】

【NPC/猫娘/女性/外見年齢?歳/山猫】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、STANZAです。
この度はご依頼ありがとうございました。

猫娘さんの設定など、こちらでだいぶ盛らせていただきました。
仲が悪いというよりも、仲良く喧嘩する猫とネズミといった雰囲気になってしまいましたが……いかがでしょうか。

口調や設定等、齟齬がありましたらご遠慮なくリテイクをお申し付けください。
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エリュシオン
2017年08月23日

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