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『約束 』
アンジェラ・アップルトンja9940

 この世界の命運が決まったあの日。
 私は種子島宇宙センターで想いの力を集めていた。
 暖かな光が世界を啓いた刹那、確かに信じられたのだ。

 その想いは。
 尊き魂は。
 私たちと供にあったのだ――と。




 イギリス・アップルトン家。
 自宅の敷地内を散策していたアンジェラ・アップルトンは、頬をかすめる涼風に瞳を細めた。
 広大な庭園は、秋の深まりと共にさまざまな色に染まっている。美しい景観を眺めながら目的地に辿り着くと、彼女はどこか愛おしそうに微笑んだ。
「今年も見事なものですね、楓」
 庭園の片隅に植えられた楓が、燃えるように色づいている。彼女が手入れしているイングリッシュガーデンにはやや不似合いな趣だが、種子島でもらってきた苗木を、大切に育ててきた。
 毎年見事な紅葉を見せてくれるたびに、嬉しさがこみ上げる。それと同時に感じる――微かな胸の痛み。

 ”あの日”からどれくらいの年月が経っただろうか。
 久遠ヶ原学園を卒業したアンジェラは、母国へ帰り人と天魔を繋ぐための活動に励んでいた。
 すべては未来の子供達へ、やさしい世界を創るために。
 やるべきことは山ほどあり、忙しくも充実した日々を駆け抜けながら、気がつけばまたひとつ季節が過ぎている。
 それでも彼女は年に数回、日本へと渡っていた。
 ”彼”との約束を果たした日、死者が帰るというお盆祭の日。
 あの海が見える高台を訪れては、ずっと大切なものを待ち続けている。

 貴方は今、どこに――

 ひらりと一枚の葉が、舞い落ちた。
 アンジェラは紅く染まったそれを手に取り、ひとしきり眺める。ふと人の気配を感じ辺りを見渡すと、広葉樹林の奥からこちらを伺う人影があった。
(……誰?)
 木立の影になっていてはっきりとは見えないが、まだ子供のように思えた。アンジェラが近づくと相手は驚いて、逃げ出そうとする。
「あっ待ってください!」
 思わず呼び止めると、人影はその場に留まった。追いついて木立をのぞきこんだ瞬間、息が止まりそうになる。
「……楓?」
 そこにいたのは、十歳前後の少年だった。
 やや線の細い身体、艶のある黒髪。こちらを見上げる紅い瞳が、ほんの少し揺らいだように見えた。
「な……何かご用ですか」
 動揺を抑えつつ、なんとか言葉を絞り出す。自然と日本語が出てきたのは、”彼”にあまりにも似ていたから。
「綺麗な庭だったから……」
 少年はそれだけいうと、黙り込んだ。こちらを伺う不安げな表情に、アンジェラの胸は締め付けられてしまう。
(何か言わなければ)
 そう思えば思うほど、うまく言葉が出てこない。少年はそんな彼女を見やってから、ばつが悪そうにきびすを返す。
「勝手に入ってごめん、帰る」
「ま、待って!」
「……何?」
「あの、少し……話せませんか?」
 その言葉の意図するところがわからなかったのだろう、少年は意外そうに瞬きした。警戒と安堵が入り混じった瞳で、相手を見上げながら。
「怒ってるのかと思った」
「不安がらせてすみません。あなたが昔の知り合いに似ていたもので、驚いてしまって……」
 アンジェラはできるだけ少年を安心させるよう、庭園に話題を移す。
「よかったら、庭も見ていってください。今は紅葉だけでなく、ダリアや秋咲きの薔薇も綺麗ですよ」
「いいのか?」
 頷くと、少年の瞳が嬉しそうに輝いた。
「案内するので、散歩しながら話しましょうか。ええと、貴方のお名前は――」
「紡(つむぐ)」
「紡、ですか……いい名ですね」
 アンジェラがそう言うと、少年ははにかみながらありがとうと呟いた。
 その横顔が彼を思い出させ、鼓動が速くなるのを感じる。

 ふたりは庭園内を散策しながら、いろいろな話をした。
 紡の話によれば彼はやはり日本人で、イギリスへは親の仕事の都合で来たらしい。
「俺の父さんはテンキンゾクだから、もうすぐまた引っ越すんだ」
 この家を訪れたのは、前々から綺麗な庭がある家の話を聞いていたから。この地を立ち去る前に、一度見てみたかったのだという。
「でも来てみたら広いし、どこから入ればいいのかわかんなくて……」
「そうだったのですね。あ……もしかして迷子になってましたか?」
「ち、違う! ちょっと迷いかけたけど、迷子なんかじゃ」
 顔を赤くして否定する姿に、つい笑みが零れる。ムキになるところもそっくりで。

「……あれ。これ日本でよく見るやつだ」
 紡が指した先を、アンジェラも一緒に見上げた。
「ええ、楓というのですよ。日本から苗木をもらってきたのです」
「ふうん。紅葉してて綺麗だな」
 深く色づいた葉に、紡はしばらく見入っているようだった。やがて、思い出したように。
「さっき、俺が知り合いに似てるって言ってたけど。そいつ”カエデ”って名前だったのか?」
「……なぜそれを?」
 思わず問い返すと、彼は肩をすくめる。
「だって俺のことそう呼んだから」
「ああ……そう、でしたね」
 アンジェラは苦笑を浮かべつつ、自分が思った以上に動揺していたことを知る。紡はそんな彼女を不思議そうに見やってから、やや躊躇い気味に。
「カエデ、はどんなやつだった?」
「そうですね――」
 アンジェラはどこまで話すべきか迷ったが、できるだけありのままに告げようと思った。楓の面影を宿す彼に、嘘はつきたくなかったから。
「初めて会ったときは、とても悲しい目をしていました」
 聞いた少年の顔が、ほんの少し固さを帯びた。そのまなざしが『どうして?』と問うのがわかる。
「楓が背負っていた運命は、とても重く残酷なものでした。私たちが出逢った頃、彼はそんな自分の運命に絶望し、押しつぶされそうになっていて……」
 悪魔の隷属に身を堕とし、多くの人を殺めた。
 後戻りできない道を転げ落ちてゆくさまは、痛々しいほどで。
「私たちはそんな彼を救いたかった。悪魔に捕らわれた魂を、解放してあげたいと思ったんです」
「……それはうまくいったのか?」
 不安げな視線に、はっきりと頷いてみせる。
「ええ。私はそう信じています」
「そうか……。じゃあ楓はいま、幸せなんだな」
 小さく呟き、どこか嬉しそうに頷く。その横顔を見つめていたアンジェラは、ずっと胸にあった問いを口にする。
「紡はどうですか。今……幸せですか?」
「幸せってどういうものなのか、よくわかんないけど。たぶん、そうだと思う」
 迷いなく答えると、紡は再び楓を見上げた。
「俺の名前、たくさんの人と縁を紡げるようにって付けられたんだって。だから俺の周りにはいつも家族がいて、友達がいて……寂しいと思ったことはないよ」
 そう言って振り向いた彼は、ひどく穏やかな表情をしていた。口元に浮かぶ微笑みは、あの日楓が見せた安堵にも似て。
「そうですか。良い方たちと出逢えたようですね」
 アンジェラの言葉に頷くと、紡は聞こえるか聞こえないかの声で何ごとか呟いた。
「……とも」
「あ、すみません。よく聞こえなくて――」

「アンジェラとも、会えてよかった」

 こちらを向く紅が、ほんの少し熱を帯びた。面影を宿すその瞳へ、アンジェラは微笑みを返す。
「私も、紡と会えてよかった」
 聞いた紡は、嬉しさと気恥ずかしさを隠すように小石を蹴る。転がるさまを目で追いつつ、ふと小首を傾げ。
「でも不思議なんだよな……」
「何がですか?」
「アンジェラとはずっと前に、会ったことがある気がする」
「えっ……」
 それ以上、言葉が出なかった。沈黙するアンジェラを前に、紡は「そんなわけないよな」と笑ってから。
「あ、俺そろそろ帰らないと。庭見せてくれてありがとう、楽しかった」
「――私も」
 貴方と、ずっと前に。
 そう口にしようとして、言葉を飲み込む。記憶の中にある彼は、”言葉はいらない”と微笑んでいるから。
「じゃあ、またな」
 差し出された手を、アンジェラは慈しむように取った。
「ええ、また」

 握り返した手は、あの日のようにほんの少し冷たくて。
 ひとつだけ違うのは、向けられた瞳に映る自分が微笑んでいること。

 ――ああ、やっと。

(巡り逢えましたね)

 あと何回、夢で逢えば。あと何回、季節を巡れば。
 あの高台で海を眺めるたび、見事な紅葉を眺めるたび、胸が締め付けられた。

 逢いたかった。
 逢えてよかった。

 遠くなる背を見送りながら、アンジェラの心は打ち震えていた。
 埋められずにいた何かが満たされ、涙と共に溢れた想いは、祈りとなって秋空へ広がってゆく。

 どうか貴方の魂が、幸せに満ちていますように。
 たくさんの縁と愛を、紡いでいけますように。



 それは、たったひとつの”約束”



 還ってきてくれてありがとう――楓




━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号/PC名/性別/輪廻の先で】

【ja9940/アンジェラ・アップルトン/女/巡り逢う】

 参加NPC

【jz0229/八塚 楓/男/縁を紡ぐ】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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このノベルを書くにあたり、久々に”あの日”を読み返しました。
寄せてくださった想いの数々に、改めて涙…

あの日約束を果たしてくれた皆さまに、彼が約束したこと。
果たす機会をいただき、ありがとうございました。
彼と出逢い、心をかわし、想い続けてくださったこと、忘れません。

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久生夕貴 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2017年08月24日

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